病の精神哲学2  カントの「心の病」論

高橋一行

 
 カントは48歳(1772年)から晩年まで途切れることなく、「人間学」の講義をしている。そして74歳(1798年)になってから、その講義をまとめた『実用的見地から見た人間学』(以下『人間学』)を出版している。ここでこのテキストを読解する。とりわけ第一部第一編に着目する。
 まず『人間学』は人間の能力を問題にし、それを分類する。カントの主著『純粋理性批判』(以下「第一批判」)に即して、まずは感性と悟性を取り挙げる。「第一批判」においては、人間は感性と悟性の能力を持ち、感性は直観から入って来る多様な印象を受け取る能力で、知性はこの多様な印象という素材を総合して、ひとつの認識にまとめ上げる能力である。カントの言い方では、それは純粋悟性概念によって統一されて、具体的な判断にもたらされるということになる。そういう話が展開される。ここ「第一批判」ではその能力の形式的な説明がなされている。
 それに対して、『人間学』は、それらの用語は「第一批判」のものを使いつつ、力点を感覚能力の衰弱、喪失に持って行き(26節)、失神や死に話を移す(27節)。そしてそこから、「第一批判」ではごく簡単に扱われたに過ぎなかった構想力の説明をする。構想力は、次の章で詳述するが、ここでは、「対象が現存していなくてもその対象を直感する能力」(28節)のことであると言っておく。そうしてその構想力について詳述したあと、「構想力の病」(50節)である心(Gemüt)の病、魂(Seele)の弱さの話をする。私はここに着目したい。つまり『人間学』で扱われる人間の能力は、積極的なものではなく、その失調、すなわち自己を見失い、通常の生活から逸脱する能力について、詳細な分類がなされる。M.フーコーは、『人間学』は「第一批判」の陰画(ネガ)であると言ったが(『カントの人間学』第6章)、それはそういう意味においてである。
 まさしくこれが人間なのだと言いた気(げ)である。具体的にカントの『人間学』を、カントが40歳の時に書いた(1764年)『頭の病気についての試論』(以下『頭の病』)と比較しつつ読んでみたい。まず『頭の病』では、頭(Kopf)の病だとか、心臓(Herz)の病という言い方がされ、『人間学』では心や魂の病という言い方がされるが、それらは同じものである。頭の病には、無能力の病と倒錯の病がある。前者は精神薄弱とも言われる。後者はさらに、乱心、狂気、精神錯乱と分類される。『人間学』ではより細かな分類がなされる。まず人間の能力の欠陥を、心の機能不全と心の病のふたつに分類する。心の機能不全の中には、愚かさ、愚鈍、馬鹿、阿呆、頓馬、間抜けがあるが、この分析には比重が置かれない。そして心の病の方は、さらに、鬱病(心気症)と狂気(躁病)とに分けられ、狂気の下に、狂乱(無精神)、妄想(精神麻痺)、錯乱、妄執(逸脱)が配列される。ご丁寧にカントはここで、ドイツ語で説明した後に、ラテン語で言い換えている。
 ふたつの著作の配列の違いは、当時の学問の進展を受けてのものかもしれないのだが、しかしもうひとつの要因は、このあとに詳述するが、40歳のカントと74歳のカントの間に、主著「第一批判」があり、さらにふたつの批判書があり、そこにおいて、人間の積極的な能力の吟味があり、『人間学』ではそれを受けて、否定的な能力の方もその分類を一層複雑にしたのだと考えることができる。
 ここで私が第一に指摘したいことは、このカントの分類のしつこさ、細かさである。カントのテキストは、叙述が反復し、細かな差異は執拗に追究される。一体そこに何か学問的な必然性があるのかと問いたくなる。カント自身に何かこだわりがあり、そのこだわりに任せて、細かな叙述を重ねて行ったのではないか。その結果、このテキストの全体像は極めて見えにくくなる。人間がかくも逸脱した存在なのだということは伝わって来るが、観察した事例があまりに多く、重要度に応じて分類するということができなくなり、ひたすら観察の収集に終始し、反復と、繰り返しをしているように思われるのである。
