「新型コロナ緊急対策」を考える

鳴海游

 
1.大恐慌以来最悪の景気後退
 
  まず、新型コロナが経済に与えるインパクトがどれほどなのか。
  IMF経済顧問兼調査局長のギータ・ゴピナートは次のように言います。
 

「世界のほとんどの国で、感染症の大流行とそれにともなう拡大防止措置が今年の第2四半期(4~6月)にピークに達し、年後半にかけて徐々に収束すると想定した場合、IMFは4月の「世界経済見通し(WEO)」において、世界経済の成長率が2020年にマイナス3%まで落ち込むと予測している。」(「「大封鎖」 大恐慌以来最悪の景気後退」)
https://www.imf.org/ja/News/Articles/2020/04/14/blog-weo-the-great-lockdown-worst-economic-downturn-since-the-great-depression

 
  このレポートに載っている表に依れば、先進国・地域では20年に-6.1%で、アメリカ-5.9、ユーロ圏-7.5、日本-5.2となっており、新興市場国と発展途上国は-1.0、そのうち、中国1.2、インド1.9などとなっている。

「この結果、「大封鎖」は世界金融危機をはるかに上回る、大恐慌以来最悪の景気後退となる。」
「IMFはより厳しい代替シナリオも検討している。世界的流行が今年後半に勢いを失わず、感染拡大防止措置が長引き、金融環境が悪化し、グローバルなサプライチェーンがさらに崩壊する可能性もある。そのような場合、世界GDPの落ち込みはさらに大きくなる。パンデミックが2020年のもっと遅い時期まで続けばGDPは今年さらに3%、2021年に入っても続けば来年は8%、それぞれベースライン・シナリオより低くなると予測される。」

  木内 登英氏は、これらのシナリオについて、つぎのように言いいます。
 

「今後、感染拡大抑制のタイミング、強い外出規制措置の解除などのタイミングが後ずれしていけば、向こう1~2か月など比較的早期にも、第1のリスクシナリオが、ベースシナリオとなるだろう。IMFも、既にこの第1のリスクシナリオが、ベースシナリオに近いものとみなしている可能性も考えられる。」(「大恐慌以来最も深刻な世界経済の落ち込みが確実に」)
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2020/fis/kiuchi/0415_2

 
  この他では、ゴールドマン・サックスは2020年の日本のGDP成長率を-6%と予測していますが、これは「感染が終息に向かうことを前提としている7-9月期以降は、経済対策効果も手伝い、海外経済の回復に伴って、日本経済も回復軌道に戻る」と言うシナリオに基づいています。したがって、この前提・シナリオが崩れるならば、日本のGDP成長率は-6%をさらに数%下回ることになる。
https://www.goldmansachs.com/japan/insights/pages/japan-economics-f/report.pdf
  と言うことで、私たちも「第一のリスクシナリオ」をベースシナリオとして想定しておいた方が良いのかもしれません。
  こうした予測が決して過剰な悲観に支配されたものでないことは、最近のアメリカの失業者数の増加を見れば、明らかでしょう。
 

「3月22日以降の約4週間で2,200万人を超える労働者が失業保険を新規申請している」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/04/e172e9d7129fd701.html

 
  今年1月のアメリカの雇用者数は1億5200万人程度だから、約4週間で全米の雇用者の14.5%程度が新たに失業したことになります。
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/shuyo/0205.html
  アメリカは、ヨーロッパや日本と較べて、解雇が容易ですから、雇用情勢が実体経済の収縮をよりストレートに反映していると見てよいでしょう。
 
  次に各国の経済対策を大和証券の「<特別レポート> コロナ・ショックと世界経済」から簡単に見ておきます。
  米国は2.3兆ドルの経済対策を決定していますが、米国のGDPは21.4兆ドル余ですので、これはGDPの10%を越える大規模なものということになります。またその中身は、家計への現金給付2.900億ドル(1人あたり最大1200ドル、17歳以下は500ドル)、失業給付の拡充2600億ドル(週600ドル加算)、中小企業向け貸し出し・助成金3700億ドル、大企業・地方政府向け貸し出し5100億ドル、州・地方政府への援助1500億ドル、医療関連支出の拡充1800億ドルなどとなっている。
  欧州については、同レポートは次のように記述しています。
 

