高橋一行
学会で研究発表をするため、ローマに出掛ける。今の時代、ただ単に発表をするだけなら、ズームでできる。しかし遠い所へ自分の身体を運ぶことは意義があると思う。今回は、ヘルシンキ経由でローマに入る。飛行時間も乗り継ぎの時間も結構長く、東京の自宅からローマのホテルまで、door to door で、24時間弱である。それだけの労力を掛けて出掛けるのである。学会会場では、知り合いに握手し、また発表では、身振り手振りで聴衆に話し掛ける。発表が終われば研究仲間と一緒にワインを飲む。こういうことが重要だと思う。
ホテルはいわゆる民泊で、アパートの一室を借りる。早朝、自分でコーヒーを淹れ、それから散歩をする。その後、学会の開かれる大学まで歩いていく。アパートは大学のすぐ近くにある。午前中の行事が終われば、パン屋でサンドウィッチを買って、アパートに戻って食べる。あるいはパスタを茹でて、簡単な食事を作る。食後もまた大学に出掛け、夕方は、まっすぐにアパートに向かわず、回り道をして、教会を見て回ったり、美術館に寄ったりする。
その寄り道先のひとつとして私が気に入ったのは、San Paolo Fuori le Muraという大聖堂である。一日を大学で過ごしたあと、夕方、ここに寄るのが楽しみになる。これは聖パウロの墓の上に建てられた大聖堂で、私は今まで欧米各地の大聖堂や教会を見てきたが、これほどの規模のものはなく、またその美しさに驚く。回廊に行くと、人が少なく、そこで疲れた頭を休ませる。
前回も書いたが、ヨーロッパに馴染んでいる者にとって、ローマはヨーロッパの原点であると痛感する。大きな石の建物があり、道は石畳で埋め尽くされ、石垣もあちらこちらに残されている。ローマを歩いていると、ロンドンやウィーンやリヨンの街並みを思い出す。
AI時代にヘーゲル哲学をどう見直すかというのが学会のテーマである。ヘーゲルにアクチュアリティがあるかどうかという話ではない。S. ジジェクに拠れば、21世紀はヘーゲルの時代なのである(注1)。アクチュアリティがあるのは当たり前のことで、それを具体的にどう考えるかということが問われている。
またこれも前回書いたが、ローマはギリシア哲学とキリスト教をヨーロッパに伝えた。ヘーゲルは、このふたつを18世紀末にドイツで受け止め、これらを体現する思想家である。
するとここで展開されるのは、ヨーロッパ文化を担っている思想家が、ヨーロッパの先端技術を進展させて出て来たAI技術と親和性があるという話のように思われる。しかし実はそんなに単純な話ではない。
というのも一般には、私たち人間とAIとは、身体を持つかどうかということで大きく異なると考えられているからである。まずは身体を持つ生物として進化し、その中で精神性を発達させてきた人間と、身体を持たずに、人工的に組み立てられたAIはまったく異なると考えられるのである。
しかし次の2点で、このことはさらに考え直さないとならないと思う。
ひとつは、AIは身体を持たないとされてきたのだが、しかしそうではなく、今やAIはロボットと接合して、それはphysical AIと呼ばれ、音楽に合わせてダンスをしたり、接客をしながら寿司を握るのである。それはもう人間と同じく、自立していると言っても良い。
すると私たちとAIが、身体の有無という点で異なるというのではなく、その違いはその身体の在り方に求められることになる。つまり私たちの身体とAIのそれは根本的に異なるということなのである。
もうひとつは、ヘーゲル哲学の根本に身体論があるということで、実はそのことはあまり知られていない。しかし数年前から私は、その意義を世に問い質してきた。そしてその身体論は、この人間とAIの身体の違いを考える上で有益だということなのである。
そのヘーゲルの身体論は次のようなものである。
私たちの身体は長い進化の過程を経て発達し、それは個体として、病になり、やがて死ぬべきもので、その有限性を自覚することで精神は生じる。精神はそのようにして発生じたのち、ときに病になり、しかしそれを克服し、その間常に死の衝動を持つ。また私たちには性的欲望があり、さらに無意識の領域を人は持つ。私たちの身体が有限であることから、私たちは無限で自由な精神を希求する。人間はそういう存在である。
