最近の試写会から 

積山 諭

 
 音楽ネタの映画は古今東西あまたあるけれども繰り返し観るに耐える作品がそうそうあるものでもない。最近ではクリント・イーストウッド監督の『ジャージーボーイズ』が面白かった。監督はジャズファンで自作の音楽を担当することも多い。先日、都内のホールで観た『シング・ストリート』(ジョン・カーニー監督)はそれに比肩すると言ってもよい仕上がりの作品だった。
 物語の舞台は1985年のアイルランドのダブリン。高校生たちの成長潭だが中高年の鑑賞にも耐える。
 1985年のダブリンは大不況。主人公の家族も経済苦に見舞われる。何度も家族会議を開き殆ど家庭崩壊状態。その主人公をはじめ両親、兄妹の生活が丹念に描かれる。それが実に面白い。ダブリンの宗教的な区別のある高校事情も知られる。不仲の両親は離婚寸前。主人公の兄はドイツの大学への留学を親に止められ引きこもり状態。主人公は学費の安い荒れた高校へ転校させられイジメに。どこの国でも学級崩壊の様子は大同小異。そのなかで主人公は音楽で仲間を集め恋愛もし逞しく活路を見いだす。それを頼りがいのある兄が強くサポートする。その細部の描き方が観客を作品に魅入らせる。音楽映画としてナカナカの出来である。9日から公開されるので音楽ファンには特にお奨めする。
 その前に観た『トランボ』(ジェイ・ローチ監督)は7月22日に公開予定。1940年代から1950年代に吹き荒れたレッド・パージ(赤狩り)、反米共産主義者弾圧運動を丹念に描いている。脚本家、ダルトン・トランボは他の映画人たちと共に下院非米活動委員会(HUAC)の公聴会にかけられ証言を拒否し投獄される。私は若い頃に観た『ジョニーは戦場に行った』に強い印象を受けた。ベトナム戦争の兵士の悲惨を描いた作品でこれが当局の様々なチェックを受けたのは推測される。若松孝二監督は『キャタピラー』という作品でこれを日本を舞台に翻案した。それはパクリと批判もできるが若松監督流の戦争観が盛り込まれて興味深く観た。この作品の売りは、あの名作『ローマの休日』の脚本は実はトランボが書いたのだという事実も伝えることだ。ハリウッドで干されたトランボは実名を出すことはできなかったが脚本の注文はあったのだ。『スパルタカス』、『パピョン』などの作品もトランボの脚本がその成功の原因でもあると思われる。
 現在、公開中の『帰ってきたヒトラー』(デヴィッド・ヴェンド監督)は、原作が2012年にドイツで200万部のベストセラーを記録した鳴り物入りの作品。アドルフ・ヒトラーが現代に甦ったら、という設定が奇抜。若い人にはドイツの歴史を辿る契機になるかもしれない。ヒトラーという怪物をコミカルに描いたのも監督の才覚がわかる。
  
(せきやまさとし)
 
(pubspace-x3395,2016.07.06)