続 身体の変容2 居合、または刀を使いこなす身体

高橋一行

 
   すでにこのサイトに、空手と合気道を比較した武道論を書いている。また間合いというテーマで、ごく簡単なものだが、空手と合気道に居合を加えて、この3者について、私自身の体験を交えつつ考察している。さらに江戸時代の武士について、老いという観点から書いており、その際に剣術と居合についても触れている(注1)。
   本稿ではまず、この3つの拙文で書いたことをもう一度振り返ってみたい。私の言いたいことは、正直に言えば、そこでほぼ尽きているのだが、今回はその補足として、居合の話を書きたいと思っている。新しく書くべきは、刀と身体の関係である。
   というのも居合は武道のひとつだが、刀を使う点で、空手や合気道と比べて、武道の本質とその矛盾を最も良く表している。そこを強調するのが、本稿の目論むところである。そしてその前提として、以下のことを今まで書いてきたのである。つまりそもそも武道とは、伝統を後世に伝えることをその本質にするが、武士階級に伝えられた武士道を超えて、伝統芸能と同じく、師から弟子へと伝えられていき、現在に至ったものである。さらにこれが最も根本的なものだが、その際に身体を通じてその技能が伝えられるのである。そこでは、主体化と他者性がテーマである。そこに居合の場合は、さらに刀という武器についての考察が求められる。こういう話をしていきたい。
   具体的に振り返ってみたい。
   南郷継正は、空手の稽古において、まず技を身に付ける段階と、それを使いこなす段階に分けて、主体化の理論を精緻化した。武道の修行の過程を主体化の問題として理論化したのである。
   それに対して、内田樹は周到に主体化という言葉を避け、また身体を鍛錬するという発想も退けて、武道は、他者と共生する、または他者と同化する技術であると言った。特にそこで他者とされているのは、師である。武道において最も重要なのは、師という他者と出会うことであるとした。師という他者からどう学ぶかということが武道のすべてである。
   しかし私は、南郷においても、師から学ぶことの重要性は強調されており、また内田においても、内田本人が如何に主体化という発想を拒否しようが、そこで展開されているのは、師を通じての主体化であると考える。
   またもうひとつの論点である間合いについては、これは武道ならば、組手の間合いが問題になるが、ここではもっと広く一般的に考えて、間合いとは身体がこの世界にある在り方であると定義した。また私と他者は、それぞれが身体を持った存在として対峙している。その在り方が間合いである。
   さらにまた私は、ヘーゲルの身体論を引き合いに出して、人は他者を他者の身体を通じて認識し、また他者も私の身体を通じて私に迫ってくると考え、私と他者は、それぞれ身体を通じて繋がると考えた(注2)。そのことを具体的に示すものが間合いである。
   また武道には残心というものがある。ひとつの動作を終えたあと、力を抜かずに、しばらくの間、そのままの姿勢を保つ。戦いのあと、つまり相手を倒したあとも、しばらくはそのままでいるのである。これは単に見得を切っているのではない。
   私はこの残心によって、今なし終えた技をもう一度頭の中で構成し直すのだと考えている。すでに終えた行為を事後的に振り返って、そこに意義を与えるのである。
   残心は一回一回の修行の重要性を確認するものであると言っても良い。それは主体性論でもある。私たちはこうして技を身に付けていくのである。それは主体化と言って良いのである。
   ここにも時間的な幅と、前後のずれや逆転する因果関係が問われている。これも間合いである。
   間合い論は身体論であり、他者論である。この他者論が空間と時間の中で展開される。そして主体化がなされる。
   私の主張する、ヘーゲルの身体論と間合いの関係を再度考える。人は身体そのものを他者だと思う。私は相手の顔を見て、握手をし、抱擁する。相手もまた私の身体を私だと思う。間合いとはまさに身体としての他者との距離を測ることである。
   私にとっては間合いとはそういう使い方をする言葉であるが、そこから話を広げて、人間関係一般、隔たり一般が間合いだということになる。もちろん本来話は逆で、そもそも間合いとは隔たり一般のことであって、武道における間合いはその特殊な一例なのである。
