「メーデーは、メイ首相の日か」―イギリスから(3)―

高橋一行

 
 イギリスでは6月8日に総選挙が行われる。今回は、その選挙の予想をしておく。
 争点はEUからの離脱を先に進めるか、考え直すかというものであるのだが、まずいくつか書いておくべきことがある。ひとつは私自身のEU観の変化と、もうひとつはイギリス政治の現状の説明である。
 
 ここに来て私は、E.トッドが言うように、必ずしもEUが望ましいものではなく、イギリスはそこからの離脱を選んで、これは正解だったのではないかという気がして来る。短期的にはマイナスである。まだEUの経済の力は強いから、そこから離脱することで、その恩恵が受けられなくなれば、それは明らかにマイナスだ。しかし長期的にEUは長持ちするのだろうかという気がして来る。
 私は例えば、ハーバーマスの『ああ、ヨーロッパ』(三島憲一他訳、2010岩波書店)などに感化されて、欧州統合への情熱と理性的熟議がEUを支えているのだとか、カントの平和論にもよく表れているように、ヨーロッパ人が長い間理想視していたものが、やっと現実化したものがEUなのだという感覚を持っていた。私はかつてカント平和論に関する論文を書いたことがあり、その時に読んだ参考資料においては皆、そういう調子で議論をしていた。また実際私は、ユーロが導入された2002年に、1年弱ドイツに滞在していたのだが、そしてそれは、アメリカの9.11の翌年の話で、すでにヨーロッパにもテロが起きる予兆はあったのだが、それでも、ヨーロッパを統合して行こうという気運は強く感じられた。しかし今思えばそれは、ドイツのインテリが考えることであって、今、イギリスに来てみると、イギリス人はそんなことは考えていなかったのだと思う。多分フランス人も、そうは考えていない。むしろEUがドイツ中心になっていることに不安を感じている。
 それは私やドイツのインテリがどうしたって観念的に物事を考える傾向があって、そういう見方になるのかと思う。それでトッドのいくつかの本を繰り返し読んでいると(例えば、『問題は英国ではない、EUなのだ – 21世紀の新・国家論 -』堀茂樹訳、2016文藝春秋)、いろいろと反省させられるのである。
 トッドはイデオロギーで物を見て、話をするということをしない。彼はひとつは、家族形態から国民性を考える。そうすると、日本とドイツは、父親に権威があり、後継ぎ以外は家を出るという傾向が強く、それは自国民族中心の権威主義になり易い。フランスは、親の権威がなく、兄弟が平等で、それは平等主義的個人主義になり、イギリスは、同じく親の権威がなく、しかし兄弟間は互いに無関心で、そのために自由主義的個人主義になる。
 この説明は、実感を以って納得させられる。フランス人は、皆平等に我がままで、自己主張が強く、街を歩いていても、誰も信号を守らない。皆自分の進みたいように前に進む。反体制的で、統制が取れない。一方イギリスは、もともと階級意識が強くあったところに、さらにアメリカと同じく、激しい経済競争と、格差が生じて来ている。物価は高く、しかしそれでも人々は何とかやって行かれて、そして何よりも自由が大事だと思っている。道路は、信号の色に関わらず、自分の判断で素早く渡る。ドイツはその点、随分と違っていて、何よりドイツが優れているということが重要だし、秩序は守るし、町で私が信号無視をしようものなら、遠くからでも、ちゃんと信号を守りなさいと怒鳴るおばさんがいる。またプロフェッサーの権威があって、私がプロフェッサーだと言うと、たいていのことは解決する。その国民性の違いは大きい。
 もちろん現代において、どこの国でも、伝統的な家族形態は崩れつつある。しかしなお、国民性は残っている。そこが重要である。変化はしつつ、しかしなお、国民性が明確に現れていて、そしてそれは経済や政治のあり方に大きく影響している。
