進化をシステム論から考える(8)  進化システム生物学について

高橋一行

(7)より続く
8 進化システム生物学について
 進化システム生物学について、説明する。日本においては、田中博が第一人者である。彼の著作を使う。これは、先の、Evo-Devoで得られた知見を普遍化することで始まった。
前章で扱った、Evo-Devoは、それまでの分子進化論が、進化において、中心的な役割を担うのは、個々の遺伝子の変異であると考えていたのに対し、重要なのは、その遺伝子の使い方であり、つまり、遺伝子発現調節ネットワークであることを明らかにした。さらには、そこに、細胞間の配置などの役割も重視し、単に遺伝子ネットワークとせず、もっとそれを広げて、分子ネットワークとすべきである。
 ここで、田中博は、この分子ネットワークに、シグナル伝達系や、エネルギーと物質代謝に必要な代謝ネットワークも加えて、これらの分子ネットワーク全体で、進化を考える、進化システム生物学を提唱している。
生命の機能は、個々の遺伝子によって果たされるのではなく、複数の遺伝子とタンパク質の相互作用、つまり分子ネットワークによって、遂行される。また、進化においても、この分子ネットワークを基本として、考えることで、進化を、この分子ネットワークの複雑化ととらえることができる。
 具体的に言えば、すでに前章で、調節遺伝子が発現する際に、タンパク質の濃度勾配によって、スイッチが入ったり、入らなかったりするということを書いている。つまり、そこまでをセットにして、発生及び形態進化を考えねばならない。その仕組みは、さらに複雑なもので、最初の遺伝子発現によって作られたタンパク質が、今度は、タンパク質間の相互作用だけで、遺伝子発現を介さずに、下流のタンパク質の活性酵素として働いて、その機能を伝播させるという仕組みもある。このように、情報を、細胞間・細胞内で伝える分子ネットワークを、シグナル伝達系と呼ぶ。そこでは、タンパク質が、シグナルを運ぶ媒体となる。このたんぱく質間の相互作用によって、次々と情報が伝播して行くのである。それで、遺伝子発現調節ネットワークに、シグナル伝達系を加えたネットワークを、考えるべきだというとになるのである。
 そもそも、多細胞生物になると、真核細胞を多数集めて、ひとつの全体としてまとめる必要が出て来る。そうすると、そこに、細胞間協調が必要になり、細胞間及び細胞内のシグナル伝達系が必要になる。生命の形態体制、すなわちボディプランの原理である、発生・形態形成を行う遺伝子調整ネットワークと、併せて、分子ネットワークを考察しなければならない。すると、個体の発生・形態形成だけでなく、進化を考える際にも、単細胞では、遺伝子の変異を考えるだけで良かったのだけれども、多細胞生物では、この、Evo-Devoの対象領域も考慮する必要が出て来るのである。
 この見方は、実は、相当に、従来の進化観を変えてしまう。つまり遺伝子の突然変異だけによるのではなく、遺伝子の発現調節ネットワークが重要であり、さらには、分子ネットワーク全体が重要だということになり、これは、生命の本質が、DNAの発現だと考えるものから、分子ネットワーク全体の振る舞いであるという見方への、変換だからである。
次いで、そこに代謝ネットワークも考察の対象に加えるべきである。これは直接、生命の秩序形成に関わるのではないが、エネルギーや生命材料の形成に重要で、これがないと、先の、発生、及び形態進化の問題を考えられないからである。
 また、それらの作業が個体内で行われるためには、その個体が、環境から区別される、膜を持った閉鎖空間を作っている必要がある。
そして、そこまで考えて、これでやっと、生物の特徴が明らかになったと考えることができる。つまり、生命は、①分子ネットワークによって、自己複製し、②代謝ネットワークによって、自己を維持し、③膜によって、環境から区別される存在である。
 
