政治学講義第一回 第三次世界大戦はもう始まっているのか

高橋一行

 
   E. トッドは2022年6月に発表された『第三次世界大戦はもう始まっている』という著作において、その表題通りのことを主張し、かつ長期的には日本はアメリカから離れるべきであって、その際には日本も核兵器を持って武装すべきであるという扇情的な発言もしており、そのために評判になったというより、むしろそれまでの評価を落としたような気がする。しかしトッドのそのふたつの主張が、彼の今までの発言から考えると論理必然的に出てくるものであり、しかしその上で私は、彼の今までの理論に対しては基本的に賛同するものの、今回のふたつの発言には同意できないということを本稿で示そうと思う。
 
1.  リベラル寡頭制vs.権威的民主主義
   ロシアは戦争が始まって数カ月で、ウクライナ南東部を中心に国土の20%以上を占領しており、これをウクライナが取り戻すことは容易ではなく、まして2014年に奪われたクリミヤ半島などを取り返すのは絶望的である。西側諸国はロシアを経済的に封鎖すれば、すぐに音を上げると思っていたが、ロシアは予想された以上に持久力がある。一方、ロシアもすでに占領した地域を維持するのが精一杯で、これ以上の進展は望めない。ウクライナの抵抗はロシアが当初思っていた以上のものである。従って、この戦争は長期化する。そういう見通しで本書は書かれている。
   また今回の戦争の原因として、ウクライナがNATOに近付くことは許さないとロシアは警告していたのに、米英がそれを無視したことが挙げられている。ウクライナは、西側寄りの一部と、東のロシア寄りの一部の間に、そのどちらでもない膨大な中間領域があった。しかしトッドの考えでは、国全体が西側にシフトすべく、米英が唆したのである。
   ウクライナは主権国家だから、ロシアの侵略は正当化されないと私は思う。トッドもそう言っている。しかしウクライナは主権国家としてはいささか戦略と自主性に欠けていた。2022年2月まで国家の体をなさなかった。つまり戦争が始まるまで、国民は団結しなかった。それが根本の問題である。
   また今回の戦争は、世間で言われているように、民主主義陣営vs.独裁国家の戦いではない。そこがトッドの主張のポイントである。
   まず、ロシアは天然ガスや石油などの資源に恵まれている。ロシアは大学進学率も高く、乳幼児死亡率も減り、平均寿命も延び、権威主義的だが、徐々に安定してきている。つまり民主化は徐々に進展している。ただ国民性として、独裁を求め、帝国を望む傾向が強い。
   市場経済も順調で、プーチンは国民に支持されている。それが強みである。欧米が考えている以上に国力はある。
   また中国は、次にアメリカに狙われるのは自国だと考えて、ロシアを経済的、軍事的に応援する。世界の大半は反米意識を持っているから、その意識に支えられて、強気である。今後の世界のリーダーになるつもりでいる。
   また国家統制のもとで市場経済が発達しつつある。大学進学率はまだ低いが(注1)、政府は国民の支持を得ようと努力している。
   共産主義というのは、20世紀にソ連や中国が採用した経済システムのことだと言っておく。20世紀末にロシアは自ら共産主義を捨てて、資本主義を選んだ。中国は共産党支配のまま、国家資本主義になった。
   露中は、従って経済的には資本主義である。また政治的には権威的民主主義と言うべき体制の国であるとトッドは言う。私の言い方では半分民主主義の国である。
   一方、NATOの中心は米英であり、独仏は周辺部に追いやられている。そのNATOが全面的に戦争に加担している。つまり今回の戦争は、米英と露中の戦争である。
   米英をはじめとする欧米諸国は、ロシアを敗北させようと経済制裁をしているが、効果がない。むしろ今の時点では、ロシアが、欧米が経済的に疲弊するのを待っているのが実情である。GNP世界第11位のロシアは、GNPの順位以上の国力を、つまり資源の豊かさと国土の広さと教育熱心でプーチンを支持する国民を持っているからだ。
   一方アメリカは、かつては人種差別に基づいて、しかし白人の間では平等な民主主義国家だった。それが、経済格差が進行し、一部のエリート支配が強まった。底辺層の生活水準が下がり、平均寿命も下がっている。教育による階層化と社会の分断が進んでいる。このために、政治体制は民主主義ではなく、寡頭制に移行したと見るべきである。
   またトランプの出現に対しては、トッドは白人底辺層と中南米からの移民の衝突が根本だと考えている。つまり徹底した反移民政策は、求められるべくして求められたのである。
   またイギリスは元々平等志向の国民性ではなかったのだが、ますます経済格差が進行し、それとともにアメリカと同じく寡頭制になっている。
   従って両者は民主主義と言うより、リベラル寡頭制と言うべき体制の国である。このようにトッドは米英を批判する。
   それに対してドイツは父権的社会である。EU内で他国を経済的に支配している。ロシアとは本来近い関係にある。また、フランスの大衆はロシアに関心がない。しかし戦争が長引けば、ロシアに親しい感情を抱く極右が選挙で勝つかもしれない。いずれにせよ、独仏はNATOの中心ではなく、ロシアと本来敵対関係にあるのではない。
   すると今回の戦争は、これは繰り返すが、欧米の民主主義陣営vs.露中の独裁国家の戦いではなく、米英のリベラル寡頭制vs.露中の権威的民主主義の戦争である。このようにトッドはまとめる。再び私の言い方では、これは半分民主主義同士の戦いであるということになる。
   今まで私たちは経済的に豊かになれば、露中も含めて民主化が進むと考えてきた。トッドは、少しずつ世界の民主化は進んでいると考えている。しかし先に米英の民主化の劣化が進んでいるのである。
   欧米がロシアを弱体化させるのか。中国がロシアを利用して、欧米を弱体化させるのか。多分そのふたつとも同時に進行する。ただ世界の大半はアメリカよりロシアを支持しているので、相対的にアメリカが沈み、ロシアが復活する。
   もうひとつ重要なのはポーランドで、ここは反露感情が強いのだが、ロシアが台頭し、EUがその重要性を失いつつある現在、トッドはポーランドに対して、ロシアと良い関係を築くことを進言している。
   さてトッドは将来的に、世界はアメリカ一極であるよりも、露中などいくつかの極がある方が健全だと思っている。このあとまだ長く続く戦争のあとは、欧米が沈み、露中のほか、インドなどが台頭するだろう。
 
