森忠明
北九州市小倉北区の中学一年生、勝田絵美さんからおたよりをいただいた。公開してもよいとのことなので書き写す。
〈―森さんの本を読んでいると少し切ないですね。あなたがいままで失ったものがあまりにも多く、大切なものばかりでびっくりしました。森さんがいる世界はガラスでできているんじゃないかと思いました。もろくて、うすくて、少しはじいただけで割れてしまう。でも、だからこそあなたは誰よりもその世界と、その世界の中の人たちを愛しているんですね。(略)森さんが愛した人との、昨日の出会いは永久のものです。だからこれからも昭ちゃんたちとすごした奇跡の時間を大切にして生きていって下さい〉
絵美さんの理知的で優しい文面から、ふと追想したのは、小学生時代のガールフレンド、Sさんのことだった。
作文や標語のコンクールでは必ず上位入賞のSさん。彼女のお母さんが経営する貸本店の “商品” を何でも読んでいたせいだろう。小児麻痺で片足が不自由だったけれど、彼女はいつもほがらかで友だちがいっぱいいた。遠足にはスレンダー美人のお母さんが付き添うので、低学年のころ(昭和三十年代はじめ)にはずいぶんうらやましく思えた。
当時、私の最高の楽しみは、放課後S貸本店に寄って漫画を読ませてもらうことだった。「赤胴鈴之助」「ビリーパック」「鉄人28号」「ロボット三等兵」—
代金を払おうとすると店主は手を横に振り、「いいのよ。このあいだの遠足ではいろいろお世話になったしね」なんて言って受けとらない。
お父さんが病死して、母子二人だけの小さな店だったから、ただ読みしちゃ悪いと考え、「クラスの女たちが森ただあきじゃなくて森ただよみ、とか言ってるんで、お金ちゃんと払う」。しつこく代金を差しだすと店主は大笑い。「森ただよみ? おもしろいこと言うわねえ」と、いつまでもおかしそうにしていた。そして「言わせておくの、言わせておくの」と言った。
Sさん母子が今どうしているか知らないが、あの貸本店の思い出は〈永久のものです〉。
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『夕ごはんまでの五分間』(プロハースコヴァー・作、ポコルニー・絵、平野卿子・訳、偕成社、本体一一六五円、九六年七月刊)の主人公は、二つの “障害” を持って生まれた女の子のバベタ。一つは実父の失踪で、もう一つは盲目だったこと。バベタを気の毒がり悲しむ人が多い中で、血のつながりのないパパだけが彼女の「あたし、見ようと思えばなんでも見えるの」という言葉を信じて明るい。
郵便配達を終えて帰宅したパパにバベタがお話をねだると、パパはママとの出会いを語りはじめる。夫に去られた傷心のママをいたわってくれた近所の人々のことなども。苛酷な現実に押しつぶされない少女と、雅量のある大人たちの、奇跡的な信愛の物語。
(もりただあき)
森忠明『ねながれ記』園田英樹・編(I 子どもと本の情景)より転載。
(pubspace-x15121,2026.04.30)
