財政政策の新たな可能性――サマーズ、ブランシャール、イエレンの提起――を考える(2)

相馬千春

 
三、ジャネット・イエレンが提起していること
 
はじめに
   「財政政策の新たな可能性――サマーズ、ブランシャール、イエレンの提起――を考える」という標題で拙文を書いているのですが、素人がなぜこんなものを書くのかというと、日本の野党政治家・政党支持者、あるいは政治に関心のある市民たちの財政政策に関する議論が、最近の国際的な財政政策理論の進展と相当に乖離しているように感じられるからです。
   例えば、ある野党幹部は<政府には通貨発行権があるのだから財源の心配はいらない>と言われるが、他方では<消費税を減税したら、日本は財政破綻する>と言う幹部もいらっしゃる。このような主張は、どちらも単純・明快ですから、理解はし易いでしょうが、はたしてそのような単純な発想で経済政策を扱うことができるのか?もちろん与党の経済政策だって――実質賃金が長期にわたって低下していることに端的に示されているように――国民の負託に応えるものとなってはいませんが・・・。
しかし世界をみると財政政策の理論はこの間ずいぶんと進化しているようで、私たちはいつの間にか、そうした進化に取り残されて、経済学上の「ガラパゴス諸島」の住民になってしまっているのではないか? そんな想いから、最近の国際的な「財政政策」論の進展を紹介する次第です。
   さて前回は、ローレンス・サマーズとオリビエ・ブランシャールの「財政政策」論を紹介いたしましたが、今回はジャネット・イエレン(現米国財務長官)の「財政政策」論を見ることにしましょう。もっとも私たちは先にジョ―・バイデンの名前で出されている政策を見なければなりません。なぜなら米民主党政権の財政政策はジョ―・バイデンの名前で出されているのですから。
 
1. バイデン政権の財政政策プランを読む
   新型コロナが猛威を振るっている状況下でスタートしたバイデン政権の財政政策を骨子を示すものとしては、 「Build Back Betterフレームワーク/バイデン大統領の中流階級再建計画(1)」(2021年2月22日)がありますので、まずこの文書をみることにしましょう。なお“Build Back Better”は、「より良い復興」と訳されるようですが、以下では「ビルド・バック・ベター」と表記しておきます。
 
   「ビルド・バック・ベター・フレームワーク」は次の文言から始まります。
 

「ジョー・バイデン大統領は、アメリカ国民の勤勉さと創意工夫ほど優れた経済エンジンは世界に存在しないと考えている。しかし、あまりにも長い間、経済はトップ層にとってうまく機能し、働く家族は圧迫されてきた。バイデン大統領は、国の屋台骨である中流階級を再建し、今度こそだれもが一緒について来れるようにすると約束した。ビルド・バック・ベター・フレームワークはまさにそれを実現する(2)。」

 
   さて、以下ではこの文書の要点と思われるところを抜き書きしてみることにしましょう。
   まず歳出面。
 
a. 数世代にわたる子供と子育てへの最も革新的な投資
①3 歳と 4 歳の子供全員に普遍的かつ無料の就学前教育を提供する。
②米国史上最大の育児への投資を行い、ほとんどのアメリカ人家庭の育児費を半分以上節約する。
③高齢者や障害者に自宅で手頃で質の高いケアを提供し、同時にケアを提供する労働者を支援する。
④アメリカ救済計画の拡大された児童税額控除を延長することで、3,900万世帯に子供1人あたり最大3,600ドル(または月額300ドル)の減税を提供する。
 
b. アメリカ史上最大の気候変動対策
 
c. 過去 10 年間で最大の手頃な医療の拡大
   処方薬のコストを削減するが、
①最終的にはメディケアが薬価交渉を行えるようにする。
②製薬会社がインフレ率を上回るペースで薬価を引き上げた場合、罰金を課す。
③高齢者の自己負担額を直接的に引き下げる。

「現在、高齢者や障害者が薬に支払う金額に上限はなく、何百万人もの高齢者が年間 6,000 ドル以上の自己負担を支払っている。この提案は、この負担に終止符を打ち、高齢者がメディケア パート D(3)の下で薬に支払う金額が年間 2,000 ドルを超えることがないようにする。」

