弱きもの、汝の名は男なり

浅川修史

 
 「女は男から創られた」。旧約聖書「創世記」第2章では、創造主によって、最初の人間アダムのあばら骨の一部から女が創られる光景を記述する。「こういうわけで、男は父母から離れて女と結ばれ、二人は一体となる」(創世記第2章24節)。しかし、男から造られた、最初の女であるエヴァは、蛇にそそのかされて禁断の木の実を食べ、アダムに渡す。エヴァは創造主の命令に違反するうえで、積極的な役割を果たす。創造主の怒りをかった二人はエデンの園から追放される。キリスト教はアダムの命令違反の結果、人間は創造主との交信が絶たれ、朽ちて死ぬべき存在となったと考える。原罪の発生である。エヴァは罪深い行為をしたことになる。
 ユダヤ教は男を女の上に置く。旧約聖書から派生したキリスト教、イスラム教も同様である。近代になって、ユダヤ教、キリスト教も近代化、世俗化したので、伝統的な男尊女卑は消えつつあるが、イスラム教はまだ男尊女卑の習慣が残っている。
 ところが、「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)で著名な福岡伸一青山学院大学教授は、「人間を含むほ乳類の基本型は女であり、男は女をカスタマイズ(仕様の変更)してできたもの」と、指摘する。「女性を基本型にして仕様変更をしながら創ったのが男」ということだ。仕様変更した分だけ、男は女より生物学的に弱く、寿命も短い。
 世界保健機構の統計によると、日本人女性の平均寿命は87.0歳で世界1位。対して男性は80.0歳で世界8位である。男性の平均寿命が女性より短いことは、世界共通である。
 「年齢別(5歳階級)に見た死亡率の性比(平成24年)」を見ると、10歳から85歳までの幅広い年齢で、男性の死亡率は女性を100とした場合、2倍の200になる。「一姫二太郎」という格言がある。初子は育てやすい女子がよく、その後男子を得るのが理想という意味である。
 男性の出生数は女性を100とすると105だが、男性の死亡率が高いので成人のころは、ほぼ100対100と均衡する。
 このように基本設計、仕様が女性より強靱ではない男性が、企業戦士や兵隊で酷使されて消耗することから、ますます女性に比べて不利な結果になる。日本でも同じ70歳で比較しても見た目女性のほうが元気で若々しい気がする。
 日本だけではなく歴史上の王家の多くは、「男系男子」による継承を原則にしているが、生物学では、「母から娘」の継承が生物のあり方だという。
 ミトコンドリアという細胞内構造物がある。人間の体内でエネルギー変換をする重要な機能を担う。ミトコンドリアDNAは必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない。男性からのミトコンドリア遺伝子は受精の際に排除されるからである。したがってミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、と女系をたどることができる(父親の系統を遡ることはできない)という。
 現世人類は12万年から20万年前にアフリカにいた女性のミトコンドリアを継承しているという学説がある。ウィキペディア「ミトコンドリアイブ」によると、「ミトコンドリアは女性からしか伝わらないため、男性は自分のミトコンドリアDNAを後世に残すことができない。また、女性は自分が産んだすべての子にミトコンドリアDNAを伝えるが、その子らがすべて男性だった場合、彼女のミトコンドリアDNAは孫に受け継がれずに途切れる。もし子に女性がいても、娘が産んだ孫に女性がいなければ、やはりその家系のミトコンドリアDNAは廃れる。つまりある個人のミトコンドリアDNAが子孫に伝わるためには、その間のすべての世代に少なくとも1人は女性が産まれなければならない」と指摘する。
