出前ピアニストーー『WA・O・N~夏の日のトランペット』

森忠明

  三月末日、多摩川べりでつくしを摘んでいると、土手のほうからトランペットが響いてきた。奏者の姿は見えない。練習らしい。桜と夕陽を眺めながら、攻撃的なまでの音楽に耳を傾けた。何という曲か知らないが、春愁を吹き払うような高域音が美しく、もうけものをした感じだった。
   うぬぼれの塊みたいな私にも劣等感はある。音楽が分からず、楽器を扱えないことだ。先月の日記から聴いたCDとレコードを抜き書きすれば、いかに音楽的無定見者かはっきりする。―アート・ペッパー「ノット・ア・スルー・ストリート」、エルガー「チェロ協奏曲ホ短調」、黒木憲「霧にむせぶ夜」、ドナ・サマー「バッド・ガール」、琴古流尺八「山口五郎の世界」、高橋アキ「サティ・星たちの息子」―われながらオジン臭い好みだと思う。
   しかし、都会の駅のコンコースなどでギターをかき鳴らしている現代の若者たちも、私から見れば”遅れてきた小林旭”。ハッとするほどの新しさを持った若者はめったにいないのではないか。新しくなくても、楽器をこなせる人を私は尊敬する。
   小学四年生の秋、隣の中学の講堂を会場に合奏コンクールがあった。わが四年三組は「スキー」という曲で参加。私はハーモニカ担当で、かなり練習をしたにもかかわらず、どうしてもつかえる一小節がある。そこは吹けたふりをしてごまかした。以来三十八年、うしろめたさと音楽コンプレックスを引きずってきた。

   高一の時、幼なじみの有明昭一良あきいちろというピアニストが、私のおでこを見つめ、「そういう形の額なら音楽が分かるはずだよ」とい、モーツァルト「バイオリン協奏曲第五番イ長調」のレコードをくれた。彼は間宮林蔵の子孫だけのことはあって、小学低学年から”校外探検”にのりだし、先生を嘆かせた。三味線の師匠だった祖母と一緒に、和楽洋楽さまざまなコンサートにも出かけたらしい。
   私が登校拒否をしていた小六時代、有明は一日おきに来宅。頼まれもしないのに三味線を弾いたり(バナナをくわえながら)、どこかから借りてきたおもちゃのピアノで難曲と思われるものを演奏してみせた。落ち込んでいた親友を出前コンサートで慰めようとしたのだろう。
   有明が琵琶湖で溺死してから二十四年。その間に私は彼をモデルにした少年小説を十冊以上書いた。書きながらいつも思う、(あいつはやっぱり生まれつきの音楽家だな。言葉でオレを励ましたり祝福したことは一度もなかった)。正月にも誕生日にも「おめでとう」なんて言わない。ピアノのあるジャズ喫茶へ私を誘い、自作の曲を弾いた。それがプレゼントなのだった。

   『WA・O・N~夏の日のトランペット』(山本悦子・作、ふりやかよこ・絵、ひくまの出版、一三〇〇円、九六年七月刊)の主人公森村和音かずねは小学六年生の金管クラブ員。まだ二オクターブしか音を出せないために、任されるパートは地味で単調なⅢばかり。難しい主旋律のⅠとは縁がない。でも、大好きな井上陽水の「少年時代」をマスターして吹きたい。墓地で練習に精を入れる。家がお寺なのだ。
   夏祭り音楽会にむけて技を磨きあうメンバー八人の個性が、うまい会話でテンポよく描かれる。無駄のない構成展開。
   和音の父の旧友である謡子や、和音に好意をよせる美希の言動は、ややステレオタイプだが、女性作家ならではの繊細な挿話(謡子の過去)にはリアリティがある。反面、男性的な野性が乏しい。作品全体を音像にたとえると、控えめなフォーレ風でメロウすぎるのだ。
   和音にリー・モーガンのトランペットみたいな不良性を少し加えれば、少年の秘められたエネルギーや、のっぴきならない青春の内実が、もつと鮮やかに表現できただろう。
 
(もりただあき)
 
森忠明『ねながれ記』園田英樹・編(I 子どもと本の情景)より転載。
 
(pubspace-x,2023.12.31)