「ミサイルが飛んでくる?!」――安全保障の危機の本質はどこにある?

鳴海 游

 
                                        
1.ミサイルが飛んでくる?!
 空母カール・ビンソン(USS Carl Vinson)を中心とする米艦隊が朝鮮半島周辺に向かい、北朝鮮もミサイル発射実験(失敗)を行って強気の姿勢を示しています。トランプは「もし中国が(アメリカに)協力すると決めるなら素晴らしいが、そうでないならアメリカが中国なしで問題を解決する」(4月11日のツイッター)としていますから、極東での戦争は、もはや杞憂とは言えないでしょう。
 しかし、日本では首相までもお花見をしているという具合で、いったい日本は本当は安全なのか、それとも政権になんの知恵もないだけなのか、よく分かりません。
 軍事のことは、素人には難しい。それで専門家に任せておきたいところですが、どうも日本の『専門家』というのも当てにならない。
 たとえば、こんな具合です。

「米国は空母打撃群を北朝鮮を警戒で朝鮮半島に派遣。当然、自衛隊はその背後で警戒の任に従事。 日本国民が安寧に土日を楽しめるのは、このような米軍と自衛隊の行動のお陰」(佐藤正久参議院議員(陸自出身)のツイート)。

 佐藤氏の手に掛かると、何事も「米軍と自衛隊のお陰」にされてしまうような気もしますが、本当に安寧なのでしょうか。
 
2.ミサイル防衛システムには隙がある
 たしかに日本には「ミサイル防衛システム」なるものがあります。しかしそれで防衛できるのでしょうか?

「イージス艦の弾道ミサイル防衛能力は、相手が飽和的に弾道ミサイルを発射した場合、最初の数発には有効に対処できても、その後の対処能力には限りがある。これは将来、終末高高度防衛ミサイル(THAAD)を地上に配備したとしても、多少の対処能力向上は見込まれるものの限界がある点では同じだ。」「弾道ミサイル飽和攻撃に対しては、レールガンやレーザー兵器等エネルギー兵器の開発と発射源攻撃能力を保持する他に有効な手立てはない」(元防衛庁情報本部長太田文雄「飽和攻撃の能力アップ図る北のミサイル発射」)。

 さらに最近は、北朝鮮のミサイル(ムスダン)が「ロフテッド軌道」(軌道の頂点の高さが1000㎞を越える)を採用した場合、現在日米のイージス艦に採用されているミサイル(SM-3ブロックIA)では迎撃は難しいという話も聞かれます。
 ということで、現時点で「弾道ミサイル飽和攻撃」や「ロフテッド軌道」に対しては「有効な手立てはない」と見るべきでしょう。
 
3.いまさら欠陥があるとは言えない
 ところが、佐藤氏は平然と<米軍と自衛隊のお陰で日本国民は安寧を楽しめる>などと言っている。それで思いだしたのは戦前の軍人たちです。彼らは、焼夷弾を投下されれば火の海になる――実際そうなった――街並みを放置したまま、「関東防空要塞」などというタワゴトを言っていました。
 佐藤正久氏の精神構造は旧軍人たちの精神構造とたいして変わらないのではないか。高価な新兵器――利権が絡む――の調達を正当化するために、新兵器は驚異的な性能をもつものと喧伝される。そうすると高価な新兵器が導入された以上、国民には「安心だ」と言うしかなくなります。じっさいミサイル防衛システムには1兆5千億円以上のおカネが投入されていて、今さら<「ミサイル防衛システム」ではうまく防衛できない>とは言いづらい。
 
4.被害をシミュレーションすると・・・
 さて、それでは北朝鮮の核ミサイルが、ミサイル防衛網をすり抜けて、大都市に『着弾』するとどうなるか?
 米国防総省のソフトウェアを活用したシミュレーションを紹介しておきましょう。

「04年5月31日午前8時、12キロトン級の核兵器(広島型は15キロトン、長崎型は21キロトン)が地表爆発したら──。天気や風向きもふまえた予測はこうだ。
 東京 爆心地・国会議事堂付近 死者42万3627人、全体被害者81万1244人
 大阪 爆心地・梅田付近 死者48万2088人、全体被害者88万1819人」
AERA「北朝鮮が瀬戸際外交を越える時 戦慄シミュレーション」

 ただし、現時点で北朝鮮がほんとうに核ミサイルの技術――核弾頭の小型化、大気圏への再突入を可能にする耐熱カプセルの技術など――を獲得しているのかどうかは不明のようです。
 しかし、核弾頭を運搬する手段はミサイルとは限りません。覚せい剤などと同じく密輸して日本に持ち込む、という方法もあります。これですと、現時点の北朝鮮の技術でも問題ない。
 