   もう少し一般化すれば、間合いとは身体がこの世界にある在り方である。そのようにまとめることができる。
   間合い論は結局他者論である。日々の稽古において、師をはじめとする他者との関係が武道のすべてである。
   とりわけ師について、以下のことを繰り返しておきたい。
   まず、 師とは何か弟子の持っていない知を知っていると想定された存在で、弟子はそれを知りたいと望む。それが弟子の欲望である。その時点で弟子は師に対して、絶対的な遅れがあるという言い方を内田はしている。欲望する者は、欲望されたものに絶対的に遅れるのである。そして師の偉大さは、事後的に弟子によって示されるのである。これが武術の極意である。
   さらに内田は主体は事後的に出来(しゅったい)すると言う。弟子の主体は、師という他者に遅れて出来する。
   その間合い論を、今回は居合に焦点を当てて、さらに考えたい。そこにおいてまず言えるのは、この主体化と他者論と間合い論は、そのまま今まで書いてきたことが全部当て嵌まるということである。居合が空手と合気道と異なるのは、それが刀を使うという点だけである。
   つまり居合ならば、普段の稽古において、抜刀し、刀を振り下ろすときに、常に目の前に相手がいることを想定している。そこで相手との間合いを意識する。またときに竹刀や木刀を使って、実際に打ち合いをすることもある。相手よりも早く刀を抜いて切り付けるか、相手の剣を受け流して反撃するか、相手の間合いに飛び込んで、柄当てをするかというところが、居合の組手の基本である。
   さてここから刀についての考察に移る。
   武道は、武士道の伝統に由来する武技の修錬による文化である。従って武道における刀について論じる前に、武士道における刀について考察する。
   まず言えるのは、刀はそもそも武士道においても象徴であったということである。
   戦国時代に日本刀は実際に戦いに用いられ、その使い方がいくつもの型として伝わり、蓄積される。それが江戸時代になって、実際に戦うことはなくなったのだが、武士階級の子弟は、武士道として、その刀の使い方を学ぶ。
   そこにおいて、日本刀は宗教的な象徴なのである。かつて殺人のために使われていたというのはそもそも神話である。実際、日本刀が戦闘の主たる武器となったことは一度もない。戦国時代の死者の圧倒的多数は、弓矢と銃によるものであり、次いで槍が挙げられる。
   戦いにおいては、まず一番槍と言われる集団が敵地に攻め込んでいく。彼らの大部分は、迎え撃つ敵陣の弓に倒れる。続いて第二槍が突入する。彼らの内の運の良いものは、敵地に乗り込んで、敵陣の兵を槍で殺す。かくして圧倒的多数の兵は弓で殺され、その次に槍で闘いがなされる。銃が伝わると、銃が次第に槍に取って代わられる。そして最後に大将のいる陣地まで攻撃が進んだときに、大将は刀を振り回したかもしれないが、刀はそこでしか使われない。
   つまり刀は、戦国時代においてさえ実際には使われることが少ない。まして江戸時代になると、実際の戦いはなくなる。テレビの時代劇を見ると、武士は町人や農民を切り殺したり、武士同士で敵討ちがなされたりするのだけれども、実際にそんなことはめったに起こらず、多くの武士は、毎日刀を使った稽古をし、刀を差しているのだが、それを人に対して用いることは生涯ないのである。それにもかかわらず、刀は武士の象徴である。
   そして実際に使われないのに、江戸時代に入って、ますますその象徴性が強まったのである。
   すでに書いたように、武士道はまさしく戦いがなくなった江戸時代に完成する。こういう結論を得て、日々剣術の稽古をすべきことが武士の務めである。そして実際に人を殺すことのなくなった刀を武士の象徴とし、日々帯刀するのである。
   そこに由来する武技が、武道となる。そして武士階級がなくなった明治以降に伝わっているのである。
   その際に、剣術は剣道となり、剣道は近代化して、スポーツ化する。それは試合をして、技を点数化する。近代スポーツになるためには、この数値化は必須である。
   しかし居合は試合をしない。稽古において、互いに約束をした上で、組み合うことはあるが、それは点数を付けて競うものではない。上級者になれば、居合の稽古では真剣を使うが、当然真剣で試合をすれば死者が出る。