2. トッドをどこまで評価し、どこを批判するか。
   日本は核武装せよという文言が扇情的に飛び交い、そのためにトッド人気はかつてと比べると落ちているのではないか。トッドの言い分をさらに見ていきたい。
   今までトッドはロシアは怖くない、欧米はロシアを怖がり過ぎていると言っていたのに、結局ロシアは戦争を始めたではないかと、私は彼を批判したい。ただそれも、トッドに言わせれば、米英がロシアを追い詰めたから戦争になったのである。ウクライナを中立化しておけば良かったのである。ロシアも悪いが、もっと悪いのは米英だというのがトッドの考えだ。
   例えば後述の『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』の中で、ウクライナは国家としては体をなさない、つまり国家として存在していない、とりわけ中部が前国家的状態だと言っている。ただしトッドは、ロシアはウクライナを併合したがってはいないと言っている。戦争には慎重だと言っている。しかし実際にロシアは戦争を始めてしまったのである。この点で再び私はトッド批判をしておく。ただ繰り返すが、米英とウクライナ自身にその責任があると言うのである。
   さて、日本は露中の隣に位置し、中国と均衡を取るためには、ロシアを必要とする。もっとロシアとの付き合いを重視せよとトッドは言う。それは長期的には正しいのかもしれない。日本は、アメリカ、中国、ロシア、インドと世界4大国に囲まれた小国として、これらの国々とバランスを取るべきなのかもしれない。
   しかし一方で、ウクライナは主権国家であり、やはりロシアが他の独立国家を侵略するのは良くないという正当な議論をすべきだと私は思う。世界を動かすのは大国だけであるという考えはしたくない。
   ただ今までもアメリカが好き勝手に他国を侵略していたのは、トッドの指摘を待つまでもなく事実である。このことは本稿ののちの節で詳述する。また中国も周りの反応を見つつ、隙があれば台湾を狙うだろうと思う。それが現実だ。ロシアだけが戦争をする国という訳ではない。
   また当面は、日本はアメリカの傘の下にいた方が良いと私は思うし、そこから抜け出すことは容易にできないが、いずれは核を持って独立すべきだというトッドの主張は分からないでもない。今、防衛費を増大すべく議論がなされているが、核は比較的安価な軍備なのである。遠い将来、アメリカから離れるという前提の上で、日本人の多くが核を求めることはあり得ると思う。このことものちの節で論じる。このあたり、トッドの言い分は必ずしも納得はしないが、筋は通っていると思う。
   それから台湾については、トッドは明言しない。ただ単に、「あちらこちらで紛争というものが起き得る」し、「台湾をめぐる緊張というのが起きてくる」と言うだけである(トッド・池上 p.156)。
   一方中国に対しては、不安定な国であり、この国が世界を支配することはないだろうと言う。鹿島茂は中国が崩壊すると、難民が日本に押し寄せるから、「中国共産党を強く支援して、国家の崩壊を防がねばならない」と、トッドの考えを受けて、逆説的なことを言う(鹿島 p.188)。するとここでも、ロシアと今後は有効な関係を作っておく必要があるという、トッドの考えは正当である。
   さらにすでに始まった戦争を、ロシアは間違っていると言ったところで終わらせることはできない。それもどうするか。ウクライナだけでなく、ロシアも欧米も疲れ果てて、それでやっと双方どこかで妥協することになる。このあたりはトッドも私も同じように考えている。
   トッドは長期的には世界は民主化すると言いつつも、共産主義に対して幻想を持つ左翼ではないし、露中が民主主義国家でないと非難するリベラル派でもなく、イデオロギーで国家体制を見るのではなく、家族形態から人類学的に国民性を考えている。出生率、死亡率、識字率、大学進学率などの指標を使う。それは極めて現実的であるし、露中が民主化しつつあるという主張は私も正しいと思う。
   しかし事実として今回戦争は起き、かつこれは長く続き、終わりは見えず、また今後も更なる戦争に繋がる可能性はある。私たちの多くがそうするように、ロシアが悪いと言ったところで、またトッドのように、米英が悪いと非難したところで、この戦争は止まない。
   当然のことながらプーチンについて、20年も権力の座にあることが良くないと、これはリベラルな感覚ではそうなる。私としてはそちらを強く非難したい。しかしそれは国民が支持しているからである。トッドなら、ロシアの国民性がそうさせているということになる。
   根本は、ロシアは大国なのに世界はそうだとは思ってくれず、NATOはどんどん拡大してロシアの影響力は縮小しているということだ。それに対しては、復讐しないとならないとプーチンは考える。それはプーチン個人の誇大妄想に過ぎないものではなく、ロシア国民によって支えられているものだ。
   だから私の考えでは、この戦争は食い止められたと考えるのは間違いである。起こるべくして起きたと考えるしかない。事実起きてしまったのだから。するとこの戦争をどう防げたのかという議論ではなく、どう終わらせるかを考えるべきである。
   それはしかしトッドも言うように、ロシアと欧米双方が疲弊して、どちらがより深く傷ついたかという、その度合いに応じて領土が区切られて、停戦が図られる。得をするのは中国とインドだろう。
   それではどういう終戦のシナリオがあるか。私は以下のように考える。ウクライナがロシアに対して、①2014年以前の領土に戻す。②2022年2月以前に戻す。③2023年6月のレベルでロシアが諦める。④キーウまで取られてしまうと、この4つの内、②と③の間くらいが現実的ではないだろうか。②ならウクライナの勝ち、③ならロシアの勝ちということになる。①と④はあり得ない。これが私の考えである。ただ実際には両陣営とも多大な犠牲を払っているので、どちらも負けというのが正しい表現かも知れない。
   第三次大戦にはならず、米英とロシアが相対的に沈んで、中国が台頭する。ドイツは自然再生エネルギーが増えて、ロシアに頼らずに何とかやっていかれる。EUもドイツに支配されつつ、しかしフランスの助けもあって、何とかやっていく。これが私の見立てである。
   もっともドイツ嫌いのトッドは、EUの分裂も示唆する。このことも後に触れる。
   つまり私は基本的にトッドに同意するが、しかし「第三次大戦は始まっている」ということには同意しない。その前に何とか戦争は終わるだろうと考えている。またこれはこのあと詳述するが、「日本は核武装すべき」ということにも同意しない。
   ちょっと前までトッドは、ソ連の崩壊、トランプの出現、イギリスのEU離脱など、すべての予言を的中させた論壇のスターだったのだが、しかし今回のこのふたつの発言ですっかり評判を落としたのである。ただそういう批判をしつつ、実はトッドはその主張を昔から変えてはいないということも言う必要がある。
   今回の戦争で、ロシアが悪いということはトッドも言っている。しかしそれ以上に米英がロシアを追い詰めたということなのである。また戦争を始めたロシアを一応は非難しつつ、しかし同じことはアメリカが今までやってきたのであり、かつこれから他の国がやるかもしれないのである。ロシアだけが悪いのではないということになる。
   米英批判が強すぎるから、露中擁護に聞こえてしまうのだが、しかし米英の民主主義が劣化し、一方露中がそれなりに民主主義的だという主張は、トッドのオリジナルであり、そこを私は評価したいのである。
 
