三人のジャンゴ

積山 諭

 
   先日、ジャンゴ・ラインハルトの生き方と演奏を題材にしたフランス映画をレンタルDVDで観た。この天才ギタリストの姿と生き方を興味深くみた。最初その演奏に惹かれたのはルイ・マル監督の『ルシアンの青春』でだった。ジャンゴの演奏が実に効果的に使われていた。そのご、ジャズに親しむなかでジャンゴの音楽にあるのがスイングであり、ブルースであることに私もそれらの演奏と録音に馴染んでいったのであった。それは渡仏した米国のジャズメンたちとの共演ともなった。そのなかで〝スイングの王様〟というのがジャンゴの評価である。しかし、その半生を描いた映画は先の大戦でのナチとの相克を辿り興味深い。ジプシー(現在はロマになっている)の姿を通し、そのなかで戦後まで生き延びた一つの〝歴史〟をこの作品は描いている。それはヨーロッパでの各民族の姿と相克だ。それが音楽を介して描かれるのが作品のメッセージである。
   それで思い出すのがイタリア製のマカロニ・ウエスタンのジャンゴである。それは米国映画でも描かれた。『ジャンゴ 繋がれざるもの』(クェンティン・タランティーノ監督)。その元になったのはマカロニ・ウエスタンの『さすらいのジャンゴ』である。10数年ぶりにレンタルDVDで観直した。これは監督の同作品へのオマージュであることがわかる。冒頭から主題歌が、英語に訳され奏される。懐かしく聴いた。作品名、主演俳優の名前も旧作の赤い文字が旧作への敬意を示している。それは三様のジャンゴとして面白い。旧作の主演はフランコ・ネロ。何と新作にもフランコ・ネロが登場するのが監督のオマージュとして確認できた。
   それはともかく、近作の『永遠のジャンゴ』で描かれるナチとの関わりは現在もロマの姿を介しヨーロッパの歴史を通底する〝歴史〟として現在しているだろう。それはユダヤ人たちの生とも深く連関する民族が相克し現象する現実だ。先日読んだ『ナチ神話』も、それを想起させる。ジャン=リュック・ナンシー、フィリップ・ラクー=ラバルトの共著である。二人の哲学者がナチズムの哲学的分析をしている。それは哲学分析であるが現在のフランスやドイツのユダヤ問題との関わりを論じて私を挑発する。それはまたハンナ・アーレントの政治思想・哲学とも共振する。ハンナについては新たに著作を読み直し共闘の力を得よう。
 
(せきやまさとし)
 
(著者の申し出でにより、「ジャン=リュック・ナンシーとフィリップ・ラクー=ラバルトの共著」を「ジャン=リュック・ナンシー、フィリップ・ラクー=ラバルトの共著」に訂正しました。――編集部。2019.02.07)
 
(pubspace-x6344,2019.02.06)