アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(下) 2026/10/09 by Ω No comments 石塚正英 (中)より続く。 五 生きることに関する思索 〔引用5-1〕『背徳の人』自分の専門分野の人たち、考古学者や文献学者にはもう少し積極的な気持ちで再会した。しかし、 Continue reading →
続 身体の変容9 ワインについて 2026/10/06 by Ω No comments 高橋一行 本シリーズの前々回で取り挙げた玉村豊男の遺作『ブドウ畑の傍らで暮らす』には、いろいろと示唆に富む指摘がある(注1)。今回はこの本に触発された私のワイン論である。 &nbs Continue reading →
アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(中) 2026/10/05 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 マグリブと野生 〔引用3-1〕日記1896.02-03 フランスの港を発って以来、もはや一本の樹も眼にはいらなかった。私たちはあのスーク〔 Continue reading →
アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(上) 2026/10/01 by Ω No comments 石塚正英 はじめに フランスの文学者アンドレ・ジッド(André Gide, 1869-1951)は、半世紀を越えて日記をつけた文学者である。日本語訳の『ジッド Continue reading →
続 身体の変容8 ディドロ – ゲーテ – ヘーゲル 2026/09/29 by Ω No comments 高橋一行 本稿を次の順番で書いていく。 1 ヘーゲル『精神現象学』におけるディドロ『ラモーの甥』の影響 2 ヘーゲルには身体論がないという批判について 3 『精神現象学』の無限判断 Continue reading →
19世紀ガリア農民の堅気と無頼―エミール・ゾラ『大地』に即して(下) 2026/09/14 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 慣習的権利から普通選挙へ―恭順 〔引用14〕フーアンがさらにつづけた。/「(中略)普通選挙(suffrage universel)といったとこ Continue reading →
続 身体の変容7 ローマにて 2026/09/12 by Ω No comments 高橋一行 学会で研究発表をするため、ローマに出掛ける。今の時代、ただ単に発表をするだけなら、ズームでできる。しかし遠い所へ自分の身体を運ぶことは意義があると思う。今回は、ヘルシンキ Continue reading →
19世紀ガリア農民の堅気と無頼―エミール・ゾラ『大地』に即して(上) 2026/09/11 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 前世紀と記せばいかにも古めかしく思われるが、1990年代、私は勤務先の大学で「アグリ・ヒストリー」と題する社会思想史講座を担当していた。その Continue reading →
量子技術に関する文明論的研究の紹介 2026/08/29 by V No comments 石塚正英 私にとって本質的な問題は、自然・宇宙に関する決定論に基づいた古典物理学的表象と数学や統計の確率論に基づいた量子力学的表象とのパラダイム・ギャップの扱い、具体的にはその埋 Continue reading →
自然と半自然と超自然を行き交うバースマシン 2026/08/23 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 1968年の若き日々、長野市で友人とあつく交わしたWIN.P(ウィンピー)談論からほどなく60年、その着想を忘れずに来た私は、2026年に至っ Continue reading →