「極右政権は、フランスではあり得ない」 - イギリスから(2) –

高橋一行

 
 イギリスの大学にいて気付くのは、学生や研究者の中に案外フランス人が多いということだ。もちろん街中を歩いている学生だと、圧倒的に中国人が多く、他に韓国やベトナムからの学生も目に付く。しかしこれはアメリカやドイツにおいてもそうだし、むしろアメリカやドイツの方が、アジア系の学生の占める割合は高いかもしれない。それに対して私は今、科学史・科学哲学学科というところにいるからなのかもしれないが、ここで知り合う若い研究者は、世界各国から来ているのは、もちろん当然なのだが、アジア系は少なくて、案外フランスから来ている人が多いと思うのである。ここで「案外」という言葉を使ったのは、私の認識不足のためでもある。例えば、この論稿でしばしば引用するE. トッドは、生粋のフランス人だが、彼もまたケンブリッジ大学の卒業生である。そしてそのトッドの言い分をそのまま使えば、「ベルリンには数万人しかフランス人はいないが、ロンドンには数十万人のフランス人が暮らしている」(注)。フランスとイギリスの関係は密なものがあるというのが、トッドの言いたいことである。
 さて、その知り合ったフランス人に、立ち話程度の会話をし、いきなり大統領選挙の話に振ると、相手は、しかし、皆から同じことを聞かれてもううんざりしているのかもしれず、やれやれという感じで、ルペンはあり得ない、フランス人はそんなバカではないと短く答えて来る。しかしそれは昨年のふたつの投票を私に思い起こさせる。どこかで同じセリフを聞いたのではないかと思うのである。
 そう、私は昨年、ふたつの大きな投票で予想を外しているのである。つまり2016年には、イギリスの国民投票でEU離脱を決めたということがあり、もうひとつ、アメリカのトランプ大統領誕生という大きな出来事があり、そして私は2回とも、それは私の予期せぬことだったのである。私はその結果に驚愕したのである。今度はどうか。
 過去2回について言えば、国民投票前には、EU離脱派が案外支持を伸ばしていると言われ、またもともとは泡沫候補だったトランプが、もしかしたら勝つかもしれないという予測はあったのである。しかし私の中には、また多くの人の中にも、そんなことはあり得ないという気持ちが強くあった。実際イギリスに住む友人は、まさか経済的に絶対に損をするEU離脱を最終的にイギリス人が選ぶはずがない、イギリス人はそんなバカではないと言い切り、またアメリカ人の友人は、トランプが大統領になったら、俺はアメリカ人であることを止めて、カナダに移住すると言っていたのである。つまり私ひとりの判断ミスではなく、私の周りは皆、予想を外したのである。
 しかし起きてしまった。最初の衝撃は計り知れないほどのものであった。テレビで刻一刻と報道が入ってきて、EU離脱が決まった瞬間、またトランプの勝利が確実になった瞬間に、私はまさかと思ったのである。世の中、こんなことが起きるのかと。
 しかしおもしろいことに、投票が終わって、2、3日すると、私は本当は、EU離脱を予想していたし、またトランプが勝つということは分っていたと思うようになる。テレビも新聞も、どうしてこういうことが起きたのか、またなぜメディアはそれを予測できなかったのかということを、繰り返し報じる。そして私たちの中に、希望的観測、つまりこんなことが起きてほしくないという願望があって、それが正確に状況を認識するのを妨げたということも、思い知らされる。そうすると、本当は、私たちも心の中で無意識に、この結果は十分予測していて、しかしそれを封じていたに過ぎなかったと思うのである。
 それで私は今度のことは、つまりEU離脱もトランプ大統領の誕生も、実は内心では予想していたのだと、人に言うようになる。あれは終わってみれば当然の結果だと。
 もちろん、いくつもの偶然が重なり、しかも接戦であったのは間違いなく、つまりかなりの程度、これは偶然の産物でもある。しかしそうは言っても、結果はどちらかしかなく、つまり離脱か残留か、トランプかヒラリーかしかなく、結果はすべてである。
 それで今度の大統領選挙である。先のフランス人の言い分は、昨年の投票前のイギリス人とアメリカ人の発言と、まったく同じである。すると私はここに、フランス大統領選挙の予測を書く必要があるのではないか。つまり、先の2回と同様のことが、投票の前に起きていて、つまり大方は大きな変革がある訳がないと信じ、しかし巷ではもしかしたら、大変動が起きるのではないかという期待もあり、それを承知した上でなお、今回もまた私は、大きな変革はないと思い、しかし、その予測をまた外すことになるかもしれないのである。つまり私は、フランスで極右政権が誕生するはずがないと思っている。しかしどうなのか。2度あることは3度ある。今回も大きな変革が起きるのか。しかもこれは私だけの話ではなく、私の付き合いは、どうしても大学の関係者に限られるから、そういう人たちの予想が、過去2回も外れ、そしてまた、その予想外のことが起きた時のイギリス人とアメリカ人の、あの大げさな失望と落胆が、今度はフランス人の間にも見られることになるのだろうか。
 しかし、と私は考える。フランスに極右政権ができ、そしてフランスがEUを離脱したら、本当にEUは終わってしまう。イギリスはもともと、EU内にいながら、ユーロを使わず、シェンゲン協定(パスポートなしでの自由な移動を認める)に入らずと、EUと距離を取っていたのである。それが今後は、EUの外に出て、しかしEUと関係が近い国になる。つまり、イギリスのEU離脱は根本的に大きな変革を起こすという訳ではない。しかしフランスは事情が異なる。
 