「欧州各国政府はロックダウンに伴う景気悪化の影響を抑えるため、さまざまな景気対策を発表している。それぞれの国の状況に応じた対策ではあるが、二つの大きな柱が共通している。一つは売上急減に直面する企業の資金繰りを支援する対策で、つなぎ資金のための低利の融資制度の拡充や、税や社会保険料の支払い猶予措置などが盛り込まれている。もう一つは所得減少に直面する家計に向けた対策で、休業に伴う所得減少の一部を政府が肩代わりする方策に加え、住宅ローンの支払い繰り延べなどが盛り込まれている。景気の急速な悪化に伴い、懸念されるのは失業者の急増だが、欧州各国はドイツの「短時間労働(Kurzarbeit)」と呼ばれる制度を手本とし、雇用維持支援策の強化に取り組んでいる。「短時間労働」とは、稼働率が低下した企業が従業員に自宅待機や短時間労働を命じた場合、目減りした所得の一部(ドイツでは60%、他国では100%の場合もある)を政府が支払う仕組みである。」
「EUは加盟各国に財政健全化を要請し、財政赤字をGDP比3%以内とすることを義務づけているが、3月17日の緊急EU首脳会議でこのルールの適用を一時停止することが合意されており、財政支援策の拡充が優先されている。」
https://www.dir.co.jp/report/research/economics/outlook/20200403_021439.pdf

 
  アメリカ・ヨーロッパでは、事態の深刻さが認識されていて、必要な財政出動に踏み出していると見て良いでしょう。
 
  金融政策においてもFRBは4月9日、2.3兆ドルの緊急流動性供給プログラムを発表していますが、豊島逸夫氏はこれを次のように評している。
 

「市場の関心はFRB発表の総額もさることながら、内訳に集中している。/まずコロナショックで虫の息の民間企業向け民間銀行経由の企業融資をFRB傘下の特別会社が買い取る。……FRBがそう大胆に言えるのは、損が出ても財務省が補填してくれるからだ。/かくして中央銀行が不良債権を抱えることで米ドルの信用が損なわれることもなくコロナ禍で瀕死の企業を広範囲に支援できる。/「ヘリコプターマネー」の制度化である。/中央銀行と財務省のバランスシート「連結」の始まりとも映る。……/これは歴史的な変化だ。/これまでタブーとされてきたことが「ウイルスとの戦争」に勝つための「戦時対応」として正当化された。……中央銀行と財務省の一体化は「新常態」となる可能性が今や無視できない。」
https://gold.mmc.co.jp/toshima_t/2020/04/3001.html

 
  これまでタブーとされてきたことが「新常態」(ニューノーマル)になるのか? その時、通貨ドルの価値は維持されるのか? この問いを杞憂ということはできないでしょう。
 
2.日本の状況は
  日本でも非正規雇用者では解雇が急激に拡がっています。この先「自粛」そして「輸出の激減」が長期化すれば、解雇は正規雇用にも拡大していくでしょう。
  もちろん「新型コロナ」で脅かされているのは、労働者だけではありません。自粛要請によって多くの企業が売り上げを激減させています。インバウンド関係、観光業は言うまでもない。その他のデータで4月以降の状況を確認できるものを拾うと、大手百貨店3社の4月1~14日の売上高(速報、既存店ベース)は前年同期比で、大丸松坂屋百貨店が68%減、三越伊勢丹ホールディングスは68・8%減、高島屋は62・8%減。また、POSシステムによる4月1~9日間の飲食店の売上データを見ると、対前年比で36.5%まで落ち込んでいます。
https://www.asahi.com/articles/ASN4H5WGBN4HULFA026.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000056468.html
  こうしたデータを踏まえると、十分な公的支援なしに自粛要請が続けば、小規模店舗をはじめとして第三次産業のかなりの部分が壊滅的な打撃をうけることは、明らかです。
  さらに製造業にも打撃は及んでいます。例えば自動車産業では、北米市場での需要激減もあって、工場・ラインの停止が相継いでいる。自動車産業はすそ野が広いので、傘下の中小企業にも大きな打撃を与えることになるでしょう。 
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01277/00003/
  日本の経済対策をみると、政府は108兆円の緊急対策案を打ち出しましたが、この金額は「見せ金」で、「真水」はせいぜい19兆円程度のものと言われる。
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2020/hoshi200408.pdf
  これでは到底現在の危機に対応できない。それは米国の財政出動の規模と較べても明らかでしょう。
  その後政府案のうち、支給対象を限定した「一世帯30万円支給」案は、国民各層の不満をもたらし、一度閣議決定された補正予算案が政権与党内からも反対を受けて覆るという前代未聞の事態となりました。これで野党案にあった「一人10万円支給」は実現することになったわけですが、これはあくまでも当座の対策であり、追加の対策が必要なことは言うまでもないでしょう。
  さらに大胆な財政出動には、『財政破綻』あるいはインフレを招くのではないか?という不安も伴うでしょう。しかし、いま財政出動に躊躇すると、多くの中小企業が潰れて失業も厖大なものとなり、この先の税収は激減することになります。したがって今は財政出動をするしか選択の道はないと思われます。もちろん、「それではこの財政出動をどうファイナンスするのか」という問題はありますし、「日銀がおカネを刷ればよいだけだ」という考えもあるでしょう。その点は、私たちもよく議論をする必要があると思われます。
 