 
④医療費負担適正化法を強化し、900万人のアメリカ人の保険料を削減する。
⑤メディケイドの適用範囲のギャップを埋め、400 万人の無保険者を適用範囲に導く。
⑥メディケアを拡大し、聴覚手当もカバーする。
 
d. 「数世代にわたってコストを削減し、中流階級を強化する最も重要な取り組み」
①史上最大かつ最も包括的な手頃な価格の住宅への投資を実施する。
②拡大された勤労所得税額控除(EITC)を約1,700万人の低賃金労働者に拡張する。

「アメリカ救済計画による子供のいない労働者への税額控除の3倍化を拡大し、レジ係、調理師、配達ドライバー、食品調理従事者、保育士など、多くがエッセンシャルワーカーである1,700万人の低賃金労働者に恩恵をもたらす。例えば、時給9ドルで週30時間働く子供のいない労働者は、税引き後の収入が連邦貧困ラインを下回る。このEITC拡大は、彼女のEITCを1,100ドル以上に引き上げることで、こうした労働者を貧困から救い出すのに役立つ。」

 
③高校卒業後も、手頃な価格で質の高い教育へのアクセスを拡大する。

「高校卒業後の教育へのアクセスを、手頃な価格で質の高いものに拡大する。高校卒業後の教育は、21 世紀の経済成長と競争力にとってますます重要になっているが、多くの家庭にとって、もはや手の届かないものになっている。・・・高校卒業後の教育 (現在利用可能な高給職のトレーニングを含む) をより手頃な価格にする。」

 
④子どもたちの健康をサポートするために栄養の安全性を促進する。

「この法案は、学年度中に無料の学校給食を 870 万人の子供たちに拡大し、2,900 万人の子供たちの家族に夏季の食料購入のために子供 1 人あたり月額 65 ドルの給付金を提供する。」

 
⑤公平性、安全性、公正性への歴史的な投資を通じて中流階級を強化する。

「ビルド・バック・ベター・フレームワークは、子供たちが一日のうちに摂取する最も健康的な食事である無料の学校給食を拡大することで、何百万人ものアメリカの子供たちに栄養の安全を提供する。また、中小企業への投資や将来のパンデミックやサプライ チェーンの混乱に対する国家の準備に加えて、母子保健への歴史的な投資を行い、新しく革新的なコミュニティ暴力介入イニシアチブを確立する。」

 
⑥移民改革に投資する。
 
次に歳入面。
 
e. ビルド・バック・ベター・フレームワークは、つぎのことによって完全に賄われる。

「トランプ政権の還付規則の撤廃による節約と合わせて、この計画は、最大手企業と最富裕層にさらなる負担を求めることで完全に賄われている。2017年の減税は彼らに思わぬ利益をもたらしたが、これはそれを覆し、国の将来に投資するのに役立つだろう。40万ドル以下の収入がある人は、1セントたりとも税金を多く払うことはない。」

 
   具体的には、フレームワークは、
①大規模で利益を上げている企業が税金をゼロにすることを阻止し、企業に投資するのではなく自社株を買い戻す企業に課税する。

「2019年、米国の大企業が納めた税金はわずか8%で、多くの企業は税金をまったく納めなかった。バイデン大統領は、これは根本的に不公平だと考えている。ビルド・バック・ベター・フレームワークでは、10億ドル以上の利益を上げている大企業が株主に報告する企業利益に最低15%の税を課す。つまり、大企業が利益を上げていると言えば、税金の支払いは避けられないということだ。この枠組みには、企業の自社株買いに対する1%の追加課税も含まれているが、企業幹部は自社株買いを従業員への投資や経済成長よりも私腹を肥やすために使うことがあまりにも多い。」

 
②雇用と利益を海外に移転した企業に報酬を与えることをやめる。

「バイデン大統領は世界を率いて法人税の引き下げ競争を止め、雇用と利益を海外に移転する企業に利益をもたらしてきた。だからこそ大統領は136カ国の間で15%の世界最低税率の合意を勝ち取ったのだ。この枠組みは仕事を終わらせるのに役立つだろう。その合意に沿って、米国企業の海外利益に15%の最低税率を採用し、利益と雇用を海外に移転することで米国企業が巨額の税制優遇を主張できなくなる。また、国際協定を遵守しない国に拠点を置く外国企業に罰金税率を課すことで、他国が自らが採択した協定を遵守するようにする。他国は約束を果たさずに不当な利益を得ようとすることはできない。」

