花見/初夏―森忠明『ハイティーン詩集』(連載19)

(1966~1968)寺山修司選

 

森忠明

 
花見
 
一週間もごぶさたしたビルの建築風景のように
彼の心は易くえている
強い風のあとから天気雨で
閉め忘れの木戸はおとなしく濡れている
山吹の下にはまさしく交尾期の暖気があって、
とらまえどころのない隣の二階屋からの季節
花でも見に行くか お調子者のぼくよ
首府東京の桜はこの風でおしまいでしょうと
1480KCのDJは言う
それでもいいじゃあないか
おまえも彼も桜が目あてじゃないんだから
極めてメカニックな国産カメラを肩に無造作にして
赤い砂埃りに目を細めてみたいだけさ
ぬるんだコオクや二級酒びんが四方よもの山辺と 
妙にバランスがよいのも肯ける
ビニールとむしろの下の石っころに
足をくずした娘のひざっ小僧
湯屋の壁絵ほどの郷愁はないが
僕も静かに南京豆を一つむく
 
――――――――――
 
初夏
 
伊豆のM市の夜中のスカイラインで
ぼくは今 失職した
真っ赤なセダンの部長に
ばかやろうめといったぼくの口調
ばたんというドアの音
冷たい風と野犬を追いながら
ぼくはいつか見たサラリーマン武勇伝映画を思いだす
 
            *
 
M市中央通りの小猿が へどを吐く
グランドパレスの千波さんは
おとこってこわいと独りごつ
フロアでマンボしているヤマモトさん
あなたは何をさせても上手だ
 
            *
 
おお はつ夏の国道一三六号
基本給が上がったら
ぼくはあなたを本心からくどこうと思っていたが
おお はつ夏の伊豆の月は今
あなたの好きな口紅のようだ
 
(もりただあき)
 

編集者より
   「花見」は、『ハイティーン詩集』(2002刊)には載っておりませんが、今回、森忠明さんの御要望により掲載させていただきました。
   今回「花見」を掲載する経緯については、以下の〈森忠明さんの“お手紙”より〉をご覧ください。
 
〈森忠明さんの“お手紙”より〉 
本日は、恥ずかしながら一つのお願いがあります。連載19?にあたるはずの『初夏』なる作の事なのです。実は誰にも言っておらず、始めてあかす(白状)のですが、この詩だけ寺山修司の“目”が入っていないのです。
本当は(コピー同送の1967「高3コース」掲載の)『花見』という題のものを『森忠明ハイティーン詩集』(2002刊)にのせるはずでしたが、‘67当時、片思いのGF、乗松真砂子さんに、「花見というタイトルはあなたらしくない····」とか、いろいろクレーム?をつけられたため、収載しなかったのです。そのかわりにのせたのが『初夏』で、これは小生が22歳、タツノコプロ企画文芸部にアルバイト気分でつとめていた時のものゆえ、唯一「ハイティーン」の名をうらぎるものなのです。
そこで、できますれば、同送の『花見』を『初夏』と差替えていただきたいのです。そうしていただければ、『公共空間X』にてようやく“完本”に成る、のだと、いささか無慙をおぼえつつ、ナルシシズムの腐臭のうちに愚考する次第です。
御繁忙のところ、ごめんどうなお願い、なにとぞおゆるし下さい。

 
(pubspace-x8152,2021.06.30)