一方AIは、人間の脳とは異なる原理で進展し(注2)、今や身体を持つようになり、状況に応じて総合的な判断をする。それはもう、ほとんど人間と変わらない。しかし人間は、何度も繰り返すが有限な存在で、そのために普遍性を求めて社会を必要とし、その中で人間の行為は不可逆的だから、つまりやり直すことはできず、その行為の責任を取らねばならない。そこはAIと異なるところである。
そして私の結論は、AIをそういう有限な人間に極力近付けることは原理的に可能かもしれないが、つまりAIに有限な生を与えて、偶然性に曝し、人間と同じものと見做すことはできなくもないのだろうが、しかしそういうことをする必要はないし、AIにどこまで権限と責任を持たせるかは、人間の社会が決めることであるという、これは平凡なものになる。
さて4日間の学会が終わった夜、一緒にこちらに来た研究者や、こちらで知り合った人を、我がアパートに呼んで、全員の発表の成功を祝う打ち上げをする。ローマの初代皇帝の時代から飲まれていた「フラスカーティ」や、12世紀にドイツ人司教がヴァチカンを訪れた際に飲んだという「エスト! エスト!! エスト!!!」などを飲みながら、私は研究仲間と話をする。
するとAIには、このワインを味わうことはできないだろうとひとりが言う。それはやはり、AIには身体がないという、世間の誤解と同じものである。しかし私は、AIにワインを味わうということはできないだろうが、しかしワインが分かるかどうかということで言えば、分かるのではないかと思う。もっとはっきり言えば、AIはソムリエになることが可能だと思う。
そこで考えるべきは、私たちはワインをどう味わっているかということである。ワインをグラスに注ぐと、まず色を見て、それから香りを嗅ぎ、そして一口ワインを口に含んで、その味を見る。また、10分、20分と時間を置いて、その香りと味の変化を楽しむ。
しかしワインの成分の詳細な化学分析をし、夥しい数のソムリエのコメントをそれに結び付ける。その結び付きができれば、AIソムリエが誕生する。データ整理はAIの得意分野だから、すべての葡萄の種類と、その熟成の状況と、それが育ったテロワールの地質の分析とヴィンテージの情報、また製造方法をデータとして持って、それらに対して、ヴァニラの香りがするとか、微かに石油香が感じられるとか、柑橘類の味だとか、藁の様だとか、猫のおしっこの様だとかといった、ワインの評価を結び付ければ良い。
実はこれは接地問題として知られている。私たちは感覚器官を通じて、物それ自体を感じ取ることができると思われている。それに対してAIにはそれができないと言われる。
さてそれでは、AIソムリエは接地していないから、ワインの味は分からないのか。しかし接地はしていないが、AIは膨大なデータを持って分析をし、確率論的に攻めていって、ワインの銘柄を当てる。そういうことは可能なはずだ。そして一方で私たち人間は、本当に接地しているのかという問いも出てくる。つまり私たちは本当に感覚的にワインを味わって、その上で判断をして、銘柄を当てることができるのか。
例えばあるタイプの白ワインの香りは、菫(すみれ)の香りだと言われている。しかし私たちのどのくらいの割合の人が、菫の香りを嗅いだことがあるのだろうか。また私は、菫は子どものときから馴染んでいるが、その香りが、ワインの香りだと思ったことはない。本当にその白ワインは菫の香りがするのか。多くの人はパターン化された知識を持っているだけの話で、つまりソムリエ試験の対策として、教科書にそう書いているからということで、それを暗記しているだけではないのか。つまりただ単に知識として記憶しているだけなのではないか。しかしそういうことなら、AIの方が人間よりも得意である。
