森忠明
ことしも神奈川医療少年院の秋季運動会に招待された。競技の合間、たばこを吸いに喫煙室へゆくと、三人の保護者(たぶん実母たち)が“子育て反省会”をしていた。
四十代後半とおぼしき女性が、「あたしは超過保護で失敗したね。なにしろ中学三年生までふとんの上げおろしをやってあげてたし、欲しがる物は何でも与えてた」と言うと、まだ三十代らしい女性が、「うちは超放任だった。亭主と二人で夜中の三時ごろまで水商売でしょ。昼間は眠ってて、ほとんどかまってやらなかったの」と苦笑した。
窓のほうへ視線を向けていた女性が愁い顔でこう言った。「きのう、ここに来る途中、新幹線のビュッフェにいたら、どこかの遊園地で小さな子を遊ばせてる母親が見えたんだけど、わたしらもあんな時分からやり直せたらなあ、と思っちゃったわ」
遊園地というと幸福のシンボルみたいな場所だが、殺伐として不安だらけの時代ゆえに、そこだけ桃源であり続けるなんてことはない。
九四年四月二十三日。四歳の娘といっしょに井の頭公園内の遊園地ではしゃいでいたら、マスコミのヘリコプターが低空でバタバタしはじめ、林の中ではポリスが立ち入り禁止の縄を張りめぐらす。バラバラ殺人事件である。三年たっても未解決。迷宮入りになるのかもしれないが、私の子ども時代からの“聖なる遊び場”にケチをつけた犯人を怨む。
今春、やはり娘と昭和記念公園へ出かけて、そこの鳩にパンくずをやっていると、植え込みから飛びだしてきた黒猫が電光石火の早業で鳩を捕らえた。そして獲物の首ねっこをくわえた黒いかたまりは、神速としかいいようのないスピードで茂みの中に消えた。あとに残ったのは五、六本の大羽と、おびただしい綿羽。ハミングなどしながらパンくずをまいていた娘は、一瞬の出来事に呆然、立ちすくんだ。私の心も硬直、「生きものの世界はキビシイや」。そんなありきたりのことしか言えなかった。大ショックを受けて無口になってしまった娘。彼女を見ていて思いだしたのは齋藤史氏の短歌だった。
〈生れ来てあまりきびしき世と思ふな母が手に持つ花花を見よ〉。
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『ぼくのわく星かんらん車』(山末やすえ・作、田代千津子・絵、大日本図書、本体一二〇〇円、九七年九月刊)のモデルとなった観覧車は、井の頭公園に昔からあって私もよく乗ったが、昨年解体されてしまった。残念だ。
小学一年生の、のぞむ君はうれしいにつけ悲しいにつけ一回転たった三分間の、日本一? 小さな観覧車に乗りにゆく。苦虫をかみつぶしたような切符売り場のおじさんを恐がりながら。でも「お別れ記念乗車」の日、おじさんはのぞむ君が来るまでスイッチを切らずに待っていてくれる。少年の哀感と、おじさんの心ゆかしさが相まって芳香を放ち、優美な童話となっている。
(もりただあき)
森忠明『ねながれ記』園田英樹・編(I 子どもと本の情景)より転載。
(pubspace-x14709,2026.02.28)
