拡がる「ムスリム入国禁止令」への反撥、覇権国の座から滑り落ちるアメリカ

鳴海游

 
西さんの<「主権国家論」をとる限りトランプの「7か国旅券者入国一時停止」は批判できない>(青字部分をクリックするとその記事に飛びます-以下同様)を読ませていただきました。私は西さんとは、感覚の違うところもあるので、筆を執らせていただきます。
 
実はここ数日は、ケーブルTVでCNNばかり見ていたのですが、今回の大統領令に対する米国での――諸外国もそうですが――反撥はたいへんに大きいようです。これはCNNの(反トランプの)政治スタンスを考慮しても否定できないところでしょう。
なぜ、これほどの反撥を受けているのか。CNNを見ていると、多くの人が「これはアメリカ的でない」と言っています。「我々はみんな移民である」、「宗教で差別するのはアメリカの国是に反する」と。
もちろん<そんなことは欺瞞だ>ということはできます。でもプライドというものは、多かれ少なかれ「自己欺瞞」の上に成り立っているので、プライドが『善』に寄与している限りはその「欺瞞」を追及しなくても良いのでは、と思うのです。
 
「アメリカ的でない」ということを法的に言えば、「この大統領令は合衆国憲法に違反する」ということになります。
ビザ所持者やグリーンカード所持者の入国を拒否することがどうして合法なのか。じっさいグリーンカード所持者についてはその後政権も入国を認め、さらに米ワシントン州の連邦地裁判事が同大統領令の一時差し止めを命じたため、(http://www.cnn.co.jp/usa/35096066.html)大統領令は現時点(日本時間4日14時)では効力を失っています。
そもそも今回の大統領令は実際上のムスリム入国禁止令です。政権側は、「宗教差別ではない」としていますが、ジュリアーニ(NY市長)は、<トランプはムスリム入国禁止令Muslim banを望み、それを『合法的』に行う方法を教えてくれるように頼んだ>旨、発言しています( Trump asked for a ‘Muslim ban,’ Giuliani says — and ordered a commission to do it ‘legally’)。これでは大統領令が宗教差別であり、違憲であることは歴然としている。
西さんは、サリー・イェイツ司法長官代行が今回の大統領令に従わなかったことについても、色々な意見を紹介されているのですが、私は、彼女は彼女の職責に忠実であっただけだ、と思います。
というのは、彼女は2015年5月13日に、副司法長官就任について上院の承認を受けたのですが、その際、セッションズ上院議員から「大統領の不法な命令には従わないか」と問われて、つぎのように答えているのですから。「司法長官、そして副司法長官は、法と憲法に従う義務を、そして独立した法的助言を大統領に与える義務を負っている」( Sally Yates   下線部は掲載されている動画による。)と。
 
「アメリカ的でない」ということには、他のニュアンスもあるのでしょう。
今回CNNを見ていて、(イェイツの他に)もう一人印象に残った人は元海兵隊員です。今回の大統領令によって、米軍を通訳としてサポートしたイラク人までもが、(当初)入国を拒否されてしまった。でも(元)海兵隊員にとってそのイラク人は戦友であって、その戦友が大統領から拒否されたことは、とても合衆国のすることとは信じられなかったでしょう。
 
アメリカは国境で囲まれた「主権国家」ではあるが、「覇権国家」でもあって、公式の国境の外部――例えば日本――でも権力を行使している。そして「覇権国家」である以上、普遍的な価値(自由や民主主義)を掲げ、多様な宗教・文化を容認し、現地人に対して「友」として振るまわなければ、属国の統治はできない。それが欺瞞であることは、騙す側も騙される側も気づかないわけではないけれど、そういう虚構のうえに覇権国と属国の関係はなりたっているのでしょう。
ところがトランプやその支持層には、アメリカは「覇権国家」として振る舞わねばならないという自覚はないようです。全てのイスラム教徒を侮辱・敵視することが明らかな大統領令を出しているようでは、トランプの中東政策が巧くいくとは、とても思えない。トランプが承認した最初の軍事作戦(1月28日、イエメン)では、女性も子供も皆殺しにされましたが(Eight-year-old American girl reportedly killed in Donald Trump’s first military operation疑問が残るイエメン襲撃の詳細)、こんなやり方がどれだけの憤激を引き起こすか、想像に難くない。
 
中東政策だけではありません。2日にはオーストラリア首相との電話会談中にトランプは激怒し、電話を突然切ってしまったという。同盟国の首脳に対してこういう態度を取っていては、「覇権国家アメリカ」の没落は急速に進むでしょう。ムスリム入国禁止令については、イスラム諸国だけでなく、国連事務総長、独首相、英首相、仏大統領が公式に批判している。EU大統領は、トランプ米政権は脅威で、中国やロシアに匹敵するとしている。 http://www.cnn.co.jp/world/35095859.htmlフィリピンもメキシコもアメリカに従順ではない。覇権国の座から滑り落ちるアメリカに、なおもしがみ付こうとしているのは、日本人くらいでしょうか。
 
