数に加える――『アリスの見習い物語』

森忠明

 
   昼寝中に初恋の女性の夢を見ていたら電話が鳴った。でると墓場のセールスだった。甘美な世界から急転直下現実へ。にがにがしかったが、唯一の救いはそのセールスウーマン(初老? の女性)の声が上品で、とてもきれいな日本語だったことだ。
   先日、NHKの料理番組〈白身魚の卵焼き〉に出演していた佐川進という講師の言葉が実に美しく、さわやか。
   きれいな言葉づかい、で思いだすのは、私を取り上げてくれたお産婆さん、大貫ヒロ氏の温容である。命名のとき、父母は忠昭としようとしたところ、大貫さんが「明のほうがよいのでは」とアドバイス。名付け親にもなってくれた。私が初めてだした本を献呈すると満面の笑み。深々と頭をさげておっしゃった。「おめでとうございます。評判、よろしいんでしょう」「子ども向けにしては暗いって、悪評だらけです。せっかく明るいという字を名前につけてもらったのに、書くものがどうも暗くなっちゃうんです。カイがなくてすみません」と頭をかきかき言うと、大貫さんは指で空中に〈明〉と書きながら「この字、太陽の光の明るさじゃなくて月影のことですもの。暗いほうがオモムキがありますよ、文学も男性も」とおっしゃった。
   九州では助産婦を子据婆(コズエババ)といい、スエルというのは出生した子を人間の数に加えるという意味であり、この世の仲間に入れるという義だそうだけれど、すばらしい言葉ではないか。トリアゲババ、ヒキアゲババには〈生存せしめる〉といった意味があるらしい。どちらの語にも産婆の自負と周囲の者の尊敬心が感じられる。
   一九八〇年の夏、大貫さんは詐欺師にカネをとられて新聞の記事になった。事件後まもなく彼女は老人ホームへ移り、そこで亡くなった。四十九年前の五月十一日、私を “人間の数に加え、生存せしめ” てくれた人を、今後も忘れないだろう。

   『アリスの見習い物語』(カレン・クシュマン・作、柳井薫・訳、中村悦子・絵、あすなろ書房、本体二二〇〇円、九七年二月刊)は、九六年アメリカニューベリー賞受賞作。十四世紀イギリスの小さな村に、自分の名前も年齢も知らない少女がやってくるところから始まる。
   村に一人しかいないミッドワイフ(産婆)に物ごいをした少女はそこに住みつく。ガキとかクソムシとか卑しめられながらも、助産婦としての知恵や技を身につけてゆく少女の姿は感動的だ。村人たちに少しは認められたと思ったとき、自分にアリスという名をつける。受難と辛苦の物語なのに陰うつな感じがしないのは、アリスの性格設定を近代的なおちゃめにしているからだろう。博物館学の博士号を持つ作者の科学的な知識も作風を明るくする手助けをしている。イギリスの中世はもっと暗く、原始心性が幅をきかしていたのではないかと私は考えるが、それは誤りらしい。
 
(もりただあき)
 
森忠明『ねながれ記』園田英樹・編(I 子どもと本の情景)より転載。
 
(pubspace-x15503,2026.06.31)