 さて、進化システム生物学が、最初にすべきは、始原的生命の解明である。ここには、不可欠かつ普遍的な生命の構成要素そのものが、現れているからである。私の言い方で言えば、何事もそれが最初に現れたときに、その本質を最も簡潔に示しているはずであるからだ。
遺伝子の突然変異と自然淘汰で進化を説明する、ネオ・ダーウィニズムは、最初の生物の発生については、語ることができないと、これも何度も書いてきた。ダーウィンは、始原的生命の発生に、言及はしている。彼は、『種の起源』の、最後の箇所で、次のように言う。「生命は、そのいくつかの能力とともに、最初は少数の、またはひとつの形態に、神の創造によって吹き込まれたのであり、…かくも単純な形態から実に見事な、そして驚異的な、無限の形態が生じ、今も進化しつつあるという、この見方は、崇高である」。ダーウィンは、進化を、神の力を借りずに説明し得たが、始原的生命だけは、「神の創造」に委ねた。しかし、今や、私たちは、この生物の発生についても、神の力を借りずに、語ることができる。
 また、もうひとつ書いておくべきことは、以下のことである。進化論は、そもそも、化石の収集から始まる。それを時間的に系列化し、進化の軌跡としたのである。しかし、ここで扱う、前生物的段階の化石は存在しない。それはさすがに無理であって、するとここで必要なのは、理論的な考察で、理論的に攻めて行くしかないのである。すでに解明されてきた、すべての生物に共通する、最低限の特徴を以って、生物の普遍的形式とし、物質からの、相転移の特質を押さえねばならない。
 
 生命を物質というシステムのひとつの存在様式とみる。すると、それがそこから非生命存在とどのように区別されるのか、その普遍的な形式を見て行く。すると、それは情報を持ち、それに基づいて、自己複製をし、継続的に自己再生産する存在である。
 生命は、田中博の結論を使えば、普遍的形式としては、志向的時間性の上に成り立つ自己再帰的システムと定義でき、そのことが、以下の、始原的生命の解明から導かれるのである。
つまり、先に書いたように、生命とは、①自己複製する、②代謝系を有する、③細胞という境界を持った単位である、という3つの特性を持つ存在であり、従って、始原的生物は、それらの特性を最小限持つ存在として、物質集合系からの相転移したものと考えるべきである。
 この内、①は、情報の自己複製装置であり、②は、外部から栄養素を摂取し、エネルギーと自己を構成する材料分子を産出することであり、③は、生命の自己境界性、閉域性の問題である。生物は、この3つが、一体化した、統合反応系である。
 さて、その上で、従来の始原的生命の研究を見ていくと、大きく3つに、その傾向を分類することができる。それは、上の3点の生命の特徴の内、どれを強調するかというものである。それは以下の通りである。
まず、自己複製を生命の基本とする考えがある。生命は、遺伝情報の自己複製装置であると考えるのである。するとこの立場においては、生命の起源の研究は、核酸などが担う遺伝情報の自己複製の仕組みが、どのように形成されたのか解明しようとする。これは、多くの研究者が取り組んで来たものである。これは、information-first仮説と呼ばれる。
次の考え方は、代謝、すなわち自己の維持を基本とするものである。これは、代謝反応ネットワークを作って、外部から栄養を取り入れて、自己を構成する材料を作り出して行くことを、生命の根源と考える立場で、metabolism-first仮説と呼ばれる。
 『生命の起源』という著書で知られるダイソンは、生命の起源として、先の遺伝情報の自己複製装置と、この代謝系の自己維持とを、重要なものとしつつ、後者に力点を置いている。
第三に挙げるべきは、生命系が、外部との境界、つまり何かしらの膜構造を持って、周囲からの独立性を確保する、自己再生産的な化学反応の装置を重視する立場である。閉域としての自己境界性を、つまり、自己の区画を重視するこの考え方は、compartment-first仮説と呼ばれる。この立場は、今まで、あまり、重視されることの少なかった立場であるが、田中は、オートポイエーシス論を、ここに入れている(注1)。
 以上の整理ののち、田中は、結論として、上の3点が同時に成立したときに、生物として成立したと考え、上のひとつまたはふたつが成立している段階を、前生物段階と考える。それらは、並行して存在していたと考えられる。それらは、生命らしさを備えつつ、しかし完全な自律性は獲得できなかったのである。つまり、3つの説のどれもが根拠があり、そういう状態が成立していた可能性は高く、しかし、それだけではまだ生物ではなく、3つ揃って、初めて生物になったと言えるのである。(注2)
 そしてその上で、物質から、前生物の段階を通って、生物が出現するまでの過程として、次の5段階を設定する。
 最初は、物理的な自己集団化現象の段階である。これはすでに多くの学者によって、認められているが、海底で、熱水が湧き出しているところが、生物の最初の誕生の地である。そこに、ポリペプチド様分子が集積したと考えられる(注3)。海底火山の周りには、熱エネルギーがたくさんあって、アミノ酸が、重合する反応が起きやすかったと考えられている。そこに、つまり、ポリペプチド様分子の塊の触媒作用に支えられて、RNAなどの、核酸の祖先型の形成が可能になったのである(注4)。
 このRNAが、自己複製子として誕生したのが、第二段階である。それは一本の鎖からできていて、それが開裂して、自己を複製することができる。つまり、遺伝子となり得るのである。しかし、このRNAは、ポリペプチド様分子の触媒を必要とする。しばしば、RNAワールドということが言われ、RNAだけで成り立つ生命が始原であるという学説が、かつて流行ったのだけれども(注5)、それは正確には、RNAと、タンパク質様(ポリペプチド様分子塊)の相互作用として、生命は始まったと考えられる。
 この、RNAと、タンパク質様の相互関係が確立し、情報世界が出現したのが、第3段階である。そしてこの、第3段階の情報マクロ分子ネットワークを支えるためには、代謝ネットワーク、つまり、材料とエネルギーを支える化学反応系が必要である。
 すると、この、RNAと、タンパク質様の情報マクロ分子ネットワークに、代謝ネットワークの相互浸透による、ネットワークの融合的統一が完成したのが、第4段階である。ここに、自己複製と自己維持性が確立される。
さて、この、RNA-タンパク質-代謝系が、機能し続けるためには、周辺から邪魔されないような境界を持った閉鎖空間が必要である。ここに、膜形成化学反応が要請される。この、膜形成は、もっと早い段階で、上述の進展とは独立して、成立していたのかもしれない。しかし、このRNA-タンパク質-代謝系と融合して、一体化される必要がある。
 かくして、自己複製と代謝の融合ネットワークは、膜を持つ小胞構造の中に納まって、そこで、機能し始める。ここに始原的生物が成立する。
 