5.敵を叩くことが目的ではない、国民を守ることが目的のはず
 アメリカによる北朝鮮への攻撃を歓迎する人も多いようですが、実際に戦争ということになると、日本でもこういう規模の被害が発生する可能性を否定できないでしょう。
 それを考えると、北朝鮮への軍事力の行使に諸手を挙げて賛成というわけには行きません。北朝鮮の非核化は譲れない課題ですが、それは北朝鮮に軍事的反撃の口実を与えない方法で行われる必要がある。少なくとも日本列島に住む我々(と韓国国民)はそう要求して当然です。
 こう言うと、ネトウヨの皆さんからは、<北朝鮮の手先だ>とか言われるのでしょう。<武力で北朝鮮を叩くしか方法はないのだ>のだと。
 しかし「百戦百勝は善の善なるものに非ず。 戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」(『孫子』―謀攻)です。軍事力を行使することしか頭にないようでは、軍事を語る資格はない。軍事を問題にするには、それなりの教養が必要である。国民の命を守るために軍備はあるはずなのに、国民の命をそっちのけにして戦争にのめり込むのは本末転倒です。
 じっさい、軍事力行使をちらつかせている米国のティラーソン(国務長官)も(何処までが本音かはともかくとして)「我々の目的は朝鮮半島の非核化である。我々は北朝鮮の体制の転換という目的を持ってはいない(…our objective is a denuclearized Korean peninsula. We have no objective to change the regime in North Korea;)」(Interview With George Stephanopoulos of ABC This Week) としています。
 「軍事力の行使に依らず北朝鮮を非核化する」などということは不可能だと言われるかもしれません。しかし古来から「兵糧攻め」という戦術がある。いまでいえば「経済封鎖」。これまで北朝鮮に対する「経済封鎖」がうまく行かなかったのは、簡単に言えば、中国が本腰を入れなかったからです。そしてそれは中国から見て米中関係の将来が不透明だったからでしょう。しかし北朝鮮の核武装は中国にとっても許容できない事柄です。ですから米国の対中政策次第で、中国はハナシに乗ってくる。
 
6.トランプ政権は中国とディールへ
 じっさいこの4月、トランプ政権は中国とディール(取引き)する方向へと大きく舵を切ったようです。まず5日対中強硬派であるスティーヴン・バノンがNSC(国家安全保障会議)常任メンバーから外され、陸軍出身のマクマスターがNSCを仕切るようになった。バノンは5~10年以内の米中戦争を予想しており、米軍首脳は従来ロシアを仮想敵としてきたのだから、これは中国への大きなメッセージとなる。6日には化学兵器の使用を口実としたシリアへのトマホークによる攻撃。これでロシア・プーチンと米・トランプとの蜜月は少なくとも表面的には頓挫し、中国からすれば米・露両国から挟撃される事態は回避できる。6-7日の米中首脳会談の合意内容は分かりません。しかし12日にはトランプは選挙公約を翻して「中国は為替操作国ではない」と発言しています。こうなるトランプは対中国政策を対決からディールへと転換したのは明らかでしょう。そうした大枠の中で北朝鮮の問題は処理されようとしている。そうすると中国も北朝鮮に対する経済制裁を本格化するのではないか?実際10日には「中国の税関当局は、北朝鮮からの石炭貨物を返還するよう国内商社に命じた」と報じられている。(「中国当局、北朝鮮から輸入した石炭貨物の返還を商社に命令」
 「戦わずして人の兵を屈する」というのは、必ずしも空論とは言えないわけです。
 もちろんこうした戦術は、多かれ少なかれ、上手くいかない場合があります。だからこそ、佐藤氏のように安易に「安寧」を語ってはならないでしょう。 
 
7.現実無視の「敵地攻撃論」
 お粗末なのは、佐藤氏だけではありません。北朝鮮問題に対する政府・与党の反応は、「敵地攻撃論」であったり、この機会を活用した「拉致被害者」救出論であったりと、ほとんど夢想的な話に終始しています。果ては北ミサイルによるサリン攻撃の話をした安倍首相が、翌々日にはお花見会を開いたりで(ミサイルは発射から十数分で着弾するのに)、国民には、いったい危機なのか安全なのか、さっぱり解らない。
 自衛隊のどの部門が「敵地攻撃」が現実的であると言っているのか。自衛隊のどなたが特殊作戦で「拉致被害者」救出ができると言っているのか。そもそも軍事能力以前に、日本が朝鮮半島で軍事力を行使することへの韓国の強い拒否反応をどう考えているのか。それを無視して米国は日本の軍事行動を容認すると思っているのか。こういう教養に欠ける人たちが軍事を語っていること自体が日本の安全保障における脅威と言えるでしょう。
 サリンについても、サリン攻撃はあり得るが、核攻撃はありえないのか、あるいはサリン攻撃に対してどんな対策を取るのか、質問は数多ある。しかし、安倍首相の思考能力を考えると、彼に質問すること自体にどんな意味があるでしょう。
 無能な政府に防衛政策を考えてもらうのは無理なので、国民の立場から問題を考えるべきかもしれない。まずはシェルターの普及や人口の分散が基礎的な対策となるはずです。そして、シェルターの普及はヨーロッパの諸国などでは、早くから実現されています。それから原発をなくすることも安全保障上極めて重要であることは言うまでもない。
 もっともこれらは北朝鮮レベルの核攻撃には有効でしょうが、超大国の本格的な核攻撃の前には非力です。そうなると防衛力の強化によって安全保障を実現することには限界があって、外交による平和の維持こそが安全保障の基本である、ということになります。
 