3. 家族形態論とは何か
   トッドの他の著作を見ていく。『世界の多様性 家族構造と近代性』と『家族システムの起源』を参照する。この2冊は家族形態と政治制度の関係を追うものである。これらの本を有名にした主張は、20世紀の共産主義国家はどれも外婚制共同体家族の形態の社会だったということである。
   人類学者トッドが示した家族形態の主なものは以下のとおりである(注2)。
 
① 絶対核家族
   子どもは成人すると独立し、親子は独立的で、兄弟は平等ではない。イングランド、オランダ、デンマーク、アメリカ、カナダ 、オーストラリア、ニュージーランドに見られる。基本的価値は自由である。女性の地位は高い。子どもの教育には熱心ではない。個人主義、自由経済を好む。移動性が高い。
 
② 平等主義核家族
   子どもは成人すると独立する。親子は独立的、兄弟は平等である。フランス、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、イタリア、ポーランド、ラテンアメリカに見られる。基本的価値は自由と平等である。絶対核家族と同様、個人主義であり、子どもの教育には熱心ではない。
 
③ 直系家族
   子どものうちひとり(一般に長男)は親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟は不平等である。ドイツ、スウェーデン、オーストリア、スイス、ベルギー、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、ノルウェー、日本、朝鮮半島、台湾、ユダヤ人社会に見られる。基本的価値は権威と不平等である。子どもの教育に熱心である。女性の地位は比較的高い。秩序と安定を好み、政権交代が少ない。自民族中心主義が見られる。
 
④ 外婚制共同体家族
   男子はすべて親元に残り、大家族を作る。親は子に対し権威的であり、兄弟は平等である。ロシア、旧ユーゴスラビア、ブルガリア、ハンガリー、モンゴル、中国、ベトナム、キューバに見られる。基本的価値は権威と平等である。共産主義との親和性が高い。トッドがそもそも家族型と社会体制の関係に思い至ったのは、外婚制共同体家族と共産主義勢力の分布がほぼ一致する事実からである。子どもの教育には熱心ではない。
 
   以下省略するが、他の形態として、内婚制共同体家族、非対称共同体家族、アノミー的家族、アフリカ・システムなどがある。
   鹿島茂は親子関係と兄弟関係というふたつの軸を使い、上述の4つの形態をまとめている。つまり①は親子は別居し、兄弟は不平等であり、②は親子は別居し、兄弟は平等である。③は親子は同居し、兄弟は不平等であり、④は親子は同居し、兄弟は平等である。それは分かりやすいものだ(鹿島)。
   ここからトッドは、20世紀の共産主義はすべて外婚制共同体家族の国で生じたという結論を出す。また一見して、キリスト教文化圏にあり、リベラル民主主義を標榜するとまとめられる米英仏独は、国民性が異なるという主張も出てくる。この国民性の違いが、これらの国の政治体制に影響を与えると言うのである。このふたつの主張がトッドの功績だと言って良い。すると政治体制は家族形態に縛られるのかということになるが、一方で以下に述べるように、世界はどの国も歴史のどこかの時点で、近代化の進展が認められると言う。つまり一方で国家の政治形態は家族形態に拘束され、一方で世界の近代化は進むのである。そのダイナミズムがトッド理論を形作っている。
   私は資本主義が発達し、そこで生じた矛盾を解決することこそが共産主義の運動であると考えていて、20世紀のソ連も中国は私が考える共産主義ではなく、トッドの言う意味での家族形態に縛られた共産主義だと思うので、トッドはこの点では正しいということになる。父親の強い権威と兄弟間の平等に基づく家族形態が、独裁政権を求め、それに従う国民性を説明するのである。
   トッドの主張のひとつは、この家族形態を重視することであり、もうひとつは、識字率、特に女性のそれと出生率という指標を基にして歴史の進展を見ていることだ。女性の識字率が上がることで、人びとの心性に変化が起き、出生率が制御されるのである。これらが近代化の原理だから、近代化という歴史の動きは認めている。
   つまり家族原理に政治体制はある程度は縛られ、しかし近代化は進行する。これがトッドの歴史観である。
 