AIは接地しているのかという問いは、実は話は逆で、人間は本当に接地しているのかという問いを私たちに投げ掛けるのである。つまり人間もAIも、その点は同じで、どちらも接地はしていない。頭の中でパターン分けをしているだけではないのか。
ワインの歴史を振り返ると、ローマ帝国の拡大とともに、ワインも拡大していくことが分かる。先日亡くなった玉村豊男が最後に出した本『ブドウ畑の傍らで暮らす』を読むと、そのあたりのことが良く分かる(注3)。ローマ帝国は植民地を築くと,その周囲に葡萄畑を造る。帝国は北へ北へとその植民部隊を進めて、最前線には国境警備隊を駐屯させ、ワインを醸造する。ワインを飲ませることは、キリスト教の布教活動でもあり、ローマ帝国の経済的基盤を創るのにも役立った。そういう経緯がある。
さらにローマ帝国瓦解のあとは、キリスト教の司教たちが葡萄栽培をし、修道院でワインを造る。そしてそれに刺激されて、王や貴族たちも競って、ワイン造りを奨励したのである。
するとヨーロッパ文化は、ギリシア哲学とキリスト教に、もうひとつワインをそこに加えて、これらの三つで出来上がっていると言って良いだろう。
ヘーゲルは間違いなく、ギリシア哲学とキリスト教を受け継いで、自らの哲学の中にまとめ上げる。そしてその思想を読み解きながら、AI時代にどうヨーロッパ文化に向き合うかというのが、今回のローマでの研究発表で私の試みることだ。そしてまた私は学界の合間、石でできた街をひたすら歩き、大聖堂と教会を見て回り、夜はワインを飲む。
私の目論見は、ローマで身体について考えることである。同時にまた、ローマという街を、身体を通じて感じ取りたいと思う。
そしてその街を感じ取るためには、その街で生活をするということが必要だ。今回は短い滞在だが、ホテルではなく、台所の付いているアパートの一室を借りたのは、マーケットで買い物をして、自炊ができるからである。
今まで私は、ドイツのボン、イギリスのケンブリッジ、フランスのリヨンに住んだことがある。住むというのは、ビザを取得して入国し、アパートを借り、一定期間、現地の人と同じような生活をすることだ。
それに対して、今回は住むと言うことができるほどに長期的な滞在はできないが、しかしできるだけそれに近付けたいと思う。正味5日間の滞在を、そこに住む住民のように過ごしたいと思う。
という訳で、ひたすら街中を歩く。ローマの街には草木が多く植えられている。アパートの庭には、夾竹桃とオリーブと芭蕉の木がある。公園には、大きな松が、まるで痩せて身長の高い人が大きなアフロヘアーをしているような具合に育っている。
そこに鳥が来る。鳥は3種類くらいまではすぐに判別できる。もちろんもっとたくさんの種類がいるのだろう。また私は街中で、蜥蜴(トカゲ)を何度か見掛けた。それらはどれも素早く動いて、日に照り返された石垣の中に、その姿を隠す。
ローマは暑い。9月に入ったというのに、気温は30度を大きく超えている。空気は乾燥して、日陰は涼しいが、しかし日差しは強く、炎天下を歩くと、熱中症気味になる。水をたくさん飲まないとならない。多くの人は、左手にスマホを持ち、右手にはペットボトルを持って歩いている。
この5日間、私は朝5時に起床する。部屋の中はすでに少々暑いが、窓を開けると、涼しい空気が入ってくる。コーヒーを飲みながら、一日の予定を立てる。
6時半から1時間程度散歩をする。これが一番快適なときである。しかし8時を過ぎると、日差しが強くなり、暑くなる。
日中は、研究会に参加するほか、できるだけ時間を取って、街の中を歩こうと思う。強烈な日差しの中を歩き回る。
夜は7時を過ぎると、ようやく涼しくなる。ローマっ子は8時を過ぎると街に繰り出す。しかし私はホテルの部屋でワインを飲んで、早々と寝る。
学会の終わった翌日、私は一日だけ余裕を持たせていた。向こうで知り合った人と打ち合わせをするかもしれず、アパートで気付いたことをまとめるのに時間があった方が良いかもしれないと思ったのである。それで用自体は短い時間で済ませ、あとはローマの街を歩き回ることにする。
