量子技術に関する文明論的研究の紹介

石塚正英

  
   私にとって本質的な問題は、自然・宇宙に関する決定論に基づいた古典物理学的表象と数学や統計の確率論に基づいた量子力学的表象とのパラダイム・ギャップの扱い、具体的にはその埋め合わせである。ニュートンの時代は、そうした悩みは最初から生まれていない。ニュートンは、森羅万象とその自然法則はすべからく神の創造になると観念していたので、神と科学との間にギャップは介在しなかった。ところが、20世紀に至ると、マクロの自然科学とミクロの数学理論との間に、断絶といっても差し支えない懸隔が深刻化した。
   私が初めて量子力学に関心を抱いた時期は2005年前後である。当時私は、社会思想・社会哲学の領域から色彩論に注目し、自然学的ゲーテを擁護して数学的ニュートンを批評した。その道すがら量子論に関する文献を読み漁った。その一つに朝永振一郎『量子力学的世界像』(1949年)があり、同書から読み取った奇天烈な印象は、ずっと今日まで気にかかっていた。そこへもってきて、2022年12月、ノーベル財団は物理学賞に〔量子もつれ(Quantum Entanglement)〕に関する研究を選んだ。量子の奇天烈な振舞いが、理論だけでなく実際に存在し得ることを証明した業績が評価されたのである。
   しかし、実在の測定が不可能な量子力学的世界、いわゆる〔量子もつれ〕と〔量子の重ね合わせ〕に関連して、アインシュタインは死ぬまで深い憂慮の念を抱いていた。量子もつれ(相互作用)の状態にある一対の粒子間では、ニュートン力学以来の因果律を破って非局所的な――時空を超えた――相関状態が現象する。一方に変化が起これば他方にも、たとえそれが宇宙の果てにあって非局所的に存在していようとも、相互に連動した変化が瞬時に起こる。あたかもフレイザーが理論化した共感呪術のごとくである。それから、量子は粒子と波との相異なる状態を同時に有する。奇天烈そのものである。その原因や根拠が判明しない限り、確率で成り立つ理論をアインシュタインは受け入れなかった。先のノーベル賞は方法(how)の確立が評価されただけであって、原因(why)の探究には無関心だった。その現状に対して私は、アインシュタインの立場を擁護し、文明論的倫理問題として議論を組み立てて来た。
   けれども私は、量子技術それ自体を拒否しているわけではない。アインシュタインはフィジカル(自然的)かメタフィジカル(超自然的)かの、二者択一的思考だった。私は違う。量子は〔フィジカル・バース〕(自然世界)には存在せず、ナノスケールの極微な〔メソフィジカル・バース〕(半自然世界)に存在する。人間は、生物としてはフィジカルに暮らすが、言語を操って思惟する限りメソフィジカルに暮らす。そのいずれにも関わらないのが、キリスト教唯一神やプラトン的数学原理(イデア)の〔メタフィジカル・バース〕(超自然世界)である。三者を総合して〔存在圏(バース)の3類型〕という構えである。私にとって重要な課題は、人々の意識をフィジカルからメソやメタへと、どのように伝達できるか、ということである。
   その課題に取り組むには、第一に物理学者ロジャー・ペンローズが取り組んでいる人間意識(マクロ)と量子技術(ミクロ)の連携は可能か? という難問を共有するチャレンジ精神――好奇心――が必要である。私は数学理論でなく社会理論の立場だが、その好奇心を持ち合わせている。古典力学はマクロ(実在)の〔フィジカル・バース〕にかかわり、量子力学はミクロ(極微)の〔メソフィジカル・バース〕にかかわる。人間は観念的には後者で活躍するけれども生物的には前者に生存するのだから、双方の交流はさして困難ではない。アメリカで1968年に放送されたSFアニメ映画「ミクロの決死隊(Fantastic Voyage)」では、人間はみな「ミクロナイザー」で極微サイズになったではないか。あの時は身体がミクロになったが、ペンローズの場合は意識が量子化するのである。身体抜きの意識のみの交流、これは使える。眠っている人の耳や鼻の穴から魂が抜け出して飛翔する民話がおおいに参考となる。それと、思考は身体(フィジカル)が生みだす観念装置(メソフィジカル)で構築されるのであって、それを受け取る脳(フィジカル)は処理能力の高い有機物質的コンピュータに過ぎない、という発想が意味をもつ。
   2026年8月、つまり今月に至って、私は〔バースマシン〕概念を構想しようとしている。過去・現在・未来の時空を移動するタイムマシン(Time Machine)でなく、自然・半自然・超自然の圏域を移動するバースマシン(Verse Machine)である。実現に至る条件として、以下の3つが必須である。①自然圏域〔フィジカル・バース〕をベースに半自然圏域〔メソフィジカル・バース〕から超自然圏域〔メタフィジカル・バース〕へと連なる〔存在圏(バース)の3類型〕の理解。②脳波で機械を動かすBMI(ブレイン・マシン・インターフェイス)技術。③物理学者ペンローズが注目している意識と量子技術の連携、これが最大の推進役となるだろう。
参考までに、量子論に関連する拙稿のリストを以下に掲げておく。

