全共闘由来の学問論―山本義隆『物理学の誕生』を読む (3)

石塚正英

  
(「全共闘由来の学問論―山本義隆『物理学の誕生』を読む (2)」より続く)
  
三 ガリレイの理想主義
 
   山本著作全体からの引用と注記を一段落させ、本節では、私がもっとも重視する〔引用15〕から〔引用17〕までの注記に特化して再論することにしたい。要点は、①自然の理想を人為的に作ろうとする発想であり、②現象発生やその変化の原因を問わない態度である。
   まずは①について。〔引用16〕にある「数学的推論の帰結を事後的・能動的に検証するため」に「数学的法則のあてはまる理想的状態を人為的に作り出さねばならない」というガリレイの態度である。私はこれと類似する問題を、ニュートンの光学実験に対するゲーテの批判で論じている。プリズムを使って自然光を人為的に分解する手法への反論である。ゲーテは『色彩論』(1810年)において以下のように論じている。
 

ニュートンはここで、いわば初めの勘定の検算をしており、分割によって作ったものは再度そのまま結合すればもとの勘定と帳尻があうと言いたいのだが、とすれば当然ここで、すでに処理ずみと思われた第三の勘定とも言うべき外的条件がどうしてもニュートンの前に立ちはだかる。だからニュートンは、人間として、観察者として、思想家として誰もが用いる感性、感覚的印象、人間的悟性、言語用法のすべてを拒否せざるをえない(☆07)

 
   ゲーテは、自然の象徴化にせよ抽象化にせよ、それが身体的感性的であれば同意するが、科学的理性的となれば反対する。ゲーテにとって自然は分割できるものではない。いかに微小な断片であっても、本来それはまるごとの自然である。けれどもニュートンやガリレイにとって、まるごとの自然はやっかいな対象にすぎない。次に、真空という実験の場を巡るガリレオの思いを『新科学論議』(1638 年)から引用してみる。本書は『新科学対話』という翻訳名で知られてきた文献のことであり、文中の「サルヴィアティ」をガリレイの発言とみてよい。
 

シシプリチョ 重大な発言ですね、サルヴィアティさん。もし真空中で運動が起こるとしても、そのなかで羊毛の塊が鉛のかけらと同じ速さで動くとはとても信じられません。
サルヴィアティ もう少しお静かに、シンプリチョさん。あなたの難問はさほど深刻なものではなく、わたしもそれほど軽率ではありませんから、わたしがそれについて考えたこともなく、したがって解決策を見つけていないと考えてもらっては困ります。ですから、わたしの考えをはっきり示し、あなたに理解してもらうために、わたしの話を聞いてください。わたしたちが探求しようとしているのは、媒質に抵抗がなく、そのために可動体のあいだの速さの違いを重さの違いだけに帰さねばならないとき、その媒質中で重さの異なる可動体に何が起こるかということです。空気や他の希薄で屈服しやすい物体もない空間だけが、わたしたちの探求していることを感覚的に示してくれるのにふさわしいのですが、そのような空間はありませんから、もっとも希薄でもっとも抵抗の少ない媒質中で何が起こるかを観察して、それを他の希薄でなく抵抗も大きい媒質中で起こることと比較することにしましょう(☆08)