 つまり『人間学』では、細かいことにこだわり、全体が見えなくなってしまっている。『人間学』は細部の集合で成り立っている。
 実はこの反復と冗長は、「第一批判」においても見られるものなのだが、こちらは哲学的な議論だから、内容の理解が困難で、読む方が自分の頭が悪いのかと思って、その必要以上の長さに無理に付き合って、その結果、読む側が引け目を感じることになるのだが、しかし、『人間論』のように分かり易い話だと、その反復と冗長は一目瞭然で、そこまでの長さが必然的に要求されたものなのかという疑問が直ちに出て来る。単にカントの個人的な性癖に付き合わされているだけではないのかということだ。
 すると「第一批判」の方でも、あの晦渋な文章をありがたがる必要はないのではないかと思われるのである。カントにもう少し、読者に分かりやすく書こうという気があったなら、「第一批判」は、4分の1の長さになっていたはずだ。つまりカントの文章から感じられることは、彼に読者への配慮がないということだ。
 実はカントの伝記を見ると、カントは今日の言葉で言えば、自閉症スペクトラムであったことが分かる(注1)。しかし私がここで言いたいのは、そういう伝記上の話ではなく、カントの文体や論理展開の仕方が、まさしく自閉症スペクトラム特有のものだということだ。それが「第一批判」にも、『人間学』にも現れているということなのである。
 第二に指摘すべき点は、以下のことである。
 『人間学』は、具体的な人間の能力の、否定的な面を取り挙げて、つぶさに観察し、それを列挙している。それはすべて著者であるカント、すなわち「私」の観察した世界が描かれているのだが、そこに「私」はいない。つまり「私」は決して対象とならない。「私」は観察するだけであり、記述のどこにも現れない。
 「第一批判」においても、「私」は決して対象となることのない総合の形式である。そこにおいて、「私」の感性と悟性の能力が問われ、「私」がどのように世界を把握するのか、その把握の形式が問われる。そこでは形式だけが論じられ、そしてその形式はすべて「私」のものである。つまり、「第一批判」は「私」の世界を描いているが、そしてそこで描かれているのは、すべて「私」なのだが、しかし「私」は対象ではなく、つまり「私」は実はどこにもいない。それは『人間学』でも同じく、そこではその観察の具体的な内容が挙げられ、それが分類され、詳述される。しかし私はその対象にならず、ただ観察するだけである。つまりここでも「私」はどこにもいない。
 このことと関係するが、さらに次のことが挙げられる。カントは、他者の行動をつぶさに記述するが、本当はしかし他者もまた主観を持ち、つまり他者もまた「私」であり、一方、「私」もまた他者から見れば他者であり、つまり自己としての他者は、他者としての自己に迫って来る。そこで相互承認がなされる。「私」はこのようにして生成するのだが、しかしカントには、こういう自己関係的な構造がない。内面を持った他者も存在しない。
 カントは、こいつは、間抜けだとか、ウィットがないだとか、いろいろと書くのだが、しかしその相手もまた、カントのことを、いつも決まった時間ちょうどに、自分の家の前を通り過ぎる変なおじさんだと見ているはずである。しかしカントには、そういう視点がない。カントは一方的に他者を観察し、それを面白がっている。その観察結果が自分に跳ね返って来ることはない。他者もまた悩みを持った存在であるということが理解されていない。
 つまり「私」はどこにもいないし、真の意味での、つまり相互承認ができる他者もいないから、「私」が生成する構造もない。しかし「私」は確実に存在する。
 先にも書いたように、カント自身、ここで扱われるような、特異な思考様式と行動様式を持っており、恐らくは自らそのことに気付いていたと思われるのである。『人間学』の記述の中に、カント自身は出て来なくても、しかし観察する「私」に強い問題意識があって、そういう観察ができるはずである。偏執的なしつこさをで対象を観察する「私」が確実に存在するはずなのである。