 
③最も高所得のアメリカ人に公平な負担をするよう求める。

「ビルド・バック・ベター・フレームワークには、米国人の上位 0.02% を占める億万長者や大富豪の所得に対する新たな追加税が含まれている。1,000 万ドル以上の所得には 5%、2,500 万ドル以上の所得にはさらに 3% の税率が適用される。また、ビルド・バック・ベター・フレームワークは、一部の裕福な納税者が所得に対する 3.8% のメディケア税の支払いを回避できる抜け穴も塞ぐことになる。」

 
④既存の税法の施行に投資し、富裕層が支払うべき税金を支払うようにする。

「正規労働者は賃金や給与にかかる税金を99パーセントの遵守率で支払っているが、一方で裕福な納税者の多くは、税金を払わなくて済むようIRSに収入を隠している。そして、予算削減の結果、年間100万ドル以上稼ぐ人の監査率は2011年から2018年の間に80パーセントも低下した。賃金労働者の遵守率は99パーセントであるのに対し、上位1パーセントは年間1600億ドル以上の脱税をしている。バイデン大統領の「ビルド・バック・ベター・アジェンダ」は、より公平な税制、つまり富裕層がようやく公平な負担を負うことを義務付け、富ではなく労働に報いる税制を創設する。大統領の計画は、IRSへの変革投資を通じてこれを実現する。裕福な脱税者を追跡するよう訓練された執行官を雇用し、1960年代のテクノロジーを見直し、一般のアメリカ人が質問に答えられるように納税者サービスに投資する。追加の執行資源は、収入が40万ドル未満のアメリカ人ではなく、最も収入の高い人々を追及することに重点が置かれることになる。」

 
   このようなバイデン政権の財政政策の特徴を要約すると、歳出面での「貧困層、中間層のための支出」の重視と歳入面での大企業と富裕層への課税強化が挙げられるでしょうが、さらに予算の規模も注目すべき点で、「ビルド・バック・ベター・フレームワーク」は、その第一段である「アメリカ救済計画」だけでも1.9兆ドルという巨額なものになっています。
   このような大胆な財政政策はどのような「理論」によって支えられているのでしょうか?
 
2. イエレンの「財政政策」理論を見る。
 
a. 米政策当局はどのような政策アプローチを選択したか
   ブランシャールは、この時期の米政策当局には「3つの選択肢(4)」があったとした上で、「バイデン政権とFRBの戦略に対する公平な描写」に従うと、じっさいに採用されたのは3つのなかで一番野心的なものであったと言います。それは具体的には「財政を拡張し、[中立金利]r*を[実効下限制約の金利]rmin以上に引き上げる(5)が、FRBが政策金利rの、r*への調整を送らせることで、当面の間経済を過熱させ、インフレを一時的に上昇させる」というものです。
「当面の間経済を過熱させ、インフレを一時的に上昇させる」というのは、「高圧経済」と言われるもので、これがバイデン政権下で採用されたわけです。
 
b. イエレンの「高圧経済」論
   イエレンはFRB議長であった2016年10月に「危機後のマクロ経済研究」というスピーチ(6)の中で、「高圧経済」に言及していますので、このスピーチから関連するところを引用してみましょう。
 

「この危機(7)後の経験は、総需要の変化が総供給、つまり潜在的生産高に顕著で持続的な影響を及ぼす可能性があることを示唆している。」
「総需要の持続的な不足が経済の供給サイドに悪影響を及ぼす可能性があるという考え(一般にヒステリシスと呼ばれる効果)は新しいものではない。」
「深刻な不況の後にはヒステリシスが実際にある程度存在すると仮定すると、次に当然の疑問は、一時的に総需要が堅調で労働市場が逼迫した「高圧経済」を運営することで、これらの供給側の悪影響を逆転させることができるかどうかという点である。」
「ヒステリシス効果、およびそれが逆転する可能性は、金融政策と財政政策の実施に重要な意味を持つ可能性がある。」
「緩和的な金融政策スタンスをあまり長く維持すると、金融不安定化のリスクが高まったり、物価安定が損なわれたりして、メリットを上回るコストが発生する可能性がある」
「経済の供給側へのダメージに対処するには他の政策の方が適している可能性がある。」

 
   要点は、<一時的に総需要が堅調で労働市場が逼迫した「高圧経済」を作り出し、そのことによって「供給」側に働きかける>政策について言及されていることですが、<金融政策への過度な依存を止めて、財政政策の活用を考えるべきである>ことも指摘されている。この後者の主張についてはサマーズやブランシャールも指摘している点は前回の記事で紹介した通りです。
 
c. 「現代サプライサイド経済学」(Modern supply side economics)とは?