4. イスラム諸国をどう見るか
   以下、さらにトッドを追い掛ける。2002年の時点で、トッドはアメリカの仕掛けた戦争を批判する。その論点は今回のものと同じである。彼の主張は、アメリカ批判が根本である。
   トッドは、2001年にアメリカが始めた戦争を、2002年に出した『帝国以後 アメリカ・システムの崩壊』という本の中で批判する。アメリカはアメリカ流の民主主義が世界を救うと考え、非民主主義諸国に対し、爆弾を以って戦争を仕掛け、それによって民主化を促そうとするのだが、それは根本的に間違っている。
   それはまた、非民主主義諸国に宿っている民主化の芽を摘む。識字率の上昇とそれに伴う出生率の制御が民主化の根本で、多くの国で民主化は進んでいる。ただし、一気に民主化するのではなく、原理主義という反動もまた起きやすい。そういう状況の中に世界はあり、とりわけイスラム諸国がそうである。一方でアメリカを始め、多くの先進国で、教育格差、所得格差が進んでいるために民主主義が劣化している。アメリカの始めた戦争は、こういう事実を覆い隠している。
   また2007に出た『文明の接近 イスラームvs.西洋の虚構』では、近代性は西洋固有のものではないという大前提の上で、ひとり当たりのGNPが増大すると、その国は民主化するという考えに対して、重要なのは(とりわけ女性の)識字率と出生率であると、ここでも自説を展開する。識字率が上がると心性の変化が起きる。親が字が読めないのに、子は読めるようになる。また女性も教育を受ける。すると親子と男女の権威関係が揺らぐ。
   識字率が50%に達したのは、イギリスがピューリタン革命時、フランスがフランス革命直前、ロシアは20世紀初頭、日本は19世紀後半である。イスラム諸国は、早いところで1930年くらいで、遅いところは20世紀末である。つまり先進国でも民主化はゆっくりと進んだのである。イスラム諸国は今、民主化がゆっくりとしかし確実に進んでいる。
   ただ宗教の退潮と同時にその反動として原理主義が出てくる。イスラム諸国はまさに今がその時であると言うべきである。しかしヨーロッパもまた数百年に及ぶ宗教対立と宗教戦争の時代があり、民主化したのはそののちであることを忘れてはいけない。
   つまり識字率の上昇と出生率の低下が近代化の原動力で、そこから脱宗教も進むのだが、しかしこれらは一気にかつ単調に進むのではない。一進一退しつつ、時に大きな反動もあることを覚悟すべきである。
   このようにアメリカに民主主義の退化が生じ、一方先進諸国からは危険だとみなされているイスラム諸国が確実に近代化を進めているという論法は、米英が寡頭制になってしまったのに対し、露中の民主化は確実に進んでいるという、今回の主張と同じ構図である。
   ソ連を世界に先駆けて共産主義を実現した国家であるとするのでもなく、欧米諸国のリベラリズムを唯一の正当な政治思想であるとして、ロシアを今でも共産主義社会と断じ、その近代化の進んでいる点を無視するのでもない。先進諸国への批判と、遅れているとされる諸国への正当な評価を可能にしたのである。
 
