S. ジジェクを巡る思想家たち 補遺 翻訳の話

高橋一行

 
   シリーズの最後に補遺を書く。
   ジジェクについて、このサイトで10回に亙って書き進めてきた。同時に私は、英文論文もいくつか書いてきた。それは結構大変で、ジジェクが使う、カント、ヘーゲル、フロイトのドイツ語とラカンのフランス語を一旦日本語に訳して理解し、それを英語にしなければならないからである。またもうひとつは、ジジェクの翻訳を、研究仲間数人と進めてきた。ジジェクはかなりいい加減なところがあり、出典を明記せずに、いきなり専門用語を出してくる。それを、例えばこれはラカンの言葉だろうと推測して、原典に当たるという作業が要る。そういうことをやってきたのである。
   翻訳は遅くとも6月の上旬には出したいと思っている。来月になって、アマゾンで予約受付が始まったら、宣伝を始めたい。
   さて、欧米語から日本語へ、また日本語から欧米語へという翻訳において、苦労話はいくらでもある。
   例えば、フロイトが使うTriebという単語は、欲動と訳すべきなのに、昔は本能と訳されていた。これはひどい。人間は動物と違って、本能では動かず、欲動に突き動かされて動く。これが精神分析学の教えの根本である。この訳語の間違いは、だからフロイト理解の根本に関わる。
   またフロイトの訳の間違いを列挙したサイトがある(注1)。こういうのを見ると、気が重くなる。その分野について完璧に理解していないと、間違いは必至である。今回の翻訳は複数の専門家と一緒で行ったので何とかなったが、ひとりだったら大変な話で、翻訳は労多く、見返りの少ない仕事なのである。
   こういう問題があって、実はここのところChat GPTの世話になっている。これはこの1、2年の話である。というのも、数年前からこのAIが世間で使われ始めたのだが、この数年間のAIの進展には驚くべきものがある。日本語に翻訳するのにも、英文論文を書くのにも、今や必須の道具である。
   例えば、大学入学共通テストを、ChatGPTが解くとどうなるか。あるAI企業が実験結果を公表した(注2)。
   その会社の発表したAIの精度検証の結果は、以下の通りで、まず2024年は5教科7科目の得点率が66%であり、25年は「情報」を加えた6教科の8科目で91%であった。それが2026年の結果は、6教科15科目の得点率で、実に97%に達した。満点だったのは「公共、政治・経済」「数学Ⅰ、数学A」「数学Ⅱ、数学B、数学C」「化学」「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」「情報Ⅰ」の9科目。最低点は国語で、得点率は90%だった。
   ここで注目すべきは、この進歩が3年間でなされたということである。2024年の得点率が66%では、まだまだ使えないという感じだが、今年は多くの科目で満点を取り、最低の国語でも90%ということになると、これはもういろいろなところに活用すべきということになる。
   また翻訳の際に、単に「次の日本語を英語にして下さい」と命ずるのではなく、この論文は専門誌に投稿する予定であり、アカデミックライティングにふさわしいものに仕上げてほしいという要望を出す。また一度英語にしたものを、もう一度チェックしてもらうというような使い方をする。
   そうすると、私の書いた日本語を英語にしてくれるだけでなく、ここは別の言い方も可能だとか、ヘーゲルなら、またはジジェクなら、こういう使い方をするのではないかというような提案をしてくれる。もちろんそれは時々間違っていることもあり、こいつ、知ったかぶりしているのかと、パソコンに向かって悪態を突きつつ、しかしChat GPTと対話をしながら論文や翻訳を作成するという感じになる。
   今から20年くらい前、私は英語の論文を書いていて、うまく書けず、日本人の女性の友人が、イギリス人と結婚し、彼は哲学が好きだし、修士号をも持っているというので、私はイギリスに出掛けて、その夫婦の家のすぐ近くにホテルを取り、夕方彼が仕事から帰ってくると、その夫婦の家に押し掛けて、彼と対話をしながら英語論文を作成した。その頃のことを思い出した。今やChat GPTは役に立つ道具であるだけでなく、同時に友人であり、同僚である。
 
