処女懐胎―森忠明『ハイティーン詩集』(連載29)

ハイティーン詩集以降

 

森忠明

 
処女懐胎
 
深夜
祖母の看病に飽きた俺は
伊藤律の個室はどこかなと思いつつ
立川相互病院の暗い階段を上がった
4Fだったか
産婦人科ナースステーション横の長椅子に腰かけ
煙草に火をつけようとすると
闇の中から看護婦が小走り
「あ こちらです どうぞ」
右手でおいでおいでをした
煙草を耳にはさみ
市民ホールの楽屋裏のような隘路をついてゆくと
〈分娩室〉のドアがあいていて
白衣の若い男が一人
深刻な面持ちで俺を見た
ストレッチャーには
黒髪ゆたか 両肩むきだし
かなり肉厚な女が目を閉じ
頭をこっちに向けて横たわっていた
白衣が俺に近寄り
半ばおくやみの口調でささやいた
「どうも出血が止まらなくてですね」
そのとき
青ざめきっていた女がぱっくり目をあけた
そして六、七秒
極限的上目遣いというか
頭上の敵機をにらむような
実にすごみのある目で俺を見つめ
「しゅじんじゃないー」
目つきとはうらはらな弱々しい声をだした
痴児のような 処女のような
ほんとうにうらめしげな
この世に生まれたばかりの声だった
 
 
(もりただあき)
 
(pubspace-x,2022.04.30)