 
   この発言に、近代科学に潜む重大な事実が露見している。ガリレイは、自然界にありえない場「真空」を人為的に想定し、それをあり得るかのように限りなく技術的に作為している。それを私は、科学的パラダイムにおける〔みなしコンセンサス〕と称している。科学的原理は、数量化できない要素を含む自然に対して有効数字的な帳尻合わせを施して数学的原理と合致させているということである。したがって、数量化できない要素を含む自然が露見すると、科学者はたじろぐのである。
   次は②現象発生やその変化の原因を問わない態度について。数量化できない要素を含む自然が露見すると、科学者はたじろいで探究を放棄してしまう場合がある。ガリレイの場合はたじろがなかったが、放棄したことは事実である。上記〔注記25〕に下線を施して『新科学論議』から引用済みの箇所が参考になる。「これらの空想は、他の同様の空想とともに検討しなければならないでしょうが、解明しても益するところは少ないでしょう」。この態度は、ガリレイ以後量子力学のこんにちに至るまで不文律というか暗黙の了解というか、とりわけ先端科学者によって〔みなしコンセンサス〕とされてきている。
   サイエンスライターのアダム・ベッカーによれば、量子論の確立に貢献したニールス・ボーアも含め「これらの物理学者たちは、量子論の驚異的な成功にもかかわらず、量子の領域で何が起こっているかを問うことは、ある意味不適切、あるいは非科学的だと主張する。彼らにとっては、量子論は解釈など一切必要ないのだ。なぜなら、量子論が記述する物は、真の意味で実在ではないからだ」(☆09)。科学の当事者にさえその根拠が分らず、分からなくてもいいような神業的な新奇の現象や理論について、一般市民は如何にしてコンセンサスを得ることができるだろうか。山本ですら、以下のように発言してたじろぎを隠さないでいる。
 

コペンハーゲンのニールス・ボーアの提唱した相補性原理を軸として体系化された量子力学の解釈で、その後、アルバート・アインシュタイン等の批判者との討論を経て確立されていったものである。そのコペンハーゲン解釈は、電子や光子といった原子的世界の存在とその呈する現象が、18世紀以来の近代物理学で培われてきた日常的世界の物質観で理解しうるものとは相当に異なるものであることを認めており、これまでの存在論では了解のきわめて困難な理論なのである。/しかし量子力学は、そのような哲学的な問題にこだわることなく、実用主義的にその計算手法を身に着けることが可能で、またそれがきわめて説明能力の高い理論であり、それゆえ量子力学が形成された後の世代の多くの学生や研究者は、深く考えることなく量子力学を完成された理論と了解して受け容れ、計算技術としてプラグマティックに使用してきたのである。その点では、当時の私も変わりはない(☆10)

 
   科学批判の前線闘士たる山本らしくない発言である――「量子力学は、そのような哲学的な問題にこだわることなく(云々)」。ことは文明論的な問題なのである。はやくもアリストテレスは、自然にまつわる諸原因について、それを「形相因」「始動因」「目的因」「素材因」にわけて検討しているが(☆11)、それを量子力学に当てはめると以下のようになろう。量子は何からできているか(素材因・質料因)、量子の形状・構造は何か(形相因)、量子はなぜそう動くのか(始動因・作用因)、量子は何のために存在するのか(目的因)、に帰せられる。質量因と形相因は内在因で、作用因と目的因は外在因。量子研究の現状では、〔量子もつれ(quantum entanglement)〕と称する量子の複雑な動きをつくりだす方法は解明されているものの、量子はなぜそのように動くのか、その原因は何か、という課題は解明されていない。それもそのはず、ニュートン力学と量子力学では分析対象の存在圏が異なるのである(☆12)。ガリレイもニュートンも神の導きでごまかすことができたが、こんにちの先端物理学者に神はご法度である。よって〔みなしコンセンサス〕が流行するのである。
   量子力学者たちが見過ごしてきたこの問題への批判的検討を、私は以下の論文を筆頭に、連続して公開してきた――「量子力学に対する文明論的疑義」(☆13)
   ところで、本稿で論じた長谷川や山本は、職業としての大学教育と学術研究には意義を見出さなかった。思うに、官許アカデミズムの価値からみて、彼らはエリートでなく、根っから〔二の次組〕の思索者・研究者なのだ。ほぼ10年後に同じ道を歩み出した私も〔二の次組〕である。50歳にして大学専任教員となったが、それまでは「学問するマガジンエディター」を自認して、ミニコミ誌『社会思想史の窓』編集、共同研究組織「一九世紀古典読書会」運営など自前のツールで研究生活を続行してきた。五人家族の生活は予備校や大学非常勤の収入で凌いだ。東京電機大学に勤務してからも〔二の次組〕の思索は衰えず、研究者の倫理を文明論的な観点からチェックし涵養する「技術者倫理」を、退職するまで長く担当した。2013年刊行のテキスト『技術者倫理を考える』はその一成果である。その再版の序文に、私は以下の付言「最近の倫理違反事件にかんがみて」(2014年6月)を補足した。
 