 さてここで、投票の仕組みは重要である。つまり、イギリスにおいてなされたのは、イギリスにとって、普段馴染のない国民投票であり、そもそもキャメロン元首相が、この国民投票を実施すると約束したあたりから問題が発生している。つまり、彼としてはまさか負けるはずがないという思いがあり、この国民投票の実施を活用して、EUと有利な交渉をしようとしていたのである。そこが逆に、国民の反発を招いたのではないか。つまりイギリスの主権を完全にEUから取り戻したいという思いが出て来てしまったのではないか。そもそも問題は、この国民投票という特殊な投票の使い方にあったのではないか。
 またアメリカの場合は、アメリカ全土の集計ではヒラリーの方が上回っているのである。つまり、カリフォルニア、ニューヨークのような、民主党が強く、大票田では、ヒラリーが圧倒的に票を集め、しかし、他の地域では接戦でトランプが勝ち、結果として接戦の勝利を積み上げて行ったトランプが圧勝ということになる。ここでも、アメリカ全体で票を集計するのではなく、州毎に勝ち負けを決めて行くという、アメリカ大統領選挙の特殊性が問題となっている。
 さてフランスの場合はどうか。選挙は、まず4月23日に一回目の選挙が行われ、その中の上位2名が決選投票に臨む。それは5月7日に予定されている。今回の大統領選挙では、一回目の選挙で、多分、以下の5人が競う。そして、この時の上位2名が、決選投票に進むのだが、ポイントは、一回目に3位以下だった候補者の支持者の票を、決選投票でどう集めるかということだ。つまり一回目の投票で1位になる必要はなく、そこでは2位で良く、その後に、3位以下の候補者の支持を集められれば、決選投票で勝つのである。
 
 以下、私の予測を書いておく。一回目の投票は次のようになるだろう。①極右の「国民戦線」のルペン(Marine Le Pen)、②中道の前経済相マクロン(Emmanuel Macron)、③保守「共和党」のフィヨン(François Fillon)、④やや左「社会党」のアモン(Benoit Hamon)、⑤左派メランション(Jean-Luc Mélenchon)だと思う。ここでもちろん、3位以下の順位はどうでも良い。それらの候補者の票が、決選投票で、①の極右か、②位の中道のどちらにいくかということなのである。具体的に言うと、③の票は、極右と中道の両方に行くと思う。どちらにどれくらいの割合で行くかがひとつの問題である。④と⑤の票は、中道に行く。ここは問題ない。すると可能性として、③の候補者の支持者の中に、隠れ極右が意外なほどに多いということであれば、①極右が勝つかもしれない。
 選挙自体は、ここまで来るのが大変だった。その間のことは詳しく書かないが、安定していたのはルペンだけで、あとは急激に支持を広げたり、もともと本命だったが、その後支持を失ったり、現職大統領の後継を巡って、造反組なのに、結局社会党から出馬することになったり、その社会党に元々いたのに離脱して、左派の票を食い合ったりと、そんな具合だ。
 さてしかし、4月に入り、3月まで好調だったマクロンが支持率を落としたと言われている。ただルペンの支持率が上がった訳ではなく、他の候補に支持が分散したようだ。とりわけメランションが支持率を挙げていると言われている。しかし、ルペンとマクロンのふたりが1位と2位になるという予測は変わらず、このふたりはこのまま逃げ切るのではないか。そして、決選投票では、3位以下の票を集めて、マクロンが圧勝するというのが大方の予想であり、私もまたそう思うのである。つまり極右政権は誕生しない。
 
