進化をシステム論から考える(12)  生物の地下深部進化仮説

高橋一行

(11)より続く
 
 中沢弘基の生命の誕生についての、2冊の本を(中沢2006, 2014)を読む。
 彼の主張は、次の二段階に分けて考えることができる。ひとつは、地球が誕生してから、どのように、有機分子が生まれたのかということを解明したことである。
 進化論の問題として、生命が誕生して、それがどう進化したかということを扱うだけでなく、そもそも物質から、生物がどのように誕生したのかということを、扱わねばならないと、私は何度も書いてきた。前章までで扱ったのは、すでにたんぱく質などの高分子ができていて、しかし、まだ、それら高分子の集合があるだけで、生物とは言えない段階から、つまり、前生物の段階から、どのように生物が出現したかという話である。しかし、たんぱく質は、高分子であって、それは複雑な構造をしており、簡単にできるものではない。今までの複雑系生物学と進化システム生物学の議論は、すでに高分子ができていることが前提で、そこからどのように生物が出て来るかを扱っていた。ここでは、その前生物がそもそもどこから出て来るのか、つまり、高分子がまだできておらず、単純な無機質の物質しかない段階から、如何に高分子ができるかを考えなければならないのである。
 結論は、のちに詳述するが、先に簡単に書いておけば、地球ができて、数億年が経った時点では、まだ大陸がなく、地球の表面は海洋で覆われている。そこにたくさんの隕石が落ち、それらは海洋に衝突し、その衝撃後にできた、高温の気流が冷却する際に、多様な有機物質が生じたというものである。
 そこから、第二段階の主張が出て来る。多様な有機物質は、海の中で化学反応を起こし、結合して、大きな分子となり、生物に至ったと、通常は考えられていて、私自身も、本稿第8章で、そのような説明をした。それが、いわば、常識となっている。しかし中沢は、海水では、せっかくできた有機物質が、ばらばらに分解されてしまい、高分子には至らないだろうと考える。では真相はどうなのかと言えば、有機物質は海底に沈殿し、粘土鉱物に吸着して、地中深くに堆積される。そこで、高圧力、高温の環境で、それらは、高分子化し、さらにそれが、地中の中の、マグマによる熱水の中で、小胞を形成し、生物の機能を持つに至る。それが、マントル対流によって、浅い海に出て来て、そこで生物として進化したと考えるのである。
  
 ここで方法論として重要なのは、先に説明した、自己組織性の理論である。つまり、エントロピーは、常に増大するというのが、熱力学の第二法則であるが、熱を放出する開放系では、エントロピーは減少し、そこで秩序形成ができる。地球をそのような系と考え、熱を放出して冷却すると、そこに重い金属元素と軽い元素との間に、階層ができ、それらが構造化される。その地球の軽元素がさらに組織化し、複雑化してできたのが、高分子であり、高分子が自己組織化されて、前生物ができ、生命の発生に繋がると考えるのである。原理はこれだけである。
 以下、詳述する。
 まず、タンパク質は、20種のアミノ酸が、数百から数千個、重合することで生成する。これが生物体の基本を構成する。さらには、様々な化学反応を触媒する酵素になったり、ホルモンにもなる。一方、遺伝を担当するDNAは、4つの核酸塩基の配列からできている。これらは、有機分子が重合してできているものである。
 その有機分子はどのようにしてでき上がっているのかと言えば、水素、炭素、窒素、酸素、リン、硫黄などの軽元素が数百から、場合によっては、数万個、共有結合してでき上がっている。
 では、その軽元素はどのようにして生成し、どのように有機物質となったのだろうか。これが、第一の問題である。
 地球は、45億年ほど前にできたとされている。最初の頃は、小さな惑星や隕石が激しく衝突し、それらが合体し、集積して、そうして地球はでき上がる。
 やがて、地球の表面の温度が下がると、水蒸気が凝縮して、海ができる。そしてその後、再び、これは、40億から38億年くらい前のことだとされているが、地球に、隕石が落ちて来る。これは太陽系の惑星軌道の揺らぎによって、生じたものだと推測されている。この隕石は、すべて、海洋に落ちる。つまり、水と衝突する。すると、水は、一気に超高温になり、隕石や海底の鉱物と一緒に蒸発して、気流ができる。この気流の中で、水(H2O)が、水素(H2)と酸素(O2)に分解される。それに金属鉄を含んだ大気ができる。
 すでに、地球生成時に蒸発してしまった窒素(N2)や二酸化炭素(CO2)も、重力に惹かれて、地球上に戻っている。するとこれらの、H、O、C、Nから、アンモニア(NH3)やメタン(CH4)ができる。これが、生物を作る有機体の前駆体となる。ここでは、金属鉄が、酸素と反応して酸化し、そのために、つまり酸素がそちらに取られてしまって、水素が大量に残り、ここに水素の過剰な高温の蒸気ができ上がって、これが、これら有機体の化学反応を促進する。
 そうしてこれらアンモニアやメタンは、局地的に大量に発生し、各種の鉱物の微粒子と一緒に、粘土鉱物に吸収されて、海洋に沈み、沈殿する。ここまでが第一段階である。これは地球の自己組織化の運動であり、軽元素の自己組織化の運動である。地球の外に熱を放出し、エントロピーを減少させて秩序化を図ったのである。
 