オルタ・ライトのスティーヴ・バノンが政権内で力を持ち、国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーとなったところを見るとトランプ政権の暴走はしばらく続くのでしょう。しかしトランプ政権の主要メンバーを見ると、必ずしもこういう愚かな政策に賛成する人だけではない。いずれ政権の内と外にまたがるエスタブリッシュメントの反撃が始まると思うのですが、それは成功するだろうか?それとも、リベラルとか寛容とかの対極にあるもう一つの『アメリカ的』な価値感を持った人々を背景にして、なおもバノン的な破壊―― Who Is Steve Bannon? によると、彼は強い破壊衝動を持っている――が続くのでしょうか?
アメリカの政治にたいする知識があるわけではないので、これ以上の素人談義は止めにしますが、支持基盤まで含めて考えるとすれば、富裕層が望む減税が早期に実現するのか? 保護主義的な通商政策や公共事業などによって、果たしてプア・ホワイトは救済されるのか?(こちらは困難だと思いますが)、さらにそのような政策にグローバル企業群はどう反応するのか?――今回の大統領令に関しては、すでに多くのグローバル企業が、自分たちの価値観に合わない、としていますが――などが注目されるのは、言うまでもないでしょう。
 
さて西さんは「トランプを批判している暇は、日本人にはないのではないか」というのですが、考えかたによっては、たしかにそうかもしれません。
しかし覇権国の大統領が何をするかは、当然ながら世界中の人々に影響を及ぼします。とくに日本の与党は――野党政治家の相当数もそうでしょうが――アメリカのいうことには逆らえないようなので、われわれもアメリカ大統領のやることに無関心ではいられない。
じっさい日本の首相はさっそく「アメリカ・ファースト」に賛同して、「アメリカで70万人の雇用を創出する」と表明しています(4500億ドルの市場・70万人の雇用創出効果、米に表明へ=政府筋)(日本は二の次?)。 その資金としては「GPIF(公的年金)の資金がつぎ込まれる」と日本経済新聞が報道したりで(Japan’s pension megafund to invest in US infrastructure)――GPIFからいったん否定のコメントが出たと言われましたが――「結果として米国のインフラに向かうこともあり得る」(GPIFの高橋則広理事長)とのこと。けっきょく公的年金資金が、安倍がトランプに会いに行く際の「手土産」になるのではないでしょうか。
 
いや、そんなことより、行き場を失った難民を追い返すようなこと――これは日本もです――を許していてよいのか、女性や子供まで平然と打ち殺す国と『同盟』していてよいのか、そういう感情を抱くほうが先かもしれません。
そういうわけで、暇がないヒトでもトランプ政権を――その子分もですが――批判したくなる。
 
最後に、二点ほど西さんが書いていることについて。
西さんは「日本国憲法の改正衝動が国会で正面から提起され、国会がそれに応じる構えなのは、それはそれで大変良いことであると思うのだが……」といわれるのですが、「だが」の後で、「実は国会議員が自分の眼で憲法をきちんと読んでいる節が見られない。/改正衝動を説得的に具体的に語れる国権の最高機関の人間はどれくらいいるのか、はなはだ心もとない状況である」と言われる。これは、後段の如くであるならば、そのような国会議員に憲法改正を唱える資格はない、ということなのでしょうか。
ついでに書くのですが、改憲論者はよく「現行憲法はアメリカが押し付けたものだ」と言う。しかし彼らはいったい誰に押し付けられたと思っているのでしょうか。押し付けられたのは日本国民ではない。唯ひとり、天皇です。なぜなら旧憲法下では国民は主権者ではなく、改憲を発議する権限を持っていたのも天皇だけだったのですから(大日本帝国憲法第73条)。ですから押し付け憲法がダメだというなら、押し付け憲法の最大の眼目である「国民主権」を行使して改憲することがどうしてできるのか。『ひたすら天皇陛下の詔を待つ』以外に選択肢はないはずです。
 
もう一つ、西さんが「アメリカが覇権国の位置を降りようとしている以上、どんなに困難であっても日本は21世紀型帝国主義国としての進路選択を戦略的に迫られるのだ」と言われる点。
西さんは、だからこそ「トランプを批判している暇は、日本人にはないのではないか」とされるのですが、私は「日本が21世紀型帝国主義国としての進路選択」をすることは――<道義的に正しいか>は、ともかく――そもそも無理だと思うのです。その理由は、日本の支配層が低レベルである、ということに尽きる。
私はむしろ21世紀型の『鎖国』を目指すほうが、まだしも現実的ではないか、と思うのですが……。
 
(なるみ ゆう)
 
(pubspace-x3959,2017.02.04)