ヘーゲルを読む 0 目次と前書き

高橋一行

シリーズ「ヘーゲルを読む」を連載したい。さし当たって、以下のものを、順に発表する。

0  目次と、前書き(今回)
1  ネグリのコモン論を批判する(前著『知的所有論』の紹介)
2-1 相互承認論を批判する(『精神現象学』読解1)
2-2 知的所有論を展開する(『精神現象学』読解2)
2-3 無限判断論を再述する(『精神現象学』読解3)
3-1 隷属化という原理(バトラー論1)
3-2 欲望と他者の原理(バトラー論2)
4  所有の放棄(レヴィナス論)
5-1 脳と可塑性(マラブー論1)
5-2 自然と精神(マラブー論2)
5-3 偶然と必然(マラブー論3)
6-1 ラカンと戯れるヘーゲル(ジジェク論1)
6-2 マルクスを読むヘーゲル(ジジェク論2)

以下、読者からの反応と、同人との対話によって、書き加えるべき事柄が出て来れば、補遺として、掲載して行きたい。

今回は、上に目次を書き、以下、このシリーズを連載する意図について書く。また、この連載の中で、読者の反応を見ながら、また、同人との議論を通じて、補筆して行く。
『所有論』、『知的所有論』(共に御茶の水書房)を上梓して、それらに続く第三番目の本を出したいと強く思っている。それが済むまでは、なかなか他のことに取り掛かる余裕がない。いろいろと考えることはある。しかしあと半年くらいは、このテーマに専念したい。2014年の秋に刊行することを目標にしている。このシリーズの連載を通じて引き起こされるであろう読者からの反応、同人との議論、私自身の見直しを経て、本を作ることができたら嬉しい。
多分、つまらない反応がたくさん来るに違いない。ヨーロッパの哲学の受け売りに過ぎないというようなものだ。しかし、それに対してはまず、私の書いたものを良く読んで下さいと言うしかない。私はここで取り挙げる予定の、ネグリ、ジジェク、バトラー、マラブーを、そのセンスの良さは評価するが、その論理には、物足りなさを感じている。ここでは、その物足りなさの原因を突き止めたいと思っている。
もう少し詳しく言えば、まず、前著で取り挙げたネグリについて、随分と批判的に取り挙げたつもりだったのに、そこが理解されていない。ネグりに追随しているとまで言われる。そこは私の説明不足であったので、あらためて展開したい。また、同じく前著に使ったジジェクについては、ジジェクを引用しつつ、ネグリを批判するということだけしか、そこではなされておらず、ジジェク批判までは展開できなかった。今回は、それを試みる。さらに、バトラーとマラブーについては、前著でまったく取り挙げられなかった。今回、やっと準備ができたと思う。具体的に言えば、彼女たちは、ヘーゲル解釈から、彼女たちの基本的な考えを導いている。その解釈を批判することができるはずだ。
そして、もうひとり取り挙げるレヴィナスは、さすがに別格で、ここは慎重に読解をして行きたいと思う。このレヴィナスに付いても、ヘーゲルを十分意識しており、またヘーゲルから影響を受けていると思われるが、しかし必ずしも、ヘーゲル解釈から、彼の思想を作り上げている訳ではない。従って、私の批判も、どこまでできるか、とりあえず、やってみたいと考えている。
また、本稿において、基本となるヘーゲルは、私が最も価値のあると考える古典なので、それは、受け売りをするもののではなく、どう受け継ぐかということが問題になる。ヘーゲルはドイツ人で、日本人のお前がなぜ受け継がねばならないのかという批判に対しては、私は、ヘーゲルの哲学を、人類の受け継ぐべき知のひとつと見ているからと答えたい。私は思想史研究者ではない。1770年にプロイセンで生まれたヘーゲルの思想を、ヨーロッパの思想史の文脈や、当時のプロイセンを巡る環境の中に位置付けるという作業をしているのではない。そういう作業は、極めて重要だが、しかし私の仕事ではない。資質の向き不向きの問題で、私にはできないと言うべきかもしれない。私は、私にできることをやるだけだ。そしてここで、ヘーゲルを受け継ぐとは、ヘーゲルを私の問題意識で、強引に読み込むということを意味している。それを可能にしてくれるテキストを古典と呼びたい。

p.s. 実際に書き始めると、目論見が、当初のものと少し変わって来ている。このシリーズでは、バトラー、レヴィナス、マラブー、ジジェクの4人が、ヘーゲルとどこで接点を持つかということを論じる。しかし彼ら4人を論じるためには、ニーチェ、フッサール、ハイデガーは措くとしても、フーコー、デリダ、ラカンに取り組むことが必要となる。しかし、先の4人を読み込むだけでも、数年を要したのに、それに加えて、フーコー、デリダ、ラカンを論じるのは、私の手に余る。それで、あくまで、バトラーが論じるフーコー、また、レヴィナスを批判し、マラブーが依拠する限りでのデリダ、及びジジェクが活用する限りでのラカンを、ここでは扱うことにした。それで、先のような目次となった。
1に続く

(たかはしかずゆき 哲学者)
(pubspace-x205,2014.3.24)