 もうひとつは、出生率の問題である。すでに書いたように、ドイツは日本と同じく、出生率が低く、1.4位しかないから、経済を維持するためには、移民を必要としている。しかしイギリスとフランスは、出生率は2.0位あり、それで十分であって、多くの移民を必要としていない。
 日本のことは置いておいて、独仏英がここまで異なると、移民の対応にその違いが表れて来る。つまり、移民の存在が、EUを脅かしているのではなく、移民の対応の仕方が、各国で異なり、また異なるべきであるのに、EU全体で、同じ対応をしようとすると、そこに無理が生じる。そのことが問題である。
 具体的に言えば、イギリスで問題となっていたのは、ポーランドを中心とするEU内の他の国々からの移民であり、その場合、本来はポーランド国内の経済を良くして行くことが重要なのに、その経済を疲弊させておいて、大量の移民をイギリスに呼び寄せるのは、ポーランド、イギリス両国にとって、得策ではないはずだ。すでにイギリスでは、EU以外の国からの移民は大分制限されている。イギリスの入国審査の厳しさ、ビザ取得の困難さは他国を圧倒する。それは私が今回イギリスに入国するにあたって、身を以って経験したことである。しかしポーランドなど、EU内の移動は簡単だから、他のEU諸国からの移民がイギリスの場合、多くなるのである。そのことが、今回のイギリスがEU離脱の決断に及んだ背景にある。単に移民が嫌だという話ではない。もちろん、経済が悪いのは移民のせい、移民が多いのはEUのせいだという短絡的な考えは強くあるのだけれども。
 またフランスの場合、すでに、北アフリカからのイスラム系移民がフランス国民の1割にも登り、彼らはすでに2世、3世になっていて、彼らのフランスでの対応の改善が望ましく、またそのためには、ライシテなどというつまらないものに固執しないで(あえてそう書いておく。この問題は、すでに論じたが、またあらためて論じたい)、新たな共和国の原理を構築しなければならないのに、そしてそのことは、本来、フランス人には可能なのに、ひとつには、指導者の無能のせいで(とトッドは書いている)、もうひとつは、やみくもに移民を受け入れるドイツに振り回されて、解決がなされない。そういう状況で、こののちもずっと移民の受け入れを続けていて良いものだろうかということだ。
 そしてドイツも、すでにたくさんいるトルコ系移民との共存を進めなければならないのに、それができないまま、新たにシリアなどからの、まったく家族形態と国民性の異なるたくさんの移民を受け入れて、本当にやって行かれるのか。ドイツ自体は他のEU諸国と比べて断然経済が良いので、安い労働力が入り、さしあたって経済だけはうまく行くにしても、それは国民性と主として受け入れている移民のタイプの異なる、EU内の他の国々を振り回すことにならないか。
 そのように考えると、その国の事情と移民の事情と、まったく異なり、従って対策も様々にそれらの事情に合わせるべく、工夫されねばならないのに、EUの画一的な政策でうまく行くのかという疑問が出て来る。
 さらに、これはトッドは触れていないが、近い将来、キリスト教人口よりもイスラム教人口の方が上回ることは確実である。現時点でさえ、ヨーロパ各国が、イスラム教徒の移民または移民の子孫を抱えていて、まだ十分共存できていないのに、さらに彼らを受け入れて、それに対処する能力をEUが持っているのだろうかとも思うのである。
 もちろんトッドも私も、移民は基本的に受け入れるべきであると考えている。しかし上手に受け入れなければならない。やみくもに受け入れてしまうために、元からいる人と新たに来た人の両方に、不満が生じる。そして移民排斥運動が激化する。
 そういうことを考えている。イギリスに来て、またここのところフランスにも出掛けたり、フランス人と話す機会が多かったものだから、どうも私の中で、考えの変化があったようなのである。
  