 これは、生物が自己として成立したのである。つまり、主体性の成立と言って良い。
 
 さて、今回で、第一部を終えたいと思う。今までのまとめと、今後の見通しを書いておく。
 生命は物質から出て来る。宇宙がどのように出現し、その中から、どのように地球が生まれたからということは、今は、問わない。どういう条件が整ったら、つまり重力定数だとか、強い核力と電磁力の強さの比だとかが、どの程度だったら、生物が出現するのに適しているかということが、問題になるはずであるが、そのことは、別の機会に論じたい(注6)。今、分かっているのは、宇宙は、138億年ほど前に出現し(注7)、その中で、46億年ほど前に、地球が誕生した。そしてその地球上に、35億年前とも、38億年前とも言われるのだが、最初の生命が生まれたのである。
 さて、物質は物理法則に従って運動するのだが、その中に、どのように秩序現象が出て来るのかということから、進化論の議論を始めるべきである。このことについて、詳細は、第二部で扱うが、熱力学の第二法則に抗って非平衡状態では、秩序形成ができることが示されている。とりわけ、プリゴジーヌの論じた、散逸構造論に着目する。
 しかし、この段階の秩序形成と、生物の持つ情報の秩序形成には、段差がある。そのことを論じる必要もある。つまり、単に、物理現象として、秩序形成ができているだけの段階と、それが、維持され、複製される段階と、大きく質的な違いがある。そのことについても、あらためて、整理する必要がある。すでに、多くの研究がなされている。
 その上で、上述の、5段階にわたる前生物的段階があり、情報の複製を可能にするマクロ分子ネットワーク、代謝ネットワーク、境界膜形成システムができ、生物として成立する。
 また、前述のプリゴジーヌの仕事は、主として、1970年代になされたが、その後、カオス理論や複雑系理論が発達し、それらは、カウフマンや金子邦彦によって、複雑系生物学として、研究の蓄積がなされてきた。その複雑系生物学は、まずは、物理現象としての秩序形成と、生物としての秩序維持、複製との違いについて、物理的手法を用いて研究することで、成果を収め、さらには、前章で述べた前生物的段階の研究においても、進化システム生物学とは、異なるアプローチを採用し、独自の理論を提唱している。そのことについても、触れたい。私事になるが、元々の私の関心事はここにあった。
 さて、生物は、前生物的段階を脱出したのちは、原核生物として誕生し、さらに真核生物、多細胞生物と進化する。このことは、多少書いておく必要がある。すでに次のことは書いてきた。まず、私たちは、単細胞から、多細胞への進展が、生物の進化の中での大きな飛躍だと考えるかもしれないが、生物学者は、そうではなく、単細胞の中で、原核細胞から、真核細胞へ進展したことが、大きな転換点だと考えている。そのことについては、第一回で少しだけ触れた。ひとつの細胞の中に、他の細胞が入り込み、それと共生して、新たな自己を作るということが、ここで行われている。また、さらに厳密に言えば、真核細胞の中で、生殖細胞が出て来た、つまり、ディブロイドとハブロイド細胞に分かれたことが、性を作り、個を作ったという意味で、決定的である。このことは、第7章で述べている。
 
