「EUとはドイツを怖がる国民の連合で、それはドイツ人も含む」― イギリスから(7) -

高橋一行

(6)より続く
 
 ドイツに来る。ここは旅行者にとって、至極快適な国である。ひとつは物価の安さがある。ホテルはイギリスの半分くらいの値段だし、食事も酒代も、イギリスの6割方で済むという感じだ。もうひとつは外国人を容易に受け入れてくれるということが挙げられる。空港での入国審査は、パスポートを見せるだけで済む。これがイギリスだと、毎回行列を作って、長い時間待たされ、やっと自分の番が来ると、何しに来たのだという尋問があって、指紋を取られて、しかしそれでも日本人だとそれくらいで済むが、イスラム系の国から来ると、尋問はさらに長く、時には別室に連れられて行くのをしばしば目撃する。この、外国からイギリスに戻る際の手続きを面倒に感じ、本当は私の在外研究中、もっとしばしば外国に出掛けようと考えていたのだが、結局、大統領選挙の最中にフランスに行き、学会があってウィーンに行き、今回はドイツを楽しみたいのだが、しかしこれだけしか出掛けていない。
 私は今回、数日のドイツ滞在ののち、再びイギリスに戻り、そして9月下旬には、半年の在外研究を終えて、日本に戻らねばならないので、イギリスで引っ越しの算段を不動産屋と始めたところである。しかし入居するときも、不法移民扱いをされて、相当の困難の末にやっと生活を始められたのだが、引っ越しの際にも、いろいろと問題が起き、つまり入居時に預けた敷金を、私のイギリス滞在中に返してくれる気はなさそうで、私が日本に戻ってから返すというのだが、果たして日本の銀行に本当に返金してくれるのかとか、私が壊した訳ではない家電製品の修繕代や法外な清掃代を請求されてしまうのではないかとか、様々な問題が出て来て、それらが決着の付かないままに、とりあえず結論は後回しにして、ドイツに来たのである。そしてドイツの居心地の良さにほっとするとともに、もうイギリスには戻りたくないと思ってしまう。私は最初の予定では、ドイツで在外研究をするつもりだったので、何でイギリスにしてしまったのだろうという後悔をすることにもなる。
 マーケットには豊富な食材が並び、この時期は私の好きなキノコも売られている。レストランのメニューも多く、キノコ料理を看板に大きく掲げているところもある。フィッシュ&チップスとハンバーガーが主たる食事で、あとは生煮えのパイか、ぐずぐずに煮込んだローストビーフしか食べるものがないイギリスとは大違いだ。
 しかし愚痴はこのくらいにして、本題に入らねばならない。ドイツでは、ちょうど一か月後に総選挙がある。これがどんな風になされるのか、その雰囲気を観察するのが、今回の滞在の一番の目的である。
 さてそうなると、あらためてドイツ旅行の快適さは、私にはうれしいことなのだが、ドイツ人にとって、それは良いことなのかと思う。少子化が進み、男子の大学進学率も下降気味で、労働力が不足する。それが結局、土地の値段の安さに繋がる。また移民を大量に受け入れて、労働力を補わねばならない。それで移民は簡単にドイツに入国できるようにしている。そのために、旅行者にもフレンドリーな国になる。しかしそれがドイツ人にとって良いことなのかということだ。そのあたり、ドイツ人がどんな風に感じ、それがどんな風に選挙に反映されるかということが問題だ。
 