 実は、これは「第一批判」の言葉を使えば、「私」は物自体だということになる。物自体は、感性を触発し、しかし次の段階で悟性によって否定される。さらにしかし、否定されてなお、現象の世界の奥にあり、それは決して認識はできないが、確実に存在し、世界の中で根本的な役割を担うものである。それが物自体の定義である。
 まず感性の能力が検討される。感性は与えられた事物を物自体と受け取る。しかし感性論の議論の結果、その物自体性は否定され、対象は現象であり、物自体はその根底にあるということが分かる。さらに今度は悟性についての検討があって、悟性が構成するのは、現象世界であり、物自体は認識できないという結論が得られる。
 とすると、「第一批判」において、物自体は決して認識できないが、しかし確実に存在し、それが、「第一批判」で記述される世界の深層に迫る原動力となっているのだが、同じく「私」も認識され得ず、しかしそれは確実に存在し、「私」の世界を解明する駆動因となっているものである。
 さて、「私」こそ物自体であるというのは、カント自身がそう考えていたものである。熊野純彦を参照しつつ、カントのテキストからは、次のことが指摘できる(熊野)。
 まず『倫理の形而上学の基礎付け』に次のような説明がある。全体の最後のあたり、すなわち第三章の中の最終節「あらゆる実践哲学の究極の限界について」において、カントは次のように論じている。もし実践的理性が、自らを実践的であると考えるために、意志の客体を悟性の世界から取って来ようとすると、その概念は、現象の外に取らざるを得ない立場となる。しかし叡智者としての理性は自らを実践的だと考えることは必然的である。このことをカントは、「叡智的世界の概念を、すなわち物自体それ自身としての理性的存在者たちの全体を必然的にする」と言う。物自体としての私がここで意識されている。それは存在することは確実だが、しかしどのように存在するのかは認識できない。これは、カント自身が、物自体の原型は私であると考えていたということを示しているだろう。
 また、「第一批判」の「演繹論」において、カントは次のように言っている。「私は『私が存在する』ということは意識している(B157)」。「私自身の存在は現象ではない。我々はたとえカテゴリーを用い尽くしてもなお、自己の認識に達することはできない」(B158)。つまり私は物自体である。
 そして物自体が「第一批判」と『実践理性批判』(以下「第二批判」)を繋いでいる。認識の領域にあった現象と物自体の区別を、実践理性が克服して行く。実は、『人間学』はまず「第一批判」のネガとしてあるのだが、しかしそれは直ちに、「第二批判」のネガにもなる。フーコーは、それを次のように表現する。すなわち、先の『カントの人間学』の第9章で、『人間学』は「第一批判」を経験的な水準で反復するが、すでにそこでは「第二批判」も反復されているとフーコーは書く。『人間学』は理論と実践の両方の交錯する領野である。『人間学』の問題は、真理と自由の帰属の問題だ。
 さらに「人間学」は三つの批判に先立ち、それを達成し、それを清算するとフーコーは言う(同第1章)。つまり、カントのこの最後の著作が、カント前批判期の探求と、三つの批判の総体と、批判以後の人間についての認識と、すべてに関わっているとフーコーは指摘するのである。この問題は従って、カントの著作をどう体系的に見るかという問題に繋がる(注2)。
 私はここで、菊地健三の説を紹介したい(菊地)。
 カントには、まず哲学者の視点から書かれた著作がある。「第一批判」とそれに対応する「自然の形而上学」、「第二批判」とそれに対応する「人倫の形而上学」がそれである。一方で、これら理性による関心事以外の問題もカントは扱っている。それらは、自然及び人間の観察に基づいている。ここで取り挙げている『頭の病』と『人間学』のほか、初期の『美と崇高』や、「人間論」講義と並んで、長年講義を続けて来た成果をまとめた『自然地理学』などがそれである。そして重要なのは、この哲学者と観察者の両方の視点が調停されたのが、『判断力批判』(以下「第三批判」)であるということだ。
