アルヴォ・ペルト作品の伝えるもの

積山 諭

 
  アルヴォ・ペルトが自分のスタイルでありテーマともなっているのは、生国であるエストニア語のティンティナブリ・スタイルというティンティナブル(鐘)で何かを象徴する手法だ。それは弔鐘であり、祇園精舎の鐘とも響き合う。それが日本人としての私たちにも共感し共振する効果をもたらしているのだろう。1935年生まれのペルトは84歳の高齢である。その近作は聴いてみなくてはならない音楽家の一人である。
  『タブラ ラサ/アルヴォ・ペルトの世界』(1984 ECM)では、第1曲の〝フラトレス〟でギドン・クレーメルとキース・ジャレットが共演している。1983年10月、バーゼルでの録音だ。アルバム名は第4曲。1977年11月、ボンでのケルン西ドイツ放送によるライヴ録音である。サウルス・ゾンデキス指揮リトゥアニア室内管弦楽団の演奏だ。これを聴けばアルヴォ・ペルトの作品の表現する音楽のおおよその骨格がわかる。その宗教性と静謐さは同時代を生きる私たちに聴きなれた、いわゆる伝統的な〝クラシック音楽〟とは異なる表現として聴ける。第2曲はベンジャミン・ブリテンへの追悼歌。こちらは1984年11月の録音、デニス・ラッセル・デイヴィス指揮、シュトゥットガルト国立管弦楽団による。このアルバムを聴くと現代音楽のひとつの極北とでもいうような世界を聴く思いがする。それはクレーメルやキースが挑発される同時代の音楽家への痛烈な関心となってこちらに届く。
  ライナー・ノート(解説)で、黒田恭一氏は「甘くはなくて、苦みのある、明るくはなりきれなくて、うつむきながら、走る前にまずためらいが先に立ってしまうペルトの音楽にあるのは、いわゆる「現代音楽」とよばれる音楽の多くが忘れてしまった、音楽への熱い思いである」と記している。その言や好し。いくつかの録音を聴きながら私も同意する。「現代音楽」が難解とされるのは古典音楽の形式からの脱却を試みた実験とでもいうような結果に対して聴く者が抱く感想なのだろう。それは難解なのではなく、黒田氏に言わせれば、「音楽への熱い思い」が失われているからだ、と受け取れる。しかし、武満 徹やシュニトケ、アルバン・ベルク、ペルトの作品に私はその「熱い思い」を聴き取る。それは何故か。人間が生きる或る時に遭遇する不安を作品が伝えることがあるからだ。それは存在することの不安と言ってもよかろう。特に歴史区分でいえば近代以降の人間にとって複雑な人間関係(もっとも、それは古代も同じだろうが、産業革命以後の〝世界〟が狭くなって以来の人間たちにとっては)や機構、国民国家のなかで生きるストレスは様々な病も伴う。その精神的な病は不安の原因となることもあるだろう。しかし、病には治療が施される。不治の病とされたガンは現在では完治しなくとも生きられる時間を延ばすことはできるようになった。しかし病でなくとも、狭くなった〝世界〟のなかで生きる人間にとって、紛争、戦争の絶えない現実は生きることの不安をも醸しだす。私たちが生きている〝世界〟とはそういう時空間なのだ。私たちの生と世界も正しくその中で経過している。それをペルトの作品は表出しているように聴ける。その宗教性はバッハ以来書かれた宗教音楽の伝統を解体する意図に満ちている現代音楽を更に超克する意図が込められている。
 
(せきやまさとし)
 
(pubspace-x6746,2019.06.18)