5. 米英独仏の比較
   上述の通りトッドによれば、家族形態の違いから、米英独仏の国民性の違いを説明できる。つまり私たちは一口に欧米とまとめてしまっているこれら4国は、実は随分と異なるのである。
   まずイギリスとアメリカは、その歴史が異なるので、つまり片や王がいて、貴族もいるイギリスと、国の成り立ちの最初から共和制であったアメリカという違いはあるが、しかし国民性は、どちらも先の①絶対核家族である。そこから自由主義で個人主義という性格が出てくる。またフランスは、②平等主義核家族で、つまりその国民性は平等主義で個人主義である。一方ドイツは、日本と同じく、③直系家族で、その国民性は権威主義的である。
   このあたりの国民性の違いは、経験的には良く分かる。知り合いの顔を思い浮かべれば、私には合点がいく。言われてみればその通りだと思う。またそれぞれの国の思想家の主張を見ても、この国民性の違いはある程度成り立ちそうな気がする。家族形態で政治思想の内容が決まってしまうと考えることに、いささか躊躇するので、これ以上追い詰めないが、感覚的には分かるのである。
   あるいは出生率に、この国民性の違いが良く現れていないだろうか。フランス、アメリカ、イギリスはこの順に2.0近くの出生率を誇る。ドイツは日本に似て、それらの国より出生率がかなり低い。つまり男は権威がなければならないとされるのに、実際には権威がなくなってしまったから、子どもを容易に作れないのである。
   このように国民性が異なれば、少子化対策も移民への対応の仕方も異なるはずだとトッドは考える。そのために彼はEUに対しては懐疑的である。政治経済の方針は国単位で考えるべきだと言う。さらにはEUは早晩解体するだろうと思っているのである。現実のEUはただ単にドイツを肥やしているだけだと、トッドはドイツ批判を繰り返している。
   だからイギリスのEU離脱は正しい判断だったとトッドは考える。イギリスはアメリカと組んで、世界の金融支配を目指す。元々ドイツが支配するEUにイギリスは馴染めなかったのである。
   ただここで私は再びトッドを批判したいと思う。つまりEUの理念はもっと積極的に評価して良いのではないかと思うからだ。
   例えばJ. ハーバーマスは、『ああ、ヨーロッパ』という本の中で、ナショナリズムの狭隘を超えて、国家公民が議論を戦わせ、積極的な啓蒙を通じてヨーロッパの運命を共有しようと呼び掛ける。EUはヨーロッパの長い間の悲願がようやく実現されたものなのではないか。
   しかしそういう理念をトッドは批判して、EUはハーバーマスなど、カント由来のドイツ系インテリの観念の産物に過ぎない、と言うのである。
   問題は今後のEUがどうなるかということである。確かにEU加盟国のどこでも、EUに批判的な政党が力を付けてきている。しかし当面はドイツがEUを牽引し、フランスがそれを助けるだろう。他の小国は、EU離脱の経済的マイナスを考えれば離脱に踏み切れないのではないかと思う。ここはトッドの予測と私のそれとを並べておく。このあたりのことについては、トッドは実に分かりやすいタイトルを付けた『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』と『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』という本を出している。
   さらにフランスに対しても、『シャルリとは誰か ? 人種差別と没落する西欧』を書き、フランスのライシテを批判する。これについては、このシリーズでいずれ詳細に書く予定である。トッドの結論だけを書いておけば、フランスのイスラム教恐怖症が問題の根源だということになる。ここでもフランス人とイスラム系移民は、その家族形態が異なるので、後者に対して、ライシテを押し付けること自体が間違っているということになる。またフランスの民主主義が進んでいて、イスラム系移民の意識が遅れているという考え方が批判される。
 