   空手も、先に挙げた南郷理論では、試合を重視しない。基本的に一撃で相手を倒すべく、稽古をするので、技の完成度を確認するために試合をすることはあるが、その試合に勝つために、日々稽古をするのではない。また合気道も試合をしないということを、内田は強調している。
   そのことから私は、武道の稽古は、能や歌舞伎などの伝統芸を保持するための修行と同じであるとしたのである。それは近代スポーツではなく、また歴史的な産物であることを指摘したい。
   武士道とは死ぬことと見つけたりという言葉を、私はこれを、主君のために死ぬというような話にするのではなく、刀を持った戦いにおいて、本来、力が同じ相手と戦えば、50%の確率で死ぬし、力が相手の方が上ならば、ほぼ100%殺される。そういう戦いをすることを前提に日々修練するのが武道であり、武道はその精神を武士道から引き継いでいると考えたい。
   そこであらためて、刀は武士の魂だか、象徴であるということを考える。それは繰り返すが、本来人を殺すための武器なのだが、すでに江戸時代から、実際に武士は毎日刀を抜いて鍛錬を欠かさないとしても、人生で一度も人を殺めることはないのである。
   まして私たちの時代、稽古においては刀を抜き、相手が目の前にいると仮定して、一撃を与えるという動作を繰り返して、身に付けていくのだが、実際には生涯に一度も他者に危害を加えることはない。
   しかし刀を抜いて、頭上に振りかぶる際に、自分の耳を傷つけてしまうことはあるし、刀を頭上に抜き上げるときに、自らの胴着を切ってしまうこともあり、さらに納刀の際は、左手の親指と人差し指の間を切ってしまうことはある。刀は人の身体に触れれば容易に傷を付けることができる。日々の稽古の中で、刀の怖さは実感している。
   武士の家に生まれてしまったら、それはもうほかに選択の余地なく、武士になる。人口わずか7%の支配階級の持つハビトゥスを以って、日本の魂だと言うつもりはない。しかしすでに江戸時代から刀は象徴であって、彼らはその狭い階級の中で様式美を育んできたのである。
   さて今、居合を始めるのは選択の問題である。大学に入学して、すでにほかのスポーツは、中学や高校から始めて上級者になっている場合が多く、初歩から始めにくい。高校までに居合を習っている人はごくわずかである。とすれば居合ならば取り組み易い。そういう理由で始める人は多いだろう。あとは私のように、かなり年を取ってから、居合ならば体力が落ちても何とかやれるのではないかと思う。これがボクシングだときつい。空手でも組手を重視して、実際に相手の身体を突いたり蹴ったりする流派だと難しい。
   日本の剣道人口は、有段者の登録では200万人以上だが、現在も継続して定期的に稽古を行っている実働人口は50万人以下と言われている。一方居合道は、有段者が10万人に満たない(注4)。人口比0.1%である。
   そこで育まれている様式美を日本の魂だと称することは許されて良いだろう。自ら選択した人たちが、忙しい仕事の合間に時間を取って、学んでいくのである。
   言い換えれば、武士の家に生まれてしまえば、もうそれは仕方なく、そこに自らのアイデンティティーを見出すしかないのだが、私たちは何も居合の稽古をしなくても生きていかれる。何を好き好んでこんなことをするのか。
   自らの意志で選び、そこで師と出会う。危険な刀を握ることで、いろいろと感じることはあり、気付かされることがある。そういう武道を学ぶ意義について考えるべく、もう少し刀の考察を続ける。
 
   さて、妖刀と呼ばれる刀がある。名刀を手にしたら、人を切りたくなったという話は、時代劇では時々見掛ける話である。例えば、徳川家康に忌み嫌われたと言われる妖刀村正がそうである(注5)。村正は戦国時代に造られ、実際にこの刀によって、かつては多くの血が流れたのかもしれないのだが、しかし何回も書くように、妖刀伝説が創られた江戸時代以降において、人が刀で殺されるということは、それほど頻繁に起きた訳ではない。妖刀を手にすると、本当に人を殺したくなるのか。刀は人を狂気に追いやるのか。
   実際にこのような刀があったかどうかということは問題ではない。しかし多くの人が刀にはこういう力があると思い、そのためにこの妖刀談は時代劇のひとつの定番となっているのである。
   私がここでまず言いたいのは、居合や剣術の稽古を十分にしていない人が、如何に妖刀を持とうが、人は切り殺せない。素人が刀を持てば、自分の手や足を傷付けてしまう。重要なのは刀ではない。それを使いこなす人である。だから刀が問題なのではなく、そういう妖刀を持つと人を切り殺したくなる、その人の意識と無意識が問題である。