3. 「緊急対策」の狙いをどこに定めるか
  次に「新型コロナ」感染拡大に対する「緊急対策」を問題にしますが、ここでは「新型コロナ」の直接的被害に対する政策とそれが経済に与える被害に対する政策を分けて考えた上で、ここでは先に後者を問題にすることにします。
  このような政策を考える場合、何が大事でしょうか。木内登英氏は次のように言います。
 

「政策の狙いがどこにあるかを決して見失わないようにすることが重要だ。そして、危機が収束した後のことを常にイメージしておく必要もあるだろう。/……新型コロナウイルス問題を、経済政策を通じて直接解決することはできない。新型コロナウイルス問題が収束した際には、できる限り元の経済環境に戻れるようにすることこそが、現時点での経済対策の基本的な理念ではないか。/従って、経済政策の中心は景気浮揚策ではなく、将来の自国の経済発展の担い手である重要な中小企業、労働者、フリーランスを含む自営業が、その経営基盤、生活基盤を失ってしま[わ]ないように支えていくという、セーフティネット(安全網)の強化策である。」
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2020/fis/kiuchi/0410

 
  景気浮揚策の位置づけは後ほど問題にしますが、その点をペンディングにすれば、概ね首肯できる内容ではないでしょうか。
  再度引用しますが、「将来の自国の経済発展の担い手である重要な中小企業、労働者、フリーランスを含む自営業が、その経営基盤、生活基盤を失ってしまわないように支えていくという、セーフティネット(安全網)の強化策」、これが当面何より重要であり、このためには惜しみなく財政支出をしていかねばならないでしょう。
 
  この点を踏まえた上で、次に「緊急対策」をフェーズ(段階)に分けて考える視点を導入したいと思います。
  山田久氏はコロナショックへの対応策を3つのフェーズに分けて考えています。
 

「第1段階は「感染拡大阻止」フェーズである。感染の加速度的な増加トレンドを抑え込むことが最優先課題であり、そのためには実効性のある形で人々の行動制限を行う必要がある。……緊急事態宣言のもとでの移動制限の実効性を高めるためには、実質的な休業補償とセットの形での事業者への休業要請がポイントになる。」
「第2段階は「感染収束と経済回復の両立」フェーズである。感染拡大に歯止めが掛かった後も、想定を上回る期間、経済活動水準の低位推移が続く可能性があり、資金繰り支援・雇用維持策・所得補償策は追加で求められることを想定しておく必要がある。」
「第3段階は「“コロナ後”の経済復興」のフェーズである。「中長期ビジョン」に沿った復興の取り組みを本格化させる一方、ウイルスとの戦いが長引けば「後始末」も必要になる。その場合、累増した国家債務や膨張した中央銀行のバランス・シートをいかにして正常化していくかが問われることになり、同時に、産業構造を新しい形に転換していくのに、いかに失業を回避して労働移動を進め、内需主導成長を支える賃上げのできる経済体質に転換するのかも問われる。こうした展望を念頭に置きつつも、現時点では不確実性が余りにも高いことから、まずは第 1フェーズを早期に終息させることに注力しつつ、第2フェーズへの準備を着実に進めることが、いま我々がなすべきことである。」
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/viewpoint/pdf/11687.pdf