 イギリスの政治のことも簡単に書いておこう。まずこの国では、保守党と労働党の二大政党制が続いている。自由民主党が第三政党として存在し、少し前は、私はこの党が躍進する可能性があるかと思ったのだが、2010年から議席を減らしている。しかし、この2010年には、保守党が単独では過半数に届かなかったので、自民党と連立を組んで、キャメロン内閣が誕生した。これが2015年には、保守党は単独で過半数になったものだから、連立を解消して、保守党単独の政権となって、今日に至っている。すでに書いたように、翌2016年に、国民投票があって、EUの離脱を決めたものだから、キャメロンは責任を取って辞任し、今のメイ首相となった。
 さて、その2016年の国民投票の際には、経済界や、エリート層やメディアはこぞって、EU残留を主張し、国民の中の中流、あるいはやや下層を含む中産階級の多くは、EU離脱を望んだ。ここで労働党は困ってしまった。彼ら政治家は残留派なのに、彼らを支持する人たちの多くは離脱派だからだ。それに対して保守党は、政治家が半分に割れて、元々は残留派が多かったのに、離脱派となって、離脱を求める中産階級のリーダーとなった人たちもいた。そしてその主張が国民投票で勝利したのである。
 この点について、トッドは、これはポピュリズムではないと言っている。ポピュリズムはエリート支配に対して、大衆が感情的に反発する運動である。しかしイギリスでは、エリートの政治家が、大衆をリードしている。扇動していたと私は思うのだが、EU離脱を望ましいと思うのならば、イギリスでは政治の仕組みがうまく働いて、エリートの中から、大衆の側に着く一群の人たちが出て来たのである。それは階級意識が明確にあるイギリスでは、秩序を保つ望ましい政治のあり方なのである。そう言われると、確かにポピュリズムに支えられて登場した政治家は、どこの国でも、およそ知性とはかけ離れた人物であることが常だから、今のイギリスの保守党は、そういった国の政治家と比べると大分まともなのではないかと思えて来る。私は今の時点でも、さしあたって、何十年も掛けてEUを創って来たのだから、当面はまだEUは存続すべきだし、存続させるべく努力をすべきだと思うが、イギリスについては、すでにそこからの離脱を決定し、今やその離脱の意志が強くなっているということを考えると、速やかにEUから撤退すべきだし、その処理ができる能力を保守党は、一応は持っているように思えるのである。
 さてなぜ今総選挙なのかという問題も書いておく。この間の選挙が2015年だったから、今度の選挙は2020年のはずで、実際、メイ首相はつい最近まで、その予定だと言っていたのである。しかしEU離脱の手続きを進めるにあたって、もう少し、保守党の議員を増やしておきたい。今選挙をすれば、世論調査が示すところでは、保守党は勝てる。そう判断をしたことと、もうひとつは、メイはキャメロン前首相が辞めて、その後選挙を経ずして首相になっているから、正統性がないと言われている。それを確保したいということと、そのふたつが、首相が選挙を選んだ理由である。
 そして実際、誰もが予測するように、保守党は議席を伸ばすだろう。ただ、保守党の圧勝というのではなく、労働党が議席を落とすから、その分保守党が増えると言うに過ぎないかもしれない。しかし、メイ首相は、今後の運営が格段にやり易くなるのは確かである。
 一方労働党はどうか。ここは間違いなく議席を減らす。世論調査はそのことを示している。ではなぜ、今回、労働党も、総選挙をすることに賛成したのか。
 このままずっと、野党のままでいても、仕方ない。EU残留を主張して勝てないことは分っている。しかし今度の選挙で負けて、次の5年後に備えて、労働党は再編成をしたいのではないかと言われている。保守党が、元々EU残留派と離脱派と両方を抱えて、しかし保守党としては、今後は離脱を先に進めて行くと明確に党内で決めたのに対し、労働党は、どうすべきか決められない。残留を主張し続けても、実際に離脱してしまうことが明らかなときに、自らの主張の現実性を確保できない。だから、今回の選挙が敗北するだろうから、それを受けて、つまりそれをきっかけにやり直しをしたいのではないかということまで言われている。
 保守党がイギリスで人々に好意的に思われているかと言えば、そういう感じはない。むしろ嫌われているかもしれない。しかし、保守党は、戦略的に、今回の選挙は、EU離脱を先に進めるか、再びイギリスを混乱に貶めるかどちらかだと言い、昨年の国民投票直後には、もう一度国民投票をやり直せという声もあり、今でも、自由民主党はそう主張しているのだけれども、国民は大勢としては、もう離脱するなら、うまくやってほしいという気持ちが強く、そうすると保守党のその戦略はうまく行きそうなのである。
 そしてその戦略の成功と、もうひとつ、メイ首相の人気があって、それも最初は、私は労働党の人気がなくなったからに過ぎないのだと思っていたのだが、どうも結構カリスマ的な人気が出て来ているのである。最近の調査では、誰が次の首相にふさわしいかというアンケートに対し、保守党党首メイが61%で、一方、労働党党首のコービーだと答えた人は、23%に留まっている。二大政党が次の首相を目指して、総選挙で戦うという図式が続いて来たイギリスで、選挙の前に、これだけ差があるのも珍しい(データはThe Daily Telegraph, 27 April 2017)。メイは、在任わずか9か月で、すでに、サッチャーやブレアーに並ぶ人気を確保したとまで言われている。メイ自身も自分の人気を意識して、選挙運動では、保守党に投票して下さいと言わずに、私に投票して下さいと言っている。
 5月1日は、かつては春の訪れを祝う日であり、いつしか、メーデーとして、労働者の日(Labour Day)となったのだが、今年は、Labour Partyよりも、May首相の方が、労働者にとって、存在感が大きくなってしまったのである。
 