   妖刀理論が成り立つためには、人は皆、意識的にでなくとも、無意識の内に他人を切り殺したいと思っていて、その無意識が妖刀によって顕在化すると考えねばならないということになる。そういう無意識を持っている人もいるだろうし、意識的に人を殺したいと思っている人もいる訳で、しかしそういった特殊な例を挙げて一般化することはできない。つまり妖刀を使って、人を殺したという歴史的な事実があったとしても、それは極めて稀な出来事に過ぎない。
   第二に、先に書いたように、刀を持てば簡単に人を切れる訳ではないということも繰り返し指摘すべきである。もっとも江戸時代の武士ならば、子どものときから剣の修行をし、真剣を扱うことに慣れているはずだが、そうであれば、そもそも真剣は皆容易に人を切り殺すために造られた、極めて特殊なものであって、妖刀だけが特別な物ではない。刀はそもそもどれも特殊な目的の下で造られている。
   このあと詳述するが、取り敢えず、この妖刀は対象aだと言っておく。それは、人を狂気に追いやるという意味で、まさしく妖刀は対象aである。そしてそこから話を敷衍して、そもそも刀はすべて対象aだということになる。
   対象aは主体に働き掛け、主体を何かしらの行動に促す。つまり主体の欲望を引き起こし、主体を狂気に追いやる。
   さてしかし、人を切りたくなる気持ちは、私には分からない。というより、そういう気持ちは私にはない。しかし刀は気を付けねば、先に書いたように、自らの身体を切ってしまう。そういう危険なものだから、何とかうまく使いこなしたいと思う。必然的に稽古に熱が籠る。
   先に武士の象徴が刀であると書いた。人はそこに武士道の本質を見出す。そして繰り返すが、人を殺すことがない社会において、刀は何の意味も持たないのである。ただ居合の稽古をする者にとっては、それは神聖なものである。油断をすれば自らの身体が傷ついてしまう。しかしそれは技を身に付けるためには必須のものなのである。つまり刀は象徴化の役割を果たさなくなった象徴化の残滓であり、その刀を使って修練を積むことで、居合術家は居合術家となる。
   妖刀だけでなく、刀はそもそもどれも対象aである。ここでしかし、刀は対象aであると指摘することが目的ではなく、こう定義することによって、そもそも対象aとは何かということが分かれば良いと思う。
   まず、刀に特別な意味合いを持たせるのが常だが、しかし実際は刀は身体の一部に過ぎないという指摘をし、そのことから議論を始めてみよう。稽古において、目をつぶっていても、刀の先が今どこにあり、どの方角を向いているかは分かる。いや、分からなければならない。また目先は常に相手の方に向かっていて、刀が振り上げられたときに、それがどういう軌跡を描いているかということを目で追うことはないのだが、それでも正確に頭の中に描くことはできる。これも、それができるように稽古を積まねばならない。
   私と他者の間にそれぞれの身体があり、間合いを創っている。今その身体に、その一部としての刀を加える。
   すると身体の一部としての刀があり、それが他者と間合いを創るのだが、その刀は、他者に立ち向かうべく、それを握っている者を奮い起こす。つまり対象aは、差し当って、欲望の原因であると言っておく。
   ただ問題は、そこに現れる欲望は、人を殺したいと思うということなのかということである。それは必ずしもそうではないというのが、先に得た結論である。では何なのか。それは私の場合、あらためて今の時代に、武道を学ぼうとすることである。そして日々私に武道の稽古をさせる誘因は何かということが問われている。
   ここで強い意味付けをする気は、私にはない。しかし師とともに、また仲間とともに刀を使って身体を動かし、その技が習得されていくことが実感できれば、それは快楽である。身体が次第にしなやかさを増す。その快楽は何物にも代えられない。
   また所作という、一連の決められた身体の動きがある。まずは正座して、一礼し、またすべての演武を終えたら、同じく一礼して、その場を去る。その完成された様式を身に付けていく。その所作の中に、演武者それぞれの個性が出てくる。
   先に私は様式美という言葉を使った。実際演武においては、背筋が伸びているか、目の位置は安定しているかなど、礼法が極めて重んじられる。