   以下、Chat GPTの答えを4例を挙げる。まずは先の話。
問い1 : フロイトのTriebは何と訳すべきか。
答え : フロイトの Trieb をどう訳すべきかは、日本語圏でも長く議論されてきた問題です。結論から言えば、単一の訳語に固定するのは不適切で、文脈に応じた使い分け、あるいは訳語+注記が最善です。以下、学術的に整理します。
1. Trieb の概念的特徴
フロイトの Trieb は次のような性格をもつ概念です。それは生物学的衝動(Instinkt)ではない。身体(Somatisches)に根差しつつ、心理的表象を伴う。目標(Ziel)・対象(Objekt)・源泉(Quelle)・圧力(Drang)をもつ。人間の精神活動を内側から持続的に駆動する力、つまり Trieb = 身体と精神の境界に位置する力動的原理です。
2. 主要な日本語訳とその問題点
① 「本能」
長所:一般に理解されやすい。
致命的欠点:ドイツ語の Instinkt と混同される。
生得的・固定的行動様式を想起させ、フロイトの意図とずれる。
⇒ 現在の学術的評価:不適切
② 「衝動」
長所:力動性を表現できる。
問題点:一時的・瞬間的な反応を想起させやすい。
Trieb の「持続的圧力(Drang)」が弱まる。
⇒ 部分的には有効だが不足
③ 「欲動」
長所:本能でも単なる衝動でもないことを明示。
フロイト独自概念としての人工語。
ラカン派・現代精神分析で定着。
短所:日常語ではない(=哲学的・専門的)。
⇒ 現在もっとも標準的・推奨される訳語。
④ 「駆動力/駆動」
長所:構造的・力学的側面を強調。
問題点:欲望・性的含意が希薄。
フロイト語彙としては意訳に近い。
⇒ 解説的翻訳として補助的に使用可
3. 英語訳との比較
フロイト英訳では drive が主流で、instinct は後期にはほぼ避けられている。日本語の「欲動」は drive に最も近い哲学的対応語。
4. 結論(学術論文・哲学論文の場合)
基本訳語: 欲動
初出時の処理:欲動(Trieb)とする。
解説文脈では:「身体に根差しつつ精神を駆動する力」と補足すると明確。
 
   以上、これは完璧な回答である。
 
   次の話に進む。力学という概念について、カントとヘーゲルの用法をすでに書いている。まず私はカント論を書いたときに、3つ目と4つ目のアンチノミーを形容するdynamischを「力学的」と訳した。これは多くの翻訳がそうなっているから、それに従ったのである(注3)。しかしそのすぐあとに書いた文章では、「一般には力学と訳されるDynamikを動力学と訳」すべきだと書いた。またヘーゲルにおいて、一般的には力学と訳される「Mechanikをここでは機械論と訳す」とした(注4)。
   そうするとこのふたつの単語においては、力学と訳さない方が良いという結論になる。しかし私は大学で物理学を学んだが、大学2年のときに力学の講義があり、3年生では、流体力学と量子力学の講義を受けている。これはMechanikである。これはどう考えるべきか。
 
問い2 : カントの使うDynamikは何と訳すか。
答え : カントが用いる Dynamik の訳語は、文脈依存で使い分ける必要がありますが、結論から言えば、「力学」/「動力学」/(限定的に)「力論」が主要な候補です。
以下、体系的位置づけに即して整理します。
1. 自然学的文脈(とくに『自然科学の形而上学的原理』)
カントが Dynamik を最も厳密に用いているのは、『自然科学の形而上学的原理』(Metaphysische Anfangsgründe der Naturwissenschaft) の構成区分においてです。ここでは自然学が次の四部門に分けられます。
Phoronomie(運動学)、Dynamik、Mechanik、Phänomenologie
この場合の Dynamik は、物体を運動させる以前に、物体を延長するものとして成立させている内的な力(引力・斥力)を扱う学を意味します。
この文脈での最適訳「動力学」が最も一般的・無難で、「力学(力の理論としての)」が注釈付きで可となる。ただし注意点として:Mechanik も通常「力学」と訳されるため、両者を区別するには、Dynamik = 動力学、Mechanik = 機械学/力学(狭義)と訳し分けるのが安全です。
2. 概念的・形而上学的文脈
カントの Dynamik は、単なるニュートン力学ではなく、物体を「実体+性質」ではなく
力の相互関係として構成されるものと捉える立場を示します。この意味では Dynamik は、物質を「力の体系」として捉える立場(実体論への対抗)を指します。この文脈での訳語では、「動力論」、「力論」(哲学的説明を伴う場合)が良い。特に哲学論文では、Dynamik(力の相互作用として物質を捉える理論)のように訳語+補足説明が推奨されます。
3. 「ダイナミック/ダイナミズム」との関係
注意すべき点として:カントの Dynamik ≠19世紀以降の dynamism(力動的一元論)です。従って、「力動性」「力動的」といった訳は、カント固有の術語訳としては不適切です。
4. 実践的結論(訳語選択の指針)
自然科学論・体系区分         動力学
Mechanikとの対比               動力学(Dynamik)/機械学(Mechanik)
哲学的議論(力概念強調)  動力論/力論(説明付き)
一般的・曖昧な使用             動力学(原語併記)
まとめ
カントの Dynamik は、「物体を構成する力そのものを扱う学」であり、日本語では原則として 「動力学」、哲学的に強調する場合に「力論」と訳すのが最も妥当です。もしご自身の論文文脈(自然哲学/純粋理性批判解釈/ヘーゲルとの連関など)があれば、それに最適化した訳語案まで具体的に提示できます。
 