 さて、イギリスがEUから離脱したら、一番被害があるのはフランスなのではないかという気がしている。イギリスに案外フランス人が住んでいる、イギリスとフランスの付き合いは深いという話を、先月に私は書いた。フランス人にして見れば、明らかにドイツよりはイギリスの方に親しみを持っているのだろう。
 もうひとつ、私の体験を書いておく。先月私はフランスに出掛けている。そして週末は、多少遊んでも罰が当たらないだろうと思って、ワインツアーに参加したのである。イギリスの陰鬱な気候に苦しんでいたから、実際ケンブリッジでは、4月末でもあられが降るのだが、ここフランスの、ブドウ畑の上に燦燦と太陽の光が降り注ぐのを見ると、やっと生き返ったという気がしたのは事実である。さて話はここからで、そのツアーで一緒にワイナリーを歩いて知り合ったのは、中国系女性、インド系男性、フィリピン系夫婦であった。「系」と書いて、「中国人」「インド人」…と書かないのは、現在の国籍までは問い質していないからである。さて実は彼らは皆、イギリス在住だった。つまり私と同じく、太陽を求めて、このワインツアーに参加したのである。アジア系移民がイギリスで働いて、それなりに余裕ができれば、休日にはフランスに遊びに行く。それは良くある話なのだ。英仏は、こんな関係も持っている。そしてイギリスが、2年後に完全にEUから離脱すれば、こういうことが多少不便になるのである。
 
 さて、6月に総選挙があるが、その前の今月には、地方選挙がある。我がケンブリッジでも市長選がある。
 この国では選挙運動として、個別訪問が認められているから、私の家にも人が来る。ビラも入って来る。夕方家にいると、熱心な支持者が、それぞれの候補を応援すべく、我が家の玄関のドアを叩くのである。しかし訪問者には、無駄な時間を取らせても悪いから、私には選挙権がないことを言って、お帰り頂くが、ビラはていねいに読む。どのビラも選挙公約がびっしりと書いてある。
 また、支持者の家の窓には、VOTE LABOURというプラカードが出ていたりする。多分労働党の支持者の方が、選挙に際して熱心なのだと思う。保守党は熱烈に好かれているのではないが、しかしメイ首相の人気と相まって、多くの地域で勝つことだろう。
 私はここで自らを少々長く滞在する旅人と考えているが、選挙はその旅人をも興奮させるものがある。

(2017.5.1)

(たかはしかずゆき 哲学者)
 
(pubspace-x4063,2017.05.05)