病の精神哲学1 ヘーゲルの構想力論 2017/11/15 by 高橋一行 No comments 高橋一行 すでに前著『所有しないということ』の最終章において、私自身の精神哲学と自然哲学を書きたいと言い、それは「偶然の自然哲学」と「病の精神哲学」という題になるだろうということを示しておいた。いよいよ Continue reading →
「身体の使用」アガンベンを読む(5) -『他者の所有』補遺(5)- 2016/05/25 by 高橋一行 No comments 高橋一行 (4)より続く アガンベン『身体の使用 -脱構成的可能態の理論のために-』を読む。原文は2014年に出て、邦訳が、2016年に入ってから出ている(正直に言えば、翻訳が出て、読んでみたら、私の問題 Continue reading →
ヘーゲル自然哲学の面白さ (1) 2015/08/22 by 高橋一行 No comments 高橋一行 ヘーゲルの自然哲学を、『自然哲学』と「論理学」に即して、読解して行く。 ヘーゲル『自然哲学』において、自然が時間的に発展するという考え方は、明確に拒否されている(注1)。しかし、ヘーゲルは、「自然は様々な段階 Continue reading →
ヘーゲル「論理学」の「否定の否定」と「無限判断」の解釈について――高橋一行『他者の所有』を読む① 2015/03/18 by 相馬千春 No comments 相馬千春 高橋一行氏の『他者の所有』(御茶の水書房)について、何回かにわたりコメントを書くつもりですが、初回は、高橋氏のヘーゲル「論理学」(1)の――そのうち「定在」と「定在の判断」の――解釈を扱います。 Continue reading →
ヘーゲルを読む 5-3 偶然と必然(マラブー論3) 2014/07/11 by KIT No comments 高橋一行 5-2より続く 習慣によって、魂と身体は統一された。そこで成立するのは、5-1において論じた、可塑的個体である。ヘーゲルが『美学』で論じた、内的なものと外的なものとの一致としての、可塑的個体は、また普遍性と個別 Continue reading →
ヘーゲルを読む 5-2 自然と精神(マラブー論2) 2014/07/11 by KIT 2 comments 高橋一行 5-1より続く 5-1の脳論から、5-2の「自然と精神」論が出て来る。ヘーゲルは、しかし、自然としての類人猿の脳が発達して、精神を持った人間が出て来るとは考えていない。自然から精神への移行には、もうひとつの無限 Continue reading →
ヘーゲルを読む 5-1 脳と可塑性 (マラブー論1) 2014/07/11 by KIT 2 comments 高橋一行 4より続く マラブーの『ヘーゲルの未来』は、彼女の博士論文を基にして、補筆したもので、1999年に出版された。可塑性という概念を、ヘーゲル解読のキーワードとして使い、ヘーゲルの、全体系を、これで説明しようとする Continue reading →
ヘーゲルを読む 3-2 欲望と他者の原理(バトラー論2) 2014/05/28 by KIT One comment 高橋一行 3-1より続く 欲望を持つ主体と、他者の根源性という結論を3-1で得ていた。そのことを、さらに検討して行く。 バトラーとラクラウとジジェクの3人の共著を読む1 。これは興味深い本である。三者が、それぞれの問題意 Continue reading →
ヘーゲルを読む 3-1 隷属化という原理(バトラー論1) 2014/05/27 by KIT 2 comments 高橋一行 2-3より続く バトラーは、自らの哲学を確立する際に、ヘーゲル『精神現象学』の精密な分析から始めている。1987年の、Subjects of Desireの第1章において、彼女は、『精神現象学』の、最初の「意識 Continue reading →
ヘーゲルを読む2-3 無限判断論を再述する 2014/05/03 by KIT No comments (『精神現象学』読解3) 高橋一行 2-2より続く 『精神現象学』の章立ては、ヘーゲル自身が途中で方針変更をしているために、錯綜としているが、ごく単純化すれば、まず、I「感覚的確信」、II「知覚」、III「 Continue reading →