「武士のエートス」とその喪失について考える 2021/09/20 by Ω No comments ――リベラル・左派の何が問題か?(七) 相馬千春 1. 「兵学的リアリズム」を支えるものとしての「武士のエートス」 前回、幕末・維新期の武士たちの「兵学的リアリズム」について触れましたが、「兵学 Continue reading →
リベラル・左派にとって民衆と「前近代」は啓蒙の対象でよいのか? 2020/08/15 by Ω No comments ――リベラル・左派の何が問題か?(二) 相馬千春 1.近代日本教育の産物としての「リベラル・左派」 前回は、日本のリベラル・左派の低迷の背景に、<日本の「リベラル・左派」のセ Continue reading →
「福沢諭吉神話」解体の道のり・補遺1 ――「東大病」症候群(?)との闘い 2016/05/13 by 安川寿之輔 No comments 安川寿之輔 「丸山眞男の支持者」や東京大学関係者が、安川の福沢研究の成果をもっぱら黙殺・無視する傾向があるが、これは、現在の日本の学界の汚点の一つと考えている。そこで、原則として、下記の私の諸著書で言及している件を中心 Continue reading →
「民主主義なんてないじゃないか」―丸山眞男と遠藤周作の「現実」について― 2015/09/27 by 小島 望 No comments 小島 望 はじめに 「だって、日本に民主主義なんかないじゃないか」。投票率が下がる一方であることに不満を覚えた筆者に対する、 Continue reading →
なぜ「新しい公共空間」か 連載① ―福島原発と近代日本精神の「病理」― 2014/04/07 by 相馬 千春 No comments 相馬千春 一、福島原発と近代日本精神の「病理」 現代日本の諸問題を真に論ずるためには、何より「日本人の精神」のあり方を論じなくてはならないと思います。もちろん問題のより「物質的」な側面――資 Continue reading →