6. まとめ
   私は脱資本主義ということを主張しており、これはマルクスの主張に影響を受けているが、しかしこれは世界的な情報化社会の進展とともに、すでに萌芽が見られるという話であり、これから暴力革命が起きるというようなことではない。
   また私自身、ソ連と中国の共産主義をまったく評価していないから、20世紀とこの21世紀の世界で生じていることに対してのトッドの見方には、概ね賛同している。
   さらに従来のマルクス主義者が主張しているような、共産主義社会における国家と貨幣の止揚ということに対しても、私は未来においてなお国家と市場は残り、多様な集団と貨幣がハイブリッド化して共存するだろうと考えている。となると国家の役割がますます重要になるというトッドの考えと少々異なるが、しかし国家の役割の必要性は私も認めている。そして国家が存続する以上、そこに国民性の違いはあり、それが政治経済の政策に大きな影響を与えるということに賛成するし、またそれにもかかわらず、長期的にはどの国も近代化するという主張にも賛成する。
   さて最後に残された問題は、日本の核保有についてである。
   まず今回のロシア-ウクライナ戦争によって、すでに陰りの見えるアメリカの力が一層落ちるだろうということについては、私も同感である。そして中国やインドが相対的に力を付けていくが、しかしこれらの国の政治経済が不安定であって、その傘下に日本が入ることが得だとは思えない。かつ日本にもプライドがあるだろうから、その可能性は少ないと思う。さらにそこにそれなりの存在感を持ってロシアが自己主張を続けるとなると、日本はアメリカ一国に頼るのではなく、それら4大国とバランスを取って付き合って行かねばならなくなる。その点については、私もそう思う。
   要するにアメリカから離れよとトッドは言っている。そこは将来あり得る選択として考えるべきなのである。
   そして核を持つことが防衛に有効であり、現在の日本はアメリカの核に守られているのだとしたら、アメリカから将来離れるときには、日本も独自に核を持たねばならないというトッドの主張は論理的に導かれたものである。それに対して私が、日本は核を持つべきでないとするなら、この先もずっとアメリカに守ってもらうしかないということになる。そうでなく、日本は将来アメリカから離れ、かつ核を持たないとするならば、先の論理の前提部分、つまり核を持つことが防衛に有効であるという考え方を批判し、核を持たないで周辺諸国とどう関係を作るべきかを考えねばならない。それは核を持つ可能性も検討し、それとその他の方策を比較検討するということでなければならない。
   トッドははっきりと国家が核を持つことが、その国家が自立することなのだと言っている。トッドを批判するとしたらそこを追究すべきである。
   私は核の抑止力は一定程度認める。しかし他国から侵略されるのを防ぐ方法は核武装以外にないのか。侵略をするのは、今回のロシアが当初そうであったように、容易に相手を自分のものにし得ると考えるからである。それが膨大な失費を要し、痛手を被り、そこまでして侵略するメリットが感じられなければどうなのか。経済と文化の密接な交流があるとすれば、それらを失い、かつ国際的な信用をなくして、なお侵略する必要があるのか。このことについても、次回以降さらに検討する。カント『永遠平和のために』やJ. ロールズ『万民の法』の読解を要する。先に言っておけば、自国の民主主義を世界に押し付ければ平和になるというアメリカの傲慢は、すでにトッドによって批判されている。このトッドの言い分を押さえた上で、私の説を展開したい。
   さらに問題は以下のことにある。日本を巡る特異な状況について、トッドが見ていないことを指摘したい。
   もし日本が核を持てば、韓国は確実に核を持つだろうし、台湾も、もしその地域が今後も現状維持をしていて、つまり中国とは別個の政治空間であるとすると、そこもまた核を持ちたがるかもしれない。すでに核を持っている北朝鮮も含めて、この狭い空間に核保有国がカオス的に乱立することになる。
   核を持つメリットは理解できるものの、東アジアという特殊な環境にいる私たちが核を持つデメリットの大きさに、あらためて思いを寄せるべきである。とすれば核を持たないで侵略されることを防ぐ方法を模索すべきである。
   また長期的には、私は人類が核を持たない日が来ることを願っている。しかしそれは核を持つべきだという人との対話を拒否するということであってはならない。アメリカから離れて、なお核を持たないということが可能なら、それはどうすることによってなのか。その答えを今すぐに私は明確に提示し得ないが、そして今すぐにアメリカから離れられる訳でもないので、将来の可能性として、今から議論を積み重ねていく必要があるということが今回の結論である。