 ケンブリッジという大学町では、圧倒的に中国人が多く、しかし彼らの多くは移民でなく、留学生と観光客であった。またイギリス全体では、ポーランドなど東欧を中心としたEU域内の移民がEU離脱の際の争点となった。それがイギリスの問題である。また、先だって出掛けて来たフランスでは、圧倒的に北アフリカからのイスラム系の移民または移民の子孫が多かった。さてここドイツでは、トルコ、シリア系に加えて、北アフリカ系のイスラム人が目に付き、とにかくここ数年で確実に移民が増えた。私は2002年にドイツに住んだ経験があり、そののち年に一度はドイツに来るようにして、毎年来るたびに移民が増えたという実感を持ち、そして2015年からのこの2年で、確実に一層移民は増えているのである。
 それが来月行われる総選挙にどう影響を与えるのか。
 結論から書けば、街は何だか平穏で、選挙前の熱気はまったく感じられない。現職のメルケル率いる保守系与党会派、キリスト教民主・社会同盟が勝つことは確実で、すでに長期政権なのに、これがさらに長く続くことになり、対抗馬はいないし、新鮮味が感じられない選挙なのである。キリスト教民主・社会同盟が第一党になり、あとは社会民主党と連立を組むか、自由民主党と組むかということだけが争点になる。反イスラムの新興右派政党「ドイツのための選択肢」も、それなりに支持を伸ばし、ほぼ確実に一定数の議席を獲得するだろうけれども、この政党と組みたいという他の政党はないから、この党が政権に入ることはない。そういう結果が見えていると、人々は白けている。そしてドイツは、今後もEUの中心的存在としてやって行くのだろうし、EUもまだしばらくは変わることがないだろう。イギリスだけがEU離脱にてこずり、このあと大変な思いをすることになるが、ドイツにしてみれば、勝手に出て行きたいと我が儘を言うイギリスに厳しく対処するだけの話で、ドイツは大きな影響を受けない。
 
 ドイツの政治について、簡単にここで説明をしておく。
 まず、ドイツの選挙は、小選挙区比例代表併用制という制度を採用している。これは、小選挙区制の要素を加えた比例代表制のことで、全議席は政党の得票数に応じて比例配分されるが、それに加えて、小選挙区で当選した候補者にも議席が与えられる。複雑で分かりにくいという点でしばしば批判されるが、しかし、基本的に各政党の議員数は比例代表で決まるので、比例代表制の良さ、つまり、投票数がそのまま各政党の議員数に比例するということがあり、また各選挙区の有権者にとっては、その小選挙区で勝った人は必ず議員になるので、小選挙区制の利点も持っている。議員の基本数は598人だが、いま述べたように、比例代表で各政党の人数が決まった後に、小選挙で勝ち抜いた人も議員になるので、この基本人数を上回る数の議員数になる。そして比例代表制だと当然そうなるのだが、一党で過半数の議席を取るのは難しく、いくつかの党で議席を分けるので、その中で連立を組んで、政権を担当することになる。
 簡単に歴史を書いておけば、1982年から、1998年まで、キリスト教民主・社会同盟と自由民主党の連立政権で、首相はコール。1998年から2005年までは、社会民主党と緑の党の連立政権で、首相は、シュレーダー。そしてその後は、首相は、キリスト教民主・社会同盟のメルケルだが、連立の相手は、第一次と現在の第三次が、社会民主党で、第一党と第二党の連立なので、これは大連立と呼ばれる。第二次は、自由民主党との連立だった。
 さてそういう歴史を振り返って、今回の予測をすると、キリスト教民主・社会同盟の勝利はまず確実で、すると連立の相手がどうなるのか、つまり社会民主党がそこそこ議員数を確保すれば、三度(みたび)の大連立になる。あるいは、自由民主党と、第二次以来の連立を組むか。そのどちらかだ。そのあたりが見もの。
 そして、キリスト教民主・社会同盟は、2年前、シリアなどから大量の難民が流入した際、メルケルは人道支援として寛容な受け入れ策を維持したことで、一時は支持率を下げたのだが、イギリスのEU離脱問題や、トランプ米政権が孤立政策を取る中で、EUを結束させるべく、安定政権が望まれて、それが支持回復に繋がり、今回第一党になることは確実である。一方で、社民党は3月に欧州議会議長だったシュルツ氏を党首に選出する直前の世論調査では、一時「シュルツ旋風」が見られたのだが、5月に国内最大州での選挙に敗れると具体性を欠くということで、その政策が批判され、支持率は一気に下落している。
 また私の予想では、第3位に左派党が来て、4位に自由民主党が入り、5位に「ドイツのための選択肢」が入り、かつて政権に入っていた緑の党は、支持率が低迷していて、というのも、脱原発政策や女性の社会参画などに積極的なメルケルの姿勢が、環境リベラル政党である緑の党の存在意義を弱めている。するともしかしたら、ここは、議席を確保するための最低条件の5%の支持も得られずに、議席がゼロになる可能性もある。
 