2014年1月末、日本内外の科学研究の世界に一つの電撃的ニュースが飛び交った。万能細胞の新種「STAP細胞発見」である。これは、マウスのリンパ球を弱酸性溶液に30分程度浸すだけで発生するとされた。また、リンパ球を細い管に通したりしてストレスを与えるだけでも発生するとされた。/この報道に接した直後、私はTwitterに次の書き込みを行った。「iPSより簡単 新しい万能細胞 倫理面での過失率はますます高まる。」(2014.01.29) 新細胞「発見」は、技術者倫理を講義する者からみると、①万能細胞自体がもつ倫理的問題と、②研究者・技術者がクリアしなければならない倫理問題と、ダブルの教材となっている。しかし、のちに次々と明るみにでた、いわゆる「捏造・改竄」疑惑すなわち②レベルの報道渦中で、ダブルのうち、一層重要な①のチェック・確認は問題視されず報道からは締め出されていった。これは由々しき問題である。/①は、STAP細胞の存在が証明されれば解決するという性質のものではない。むしろ、そのことを含め、ES細胞・iPS細胞とともに、一括して本格的に議論の俎上に載せられるべきテーマなのである。ダブルのうち②は、なるほど技術者・研究者個人の倫理にとどまらず、当該大学のコンプライアンス、分子生物学界全体の研究者倫理として、あるいは理化学研究所の企業倫理として徹底追及されねばならない。けれども、②は①と比べれば解決の容易な部類に属する。②は技術者倫理・研究者倫理・企業倫理のレベルにある。これに対して①は、近代文明論的・科学技術文明的倫理のレベルにある。深刻なのは、①の倫理問題なのである。万能細胞とその研究開発それ自体は倫理的に問題なし、とする立場を再三再四疑ってかからなければならないのだ(☆14)

 
   さて、〔二の次組〕の学問研究とは何か。数学者の倉田令二朗(1931-2001)は「学問論・序論の序論」において以下のように述べている。
 

明らかに私の中には大した抵抗もなく自然に、一見して相異なる2つの気分が共存している。/現在するくさったものをコナゴナに粉砕しようとする闘志と、一種のフーテニズムの共存である。(中略)コペルニクス登場時代の天文学は天動説の方が実証的にはるかに多くを説明できていたということに注意しよう。/知識とか教養とかで閉ざされた世界から抜け出して万人に共通な生活体験にもとづいて学問を再構築したい(☆15)

 
   この数学者は、数学者である前に、満天の星を仰ぎつつイブ・モンタンの「枯れ葉」を口ずさむような自然派人間だったようである。学問とは生活のことだ、と言いたげな人物を、私は〔二の次組〕に誘いたい。
 