8.“利権軍事”と“ネトウヨ脳”が国を亡ぼす
 ところが日本の防衛政策は、様々な利害集団の利益がその根本にあります。例を挙げれば、「本土決戦」でもなければ役に立たないだろう戦車の類の大量購入、「島嶼防衛」のためと称する「水陸両用車」の導入(「海兵隊はまだ仁川上陸作戦の再来を考えているのか」と言ったのは、米国のゲイツ国防長官[当時]です)。現実性ゼロの「敵地攻撃論」も同様(これについては、田岡俊次「北朝鮮への“敵基地攻撃論”はタカ派の空論」参照)。
 要するに予算が付き、将官のポストが増え、天下り先を確保できることが大事で、それに都合の良い危機シナリオが描かれてはマスコミに流され、それを盲信するのが『愛国者』という構図になっています。そういうことなので、現場から見ても防衛費はとても合理的に使われているとは言えない。
 
 こうした利権構造とともに日本の安全保障政策を蝕んでいるのが、自民党の「ネトウヨ」脳的な思考です。
 それを象徴するのが安倍首相であり、防衛大臣稲田朋美です。
 安倍政権は日本会議に支えられた政権であり、さらに言えば、生長の家の分派や統一教会といったカルトの出身者に支えられた政権です。
 稲田朋美は「私は、谷口雅春先生の教えをずっと自分の生き方の根本において参りました」と言っているそうですが、その谷口雅春(生長の家創始者)は、戦争を次のように位置づけているそうです。

「戦争においては否応はない、言葉通り肉体の生命が放棄せられる。そして軍隊の命令者は天皇であって、肉体の放棄と共に天皇の大御命令に帰一するのである。肉体の無と、大生命への帰一とが、同時に完全融合して行われるところの最高の宗教的行事が戦争なのである。戦争が地上に時として出て来るのは地上に生れた霊魂進化の一過程として、それが戦地に赴くべき勇士たちにとっては耐え得られるところの最高の宗教的行事であるからだ」(https://blogs.yahoo.co.jp/overthewind999/65184115.html)。

 こういう谷口雅春の「教え」を根本としている人が防衛大臣なのですから、自衛隊員も可哀そうです。それはさておき、このようなカルト的思考にハマってしまうと、合理的思考ができなくなってしまう。それを示しているのが、この間の国会の論戦。稲田大臣は、民進党の辻本議清美議員や小川敏夫議員に論破されて、涙ぐんだり、謝罪に追い込まれたりしている。ネトウヨが馬鹿にする民進党の「口撃」から自分自身さえ守ることのできない大臣がどうして自衛隊を指揮し、国民を守ることができるのか?こういう人間が防衛大臣をやっていること自体が、<安部政権が如何に安全保障のセンスを欠如しているか>を如実に証明しています。
 
9.稲田とマティスを較べると・・・
 しかし低レベルな日本の大臣たちのなかに紛れると稲田さんでも目立たない。それで稲田大臣がお粗末なことは、日本人にはなかなか判らないのかもしれない。でもアメリカの国防長官ジェームズ・マティスと較べるとどうか。彼はマッド・ドッグと綽名される変人でもあり、批判は多々あるでしょうが、大変な読書家でもあります。そのマティスがどんな本を読んでいるのか、最近インタビュー記事( Book excerpt: Defense Secretary Mattis discusses his favorite books, and why )が出ています。
 そこでは、<ハイランクの軍人は戦術的な判断力で選ばれても、戦略的判断力をも要求される局面があること、さらに戦争の冷酷な現実と、政治的リーダーの人間的な志を調停する能力が求められること、それには広範な読書によって、人間の本性を理解できるようになることが不可欠であること>などが述べられています。(紹介記事としてはhttp://sorceress.raindrop.jp/blog/2017/04/#a001805があります。)
 マティスが言っているようなことを日本の大臣に求めても詮無いことです。なにせ任命権者自身が教養とは無縁の人なのですから。
 マティスと稲田といえば、「来日したマティス国防長官が、カウンターパートの稲田防衛相の無知無能ぶりに辟易し、トランプ大統領に告げ口し」たため、安倍首相は「トランプ大統領から、『あの役立たずの女性防衛相を早く交代させてくれ』と言われた」( http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51469 )という情報も流れています。
 それにしても日本会議の中では将来を嘱望(=首相候補と)されてきた稲田女史が、米国から見ると「ただのおバカ」でしかないということをどう考えればよいのか。
 
 さて、最近では米国(ティラーソンなど)が「日本にも核を与える」かの如き発言をする一幕もあって、いよいよ時節到来と思われた方々も少なからずいたでしょう。しかし結果としては、<米国自身が中国とディールし、朝鮮半島の非核化を推進する>ということでした。<米中で朝鮮半島を非核化する>ということは、裏返せば、<日本の核武装を認めない>ことでもある。
 まじめな自主独立派には気の毒な結果ですが、日本の政治指導者たちの知的レベルを考えると止むを得ない、と言うべきでしょうか。
 
(なるみ ゆう)
 
(pubspace-x4034,2017.04.19)