財政政策の新たな可能性ーーサマーズ、ブランシャール、イエレンの提起ーーを考える(1)

相馬千春

 
   いまの物価高に対する政策としては各種世論調査では消費税減税が第一位を占めているようで、私もこのサイトで既に二回消費税減税を求める拙文を書いています。しかし消費税減税には反対論もあって、確かに「すでに日本は世界最大の借金大国――国の借金はGDPの二倍――なのだから、減税などしてはいけない」というのは、「健全な感覚」と言えるのかもしれません。しかし経済政策を「感覚」で判断してよいものかとなるとすこぶる疑問で、そこには「経済学」が欠如しているのではないか。
   そういう私も経済学は不勉強なので、この際「マクロ経済学」を勉強し直すべきでしょうが、その暇がありません。せめて<マクロ経済学の最近の動向だけでも追ってみようか>と思い、素人なりにその動向を追いかけてみたものが、この拙文です。
   さて「マクロ経済学の最近の動向」を把握する上で私が注目したのが、永濱利廣氏の次の指摘です。
 

「海外における経済政策の新たなコンセンサスとなっているのが、成長戦略としての財政政策である。/米国のイエレン財務長官が進めるバイデン民主党政権の成長戦略は「モダン・サプライサイド・エコノミクス=MSSE」と呼ばれ、人的資本の蓄積やインフラの整備、研究開発の促進、環境対策の推進などへの効果的な財政支出による成長戦略が、新たな経済・財政運営のルールとなることが示されている(1)。」

 
   永濱利廣氏は、「成長戦略としての財政政策」を提起した経済学者として、イエレンの他、サマーズとブランシャールを挙げていますから(2)、これらの学者――彼らは政策に影響を与え、あるいはその執行にも関わってもいますが――の主張を聴くことから始めましょう。
 
一、サマーズ「低い実質金利、長期停滞、そして安定化政策の将来」(2015)を読む
   まず2015年に提示されたローレンス・サマーズの“Low Real Rates, Secular Stagnation, and the Future of Stabilization Policy”(「低い実質金利、長期停滞、そして安定化政策の将来」)から引用を始めましょう(3)。
 

「近年、そしてかなり長い間、先進国の経済にさまざまな構造変化が起こり、貯蓄性向が高まり、投資性向が低下し、その結果、均衡実質金利が低下し、その結果、総需要が減少し、成長率が期待外れになり、その結果、インフレ上昇圧力が低下したと私は考えます。」
「この分野での疑問、つまり、次の景気後退時にこれらの従来のツールを使用する能力における金融政策の大幅な不十分さは、我々が直面する可能性が非常に高い問題であることを皆さんに納得させることができれば、私の主な目的は達成されたことになります。」
「財政政策が経済安定化に大きな役割を果たすと考えるという、マクロ経済学からほぼ消え去った以前の伝統に戻るのが適切だと私は考えています。さまざまな理由から、リカードの等価性(4)は裁量的財政政策や強化された自動安定化装置の使用に対する実質的かつ実際的な障害ではないと思います。R が G より小さい可能性が非常に高い世界、つまり、非常に高い確率で成長率より低い証券利率で安全な金融商品を発行できる世界における政府予算制約に関する一連の問題を、現在よりもはるかに広範囲に研究する必要があると私は考えています。」

 
   今世紀の初めごろのマクロ経済学の世界では、<財政政策の有効性>を否定しもっぱら<金融政策の有効性>を主張する傾向が強かったのですが、サマーズは長期停滞に陥った経済のもとでは、<金融政策には限界がある>ことを指摘するとともに<財政政策が有効である>ことを訴えているわけです。
 
二、オリヴィエ・ブランシャール、田代毅「日本の財政政策の選択肢」(2019)を読む
   ブランシャールの主張を問題にするのであれば、彼の『21世紀の財政政策』を読まなくてはならないのですが、私には難しいので、まずオリヴィエ・ブランシャール、田代毅「日本の財政政策の選択肢(5)」(2019)を読んでみます。
   この論文の冒頭でブランシャールと田代は、――日本政府が2025年度までにプライマリーバランスの黒字化を目指していることを批判して――「現在の日本経済の見通しのもとでは、長期間にわたってプライマリーバランス赤字を続けることが必要とされる」と主張するのですが、それはどのような根拠によってか。
   プライマリーバランス赤字を続けることは「望ましいものではないし、高水準の債務はリスクを伴う」が、「現在の状況下では、需要を保ち、経済を潜在水準に保つための最善の手段と考えられる」。また「プライマリーバランス赤字は良い目的のために用いられるべき」で、「例えば出生率を向上させ、人口と経済成長率を高めることは、採算が合う以上の収穫がある」というのが、彼らが提示する根拠です。
 
