アンドレ・ジッド作品に読まれるマグリブ風―読書ノート(中) 2026/10/05 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 マグリブと野生 〔引用3-1〕日記1896.02-03 フランスの港を発って以来、もはや一本の樹も眼にはいらなかった。私たちはあのスーク〔 Continue reading →
19世紀ガリア農民の堅気と無頼―エミール・ゾラ『大地』に即して(下) 2026/09/14 by Ω No comments 石塚正英 (上)より続く。 三 慣習的権利から普通選挙へ―恭順 〔引用14〕フーアンがさらにつづけた。/「(中略)普通選挙(suffrage universel)といったとこ Continue reading →
自然と半自然と超自然を行き交うバースマシン 2026/08/23 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 1968年の若き日々、長野市で友人とあつく交わしたWIN.P(ウィンピー)談論からほどなく60年、その着想を忘れずに来た私は、2026年に至っ Continue reading →
全共闘由来の学問論―山本義隆『物理学の誕生』を読む (1) 2026/07/19 by Ω No comments 石塚正英 はじめに 学制頒布百周年記念事業の一つとして旧文部省が1972年に刊行した『学制百年史』の第二編第二章第四節七「学生運動と学生活動」に、以下の記述がある。 Continue reading →
続 身体の変容5 内田樹の「老い」論 2026/07/18 by Ω No comments 高橋一行 内田樹は1950年生まれである。2025年に『老いのレッスン』という本を出す。その本における内田の告白は衝撃的であった。 それまで私は内田の経歴をただ単に羨ま Continue reading →
自然法爾、陽はまた昇る!―ニュートン別冊『無と有の物理学』コメント 2026/07/12 by Ω No comments 石塚正英 かれこれ10年は昔になるが、科学雑誌『Newton』の別冊『無と有の物理学―「何もない」空間は存在するのか?「存在する」とはどういうことか?』(2015年9月15日)を読んでメモを執っ Continue reading →
兄弟姉妹婚の残影―アマゾン流域のピダハン社会― 2026/07/04 by Ω No comments 石塚正英 先史文化のアクチュアリティー、あるいは〔文明を支える原初性〕の探究を目指して、私は長年にわたり19世紀アメリカの人類学者ルイス・ヘンリー・モーガン(1818-88)に注目 Continue reading →
続 身体の変容3 脳に電極を埋め込む、または脳とAI 2026/06/02 by Ω No comments 高橋一行 髪の毛よりも細い電極数千本を脳に埋め込む。それらの電極で脳波を記録し、それを読み込むことができる。これらの情報はスマートフォンで直ちに活用される。そうすると例えば、私たち Continue reading →
S. ジジェクを巡る思想家たち 第10回 所有論再考 2026/03/12 by Ω No comments 高橋一行 このシリーズもそろそろ終盤である。今回は、今まで私が拘ってきたテーマについて、あらためて考え直したいと思い、書き始めた。少しだけ新たに気付いたことがあり、それを加えたが、 Continue reading →
大類伸『史学概論』1941(初1932)を読む―読書ノートの時代(94) 2025/09/20 by Ω No comments 石塚正英 まえおき 大類伸『史学概論』共立社、1941(初1932)年、からの【引用】と【注記】。文中の「/」は改行を示す。下線は引用者による。引用に際し、(中略) Continue reading →