 さて、女性を基本型に仕様変更したのが男性であり、人間の生物学的な継承の基本は、「母から娘」だと仮定すると、男性の役割は何か。福岡伸一教授が語るところによると、「母親の遺伝子を他の女性に渡すこと」である。
さて、以下の話は福岡伸一教授からうかがった話を、筆者なりに解釈した付け足しである。人類学、歴史の通説ではまったくないし、内容にも筆者の誤解があるかもしれない。そうだとすればご容赦のうえ、ご指摘頂きたい。
 いつ頃の昔かわからないが、ある時期まで、男性は遺伝子を他の女性に渡すという任務を果たすため、女性の関心と好感を得るためにせっせと野生の植物や動物などを採取しては女性に与えていた。場合によっては貝殻や原石でアクセサリーをつくっていたかもしれない。
 ところが、勤労に励んでいた男性が、独りの女性に与える以上の採取物や生産物を得られることにある日気がつく。同じ境遇の男性間で財物を交換すれば、お互いの効用が高まる。女性から見れば隠匿物資、男性から見れば経済(生産、交換)の誕生である。こうして男女関係の外部に余剰財物を貯めた男性からは、他の女性を囲い込む不埒な動きもでる。しだいに、女性と男性の力関係が逆転して、男性優位が制度化される。慣習、法、宗教がそれを補強する。
 たとえば、キリスト教を理論化したパウロは、テモテへの手紙1で、「婦人は静かに、全く従順に学ぶべきです。婦人は教えたり、男との上に立ったりするのをわたしは許しません。むしろ、静かにしているべきです。なぜならば、アダムが最初に造られ、それからエヴァが造られたからです。しかも、アダムはだまされませんでしたが、女はだまされて、罪を犯してしまいました。しかし婦人は、信仰と愛と清さを保ち続け、貞淑であるなら、子を産むことによって救われます。この言葉は真実です」(新約聖書パウロ書簡・テモテへの手紙1第2章から3章)。
 筆者には天才パウロが、生物学的に脆弱な男性を制度的な高みに上げるべく、語っているように思える。この論理構造はムハンマドもまったく同じだ。
 さて、生物学に戻ると、「消えゆくY染色体と男とたちの運命」(学研メディカル秀潤社 2014年)は面白い。著者は北海道大学大学院理学研究所准教授である黒岩麻里氏。
 男性と女性を分けるのは精子と卵子にあるX,Y染色体であることはよく知られている。男性はXY,女性はXXである。なぜほ乳類が面倒くさく、エネルギーも必要な有性生殖をするかといえば、男性と女性がそれぞれ遺伝子を交換して、親とは別の人間を創るためである。親に似ているが別の人間を創ることでウィルスなどに感染して、全滅することを防ぐためという学説が優勢だ。男性のY遺伝子は父親からしか伝わらない。女性のX遺伝子は父親からも母親からも伝わるので、生殖の際、X遺伝子は修復、補正がしやすいという。
 女性は両親からそれぞれ1000ずつX染色体から遺伝子を継承するが、男性のY染色体の遺伝子は50しかない。
 Y染色体は先祖代々酸化ストレスによるDNA損傷を受けているが、X染色体のように両系からの補正、修復が利かない分、劣化しやすい。ほ乳類の出現は3億年前と推定されるのが、その頃はY染色体の遺伝子も1000あった。それが現在では50しかない。このペースで進むとY染色体の遺伝子は1400万年後になくなると推測する学者もいる。
 脊椎動物のほとんどは=魚類、両生類、は虫類、鳥類はメスだけで子孫を残す単為生殖が可能だ。ところが人間を含むほ乳類は単為生殖ができない。したがって、Y染色体が消えて、男性がいなくなると、人類は滅亡する理屈だ。ただ、著者は地球に存在するほ乳類5000種のうち、すでにモグラレミング、トゲネズミなど3種がY染色体を持っていないが、オスがちゃんと生まれて、有性生殖を続けている。Y染色体を代替する仕組みはまだ全容が解明されていないが、著者は人間のY染色体は消える運命にあるが、そのころには人間にも新しい性決定メカニズムが生まれて、人類は消滅しないと考える。 (終わり)
 
(あさかわしゅうし)
(pubspace-x1024,2014.06.18)