長期停滞、財政・金融政策
   ブランシャールと田代によれば「日本のマクロ経済の根本的な問題」は、悪性の「長期停滞(6)」であって、これは「国内の総需要不足(7)とともに発生するもの」であるから、「需要を保ち、経済を潜在水準に保つためには超低金利と財政赤字の組合せが必要」である。
   このうち「超低金利」すなわち「金融政策」については、「量的緩和やマイナス金利に至るまで可能なことを全て」行われたが、「金融政策だけでできることには限りがあり」、「この文脈では、巨額の赤字と公的債務の拡大が正しい政策」であると言われる。
   低金利のもとでは「国債の財政コスト」は低いが、彼らは「金利が経済成長率の見通しを下回る場合」について、次のように言います。

「債務ダイナミクスに関する伝統的な分析は、金利が経済成長率を上回ることを前提としていました。その場合、国債の爆発的増加を防ぐためには、増税か歳出抑制によるプライマリーバランス黒字の拡大で国債の増加を相殺しなければなりません。しかし、金利が経済成長率を下回る場合は結論が異なります。極端に言えば国債の増加に財政コストは存在しません。」

 
   ただし<金利が経済成長率を下回る場合、国債の増加に財政コストは存在しません>という表現については、ブランシャールと田代が次のように言っている点は、踏まえておく必要があるでしょう。

「Blanchard(2019)において示されたこの表現は、誤解を招く可能性があり、あらゆる水準の国債が持続可能であると誤って解釈されることがありました。そうではありません。・・・国債の水準が十分に高くなったある時点で国債金利が経済成長率を上回り、通時的な予算制約により拘束されます。その段階では政府は国債の爆発的増加を避けるためにはプライマリーバランスの黒字化を実現する必要があります。」

 
   なおこの結論=<金利が経済成長率を下回る場合は、極端に言えば国債の増加に財政コストは存在しない>を導く「政府の予算制約」の式として⊿ d = (r – g)d – psが掲げられていて、次のように解説されています。

「d は債務残高対GDP比、rとgはそれぞれ金利と経済成長率(両方ともに名目、または、両方ともに実質)、ps はプライマリーバランス黒字対GDP比です。債務残高対GDP比の変化は、金利・経済成長率の差と債務残高対GDP比の積から、プライマリーバランス黒字を差し引いたものと表現することができます。」

   また「金利が経済成長率を下回る場合」と言われているのは、式で表すと(r – g)<0となりますが、(r – g)がマイナスなのかプラスになるのかは――後で問題にしますが――極めて重要なポンイントとなります。
 
プライマリーバランス赤字と国債による厚生コスト
   伝統的な理論では、国債の発行には、利払い費だけでなく、「国債の水準が高くなるほど資本蓄積を阻害し、将来の低成長と低消費につながる」というコスト(厚生面でのコスト)が伴う――逆に「国債の水準が低いほど資本蓄積を促し、将来の高成長と高消費につながる」――と考えられていますが、ブランシャールと田代は「低金利と金融政策の限界という文脈」においては「金融政策による需要拡大の余地が極めて限られている」と考える。「国内の民需や外需の自発的な創造なしでは…、プライマリーバランス赤字の縮小はデフレギャップを拡大し、低水準の国債による最終的な厚生改善の効果よりも厚生悪化の効果が大幅に上回るでしょう。」
 
実効下限制約から離れた金利と赤字の正しい組合せ
   この項目については、まず「実効下限制約」という用語について説明しておいた方が良いでしょう。それは次の事柄を言い表しています。

「人々はゼロの名目金利が付く現金を保有できるため、中央銀行は名目政策金利をゼロより大幅に低く設定することができない。つまり、インフレにより実現されるマイナス幅よりも大幅に低い実質政策金利を実現することはできない。この金利を「実効下限制約金利」と呼び、r min と表す」こととしよう。」(ブランシャール『21世紀の財政政策』p.22)