2023.03 論文 「量子力学に対する文明論的疑義―アインシュタインとシモーヌ・ヴェイユ」、
NPO法人頸城野郷⼟資料室学術研究部研究紀要、ディスカッションペーパー、Vol.8/No.01 2023.3.28.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/8/1/8_1/_article/-char/ja
2023.10 論文 「地中海的ハビトゥスと量子世界観―ブローデルとブルデューを参考に」、
NPO法人頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要、ディスカッションペーパー、Vol.8/No.11 2023.10.27.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/8/11/8_1/_article/-char/ja
2023.11 論文 「自然と超自然の緩衝域を考える―メソバース(時空中間域)の想定―」、
NPO法人頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要、ディスカッションペーパー、Vol.8/No.11 2023.11.11
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/8/12/8_1/_article/-char/ja
2024.01 論文 「未来社会Society5.0と〔メソバース〕」、
NPO法人頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要、フォーラム、Forum124、2024.01.08.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/2024/124/2024_1/_article/-char/ja
2024.06 論文 「量子世界は半自然世界(メソフィジカル・バース)である」、
NPO法人頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要、ディスカッションペーパー、Vol.9/No.11 2024.06.06.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/9/11/9_1/_article/-char/ja
2024.07 論文 「学問論を軽んじる量子力学―古代原子論とマルクス原子論を参考に」、
NPO法人頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要、ディスカッションペーパー、Vol.9/No.12 2024.07.05.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/9/12/9_1/_article/-char/ja
2024.10 論文 「量子の呪術的性格―妖怪呪術・商品物神・不気味な量子」、
NPO法人頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要、ディスカッションペーパー、Vol.9/No.14 2024.10.02.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kfa/9/14/9_1/_article/-char/ja
2024.10 短編 「量子力学という科学の非科学性―〔メソフィジカル・バース〕の提唱」、
webジャーナル「公共空間X」2024.10.05.
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/12056
2025.02 論文 「クアンタム(量子)とプシュケー(魂魄)」、
webジャーナル「公共空間X」2025.02.24.
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/12748
2025.03 論文 「量子力学は科学でなく技術である」、
webジャーナル「公共空間X」2025.03.10.
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/12826
2025.08 論文 「物と心のあいだに―西田幾多郎のハイゼンベルク読書」、
webジャーナル「公共空間X」2025.08.23.
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/13975
2025.11 論文 「物理と佛理の親近性―メソフィジカル・バース」、
季報唯物論研究、173号、2025.11
2026.08 論文 「宇宙=自然の始まりをどうみるか―アインシュタイン・ホーキング・ペンローズ」、
webジャーナル「公共空間X」2026.08.09
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/15899
2026.08 論文 「仏教(倶舎論)の極限微粒子と物神的振舞いの量子(素粒子)」、
webジャーナル「公共空間X」2026.08.18
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/15958
2026.08 論文 「自然と半自然と超自然を行き交うバースマシン」、
webジャーナル「公共空間X」2026.08.23
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/15993
 

 
(いしづかまさひで)
 
(pubspace-x16026,2026.08.29)