   ここで松本雅和の議論を引用して次のように書きたい。私が今、ここで日本は核を持つ可能性があると言った瞬間に、左派からはもう口を利いてもらえなくなる。ここが問題である。核を持つ可能性について議論することもいけないと思われている。議論したら、実際に核を持つかもしれないということになり、核は何が何でも持ってはいけないというのが左派の信条なので、そもそも議論すること自体論外なのである。しかし一方で右派は核を持つ可能性についてすでに議論をしており、そこで左派と右派の対話の可能性はなくなる。
   松本は次のように言う。世に、人類は戦争を避けられないという考え方と、平和を希求し得るという思想がある。後者は平和主義と呼ばれ、それは、非暴力によって平和を希求し得ると考える。
   その平和主義には、絶対平和主義と平和優先主義とがあるが、後者は、正当な自衛戦争の可能性とその濫用の危険性を議論でき、また国家の安全保障を最優先する、国際関係論において現在主流となっている現実主義の立場の人と対話ができる。これが重要で、つまり現実的な平和主義を考えねばならない。
   私の見るところでは、国家の安全保障を最優先するのは国民の大半の意見であり、むしろ絶対平和主義の人たちの方が少数である。少数者が、そもそも自衛隊すら要らないと主張して、国民の大半と議論ができなくなることのマイナスを考えるべきである。幸い日本人の多くに核アレルギーはあるから、防衛力は必要だが、核までは持ちたくないという人が多いだろう。そういう日本の歴史的な事情から来る国民性も考えて、どの程度の防衛力が必要か議論すべきであろう。ここで言いたいのは、トッドのように、核を持つべきだという人とも対話をすることが必要だということだ。核を持つべきだという主張に一定の合理性はあるからだ。
   本稿の最後にドイツと日本の置かれている状況の違いについて書いておくことがある。
   米英仏という核保有の仲間の国々に囲まれて、経済でEUを引っ張り、原発も止めて、再生エネルギーの比重を高めることに専念できるドイツと比べて、露中という関係の微妙な核保有国を隣国に持ち、インドも台頭し、北朝鮮も相変わらずの状況で、日本がアメリカからもし離れるとしたら、これらの国々に囲まれて、どう生きていくのか。日本はドイツのようにはなれない。
   ドイツは核兵器を持たないだけでなく、福島原発事故をきっかけに、原子力発電も止めることを宣言している。2030年には太陽光発電や風力発電などの自然再生エネルギーを全エネルギーの65%にする計画を着々と進めている。今回の戦争のためにロシアから天然ガスが入って来なくなり、実は相当に苦しんだのだが、その後カタールやノルウェー、カナダから調達し、幸い2022年は暖冬だったこともあり、何とか乗り越えている。
   本当は核の問題は、原発の問題と併せて議論すべきである。環境問題に取り組むには、各国のナショナリズムを超えた理念が要る。トッドには、そういう理念がない。と言うより、理念を前面に打ち出して物事を考えない。それは評価すべきことなのだが、しかし各国の思惑と理念とのバランスが必要だと私は思う。
   トッドによれば、本来リベラル民主主義は米英仏のものであって、ドイツと日本は本来無理をしている。両者は権威的な家族形態を持つ国だが、ともに第二次大戦に負けて、アメリカの傘下に入ったためにこのようになったのである。トッドはそう考えているのだが、私はそれは悪いことではなかったと思う。どちらもアメリカの軍事力に守ってもらって、政治的にはリベラル民主主義の陣営にいられ、かつ経済活動に専念できたのである。トッドの独日の類似点の指摘は、歴史的な背景を踏まえていて、その限りで正しい。
   しかし今後ドイツはEUをリードすると言いつつ、実際はEU諸国を搾取し、現状維持を続けるだろう。それに対して日本は、何度も言うように、隣に中国とロシアという不安定な大国があり、今後アメリカからの独立を余儀なくされ、核保有国がカオス的に乱立する可能性のある一角の真ん中にいるのである。日本はドイツとは異なった隣国関係を持ち、ドイツと同じように核を持たないでいるためには、独自の戦略が要ると私は考える。
   そもそも日本とドイツに核を持たせないようにということで、戦後の国際秩序が創られたのだが、今後もドイツは核を持たなくても良い環境にあり、一方日本は核を持ってはいけない環境にある。
 