   この点を踏まえると金融政策には限界がある(=金融政策が助けにならないときがある)ことがわかるでしょう。
   さらにブランシャールと田代は「マクロ経済的な目的のためのプライマリーバランス赤字の活用は、金融政策が助けにならないときに限るべきとする意見」についても、批判する。

「プライマリーバランス赤字と高めの金利の双方に依るべき理由があります。日本で蔓延しているような超低金利はそれ自体が危険なものだからです(8)。総需要を保つ必要がある場合には、金融政策の比重を下げ、財政政策により多くを頼るべきです。」

 
金利が急上昇したら?
   「日本の財政政策の選択肢」は次に「金利が急上昇したら?」を問題にするのですが、この点についてはブランシャール『21世紀の財政政策』第6章の「金利が大幅に上昇したらどうなるか」(P.224~228)の説明を引用することにします。
   ブランシャールはまず「国債の満期が長いほど、一時的な金利上昇によって政府の予算制約が影響を受けることは少なく、恒久的な金利上昇に対処するために有する時間も長くなる」と指摘する。
   そして日本の場合は「国債の平均残存期間は8・2年」だが、「大規模な量的緩和の結果、国債の45%は日銀が保有し、日銀はそれに対応する満期ゼロの中央銀行準備預金を発行している」ため、「日本政府(財務省および日銀)の統合政府債務の平均残存期間は国債の平均残存期間の約半分」で「これは大幅な短縮化であり、日本政府を相当な金利リスクにさらしている」。
   その上で、ブランシャールは金利が上昇する三つの可能性を挙げ、それに政府・中央銀行が対応できるかを検討します。
   第一の可能性は、「サンスポット・サドンストップ(9)による上昇」。
   ブランシャールは「日銀はこのリスクを排除できるのだろうか」と問い、「おそらく「イエス」である」と答えます。その理由を彼は次のように説明する。
 

「日本国債は投資家層が非常に安定しており、外国人投資家が保有する国債の割合は13%に過ぎない。…第二に、現在では日銀が国債の主要な保有者であり、・・・他の投資家が売却したときには進んで購入するだろう。実際に、日銀はそれほど大規模な買い入れをする必要はないだろうから、日銀が低スプレッドを維持するというコミットメントは信用に足る。」

 
   第二の可能性は、「日本の民間需要の増加」。
   この場合も「財政政策を一定とした場合、r*の上昇をもたらす」が、「総需要が増加すれば、政府は財政赤字を減少させることができるので、民間需要の増加を少なくとも部分的には相殺し、r*の上昇幅、ひいてはrの必要な上昇幅を抑制することができる。」
   なおここで、r*は中立金利を意味しています。(中立金利の定義については、注6をご覧ください。)
   第三の可能性としては、世界の総需要が増加し、海外のr*とrが上昇すること。
   この場合について、ブランシャールは次のように言います。

「日本の金融市場が概ね統合されていると想定すれば、日銀が海外のr*の上昇に対応しない場合には、円安といくらかのインフレにつながるだろう。ここでも、円安による景気拡張効果が見込まれる(そして日本の公的債務は外貨建てはない)ため、生産を潜在水準に維持したまま財政赤字を減らすことができる。また、インフレは債務の実質価値を低下させ、rを低下させるので、より好ましい債務ダイナミクスを導く。」

 
   以上の検討を踏まえてブランシャールは、次のように言います。

「この議論の要点は、債務水準が高くても金利上昇の危険性はないと主張することではない。実際、財政赤字の削減は、仮に生産の減少につながらない場合でも政治的には困難であり、実現しない可能性もあり、その場合は債務の持続可能性に疑問が生じかねない。しかし、その危険性は通常議論されているよりも小さいかもしれない。」