むすびに
 
   歴史科学研究会メンバーだった1971年の夏、「学問する」サークルとはどのようなことを意味するかを明確にするため、戸隠高原で合宿を行った。本研究会は結成以来、メインテーマを「学問論」(学問する自意識・価値観)にさだめ、サブテーマを各自の実証研究においていた。あるメンバーやある班が特定のサブテーマを設定したとして、それが歴史科学の研究上で如何なる普遍的意義を有するのか、ということがメインテーマだった。だが、日ごろ両者の関連を見失いがちだったのである。それで合宿を企画したのだが、討論はまとまりを見せず、挫折し失敗した。サブテーマは学問(個別研究)に、メインテーマは制度(大学のあり方)に振り分けられる傾向があったのである。研究会の活動が学問する主体の価値意識形成に向かわなかったのである(☆16)。
   長谷川宏は1960年代末の東大闘争の渦中で同様の報告活動を行い、それは「生き甲斐としては楽しい」体験となった。それに対して私の場合は苦い体験となって秘められた。だが、はるか後年の2010年代、非常勤で通った立正大学における西洋史研究会顧問となって花開いた。メンバー間の研究と討論に絡む〔問題史的研究〕である。テーマ選定の基準を以下の3点に見据えてみた。①世界史的に意義を有する事象や地域、②現代世界に意義を有する事象や地域、③日本とのかかわりの深い事象や地域。ようするに主眼を問題史的観点――それを取り上げ論じる意義は何か――に置くのである(☆17)。そのような観点でもって私は、2000年よりこのかた、世界史研究会や歴史知研究会でも共同研究を続行している。なるほどたしかに、産学連携・経産省・文科省認定の「契約学科制度」に当てはめると二の次、三の次に引き下げられる代物ではある。私としてはそれで満足なのだが、さて、全共闘由来の学問論を、私ははたして身をもって関心ある人々に伝達できているだろうか。
 

07 ヴォルフガング・ゲーテ、高橋克人訳『色彩論』工作舎、1999年、461頁。
08 ガリレオ・ガリレイ、田中一郎訳『新科学論議』岩波文庫、2024年、136-137頁。
09 アダム・ベッカー、吉田三知世訳『実在とは何か―量子力学に残された究極の問い』  筑摩書房、2021年、17-18頁。
10エルンスト・カッシーラー、山本義隆訳『現代物理学における決定論と非決定論―因果問題についての歴史的・体系的研究』訳者あとがきと解説、みすず書房、2019年、279-280頁。
11 アリストテレス、田中美知太郎訳「自然学」(田中美知太郎代表訳『アリストテレス』筑摩書房、2005年、338頁。
12 ①ニュートン力学と②量子力学では分析対象の存在圏が異なる、としたが、詳しくは以下の拙稿を参照。「量子世界は半自然世界(メソフィジカル・バース)である」(拙著『量子力学の陰日向―文明を支える原初性』社会評論社、2025年)。参考図のみ、ここに転載する。①の分子は(c)に、②の量子は(b)に存在する。
13 量子力学批判に関連する主要拙稿2点を以下に記す。「量子力学に対する文明論的疑義」(拙著『原初性に基づく知の錬成―アインシュタイン・戦争・ドヤ街生活圏』社会評論社、2023年)、「地中海的ハビトゥスと量子世界観」(拙著『原初性漂うハビトゥスの水脈―量子世界・地中海・ゲルマン・クルド』社会評論社、2024年) 。
14 石塚正英編著『技術者倫理を考える―持続可能な社会をめざして』朝倉書店、2014年、序論。
15 倉田令二朗「学問論・序論の序論」、倉田令二朗著作選刊行会編『万人の学問をめざして―倉田令二朗の人と思想』日本評論社、2006年、153頁。倉田の経歴をみると、1986年に九州大学工学部を退職し、亡くなる2001年まで河合文化教育研究所に勤務したようだ。奇しくも、私は1990年代の10年間、同じ河合塾(東京都下)で小論文科講師として勤務していた。彼は名古屋勤務だったらしく、触れ合わなかったのが残念でならない。
16 立正大学歴史科学研究会が1971年の夏に戸隠高原で行った合宿について、以下の拙著に関連記事が掲載されている。「戸隠論争の整理と深化―実証研究と価値観形成のねじれ」、拙著『学問の使命と知の行動圏域』社会評論社、2019年、第8章。
17 私の説明にかかわる〔問題史的研究〕に関しては、以下の拙編著に概要が記されている。『世界史プレゼンテーション』社会評論社、2013年、プロローグ。
 
(いしづかまさひで)
 
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