休神―森忠明『ハイティーン詩集』(連載9)

(1966~1968)寺山修司選

 

森忠明

 
休神
 
まず 一途な健康と一途な発展と
一途な迷妄よ安堵してくれ
時という時の純真無垢な風間を
真一文字に酸敗してゆく俺の片わらで
期せずして表は何でもかんでも愛せそうな朝まだき
朝という鮮明な始まりの
なんとけれん味のないことか
そして朝焼の痛ましいほどにとっておきの光の中で
夜と俺のこまめに夢みる仲を精算するのは今か?
 
さっきから俺の眉間で
何気ない胸式呼吸を続ける 時代よ その昼休みよ
そのさして思いだすこともない九月の優柔な陽光の中で
おお友情よ おお恋着よ
今日こそ汗ばむことのないように
はるか彼方の都営団地の縁側で
息子の敷蒲団を干している
ニホンの母よ おお罪のない秋晴れよ
 
空の高処を流れてゆく何も思わぬ風よ
風香り 海青く
光に充ちあふれていたそこを
紺碧海岸!と名づけたサンラファエルの
一文学青年を御存知でしょうか
おお美しい人よ 土台
男の生などあてにはならないのでしたね
はは いい気な男 公園の水上を渡る育ちのよい風よ
遠くでフンボルトペンギンが啼いている
小ざっぱりした首都には
ひとごとのような有明と
好色やくざが歩いている
向うへ去っていった女の指には
ぎっしり肉がつまっている
思えば人の立姿こそ極度の哀愁であったが
かすかな正午の時報の隅で
俺は何を見届け何をしめくくるべきであったか
おお一心不乱に、辷り込む ひどくけなげな国電よ
ああ俺の意識よ どうか白線までさがって下さい
そして床しい文明の床しい微苦笑のサラリーガールよ
駅の便所が狭すぎるということは
憂うるに足りないことなのだ
 
思えば俺の二十の秋
玉川上水の腐りかけの橋を渡ってやってきた
いかにも精神的な黄昏の
なんと秘めやかな 若盛り!
俺を静かに裏づける思わせぶりな人並な
薬玉のような心臓と可憐な日曜神経症
 
心に染みる歯に染みるそれは奇特な脳髄よ
ただもうあなたにのみ寄りすがり
しみじみとこの俺はあなたにのみ叫ばずに
どうして生きてゆけましょう
そして御あわれみによりまして
死の杯を受けたまいましたその愛を
この俺にもたまえ
たまえ!というんだよ
 
既に巡ることもないだろう願うこともないだろう冒すこともないだろう溢れることもないだろう
今俺はありあわせの食事を了え
テレビニュースのスイッチを切り
とにかくひとまずさらばである
ただただ俺に見とどけられて
ひなた臭く安らかな眠りに墜ちたなら
あなたよ善き男女よ
もう二度と
見届けあおうなどとは思わずにいてくれ
この先どう転んだとしても だ
 
(もりただあき)
 
(pubspace-x7941,2020.08.31)