 
プライマリーバランス赤字は何に使われるべきか?
   ブランシャールと田代は「プライマリーバランス赤字」が「何に使われるべきかという点も同じくらい重要」であると言います。そしてその答えは「今日の需要と将来の供給の改善を支援し、潜在成長率を高めるために用いられることが最善である」ということです。
   さて、この間の日本では「巨額のプライマリーバランス赤字」は「公共投資の増加」には用いられていません。「公共投資の割合(GDP比)は、1993年の9%から2018年の5%へと1990年代初頭から着実に低下しています」。
   しかし「日本政府の直面する金利よりもリスク調整後の社会的な収益率が高いプロジェクトは数多く存在する」。ここでは、ブランシャールと田代がその良い例と考えるのは、「出生率を向上させること」です。
   日本は「高齢化」していて、「現在の出生率(10)」は1.45ですが、日本が「フランス同様の措置」=「保育費用への公的助成、子供の数が多いほど寛大となる給付・所得税の減免」などを採用して「出生率を1.8に引き上げる」とすれば、どうなるか。そのためにはGDP比で約1.5%の支出が必要――「2014年に日本経済研究センターが公表した研究」による――ですが、「出生率の1.45から1.8への増加に対応した次の30年間における成長率の増分は年間で0.19%となり、次の50年間では年間0.32%となります。別の言い方をすれば、追加の1.5%の支出による影響を除外しても、30年後には6%、50年後には17%ほどGDPが拡大する」。
   またブランシャールと田代は「政策変更のための財源としても現在意図されている消費税の増加(11)を通してではなく国債により支出を行う余地があります」とも指摘している。
 
公的債務、それとも、民間債務?
   これは簡単に言えば、「経済がより多くの債務を必要とする」とき、<この債務を引き受けるべき主体は、政府なのか、民間部門(家計や企業)なのか>という問題です。
   一般的には「政府は債務を引き受ける最良の存在」と言えるでしょう。なぜなら政府は「徴税力を持ち、必要なときに歳入を確保できる点で民間主体より良い立場にある」からです。
   しかし「公的債務が非常に高い水準に達すると、民間部門が・・・より多くの債務を引き受ける」方が良いのではないかという疑問が生じます。
   この疑問への答えは「場合によってはそうあるべき」というもので、ブランシャールと田代は次のような具体例を挙げています。例えば「社会保険が不十分なことで過度の予備的貯蓄が存在する場合、社会保険を改善することが答えである」。それによって「貯蓄者はネットでの資産保有を減少させる」ことになります。また「企業が投資を増加させ、より多くの債務を引き受ける」ことも考えられる。
家計の「過度の予備的貯蓄」や企業の投資の<不足>(12)という「歪み」が存在する場合は、「それらを除去することが効果的」である、とブランシャールと田代は指摘します。
   ブランシャールと田代はさらに次の課題を「私たちは答えを有しないものの、探求する価値のある課題」として提示しています。

「より刺激的な課題は、明らかな歪みがない場合、貯蓄の減少や投資の増加のために歪みを導入することに意味があるかどうかです。別の言い方をすれば、公的債務を低水準にするために歪みをもたらすというトレードオフは理にかなったものかという課題です。」

 
結論
   最後に、「日本の財政政策の選択肢」の結論ですが、短いので全文を引用しておきましょう。
 

「超低中立金利の環境においては、財政政策は重要なマクロ経済上の役割を有します。金融政策が実効下限制約を脱出した後においても、それは正しいでしょう。現在の日本の環境では、プライマリーバランス赤字を継続し、おそらくはプライマリーバランス赤字を拡大し、国債の増加を受け入れることが求められています。プライマリーバランス赤字は、需要と産出を支え、金融政策への負担を和らげ、将来の経済成長を促進するものです。要するに、プライマリーバランス赤字によるコストは小さく、高水準の国債によるリスクは低いのです。」

 
三、オリヴィエ・ブランシャール、田代毅を読んでみて・・・
   ブランシャールと田代の主張は、「金利が経済成長率を下回る場合は結論が異なります。極端に言えば国債の増加に財政コストは存在しません」という所などを捉えるといかにも積極財政派に支援材料を与えるもののようにもみえますが、先にも引用した通りすこし丁寧に読むと、きわめて学問的な主張ではないかと私には思われました。
   さてここで、ブランシャール『21世紀の財政政策』からも少しばかり引用しておきましょう。
   まず『21世紀の財政政策』の主な主張10箇条の最後の3箇条から引用しておきます。
 