 
  「フェーズ」の設定は、主観的な側面もあると思いますが、この山田氏によるこの三段階の設定はそれなりに有効であり、また「まずは第 1フェーズを早期に終息させることに注力しつつ、第2フェーズへの準備を着実に進めることが、いま我々がなすべきことである」という認識も妥当なものではないでしょうか。そう考える理由として、少なくとも二点を指摘しておきます。
  まず第一点。現在までのところ多くの国はーー中国・韓国などを除いてーーいまだに「感染拡大阻止」の段階にありますが、仮に感染が抑えられたとしても、それで集団免疫が獲得されたわけではありません。したがってそこから各国が経済活動を活性化していくと、「新型コロナ」の第二波に見舞われる可能性が少なからずある。
  この点は、米政府の『COVID-19対策プラン』も、仮説としてですが、「パンデミックは18カ月かそれ以上続く。またそれは複合的な病気[流行]の波を含むかもしれない。」と述べていますし、また最近では「2022年まで、長期または断続的な社会的距離(Social distancing)政策が必要になるかもしれない」というハーバード大学研究者の指摘も紹介されています。
  さらに米疾病対策センター(CDC)のロバート・レッドフィールド所長は21日、「米国内で新型コロナウイルスの第2波が発生すれば、インフルエンザの流行初期と重なる可能性があり、今回よりもさらに甚大な被害をもたらす恐れがある」と警告している。
https://int.nyt.com/data/documenthelper/6819-covid-19-response-plan/d367f758bec47cad361f/optimized/full.pdf
https://mainichi.jp/articles/20200416/k00/00m/040/171000c
https://www.afpbb.com/articles/-/3279828?cx_part=top_topstory&cx_position=1
  このように予想される長期間を「感染拡大阻止」に焦点を絞った第1フェーズで対応することは不可能ですから、「感染収束と経済回復」を両睨みする第2フェーズを設定する必要があります。そして、この第2フェーズは相当期間継続せざるを得ないでしょう。この点は、「新型コロナ」に対応したワクチンの開発を勘案しても基本的には変わらない。ワクチンの開発・量産化にはかなりの期間を要するからです。
  これに関連して言うと、景気浮揚策が必要になるのは、基本的には第2フェーズからでしょう。この点は、イアン・ブレマーの発言も引用しておきます。
 

「夏までに、もし米国が韓国やドイツのように上手く対応できれば、6月には、経済は再び勢いよく動き出すだろう。ただ商業の風景は全く変わる。旅行業やレストラン業はなお困窮しているだろう。その時こそ、刺激策が必要となる。今、必要なのは救済策だ。」
https://jp.reuters.com/video/watch/idOWjpvCAU4LDCUSZM8K85XSPX79JBZTT

 
  私は<消費税の5%への減税は、今は無駄だ>と言いたいのではありません。各種の補償は全く不十分なのですから、困窮者の救済策としては極めて有効です。しかし、重点を置くべきことは、<少なくとも第2フェーズに入った段階で、日本経済を再活性化させるために消費税を最低でも5%まで引き下げる>、このことを国民的な合意とすべきだということです。もちろんこれを行うためには、財政をどうファイナンスするかについての議論も必要である点は、先にも申した通りです。
 
  第二点。私たちが第1、第2のフェーズをくぐり抜けて、私たちが「新型コロナ」が終息した後に見出す世界は、これまでの世界とはおよそ異なったものとなっているでしょう。私たちは過去の世界に戻ることは、最早できない。
  なにより、私たちの国は、「新型コロナ」が襲来する前に、すでに壊れかけていたことを忘れるわけにはいきません。昨年10月の消費増税は、日本経済にすでに決定的なダメージを与えていました。さらに日本の政治システムも官僚的統治機構も、そうした破滅的な経済政策が罷り通るほどに劣化しています。だからこそ、いま「新型コロナ」に対しても日本の統治機構は愚かな対応しかできないでいる。こうした統治機構を根本的に変革し、日本経済を作りかえなければ、日本は奈落に落ちるしかありません。
  私たちにとっても、「新型コロナ」後の世界を構想することは、容易ではありません。既成の知識では未知のウイルス=「新型コロナ」に対応できなかったように、既成の知識では「新型コロナ」後の世界の構想を手に入れることはできないでしょう。新しい世界の構想は、既成の観念を疑い、自分たちで考え、模索することを通してしか手に入れることはできないのだと思います。
(本稿は、私が関与する市民団体に議論の素材として提起したものに加筆したものです。内容的にも中途半端なのものですが、時事的な論題ですので、ここで掲載をお願いするものです。)
 
(なるみゆう)
 
(pubspace-X7769,2020.04.24)