すでに4日間、ずいぶんと歩いていたので、足にまめができている。最終日には、それが強く痛む。なお我慢して歩き続けると、今度は膝も痛む。私は膝を痛めていたことを忘れていた。実は半年ほど前から、無理をすると膝に違和感があるのだった。ローマに来て、ずっと興奮をしていたせいか、私はそのことを忘れていた。
結局最終日は、予定していた行程の半分ほど歩くと、途中でカフェに入って、コーヒーを飲んで、アパートに帰ってくる。そうして最後の晩も、早い時間からワインを飲む。そしてゆっくりと旅の反省をして過ごす。
今回の旅は、地中海性気候と呼ばれる、強い日差しが連日私を襲う。また石畳の上を歩き過ぎて、足の裏と膝が痛む。しかしヨーロッパ哲学の原点はこの街にあり、私は自らの身体に、街のすべての印象を刻み付けて帰りたいと思う。
補足として以下のことを書く。
前回私は、ヘーゲルはローマのキケロに対して低い評価しか与えていないが、キケロの役割は大きいと書いた。哲学がギリシアという狭い領域の中で発達し、そこで話されていた言語で記述されたのに対し、キケロたちは、それをラテン語に翻訳していく。そのことによってラテン語を、哲学を語れるレベルにまで磨き上げていったのである。そののちに、ラテン語はヨーロッパの知識人の使う言語となる。そしてギリシアの哲学を世界に広げたのである。
すると、ローマの空間的な位置、つまり地中海文明の中にあり、ギリシアから程よい距離で、のちに今日のフランスやドイツやイギリスへと、北の方に、その影響力を広めるのにちょうど良い場所に位置するということがローマの一番の特質かもしれないと思う。
またもうひとつ、新約聖書がギリシア語で書かれたということにも着目したい(注4)。つまりギリシア哲学をラテン語に訳して、ローマはヨーロッパにそれを広げたのだが、同時に、キリスト教がローマで広がって、それもまたヨーロッパ全体に広がる。その際に押さえておくべきは、新約聖書がギリシア語で書かれているということである。イエスはアラム語とヘブル語を話したが、それらはキリスト教を体系的に語ることができるほどに洗練された言語ではない。そこにギリシア哲学に親しんだ人たちがキリスト教徒になって、彼らがギリシア哲学を織り込んで、聖書を書いていったのである。そしてそれがローマに広がり、やがてヨーロッパ全体に伝わる。言語は身体であって、それは鍛えないと、高度な使用に耐えないのである。
何度も書くが、ヨーロッパ文化を創っているのは、ワインは措いておくとして、ギリシア哲学とキリスト教である。それがそのふたつともギリシア語で語られる。しかしそれが強固なものとして、その基礎付けができたのは、ローマにおいて、それらがラテン語に訳されたからである。
因みに、旧約聖書の大部分(約99%)が古代イスラエルの言葉であるヘブライ語で書かれている。あとはエズラ書やダニエル書などのごく一部の部分に、当時近東の共通語として広く使われていたアラム語が使われている。それに対して、新約聖書の言語はすべてローマ帝国時代の地中海世界で広く使われていた「コイネー」と呼ばれる日常の共通語(ギリシア語)で書かれている。ギリシアからローマへの接続がヨーロッパを創っている。
今回私が滞在したアパートの近くにMontemartini美術館があり、そこに行くと、ギリシアの彫刻が多いことに気付く。その大部分はローマ時代に、金持ちの邸宅に飾られたものだと言う。ローマは彫刻においても、ギリシア時代の遺産を多く保存している。そしてそれを現代に残しているのである。
注
1 S. ジジェク『接続された脳とヘーゲル』(私を含めた5人の訳、誠信書房、2026)の冒頭部にある。
2 Chat GPTは、大規模言語モデルと呼ばれる、確率分布に従って文を生成させる手法で発達してきた。
3 玉村豊男『ブドウ畑の傍らで暮らす』(晶文社、2026)はしかし、ヨーロッパの歴史について書かれたものではなく、著者自らが長野県に運営するワイナリーの話を主に展開している。
4 『世界哲学史2 古代II 世界哲学の成立と展開』(伊藤邦武他、筑摩書房、2020)を参照した。
(たかはしかずゆき 哲学者)
(pubspace-x15765,2026.09.12)