   これもほぼ完璧である。
 
   さて私は、ジジェクの翻訳をしつつ、その本を参照して、ひとつの邦文論文を書いた(注5)。「人工知能(AI)は主体たり得るか S. ジジェクの議論を参照して」というもので、ヘーゲルの言う主体(subject)の意味するところについて、議論をした。その際、主体という日本語を英語にすると、subjectの他にagencyという単語もある。そのことについて、論文ではまったく触れなかったのだが、しかしこれは考えておくべき重要な問題である。それをChat GPTに聞いてみた。
 
問い3 : 主体はsubjectか、agencyか。
答え : 結論から言えば、「主体」は文脈によって subject と agency を使い分ける必要があります。両者は指示対象が異なるため、単純な置き換えはできません。
1. subject(最も基本的・広い訳)
哲学的文脈では原則こちらが第一選択です。
用法
認識主体(epistemic subject)
行為主体(acting subject)
主体/客体(subject/object)
含意
自己意識・同一性・担い手としての存在
近代哲学(デカルト以降)やドイツ観念論(カント・ヘーゲル)での標準用語

「主体と客体の関係」→ the relation between subject and object
「主体性」→ subjectivity
2. agency(機能・能力としての主体)
存在者ではなく、「作用する力・能動性」に焦点がある場合に使用。
用法
行為能力・能動性の議論
社会理論・倫理・政治哲学(構造 vs 行為主体 など)
含意
「誰が行為するか」ではなく「行為する能力そのもの」
抽象的・機能的概念

「主体的に行為する能力」→ agency
「主体性の発現」→ the exercise of agency
3. 判断基準(実務的ガイド)
次のように区別すると明確です:
存在論的・認識論的主体 → subject
行為能力・能動性としての主体 → agency
4. 哲学論文での注意
あなたが扱っているヘーゲル的文脈では特に重要ですが:
ヘーゲルの「主体(Subjekt)」 subject が原則(※ agency は不適切)
「主体的であること(主体性)」を運動や機能として強調する場合のみ
文脈的に agency を補助的に使用
まとめ
基本訳:subject
限定的用法:agency(能力・機能の意味で)
必要であれば、「主体性」「主観」「主体化」など関連語の訳語体系も整理できます。
   
このChat GPTの答えの中に、「あなたが扱っているヘーゲル的文脈」ではと言うのには笑ってしまった。しばらく間隔を空けて久しぶりにChat GPTを使ったのに、彼(彼女?)は私のことを覚えていてくれたのだ。
   
最後はやや厄介な話をする。
ジジェクはLess Than Nothingという著書の中に、フロイトが「否定」を表す4つのドイツ語について書いている(注6)。ただジジェクの説明は些か入り組んで、正直に言えば私は良く理解できない。またこの著作は訳されていないので、ジジェクの使うドイツ語と英語をどう訳すべきか、定まってはいない。。
   