   その動きがまさに伝統に由来し、それは身体を離れて存在するのではなく、まさに身体の中にあり、私たちが身体で以って表現することでしか表出しない。
   またそれは師から弟子へと伝えられる。それ以外には伝わらない。
   自分が歴史の中にいるというような大袈裟な感覚ではない。ただ単にこういう身体の使い方があるのだということを学んでいくのは楽しいということに過ぎない。
   また人を殺す技術を学んでいるという感覚もない。居合のこの技術を現実に使うことはまったくあり得ない。私が戦争に駆り出される可能性はないし、またそうなったとしても、そこで刀を使うことはあり得ない。
   竹を実際に刀で切ってみれば分かるように、力任せに切っても切れず、力を入れなくても刃先の向きが正確ならば、易々と切れる。それは寿司屋が、生魚をすっと切っていくようなものである。寿司屋は一人前の職人になるのに、何年も修行をしたはずである。居合もまた同じである。人を切るために造られた危険な道具を、人を殺すためではなく、どう使いこなすかということが重要だ。
   武道はスポーツではなく、能や歌舞伎のような芸事に近いと、これも先に言った。しかしそれは常に死と隣り合わせのものなのである。如何に巧みに人を切るのかという修行を積み重ねていくのである。
   もうひとつここで、ある身体の動かし方の例を挙げたい。それは鞘引きである。これは居合独特の動きで、抜刀の際に、柄を握った右手を前に出すのだが、左手は逆向きに鞘を引いていく。これはとりわけ私が習っている伯耆流という流派の特徴でもあるのだが、その際に鞘引きは思い切り強く行う。身体をひねって、左手は身体に添って、反時計回りに後方に引く。そのために刀を抜き終えたあとには、鞘が背中の向こうで立つのである。
   師が時々お手本として見せてくれる、その技はきれいである。左手で鞘を引けば、右手をそれほど大きく前に出さなくても、刀は自ずと抜けるのである。そして右手と左手が相反する動きをして、つまり反対方向に引っ張り合うのである。この反作用で力が出る。力点は、刀を握っている右手を前に出すことではなく、鞘を持っている左手を後ろに引くことにある。この抜刀は居合の最も基本的な動きであり、鞘引きの強さが居合の醍醐味である。
   実際、私もこの鞘引きの重要性を実感すべく、ひたすら抜刀の仕方を稽古する。段々と滑らかにかつ力強く刀が抜けるようになる。私は居合の極意はここにあると思っている。
   刀は身体の延長として造られたのだが、しかしその刀が、身体の能力を引き出すように思える。刀を自在に使いこなす身体が得られる。それは師によって伝えられるものであって、師の身体は武道の歴史を体現している。刀は人の欲望を引き出すものである。その欲望とは、ここでは自らの身体に、その武道の歴史を内在化させ、自らの身体に、居合の極意をまといたいというものである。刀は人の身体の能力を目覚めさせる。
 
   本論の最後に、B. フィンクの『後期ラカン入門』(サブタイトル「ラカン的主体について」)を使って、対象aと主体との関係を考察する。
   先に対象aは、人の欲望を引き出し、さらに主体を狂気に追いやるものだと書いた。ここではフィンクは次のように書いている。
   まず対象aとは、象徴化の残滓である。ここで象徴的な関係とは他者との関係であり、他者によって示された対象との関係である。欲望は他者との関係において引き出され、正確に言えば、欲望とは他者の欲望である。その欲望は、欲望の対象を持たないが、しかしそれは、欲望を生み出す原因を持つ。これが対象aである。
   対象はすでに失われている。あるいは事後的に構成される。対象aとは、何らかの対象を構成するこのプロセスの残存物である。それは、探し求める者の欲望を鼓舞する。
   また初期ラカンでは、主体とは、象徴的秩序との関係である。それは他者に対して取られる構え、位置取りである。これは次の様なことを意味している。つまりラカン的主体とは、自我と無意識の分裂そのものである(p.74)。言い換えれば、主体とは他者性のふたつの形式、つまり他者としての自我と他者のディスクールとしての無意識の間の分裂である(p.75)。
   問題はこの分裂をどう乗り越えるかということ。