 ここから、第二段階に入る。この第二段階を、中沢は、「生物有機分子の地下深部進化仮説」と呼んでいる。これは、海洋では、有機物質は、分解されてしまって、高分子化し得ないという、単純な事実を確認することから始まる。そして海洋の原始スープから、生物が発生したという常識を解体する。
 先に、粘土鉱物に吸着していた生物有機分子が海底に蓄積されるというところまで、説明した。それは厚い堆積層を作る。その地中の奥深くでは、高温、かつ高圧力になり、水の分子が上部に移動して、下には、有機分子が凝集する。その過程で、有機分子が、相互に化学反応を起こし、より高分子化する。この脱水重合が、有機分子を、タンパク質の一歩手前の段階まで、進化させたのではないかと考えるのである。
 次に考えるのは、地球が、自己組織化するという事実である。地球の表面の温度が冷えて、海洋ができ、そこに隕石が大量に落ちて、蒸発し、金属の酸化が起きるという進展については、今、説明した。さて、次に取り挙げるべきは、プレートテクトニクスである。
 言葉の整理をしておく。まず、核の外側にある層をマントルと言う。地球などの惑星では、内部に核があり、その外側にマントルがあって、さらにその外側を薄い地殻が覆っている。この地殻とマントルの上の方にまたがっている厚い岩盤をプレートと言う。このプレートの理論が、プレートテクトニクスである。とりあえず、そこまで説明しておく。
 さて、当時はまだ、大陸がなく、すべてが海洋で、その海底では、マントルの表層が冷却して、固いプレートが生じている。そのプレートは、1年に数cm程度動き、その結果、長い年月では、プレートどうしがぶつかり、せめぎ合っている。
 では、大陸がどのようにして生成したかと言えば、この海底のプレートが、マントルに沈み込んで、熱で溶解し、マグマとなって、やがてゆっくりと上昇して、それが花崗岩となって、大陸を作るのである。
 そして、プレートとプレートがぶつかったとき、そのプレートの上に乗っていた堆積層は、褶曲や断層を起こし、それによって作られた間隙には海水が浸水し、それは加熱されて熱水となる。さらには、先のマントルに沈んででき上がったマグマからも、熱水ができて、それが堆積層に侵入する。すると高圧力、高温で脱水して、高分子化した有機分子は、熱水に曝されることになる。ここで、その有機分子は、粘土鉱物などで、被服されて、つまり、膜を作って、高分子としての構造を守ろうとする。ここに小胞状の組織ができる。これが、前生物である。この膜は、当初は、無機質からでき上がっているが、次第に有機質に取って換えられる。ここに個体が成立し、熱水から身を守り、熱水の環境で生き残るのである。
 生物の発生を論じたときに、代謝が先か、遺伝が先か、膜を伴った個体の成立が先かで、三つの立場があることを、本稿第8章で論じた。ここで、中沢は、この、compartment first仮説に立っている。まだ代謝も行わず、遺伝機構も持たないが、小胞という閉鎖空間を作って、熱水で分解しないように、個体を成立させるのである。
 これが最初の段階である。そしてこの小胞体は、他の小胞体と接触して、融合し、合体をする。そしてより安定的な小胞体に進化する。かくして、他の小胞を取り込むことで、タンパク質のような巨大な分子に進化するのである。
 この、個体が小胞融合して進化するというのは、エントロピーの代謝を始めたということである。つまり、エントロピーの小さなものを小胞内に取り込んで、エントロピーの代謝を行うのである。
 個体は、個体として存続するためには、エントロピーを低く保つことが必要であり、エントロピーの代謝機構を獲得しなければならない。遺伝機構はまだなくても、エントロピーの代謝さえできれば、その個体は存続できる。そしてそれらの小胞は群れを作り、それはまだ、種になってはいないのだけれども、様々な小胞群が、融合し、合体して、共存している。
 それらの小胞体は、さらに、金属鉄などを利用して、エネルギー代謝や物質代謝を行う能力を獲得して行く。そして最後に、自己複製の能力も獲得する。こういう順番に進化する。
 仕上げは、次のようになる。マントルの熱対流が始まり、地球の大変動が起きると、それに乗じて、生物は、浅海に押し出されて、そこで増殖して行く。小胞を獲得して、個体となる前に、海に放り出されたのでは、有機分子は、海洋に溶けてしまって、生物には至らない。膜を持ち、小胞として成立した後に、地下から海に出て、それで生物として、さらに進化を遂げるのである。この順番が重要だ。
 
