覗窓―森忠明『ハイティーン詩集』(連載13)

(1966~1968)寺山修司選

 

森忠明

 
覗窓
 
突如 男は女を殴り
不思議に女は男にしなだれ
小外刈をかけそこなったように
非衛生な寝台に崩れていく
老映写技師キクタさんは
今日もS・フェインの「慕情」で創まる
人ひとりいない正午の客席で
不様に昇天しそこなっているその曲や
鼻腔に沁みいる便所の臭気や
眼球を射る炭素アークの羞明が
俺の胃液と妙に釣合う
 
じゃキクタさん お先に失礼します
キクタさんは炒飯をもごもごと
ラーメンスープをこぼしつつ
ごくろうさまでした と言うだろう
南口大通りに飛びだして俺はこれから
人をどうにかしようとすることを
本日限りで止しにしようと思うのだ
俺は今まで小鳥の飼い方さえ覚えようとしなかったし
 
東京の最西端 煤けた駅の待合の
おまえの小さなパラソル小さなエナメル靴に
俺はどんな取組み方をすればいいのか見当もつかないのだ
だからおまえは
リッカージグザグスクールを修了して
家政科で油を研究して親元へ帰れ
毎日展で入賞して
東北へひとり旅して
スキントラブルを治して
利発な口元をして利発な子供を生みまくれ
 
おはようございます キクタさん
眉唾ものだがキクタさんは元海軍少尉で
敵を十人殺してきたが
いつも女にゃ泣かされっぱなしで エッヘッへ
突如 男は女を殴り
不思議に女は男にしなだれ
小外刈をかけそこなったように
非衛生な寝台に崩れていく
 
(もりただあき)
 
(pubspace-x8054,2020.12.31)