 選挙一か月前だというのに、あまり熱気が感じられないと書いた。街は静かで、しかし静かではあるが、確実に移民の数は増えている。街中を歩き回るだけでも、そのことは良く分かる。反移民運動も確実に激しくなっている。運動は攻撃的になり、以前はデモの近くに寄って、写真を撮ることができたのだが、今、そんなことをしたら、デモ参加者に殴られそうだし、また警察がたくさんの数でデモを包囲していて、容易に近寄れない。デモを批判する人たちが、さらにその周りで、これもしばしば挑発的にデモに近付いて、あちらこちらで小競り合いが起き、警察がそれを抑え込もうと必死である。とげとげしい雰囲気で、このあたりの土地に不慣れな旅行者は、決してデモに近付いてはいけないと友人には言われる。
 しかし静かに、確実に移民が増え、それに対して、もともとドイツにいる人たちの間では、ますます不満が高まるけれども、しかしこれはどうしようもなく、反移民運動は激しくなっても、その運動の支持者が劇的に増えている訳ではない。そうして選挙ではメルケルが勝ち、移民政策も今のものが継続されることは確実で、それはそれで与党の政策が支持されているというより、諦らめの気分が広がり、ほかにどうしようもないのである。
 
 イギリスについて、私はイギリスに滞在して、イギリスのEU離脱は良かったのではないかと思うようになったと以前書いた。しばし混乱はあろうが、もともとイギリスはEUの中にあって、EUとは距離を取る国だったので、それが今回、EUの外にあって、EUと距離が近い国に代わるだけの話だ。
 しかしドイツに来て、ここはEUの中心だし、ドイツはEUを引っ張ろうとしているし、EUもまたドイツとともにあろうとしているし、それはそれで良いのではないかと思う。基本的にはそう思う。
 しかし他の国々が、ドイツ主導に恨みを持ち、ますます嫌われるという事態は進行するだろう。私はメルケル首相に対しては、その手腕を評価しても良いと思うのだが、長期政権になれば、ますますEUを自分が引っ張っているのだという驕りが見られるだろう。それは誰にとってもマイナスだが、しかしそれ以外に他に選択肢はない。
実は正直に言えば、今ひとつ、移民の実態が見えて来ない。これが本当に危機的になるのは、いつなのか。5年後か、10年後か。確実に増えて、つまり量的変化はあるのに、それが質的変化に繋がっているようには見えない。犯罪は増え、人々の不満は増えている。しかし決定的に危機的な状況に見えないのは、私の想像力が不足しているためか。
 
 2年前にメルケルがシリア難民を受け入れると言えば、非難が殺到し、その後、一部の難民を送還すればまた、非難が出る。移民については、EUの理想を掲げる者もいれば、同化政策が機能する限りで受け入れるべきだという妥当な意見もあり、絶対に排除すべきという感情も一部にはある。しかし実際に行われていることは、現実的な選択で、極端なものではない。もともと移民の労働力を必要とする国であり、しかしEUの域外からの移民には結構制限を設けていたし、とりわけ不法移民には厳しく対応して来ているし、さらにしかし、一旦入って来てしまった人たちには、リベラルに対応する。一昔前のトルコ人にしろ、今のシリア人にしろ、十分ドイツに溶け込むよう、対策がなされているとは言い難いが、しかし、受け入れるしかないのだから仕方ないというのが現実的なところだ。
 
 私は、ユーロが流通し、EUが最も高揚していた2002年に1年弱ドイツにいたものだから、基本的にEUは素晴らしいと思っている。しかしその私がではなぜ、イギリスのEU離脱を肯定するのか。それはひとつは、2016年にイギリスがそう決めたのだから、そして一旦決めてしまったのだから、あとはその手続きを粛々と進めるべきだと思うからである。メイ首相もそれまでは、EU残留派だったのに、責任者になったからには、離脱を進めると宣言し、今年に入って、選挙で思うように行かなかったという問題を抱えながらも、現在、粛々とその手続きを進めている。それは評価したいと思う。第二に、何度も書いたように、元々イギリスはEUに属しながらも、EUから距離を置いて、むしろ、アメリカやカナダやオーストラリアなどの英語圏に親近感を示し、そして今は、中国と付き合うということを明確に打ち出しているので、そうなるとEUに属さなくても良いので、それならばさっさと離脱すれば良いと思うからである。
しかしそれは、EUが必要ないということを意味せず、こうしてドイツに来ると、やはりEUは大事な役割を担っていると思う。
 