 さて、この学説が正しいものかどうかを判断することは私にはできない。しかし、地球が自己組織化し、その中で、生物が、それを利用して、自らも自己組織化する。そのような機構を通じてしか、生物が出現し得ないのは、明らかであり、そのことを考えると、この学説は、際立って有効であると私は思う。
 
 ひとつだけ、批判をしておく。中沢は、随所で、上記の物質の進展を、「自然選択によるサバイバル」とか、「分子進化のダーウィニズム」と呼ぶ。自説を説得的に広めるための方便としては、それは適切な手続きかもしれない。
 しかし、私は、これらの理論を、ネオ・ダーウィニズムの用語で説明する必要はまったくないと思う。つまり、物質の自己組織化現象を、生存競争の概念で説明する必要はない。自己組織性の理論を活用して、地球の秩序形成を論じ、そこから物質の秩序形成に繋げ、その進展の結果として、生物の誕生を説明し得たのであって、それをそのように説明すれば良いと思う。
 また、中沢は、地球の誕生から、その中に前生物の段階の、個体の成立までを論じているが、その後の、エネルギー代謝や遺伝の仕組みの成立までは論じていない。それは、今まで本稿が論じてきたことと接続すれば良いだけのことだ。
 さらに言えば、生物が誕生した後は、さらに、生物固有の自己組織性の理論が必要であり、それは、私は複雑系の理論であると思っている。これは、前章で展開した通りである。従って、本章の知見を、前章までの結論に繋げることで、生物を、その物質の段階から論じ、進化全体を論じ得ることができたのである。
 
参考文献
中沢弘基『生命の起源 -地球が書いたシナリオ-』新日本出版社2006
――― 『生命誕生 -地球史から読み解く新しい生命像-』講談社2014
 
(たかはしかずゆき 哲学者)
                   ひとまず、了
(pubspace-x2859,2015.12.29)