   ここで後期ラカンになると、現実界が重視される。分かり易く言うと、私たちが普段生きている世界は、他者と言葉を通じて創り上げる象徴界と、想像界によって創られる見せかけの自分から成り立っている。しかし、その根底に現実界が存在している。私たちはこの現実界の圧倒的な「穴」に直面したとき、それを埋めようとして対象aを欲望し、追い求め続ける。
   すると対象aは、後期ラカンに至っては現実界と強く結び付けられている。現実の対象の持つ想像的次元と象徴的次元を抽象して残るのが現実界の側面である。
   そういうラカン理論の変遷を押さえた上で、フィンクは、精神分析は対象aを認識することによって、象徴的なものの中の現実的なものを想像的なものにすると言う(p.205)。それは分析者が被分析者のエロスを促進するということである(p.208)。
   ラカンは、対象aの初期のヴァージョンであるフロイトの「もの」という概念を、他者の中にあって、他者以上の、他者を超えたものであると捉え、主体はこうした対象に対する防衛として、この対象と結び付いた快感/苦痛の原初的な経験に対する防衛として、主体は生じると考えている(p.139f.)。
 
   ここから居合における刀の役割をまとめることができる。つまり私たちは対象aを通じて現実界を垣間見るのだとしたら、私たちは刀を通じて武道の歴史を垣間見ることができる。それも刀を実際に、身体を通じて使うことによって、歴史に触れるのである。それは武士道においては、死の歴史であったものを、武道が引き継いだものである。
   武道は、その歴史を刀の中にあるのではなく、刀を使った身体の動かし方の中にあると考える。居合独特の身体の動きの中に、歴史が刻まれている。
   妖刀によって狂気に至るという、つまらない話ではなく、居合の稽古をすることで誰もがそこに垣間見られる歴史に触れるということをここで強調すべきである。そこに武道の稽古をする主体が成立する。
 

1 ふたつの拙論を挙げる。
「身体の所有(1) 武道について」( 2022/05/03)
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/8535
「身体論補遺(3) 間合い」( 2023/12/09)
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/10668
   またこのテーマは、拙著『身体の変容』の6-1「武道について」と6-3「間合いについて」にも収録している。
   さらにもうひとつ、私は江戸時代の老いた武士についても書いている。
「老いの解釈学 第11回 武士道とは長生きすることと見つけたり」(2025/03/19)
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/12875
2 拙著「ヘーゲルの身体論」で展開し、『身体の変容』にも補遺として収録した。
3 武士道については、私は以下の書籍を読んだが、今回の拙文の主題にストレートには結び付かない。しかし武士道は、これらによって体系化されたと言って良く、武士道について語る際には必読の文献だと思う。
   『五輪書』は、宮本武蔵の著した兵法書。剣術の奥義をまとめたものと言われる。寛永20年(1643年)から死の直前の正保2年(1645年)にかけて、熊本で執筆された。
   『葉隠』は、江戸時代中期(1716年頃)に書かれた。肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基が筆録しまとめた。全11巻。
   『武士道』(Bushido: The Soul of Japan)は、1899年に刊行された新渡戸稲造による著書。原文は英語で書かれ、アメリカで出版された。矢内原忠雄訳、奈良本辰也訳がある。
4 全日本剣道連盟のデータによる。https://www.kendo.or.jp/knowledge/
5 妖刀については、本間順治を参照した。
 
参考文献
フィンク、B., 『後期ラカン入門 ラカン的主体について』村上康彦監訳、人文書院、2013
本間順治『日本刀』(電子書籍版)、岩波書店、2020
高橋一行「ヘーゲルの身体論」『政経論叢』Vol.88, No.1.2, 2020
—-   『身体の変容 メタバース、ロボット、ヒトの身体』社会評論社、2024
 
(たかはしかずゆき 哲学者)
 
(pubspace-x15238,2026.05.19)