 繰り返すが、過去2回の投票結果を外してしまった反省をしなければならないと思う。世界は刻々と変化している。それを見極めなくてはならない。今度は、世界中で変化の兆しが、どんどん現実化しているという状況を十分認識して、なお、フランスで大きな変化はないと私は見ている。そのことを、選挙前に書いておいて、発表したいのである。それは私の使命だと思っている。
 
 他にもいろいろな要因を考えねばならない。アメリカ大統領選挙では、対立候補のヒラリーがあそこまで嫌われているということを勘案し損ねたのである。これは大きな要因だ。フランスでも、現職大統領の人気がないから、彼が再出馬したら、ルペンに負けるかもしれないと言われている。しかしマクロンはその人格から言えば、それなりに魅力的である。
 このように、対立候補の不人気という問題がひとつにはある。しかし根本は、ポピュリズム(この言葉は数年前ならば、政治学の授業でしか使われなかったのに、いつの間にか、日常用語になってしまった)の問題である。つまり大衆が、まずは極めて不器用に、かつ感情的に、主権を自分たちの手に取り戻したいと思う。イギリスならばEUの手から自分たちイギリスの手に、そしてアメリカならば、エリート支配から、自分たちの意見を聞いてくれそうな人の手に、主権を取り戻したいのである。その意味で、フランスでも、ドイツ主導のEU支配に嫌気がさし、ドイツの副首相になりたくはない、私はフランスの大統領になるのだという主張は、一応は説得力がある。
 しかしイギリスでも、アメリカでも、主権を取り戻すことによって、経済的にも良くなるはずだという幻想が同時に振り撒かれたのである。。しかし長期的に見た場合ならともかく、短期的には、イギリスはEUを離れるのことのマイナスが大きい。また自らの主権を取り戻すために、経済的なマイナスを覚悟して離脱を選んだというのなら、それはそれで良い。ただそうでもなく、単に経済が良くなると、つまりEUに支払っている負担が、離脱すれば国内に向けられて、イギリス経済は良くなるというデマを信じて、人々はEU離脱を選択したのである。何でもかんでも、悪いのは移民だと政治家が言い、国民は素直にそれを信じた節がある。また、トランプも、できる訳のないことを次々と公約にし、それがあまりに現実離れしていて、気持ちが良いくらいだというので、彼が大統領に選ばれたのなら、話は分るが、そうではなく、メキシコとの国境に壁を作り、中国からの輸入を止め、イスラム系移民を締め出せば、経済が良くなると信じてトランプに入れた人も少なからずいたはずである。大統領になれば現実的になるだろうという期待を持って投票した人もいたかもしれない。しかし多くは、非現実的なことが、経済を良くするというデマに惑わされている。
 そこがポピュリズムのポピュリズムたる所以で、主権を自分たちの手に取り戻そうという運動でありながら、経済的に得をしない選択を、経済的に得すると思って選んでしまうのである。そこが問題である。
 そしてその観点で、フランスの場合を考えれば、移民を拒否したいという思いはあっても、移民を拒否し、移民を受け入れ続けるドイツ支配のEUから離脱することで、経済的に良くなるという幻想は、イギリスとアメリカと比べて少ないと、私には思われる。それが、ポピュリズムが世界的に強くなっているにもかかわらず、最終的には、ポピュリズム政党党首が大統領にはならないと考える理由である。
 
 これも書いておこう。実は私は、イギリスのEU離脱も、トランプ大統領の誕生も、これが現実であり、それを受け入れて行くべきだということだけでなく、長期的には、世界経済に良い刺激を与えるかもしれないという期待はある。EUはすぐには解体しないし、また解体させる必要もないが、かつてのように、統合をこれ以上進めるのではなく、もう少し緩やかな連携をそれぞれの加盟国間でしていくというようになるのではないか。またアメリカも、硬直した体制を、まずは一旦揺さぶってみるというのは悪くないと思う。
 
 第一回目の投票があるとき、私はフランスに行こうと思っている。ここケンブリッジからフランスには格安飛行機が飛んでいて、廉価で行かれる。そこで町の人の雰囲気を直に見て来たいと思っている。
 

トッドは、遠からずEUは崩壊するのだから、今の内にフランスもEUから離れた方が良いと考えている。そこで、重要なのは、イギリスとフランスが手を組むという選択である。しかし大統領選挙で、極右を支持している訳ではなさそうである。極右=EU離脱vs.中道=EU統合推進という対立になってしまったところの問題を見るべきかもしれない。引用は、『問題は英国ではない、EUなのだ』(堀茂樹訳、文芸春秋、2016, p.29)から。

(2017.4.12)

 
(たかはしかずゆき 哲学者)
 
(pubspace-x4029,2017.04.13)