「正しい財政政策は、民間需要の強さに応じてそれぞれの相対的なウェートを変化させる2つのアプローチ(13)の組み合わせだ。民間需要が強い場合には、財政政策は主に純粋財政原則を取ることができる。民間需要が弱いほど、機能的財政原則とマクロ経済の安定化に重きを置くべきだ。」
「中立金利が少なくとも実効下限制約を妥当な幅で上回り、金融政策が生産を維持するのに十分な余地を持てるように財政政策を用いるべきだ。」
「当面、先進国では債務の持続可能性の深刻なリスクはない。しかし、こうしたリスクが生じることはありうる。・・・民間需要がさらに低迷すれば、生産を潜在水準に維持するために政府は大幅な財政赤字を計上し、低金利にも関わらず債務比率は上昇を続けるかもしれない。そうであれば、急性の長期停滞に対応するための他の方法を考えなければならない。」(p.244)

 
   ブランシャールのセンスはなかなかバランスの取れたものと評してもよいのではないでしょうか。
   また、日本に関わる指摘としては、次の諸点は踏まえておくべきでしょう。
 

「残念ではあるが、生産年齢人口の減少が継続することを反映して経済成長率が低下すると予想される。このことは、債務ダイナミクスがあまり好ましくないものとなることを意味し、財政政策を活用する余地が縮小することを意味する。」(p.3)
「破局が迫っているという懸念は妥当なものではない。しかし、高水準の債務と今後予想される金利と経済成長率の推移を踏まえれば、プライマリーバランスの赤字を継続する余地はあるが、財政政策は時間をかけて引き締め的になるべきであることが強く示唆される。」(p.5)
「強い民間需要と金利への圧力よりも懸念すべきは、実は反対の結果、つまり、民間需要の深刻な低迷が継続し、日銀が実効下限制約に留まることを余儀なくされ、債務比率がさらに継続的に上昇するほどの巨額の財政赤字が必要になる場合だ。先の計算が示唆するように、債務比率のさらなる継続的な上昇をもたらすには巨額の財政赤字が必要である。しかし、その可能性は存在しうる。」(p.228~)
「高水準の債務を抱える日本にとって、需要を維持するために財政赤字以外の方法を考えることは優先課題だ。しかし、それは他の国にとっても検討を始めるべき同様に重要な課題である。」(p.230)

 
   最後に、最近話題となっている「2025年度までにプライマリーバランスを黒字化するという目標」についてですが、ブランシャールは引き続きこれに批判的です。
   彼はこの問題について次のように言います。
 

「需要維持と債務削減の緊張関係は現在も存在している。2020年のプライマリーバランスの赤字が8・4%であり、日銀が依然として実効下限制約に拘束される中で、先の引用[財務省の矢野康治事務次官の<経済成長率が金利を上回る期間に、単年度収支の赤字幅を十二分に(正確に言えば、少なくとも「成長率-金利」の黒字幅以内にまで)縮めて行かねばならない>という趣旨の発言]が2025年度までにプライマリーバランスを黒字化するという目標と整合的かどうかは疑問だ。実際IMFが予測する2025年の日本のプライマリーバランス(ただし、社会保障基金を含む)はマイナス2・0%である。」

 
   さて、拙文もだいぶ長いものになってきましたので、今回はここでお終いにします。それでブランシャールの提起をどう捉えるべきかは、少しゆっくり考えることにして、次回は先にイエレンの「現代サプライサイド経済学」について考えることから始めようかと思っています。(続く)
 

