戦争法案廃案求める国会前行動に参加した

ちびまる子(ペンネーム)

 
14、15日、16日すごい人でしたね。15日はあまりの人の多さ(主催者発表の参加者数は最初の2.5万人から、6万人、10万人へと増えた―東京新聞16日朝刊一面による)に、合流したい人にはなかなか会えず。なにせ警官の市民いじめというかいやがらせ?で横断歩道をわたらせない。おかげで道路をはさんで離れ離れ、携帯で連絡とりながら行っても、さっきまで、通れたところが、警官の二重の通せんぼで通れず、大回りしていっても横断歩道はわたれず、ほんとに疲れました。
友人と合流できたのは遅くなってで、茶店によって帰ったのでずいぶん遅くなりました。前日14日の日比谷野音大集会は、すごい人で入れなかったので、公園反対側で一旦とめられ、動きだしたデモに入ったら、早く解散地点についた。といっても湾岸戦争の頃から、デモが延々と続くのを一般市民に知らせないためか、まあ分断々々でデモ間隔があくこと。
止められて待ってる時間のほうが長いかも。でも経産省テントの前あたりでのろのろになったときは、テント前にいる知人と交流できたり、紙コップで冷たい梅ジュースをさしいれてくださって、一息つけたり。こういう感じが好きです。
アメリカニューヨークの昨年40万人デモの様子(公共空間Xに昨秋載せてあるYouTube)を見ると、あちらはあまり分断されないのかデモ隊が延々と続いてますよね。たしか70年代は続いていたような?
大阪から来た知人は、早く野音に着いたので入れたが、デモ出発にずいぶん待たされたようで、メールでやりとりしてたのですが、一番最後で10時半近くだったでしょうか?
ただがっかりしたのが、分断されたデモ隊3グループがなかなか来れないでいたのに、その前のデモ隊が永田町駅地上口に来たら、主催者側だかもうこれでデモ隊最後とふれまわり、多くの人たちが帰って行った!全国から来てるデモ隊なのですから、流れ解散とはいえ数名の責任者は最後まで見届けてほしかったです。最後の方のデモ隊は、「安保反対、闘争勝利!」と懐かしいシュプレヒコールでしたが、両脇を2列ずつの警官がはさみ、妙に物々しく中年女性は警官にはさまれ、とまどってました!最後のデモでやっと待ってた友と会え、私も解散地点までデモしようと永田町駅地上口の近くから、デモ隊に入ろうとしたら、前方を警官がかため、「途中からのデモは出来ません」と来た!なにせその日は永田町地上口から、デモで来たあとをたどりなおし丸の内線入り口に 行くことは警官が通せんぼしていけないのですから。ま、友達が機転を利かし、警官の通せんぼの間をくぐり抜け、歩道で再会を喜びあいました!15日再々会したかったが、とうとう国会前では会えず、メールのやりとりで、彼女は新幹線で大阪に帰っていきました!メールで「(国会前の様子)今回は少しは報道されているのかなあ。あの熱気が伝わってほしいですね。警官は悪質。交差点閉鎖でみな立ったまま動けず、押されて足元危ないし、時間気にかかるし、本当にサイテー。わざわざ嫌がらせはするし他にすることないのか?」と言って帰っていきました。
昨日16日ずっとやってなかった国会中継ですが、珍しく他の番組中止してやったなと思っていたら、最後の戦争法案への反対、賛成答弁のあと数の暴力であっという間の強行裁決。
裸の王様を中心とした人たちによって、違憲の法案が人としての信頼も損ねる独りよがりのやり方で成立してしまいました。
もう14、15日で疲れ、白けましたが、16日も夕方1時間ほど国会正門前に行きました。高知から来ている教員やら、東京の教員たちのいるところに偶然入り込み、手作りのA5版ほどのプラカードを持ち佇んでいました!
一面には「民意を介さない裸の王様安倍は去れ!主権在民をわすれるな!」もう一面には私の好きなジョン・レノンのことばをもじって書いた「War is over, if you want it! Abe is over, now!」
私たちの不服従の闘いはこれからです!
「あきらめない」と書いたプラカードを持った若者もどんどんふえてくることでしょう!
 
(ちびまるこ(ペンネーム))
(pubspace-x2138,2015.07.17)