犬―森忠明『ハイティーン詩集』(連載4)

(1966~1968)寺山修司選

 

森忠明

 

 
〈捨てる  ということは新宿駅の9番線ホームに佇んで向かいのホームのひとびとを眺めるぐらいの努力だ〉
 
元来ぼくという男は好んで捨てるのだ
だから八方美人の女友だちを諦めるぐらいの調子で
ぼくはボビーおまえを捨てにゆく
飼犬の帰家性というやつは
とても不思議がられているけれど
今のぼくは不思議がるのも億劫だ
結局きのう市制がなった隣り街に
ぼくはボビー  おまえを捨てた
多摩川にかなり大きな陽が沈む頃だった
捨てるぼくは媚情のボビー  おまえの胸をさすった
捨てられかかるぼくと同じ体温
潔くおまえはぼくを捨てろ
そうすれば  ぼくは明日夏を迎えることになる
そうすれば  おまえは晴れて犬だ
陽の昇りきった朝
ぼくは温かい毛布の中で
悲壮なおまえに感謝しているだろう
そして  おまえを捨てたことを
話の尽きたころ静かに二人の話題にすると
彼女はぼくを短時間後に愛し始めるのだ
 
赤い男根のおまえは
梅雨の路地に迷いこんで
ますますおまえらしくなる
 
その頃食卓のぼくは
庭の隅のおまえの小屋を
この次の日曜あたりに片づけようと考える
 
 
(もりただあき)
 
(pubspace-x7704,2020.03.30)