問い4 : フロイトの、次の4つの単語の意味の違いについて説明して下さい。1排除:Verwerfung (foreclosure/rejection)、2抑圧:Verdrängung (repression)、3否定:Verneinung (denial)、4否認:Verleugnung (disavowal)
答え4 : フロイトにおけるこれら4概念は、いずれも「否定的な心的操作」ですが、作動段階・対象・結果(症状形成)がそれぞれ異なります。以下では、精神分析の術語に即して厳密に区別します。
1. 排除(Verwerfung / foreclosure, rejection)
構造水準:最も根源的(象徴界への不登録)
定義:ある表象(とくに根本的なシニフィアン)が、そもそも心的装置に登録されず、「象徴界から排除」されること。
作動様式:無意識への抑圧ですらなく、初めから外部にある。
帰結:排除されたものは象徴化されず、現実界からの侵入(幻覚・妄想)として回帰する。
臨床的対応:主として精神病(psychosis)のメカニズム。
典型例:父の名(Name-of-the-Father)の排除(ラカン的展開)。
要点:「無意識に入る前に、そもそも排除されている」
2. 抑圧(Verdrängung / repression)
構造水準:神経症の基本機制
定義:受け入れがたい欲動表象を、意識から無意識へと押し戻すこと。
作動様式:
一次抑圧(Urverdrängung):無意識の核形成
二次抑圧:派生表象の抑圧
帰結:抑圧された内容は無意識に留まり、症状・夢・失錯行為として回帰する。
臨床的対応:ヒステリー・強迫神経症などの神経症。
要点:「無意識には存在するが、意識から締め出されている」
3. 否定(Verneinung / denial)
構造水準:言語的操作(意識への部分的回帰)
定義:抑圧された内容が意識に現れる際に、「それは私のものではない」と否定の形で認識されること。
フロイトの論文:『否定』(1925年)
作動様式:
内容は意識に現れる
しかし主体はそれを承認しない形式で語る
例:「夢に出てきた女性は母ではないと思います」=むしろ母である
機能:
抑圧の解除の一歩
しかし完全な受容ではない
要点:「内容は意識に現れるが、否定という形で距離化される」
4. 否認(Verleugnung / disavowal)
構造水準:分裂(Spaltung)を伴う機制
定義:現実の知覚を認識しつつ、それを同時に否定するという二重態度。
作動様式:
知覚は受け取っている
しかしその意味を否認する
典型例:フェティシズム
「女性にペニスがないことを知っているが、それを認めない」
帰結:自我の分裂(split)
臨床的対応:倒錯(perversion)、一部の境界的構造
要点:「知っているが、同時に認めない(信念の二重化)」
 
構造的比較(まとめ)
概念                              作動段階              内容の位置                               主体の態度                 臨床構造
排除 Verwerfung           前‐象徴化          外部(象徴界に入らない)      不在                            精神病
抑圧 Verdrängung        無意識化              無意識                                       排除されている          神経症
否定 Verneinung           意識化の場面      意識に出現                                言語的否定                 神経症(分析過程)
否認 Verleugnung         知覚レベル          意識+無意識の分裂                 知りつつ否定              倒錯
理論的整理(重要ポイント)
Verdrängung と Verwerfung の決定的差異
前者は「無意識に入る」、後者は「そもそも入らない」
Verneinung は抑圧の解除の契機
内容が意識に現れる点で、分析的に重要
Verleugnung は主体の分裂を伴う特殊機制
単なる否定ではなく、「知と信の分裂」
必要であれば、ラカンによる再解釈(とくにVerwerfung=forclusion)や、ジジェクによる応用(イデオロギー批判との関係)まで拡張して整理することも可能です。
神経症では抑圧Verdrangung (repression)、精神病では排除Verwerfung (foreclosure)、倒錯では否認Verleugnung (disavowal,desaveu)です。最後に、ラカンは否認Verleugnungにdementi (denial)という訳をあてることを好むようになりました。
 
   これも良くまとまっている。しかし最後の一行にあるように、ラカンが敢えて、3. 否定(Verneinung / denial)と4. 否認(Verleugnung / disavowal)を通説と異なって使っていて、そのために研究者、訳者で意見が異なっているように思われる(注7)。
 

1 例えば、hpフロイト郵便「心に残る誤訳たち」というサイトがある。
https://freud.la.coocan.jp/impressivetranslation.html
他にも、笠原敏雄「専門家の誤訳という問題について」など。
http://www.02.246.ne.jp/~kasahara/psycho/problems_of_translation.html
2 朝日新聞デジタル版(2026年1月22日)
https://www.asahi.com/articles/ASV1P7R57V1PUTIL02XM.html
3「S. ジジェクを巡る思想家たち 第7回 カント論」
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/14430
4「S. ジジェクを巡る思想家たち 第8回 数学篇」
http://pubspace-x.net/pubspace/archives/14539
5 「人工知能(AI)は主体たり得るか S. ジジェクの議論を参照して」
https://researchmap.jp/read0194118/misc/53092695
6 Less Than Nothing, p.494ff.
また詳細な研究がネット上にある。例えば以下を参照せよ。
Les yeux clos : https://yokato41.blogspot.com/2013/06/ver-less-than-nothing.html
さらにマラブーの著作の第3章「弁証法的否定性と超越論的苦痛」でも取り挙げられている。
7 「否定」と訳したVerneinungを「否認」と訳すべきだという論もある。この辺りの判断は私にはできない。
 
参考文献
マラブー, C., 『真ん中の部屋 ヘーゲルから脳科学まで』西山雄二他訳、月曜社、2021
Žižek, S., Less Than Nothing, Verso, 2012
 
(たかはしかずゆき 哲学者)
 
(pubspace-x14971,2026.04.10)