 すると、フーコーの言うように、『人間学』は三つの批判のネガであり、この三批判を反復するものなのだが、同時に、菊地の言う如く、「第三批判」は、「第一批判、「第二批判」と『人間学』の両方を調停したものだ。つまり「第三批判」は、『人間学』の前にあって、かつそのあとに来るものである。こういうことが起きるのは、『人間学』は1798年に出版されたのだが、しかし「人間学」の講義は、1772年から始まり、途切れることなく、カント晩年まで続いている。その間に、「第一批判」は1781-7年に、「第二批判」は1788年に、「第三批判」は、1790年に出たのである。
 そして、「第三批判」において、この哲学と観察の両者が調停されるのだが、その際に、先の構想力が使われる。邦訳『人間学』の解説にある表現を使えば(p.555)、「第一批判」が「純粋理性」の陥る仮象を論じているのに対し、『人間学』は構想力の仮象を論じ、仮象批判を下から補完している。そして「第三批判」において、この構想力がパワーアップして使われるのである。悟性では、超感性的なものは認識できない。構想力のみがそれを把握できる。容易に病に陥り、暴走する構想力こそが、「第三批判」の美学と目的論に使われる武器となる。それは本稿次章の課題である。
 もうひとつ指摘したいのは、カントは自らを観察の対象とはしていないと先に書いたのだが、しかし無意識裡にそういう作業をしているのではないだろうかということである。つまりカントは、自らをも、『人間学』において自ら設定した範疇のどこかに分類されることを無意識の内に考えていたのではないか。
 もちろん、当時、自閉症スペクトラムという概念はない。自閉症と統合失調症の区別も、神経症的鬱と内因性の鬱との違いもない。またその分類先は、カントの言葉に従えば、頭の病とか、心の病と言うことになるのだけれども、必ずしもそれを病と言う必要はなく、先のフーコーの言葉ならば、それは逸脱とか、標準からの偏差と言うことになる。あとは程度の問題で、脳の構造も皆少しずつ異なっているということになる。要するに、病に分類されると言っても、それは通常の人といささか違っているということに過ぎないのだ。しかしここで問題にしたいのは、明示的にカントの著作に現れて来なくても、無意識の領域において、カントは自らを対象にしているということだ。
 そのことを示唆するのは、カントのルソーへの言及である。つまり、カントはなぜあそこまでルソーに惹かれたのか。
 まずルソーを、著しい熱狂の持ち主だか、夢想家だという記述が『頭の病』にある。また夥しいルソーへの言及が『人間学』にはある。そこには、ルソーの『不平等起源論』へ共感を寄せているものがある(第二部E-C)。ルソーは、自然状態から文明化へ進むことで、不平等社会が到来したことを嘆く。そして人間が道徳的存在になることへの懐疑を口にする。同時にしかしルソーには、自然状態における無所有の素晴らしさについての確信は揺るぎのないものがある。また『社会契約論』において、全員一致で契約を結んで理想社会を創るということにも強い信念がある。
 ただそのルソーの無所有の思想は、私が思うに、自らのパラノイア妄想に基づく、自己の正当化の欲求と結び付いている。それは無力感とその反動としての万能感による。また社会契約論に見られる、全員一致という極端な、しかし人を高揚させる思想は、ルソーの過剰な愛と、しかもそれがその反動として、自分は陰謀にはめられているのではないかという、被害妄想の転じたものだ(スタロバンスキーを参照した)。
 カントはルソーに、自分にない、あり余るほどの感情を感じる。カントはまずルソーの思想に感銘し、その思想はルソーの狂気に裏打ちされることに気付く。そしてその上でそれを称揚する。
 ここでそのルソー観はカント自身に跳ね返って来る。カントに明示的な記述はなく、従ってこれはカントの無意識をこちらが推測するだけの話だが、カントもまた自らをルソーに近いと見ているはずだ。カントは、ルソーの先の、人間が簡単には道徳的存在に至らないという懐疑を形容するのに、「心気症的な」という言葉を使う(注3)。うっかり口を滑らせたという感じで、しかしこの懐疑はむしろカントのものではないか。心気症と分類されるのはカントその人である。つまり、カントはひそかに自らを分析して、それを『人間学』での分類のひとつに潜り込ませているのである。