 メルケルも、個人的な資質という点で、私は評価している。彼女について、彼女の持つ慎重で控えめで、しかし決然たる理想主義が強く表れたエピソードがある。それは2015年の秋、排外主義者のハンガリー首相オルバンが、メルケルに、移民の流入を防ぐ壁を作るべきだと提案したのに対し、「私は長い間壁の向こう側で暮らして来たので、ここでそうした時代に戻ることを望まない」と答えたのである。彼女は東ドイツ出身で、厳しい冷戦時代に戻りたくはないし、また今ここで難民を救えるのはドイツを中心としたEUだけだという思いもある。
ただそれでも、長く権力の座にいると危ないと思う。今回はそのことを指摘する。
 
 ドイツは昔から、そして今も、常に自らに劣等感を持っている国である。かつては、イギリスとフランスに経済と政治の点で遅れていると強く感じ、現在はナチスを生んでしまったという、自己自身への不安感を持っている。つまり、ドイツは経済も政治も本当は得意ではなく、劣等感とその裏返しとしての優越感に基づいて行動してしまうから、自分たちが権力的になると、良くないことをしてしまうという感覚を持っている。しかし、根が真面目で、その真面目さを他国に押し付けるから、結局それが権力的に作用していることに気付かない。2010年からドイツが他国に課して来た緊縮財政も、本当はもっと他国に優しくして、できれば援助もして、他国の経済を伸長させた方が良かったのに、そうはせず、生真面目に緊縮財政を押し付け、そうして他国から嫌われ、不安がられる。
 トッドがしばしば言い、また私は他のところでも聞いたことのある冗談として、「EUとはすべてのドイツを怖がる国民の連合で、その中にはドイツ人も含む」というのがある。それがドイツ人なのである。     
 すると、先に私はメルケルを評価していると書いたが、それでもあまりに長く権力の座にいると、どうなるのか。自らに不安を持ち、そうしてますます硬直化して行くのではないか。
 
 6月のイギリスの選挙では、保守党の圧勝のはずが、小さな地域政党を引き寄せて、辛うじて過半数を取るという結果で、事実上敗北だと言われ、しかしそれでもメイ首相は、EU離脱を先に進めねばならず、苦労はしているが、しかし大きな方針変更はない。そう私は今までも書いてきた。
 一方フランスは、マクロンの圧勝で、華々しく大統領としてデビューしたが、しかし人気のあったのは最初の内だけで、100日発つと、その緊縮政策が不評で、支持率は急激に落ちている。
国防費の予算削減をし、それに異を唱えた軍トップの辞任騒動があり、住宅手当の減額という政策も不評で、国民議会でも連日野次の応酬が繰り返されている。マクロンに対して、一部労組はすでに抗議デモも計画していると言われていて、国内の反発がさらに高まる可能性もある。
 しかしそれに対しては、誰がやったとしてもうまく行かないというのが、私の見方で、マクロンは最初に人気があった分、そこから落ちるのも早い。
 
 2016年には、イギリスのEU離脱を決めた国民投票と、アメリカで大統領選挙と、ふたつの衝撃的な出来事があり、しかし2017年に入って、フランス大統領選挙は予想通り、イギリス総選挙は予想を裏切ったが、しかしぎりぎり想定内の話。さてドイツはどうなるのかというところ。一般に欧米諸国と言い、先月私はEUには、28もの参加国があると書いたが、しかし基本的には、欧米はこの4カ国から成り、これらの国の国内事情が、世界に影響を与える。さらにEUの将来は、EUという集団それ自体が議論をして、その在り方を決めて行くのではなく、独英仏という3つの大国の、それぞれの国内の選挙で命運が決まる。フランス大統領選挙に始まり、イギリス総選挙を経て、このあとドイツ総選挙がある。これでEUの4、5年先までは見えて来る。つまり、そう大きな変化はなく、このままの状態で進むだろうという、平凡な結論がここで得られる。

2017.8.24

 
続く
 
(pubspace-x4369,2017.08.29) (たかはしかずゆき 哲学者)