アルベール・カミュ作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(中) 2026/10/24 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 フランス系アルジェリア人の覚悟 〔引用3-1〕『異邦人』―― きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。 Continue reading →
アルベール・カミュ作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(上) 2026/10/18 by Ω No comments 石塚正英 はじめに アルベール・カミュ(1913-60)は、生まれ育ちからすればフランス人ではない。アルジェリア人、いやマグリブ人である。カミュが生まれた北アフ Continue reading →
続 身体の変容10 AIの身体 2026/10/14 by Ω No comments 高橋一行 本稿は、本サイト「続 身体の変容3 脳に電極を埋め込む、または脳とAI」(2026.6.2) (以下、「電極」)の続きである。また、S. ジジェクの論文 “IN THE Continue reading →
アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(下) 2026/10/09 by Ω No comments 石塚正英 (中)より続く。 五 生きることに関する思索 〔引用5-1〕『背徳の人』自分の専門分野の人たち、考古学者や文献学者にはもう少し積極的な気持ちで再会した。しかし、 Continue reading →
続 身体の変容9 ワインについて 2026/10/06 by Ω No comments 高橋一行 本シリーズの前々回で取り挙げた玉村豊男の遺作『ブドウ畑の傍らで暮らす』には、いろいろと示唆に富む指摘がある(注1)。今回はこの本に触発された私のワイン論である。 &nbs Continue reading →
アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(中) 2026/10/05 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 マグリブと野生 〔引用3-1〕日記1896.02-03 フランスの港を発って以来、もはや一本の樹も眼にはいらなかった。私たちはあのスーク〔 Continue reading →
アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(上) 2026/10/01 by Ω No comments 石塚正英 はじめに フランスの文学者アンドレ・ジッド(André Gide, 1869-1951)は、半世紀を越えて日記をつけた文学者である。日本語訳の『ジッド Continue reading →
続 身体の変容8 ディドロ – ゲーテ – ヘーゲル 2026/09/29 by Ω No comments 高橋一行 本稿を次の順番で書いていく。 1 ヘーゲル『精神現象学』におけるディドロ『ラモーの甥』の影響 2 ヘーゲルには身体論がないという批判について 3 『精神現象学』の無限判断 Continue reading →
19世紀ガリア農民の堅気と無頼―エミール・ゾラ『大地』に即して(下) 2026/09/14 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 慣習的権利から普通選挙へ―恭順 〔引用14〕フーアンがさらにつづけた。/「(中略)普通選挙(suffrage universel)といったとこ Continue reading →
続 身体の変容7 ローマにて 2026/09/12 by Ω No comments 高橋一行 学会で研究発表をするため、ローマに出掛ける。今の時代、ただ単に発表をするだけなら、ズームでできる。しかし遠い所へ自分の身体を運ぶことは意義があると思う。今回は、ヘルシンキ Continue reading →