全共闘由来の学問論―山本義隆『物理学の誕生』を読む (1) 2026/07/19 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 学制頒布百周年記念事業の一つとして旧文部省が1972年に刊行した『学制百年史』の第二編第二章第四節七「学生運動と学生活動」に、以下の記述がある。 Continue reading →
自然法爾、陽はまた昇る!―ニュートン別冊『無と有の物理学』コメント 2026/07/12 by Ω No comments 石塚正英 かれこれ10年は昔になるが、科学雑誌『Newton』の別冊『無と有の物理学―「何もない」空間は存在するのか?「存在する」とはどういうことか?』(2015年9月15日)を読んでメモを執っ Continue reading →
続 身体の変容1 脳・数学・心 2026/04/28 by Ω No comments 高橋一行 新しいシリーズを始める。 第1回目は、津田一郎の3冊の本を使う。すなわち、『心はすべて数学である』(2015/2023)、『脳のなかに数学を見る Continue reading →
S. ジジェクを巡る思想家たち 第8回 数学篇 2026/01/23 by Ω No comments 高橋一行 今回は目次を先に書いておく。全体の見通しを与えるためである。 ジジェクは結構数学が好きである。それもジジェクの積極的な主張を展開するために数学を Continue reading →
ガイア・ヴィンス『進化を超える進化』を読む―読書ノートの時代(92) 2025/09/06 by Ω No comments 石塚正英 まえおき ガイア・ヴィンス、野中香方子訳『進化を超える進化―サピエンスに人類を超越させた4つの秘密』(原題:TRANSCENDENCE: How Human Continue reading →
ハイゼンベルク『部分と全体』を読む―読書ノートの時代(91) 2025/09/01 by Ω No comments 石塚正英 まえおき 私は、1970年から読書ノートを執り続けて今日に至っている。手書き時代も含め、そのノート群から主だったもの90点を選んで「読書ノートの時代」と題し Continue reading →
物と心のあいだに―西田幾多郎のハイゼンベルク読書 2025/08/23 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 王陽明を対象に執筆した拙著前作「真の自己は身体を離れない―王陽明『伝習録』を拾い読む」では、自然と人間(文化)の相関、〔自然⇄人間〕思想における Continue reading →
賽(さい)のトリプルダンス―賽子・賽銭・賽の河原 2025/06/11 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 本稿は、私がこの数年間継続してきたテーマ〔賽と葬の文化誌〕について、その前半部〔賽の文化誌〕についてまとめたものである。本稿に続いて、近々、後半部 Continue reading →
科学と非科学と擬似科学―パスカルの確率論を事例に 2025/05/15 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 昨今、様々なタスクを難なく支援するテキスト生成ツール、という触れ込みで一気にデジタル市場に出回ったChatGPTについて、1940年代末の生ま Continue reading →
人はなぜ学問するか―数学者エヴァリスト・ガロアを事例に 2025/04/05 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 今から10年程以前になるが、『科学するこころを開くScience Window』(2015年冬号)という雑誌で特集記事「なぜ数学を学ぶの?」を Continue reading →