 ここでは、入れ子構造という概念も説明したい。これは発展の原理であり、この構造によって、個別化の進展が説明できる。それは以下の通りである。
 新しく、より複雑な生物が出て来たとき、それは最初からプログラムを作って、部品を組み立てて行く訳ではなく、前の生物の構造を変えて、創って行く筈である。田中は、そのことを、「生命はどの進化段階においてもシステム的な全一性を有さなければならない」と言っている。生物は、最初の段階から、すでに、そのネットワークを完成させて出現している。それをさらに、複雑なネットワークに変えて行くには、どうしたら良いか。生物は、生きながら、その構造を変化させるのである。
 そこで考えられるのが、入れ子構造である。前の構造を残し、その中に、新たな構造を入れて、全体として、より高度な構造に変えて行く。
この最も分かり易い具体例が、先の、原核生物から真核生物への進展を説明するものとしての共生説である。すでにこの説明は、第一章で言及しているが、それは、ひとつの細胞の中に、別の原核細胞が入り込み、それが、ミトコンドリア、及び葉緑体となって、共生し、より大規模な生命個体となったのである。
 つまり単細胞から、多細胞になるにあたって、ただ単に、原核細胞を並べて、ひとつの多細胞生物になる訳には行かず、まずは、ひとつの単細胞が、その中に別の単細胞生物が入って来ることによって、大きな構造を持つ単細胞生物になり、多細胞生物になるための準備をするのである。
 最初は、要素として、他の細胞を取り入れ、その後に、この要素と全体の関係を変えて、全体をより強化し、全体を一個の個体とする。これは、要素としての包摂と、全体-要素間関係の相転移によって、体制の階層を上げて行く入れ子構造なのだというのが、田中の説明である。
 私の言葉で言えば、自己の中にまず他者が入り込み、それを吸収して、他者性を残しつつも、より高次の自己を作っていく。自己内他者を抱えことによって、他者に対して、自己を主張できる。
 そうして、今度は、その複雑化した真核細胞を集めて要素とし、次の、さらに高度な、多細胞生物というシステムを作るのである。
 
 その多細胞生物は、さらに主体的に進化する。主体性という言葉を使わないとならないだろう。遺伝子が主体ではなく、まずは種としての生物が、主体的に進化し、そして今度は、個体として成立した生物が、個としての学習能力を高め、さらに人間が出現するに至るのである。
 