1永濱利廣「財政支出をうまく使って成長を図れ~成長戦略としての財政政策こそグローバルスタンダード~」(2023.05.22)https://www.dlri.co.jp/report/macro/252856.html
2イエレンとブランシャールについては森信茂樹氏も、「積極財政」派に関連して、その名前を挙げている。
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4503
3 “Low Real Rates, Secular Stagnation, and the Future of Stabilization Policy”のテキストは、https://larrysummers.com/wp-content/uploads/2015/12/LarrySummers-Central-Bank-of-Chile.pdfによる。以下の訳文は基本的にはGoogleの自動翻訳によるが、自動翻訳で「手形レート」と訳されたbill rates は「証券利率」とした。
4「リカードの等価性」とは「所与の政府支出の財源を調達するために、政府が課税をするか借入をするかは、現在の消費には何らの違いをもたらさない(すなわち両者は等価である)という考え方」で、「リカード自身は、等価原理は不適切であったとして後に撤回したが、近年ハーバード大学のロバート・バロー(Robert Barro)により復活し、大きく取り上げられることとなった。」(スティグリッツ『マクロ経済学 第2版』p.388)
5オリヴィエ・ブランシャール 田代毅「日本の財政政策の選択肢」(2019年5月) https://www.piie.com/sites/default/files/documents/pb19-7japanese.pdf
6 ブランシャールと田代は次のように言う。「長期停滞」という用語は二つの関連した、しかし、異なる現象を示すために使用されます。一つ目は、低生産性・生産年齢人口の伸び悩みを反映した低成長です。二つ目は、民間部門の高貯蓄と民間部門の低投資の組合せを反映した中立金利の低迷です。…我々の焦点は第二の現象、つまり中立金利の低迷による影響です。」
なお「中立金利」は、「生産が潜在生産量の水準にあると仮定したときに、貯蓄が投資と一致する実質安全金利」、あるいは「総需要が潜在生産量と一致する場合の実質安全金利」と定義される(ブランシャール『21世紀の財政政策』p.38)。
7ここに言われる「総需要不足」は必ずしもデフレギャップの存在を意味するものではない。ブランシャールと田代は「以下では、現在のGDPギャップはほぼゼロに等しいと仮定」して論を進めている。
8 ブランシャールと田代は、超低金利の危険性について、研究者の指摘を3点ほど紹介しているが、この点は省略する。
9「サンスポット」と「サドンストップ」について、ブランシャールは次のように説明している
「理論的には、悪い均衡はファンダメンタルズに全く変化がなくても生じうる(そのため、サンスポット均衡と呼ばれることも多い)。現実には、ファンダメンタルズの悪化のわずかな認識によって「良い」均衡が悪化することで、良い均衡から悪い均衡に移行し、金利が大幅に上昇するものだろう。
金利の大幅なジャンプは理論的な懸念にとどまるものではない。新興市場国の歴史では、ファンダメンタルズに関する何らかのニュースに反応して投資家が一斉に市場から退出しようとし、金利が極めて大幅に上昇し、場合によっては債務不履行を引き起こすといった「サドンストップ」の事例が数多く存在してきた。しかし、ユーロ危機で明らかになったように、このようなサドンストップは先進国でも生じるものだ。」(p.138~)
10 日本の出生率が1.45であったのは、2015年である。
11 2019年10月に実施された消費税増税のことである。
12 不足に<>をつけたのは、これがテキストにはない語だからである。しかし企業部門の「歪み」をポジティブに言い表せば、投資の<不足>ということになるだろう。
13 財政政策における「2つのアプローチ」の一つは「純粋財政アプローチ(pure public finance approach)で、これは「税の歪みを平準化するため、あるいは世代を超えた所得の再配分を行うために債務を活用することに焦点を当て、政策による総需要や生産への効果を考慮しないものだ。現在の債務の水準はこのアプローチから示唆されるものよりも大きいと広く信じられている。そうであれば、このアプローチの下では、債務は時間とともに縮小し、政府はプライマリーバランスの黒字を計上しなければならない」(p.190)というものである。
「2つのアプローチ」のもう一つは、純粋機能的財政アプローチ(pure functional finance approach)で、これについて、ブランシャールは「アバ・ラーナーによって1943年に導入された用語を使用しよう。これは、財政政策のマクロ経済の安定化の役割に焦点を当て、政策が債務に及ぼす効果を考慮しないものだ。このアプローチの下では、総需要が低迷し金融政策が制約される場合には政府は躊躇せずに総需要と生産を維持し、プライマリーバランスの赤字を計上しなければならない」(p.191)という。
なお後者のテキストには次の注がついている。
「何度も議論したが、現代貨幣理論(MMT : Modern Monetary Theory)がどのようなものであるか正確に理解することは困難だった。マクロ経済安定化のために、金融政策ではなく財政政策を用いるべきだというのが、その主な考え方のーつであると私は解釈している。そうであれば、中立金利が非常に低く金融政策を用いることができない場合には同じ見解となるが、中立金利が高い場合にはそうではない。」(p.191)
 
(そうまちはる:公共空間X同人)

——投稿者の要請により、「なおここで、r*は中立金利を意味しています。」の後に「(中立金利の定義については、注6をご覧ください。)」を付け加えました。(編集部、2024.07.21)――

(pubspace-x11543,2024.06.21)