 カントがルソーから強烈な影響を受けていることはしばしば指摘されている。しかしその実質はどんなものか。例えば、内海健は次のように言う。カントはヒュームを1757年ころに読んでおり、カント自身の言う如く、「独断の微睡」が破られ、強い衝撃の中にいる。しかしそのすぐあとにルソーを読み、ヒュームによって壊された心が癒されたのではないか(内海)。
 しかし坂部恵は異なる見解を述べている。それはむしろルソーによる衝撃の方が、ヒュームによるそれよりも決定的だったというものである(坂部第III章)。私はそちらに同意する。ヒュームによる影響は、確かに「第一批判」での思索を促した。しかし、ルソーの影響は、観察家としての著作全体に及び、それは晩年の『人間学』に結実し、さらに、「第三批判」を書かせるに至った。この問題をさらに追究して行きたい。
 
 

 1 フィッツジェラルドは、カントが際立って規則正しい日常生活を営んでいたこと、その性格に、共感性の欠如、強迫観念などが見られたことを指摘している(フィッツジェラルド)。
 2 例えば、重田園江は、フーコーのこのカント論の中に、カントの公共性と倫理への問いを読もうとする。そしてカント『人間学』には、人間の「他者関係」、「相互行為」が描かれていると強調する。確かに『人間学』にそういう記述はある。しかし、私がここで着目しているのは、『人間学』の第一部第一編であり、そこにおいては、フーコーが指摘するように、それは「第一批判」のネガであり、そこに「他者関係」や「相互行為」はない。問題は、どう『人間学』を読むかということではなく、どう「第一批判」と「第二批判」の関係を考えるのかということになる。つまり他者がいない「第一批判」から、道徳が主題となり、「他者関係」が主題となる「第二批判」へどう繋がるのかということが問われるべきである。
 3 心気症(Grillenkrankheit)は鬱(Hypochondrie)とも言い換えられており、それは今日の言葉で言えば、神経症的な鬱であると思われる。それはむしろ、強情な性格や極度のこだわりと言った、自閉症スペクトラムの特徴をも指している。それはルソーの精神病としての特徴とは異なる。
 
参考文献
 カントの原文は、Suhrkamp版にあるものはそれを使い、他はAkademie版を使った。また翻訳は、岩波書店の「カント全集」を参照した。『純粋理性批判』については、慣例に従って、第一版をA、第二版をBとして、ページ数を記した。
 
フィッツジェラルド, M., 『天才の秘密 -アスペルガー症候群と芸術的独創性-』井上敏明監訳、世界思想社、2009
Foucault, M., Kant Anthropologie du point de vue pragmatique & Foucault Introduction à l’Anthropologie, Librairie Philosophique J. Vrin, 2009 = 『カントの人間学』王寺賢太訳、2010
熊野純彦 「ふたつのDialektikをめぐって―カントの弁証論とヘーゲルの弁証法-」『哲学史IV』熊野純彦他編、講談社、2012
菊地健三 『カントと二つの視点』専修大出版、2005
——   『カントと動力学の問題』晶文社、2015
重田園江 「フーコー –公共性と倫理への問い- (カントを読むフーコー)」『岩波講座 政治哲学5 理性の両義性』岩波書店、2014
坂部恵 『理性の不安 –カント哲学の生成と構造-』勁草書房、1976
スタロバンスキー 『ルソー 透明と障害』山路昭訳、みすず書房、1993
内海健 「カント『脳病試論』について」『精神医学史研究』Vol.8-1, 2004
  
(たかはしかずゆき 哲学者)
 
(pubspace-x4602,2017.12.13)