 情報の観点で、すべてを整理できるだろう。
 生命がまだ誕生していない段階で、物質の偏りとしての情報がある。つまり、物理的にあり得る状態についての、統計的頻度の偏りがあり、そこに情報が生まれる。生物は、その情報を、保存、複製する。物理的状態のままでは、複雑な秩序を維持できず、物質は、情報を組織化して、生物というシステムを作るのである。そして生物は、自己を維持し、自己複製をし、進化をする。
 それは、種の学習だと言える。つまり、種として、情報を子孫に伝えて行くのである。情報の発現はまず、遺伝情報系を通して可能になる。種が遺伝子をプールして蓄積し、つまりこれは、種が学習して行くのである。そして、有性生殖が行われるようになり、遺伝子を新しく構成する能力を種が持ち、種が主体的に進化して来たのである。
 さらに、進化の過程で、多細胞生物が出現し、そこで、個が確立する。すると今度は、情報は、個が学習するものとなる。神経ネットワークが個体内にでき上がり、免疫システムができる。脳が進化する。個体は、他の個体と、情報のやり取りをし、また時間的に、情報を後の世代に伝える。つまり、精神が生まれる。
 情報が、進化を駆動している。これが結論となる。
 
 これで、第一部を終える。残されているのは、まず、複雑系生物学の説明で、その前に、物理学としての複雑系理論についての、一般的な話をする必要があるだろう。
 また、この複雑系生物学と、本章で述べて来た、進化システム生物学を使って、多細胞生物の、その後の進化を、人間の出現まで、扱いたい。さらには、脳論に言及すべきだろう。
 そして最後に、今まで、様々なダーウィン批判がなされて来たが、そしてそれらは、創造説の烙印を押されたり、非科学的だと思われて来たのだが、それらの復権を試みることができると思う。
 

1.オートポイエーシスについては、ここで詳述しない。日本では、河本英夫が精力的に、主張している。
 
2.複雑系生物学の立場から、また上述の説明とは異なる案が出されている。これについては、のちに扱う。
 
3.ポリペプチドとは何かということについて言えば、これはまず、タンパク質を作っているのは、アミノ酸だが、この多数のアミノ酸が、ペプチド結合したものを、ポリペプチド結合と言う。では、ペプチド結合とは何かと言えば、ひとつのアミノ酸のアミノ基と、別のアミノ酸のカルボキシル基を結合させる方式と言って置く。
 
4.今までに、何度も出て来ているのだけれども、あらためて、注を作っておく。DNAは、デオキシリボ核酸のことで、遺伝子の本体である。これは、ポリヌクレオチドという巨大分子から成り、そこには、4種類の塩基と糖とリン酸から成るヌクレオチドが、二本の鎖を形成して、それが多数集まって、でき上がっている。さて、RNAは、リボ核酸と呼ばれ、DNA同様、ヌクレオチドからできているのだけれども、DNAと異なるのは、塩基が一種類違っていることと、鎖が一本から成り立っていることで、DNAの塩基配列を転写して、伝令したり、アミノ酸を運んだりという役割を持つ。DNAよりも単純な構造なので、生命にとって、DNAよりも先に存在していた情報分子であると言われている。
 
5.例えば、Gilbert1986などを参照せよ。
 
6.問いたいとは思う。資料は集めている。いずれやりたい。
 
7.佐藤勝彦『宇宙は無数にあるのか』集英社、2013
 
参考文献
ダーウィン『種の起源』(上)(下)、八杉龍一訳、岩波書店、1990
田中博は、3冊、あらためて挙げておく。
『生命と複雑系』培風館、2002
『生命 進化するネットワーク -システム進化生物学入門-』パーソナルメディア、2007
『生命進化のシステムバイオロジー -進化システム生物学入門-』日本評論社、2015
Dyson, F., Origin of Life, Cambridge University Press, 1999
Maturana, H.R., & Valela, F. J., Autopoiesis and Cognition –the realization of the living, D. Reidel Publishing Company, 1980, 『オートポイエーシス -生命システムとはなにか-』河本英夫訳、国文社、1991
Gilbert, W., “Origin of Life : the RNA world”, Nature, No. 319, p.618, 1986
(たかはしかずゆき 哲学者)
(9)へ続く