1 トッドは中国の大学進学率は低いと言い切っているが、実際は近年急激に上昇している。一人っ子政策の下、少子化が進んだこともその一因であり、しかし今後、現在社会を支えている膨大な、大学教育を受けていない層が老人になり、少数の若者が彼らを支えられるかということが問題になる。大卒者を活用しない内に、少子高齢化社会に突入したのである。
 
2 このあたりのまとめに、ウィキペディアを参照したことを付記しておく。
 
参考文献
鹿島茂『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』ベスト新書、2017
トッドE.,『世界の多様性 家族構造と近代性』藤原書店、1999 = 2008
—-   『帝国以後 アメリカ・システムの崩壊』藤原書店、2002=2003
—-   『文明の接近 イスラームvs.西洋の虚構』藤原書店、2007 = 2008
—-   『家族システムの起源』藤原書店、2011 = 2016
—-   『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』文春新書、2014 = 2015
—-   『シャルリとは誰か ? 人種差別と没落する西欧』文藝春秋、2015 = 2016
—-   『問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論』文芸春秋、2016 = 2016
トッド, E., ・池上彰『問題はロシアより、むしろアメリカだ』朝日新書、2023
トッド, E.,・片山杜秀・佐藤優『トッド人類史入門 西洋の没落』文春新書、2023
ハーバーマス, J., 『ああ、ヨーロッパ』三島憲一他訳、岩波書店、2007 = 2010
松本雅和『平和主義とは何か 政治哲学で考える戦争と平和』中公新書、2013
 
(たかはしかずゆき 哲学者)
 
(pubspace-x10315,2023.08.15)