「一時的に総需要が堅調で労働市場が逼迫した「高圧経済」を運営する」ことで、供給側(サプライサイド)に働きかける政策は、後に「現代サプライサイド経済学」(Modern supply side economics)と命名され、バイデン政権の経済成長戦略を説明するものとなります。
   ここでは2022年「バーチャル・ダボス・アジェンダ」でのイエレンの発言(8)を引用しておきましょう。
 

「バイデン政権の経済成長戦略を説明するために「現代のサプライサイド経済学」という用語を使用し、ケインズ派や伝統的なサプライサイドアプローチと対比させてみよう。」
「アメリカ救済計画は・・・総需要が経済を完全雇用に戻すことを保証した。これは当時の危機への対応としては適切だった。この点で、バイデンの戦略は、・・・以前の景気刺激策に具体化された「ケインズ主義的アプローチ」に似ている。」
「伝統的な「サプライサイド経済学」も経済の潜在的生産を拡大することを目指しているが、積極的な規制緩和と民間資本投資を促進するための減税の組み合わせを通じてである。」
「 対照的に、現代のサプライサイド経済学は、労働供給、人的資本、公共インフラ、研究開発、持続可能な環境への投資を優先する。これらの重点分野はすべて、経済成長を促進し、特に不平等などの長期的な構造問題に対処することを目的としている。」
「私たちの新しいアプローチは、・・・古いサプライサイド経済学よりもはるかに有望である。資本に対する大幅な減税は、約束された利益を達成していない。」
「このアプローチ[古いサプライサイド経済学]は、課税の負担を資本から労働者に移すことで、所得と富の格差を深めてきた。」
「国の長期的な成長の可能性は、その国の労働力の規模、労働者の生産性、資源の再生可能性、政治システムの安定性によって決まる。現代のサプライサイド経済学は、労働力の供給を増やし、生産性を高め、不平等と環境被害を減らすことで経済成長を促そうとしている。」

 
   以上の引用で、イエレンの言う「現代サプライサイド経済学」がどのようなものか、おおよそのところは理解できるのではないでしょうか。従来の「ケインズ主義」が需要の不足を財政で下支えするという需要面(ディマンドサイド)でのアプローチにとどまり、また「古いサプライサイド経済学」が規制緩和と課税の負担を資本から労働者に移すことによってもっぱら格差を拡大させてきたことに対して、「現代のサプライサイド経済学は、労働力の供給を増やし、生産性を高め、不平等と環境被害を減らすことでサプライサイドに働きかけて経済成長を促そうとしている」わけです。
 
d. 「課税の負担が企業から中流階級に移行してきた」ことの是正
   「古いサプライサイド経済学」のもとで格差を拡大してきたことに対して、バイデン政権が巨大企業と富裕層への課税を方針としていることは、既に見た通りですが、この点についてのイエレンの発言も引用しておきましょう。イエレンは次のように言います。
 

「過去数十年にわたり、米国および世界全体で、課税の負担は企業から中流階級に移行してきた。この移行の大きな理由は、国家間の課税競争である。この競争により、自由資本に対する法人税率の引き下げ競争が生まれた。この競争では・・・世界中の労働者階級と中流階級の人々が負ける。大規模な多国籍企業は、税金を理由とした非効率的な取引で、世界中の低税率の子会社に利益を隠蔽するよう動機付けられてきた。この引き下げ競争により、政府は直面する複雑な課題に必要な資源を枯渇させている。・・・不当な法人税優遇措置により、一部の企業が実体経済活動を米国国外に移転し、供給がさらに縮小し、米国の生産能力が低下している。」
「今年の夏、米国のリーダーシップと多国間主義の力を示す驚くべき証拠として、世界の GDP のほぼ 95% を占める 137 か国が、企業の海外収益に世界最低税を課すために国際税制を書き換えることに合意した。」
「この歴史的な世界税制協定は、利益を上げている企業が公平な負担を負うことを保証し、政府が国民と経済に投資するためのリソースを提供することで、この底辺への競争に終止符を打つであろう。同時に、米国企業だけでなくすべての多国籍企業が海外収益に最低税を課されるように、競争条件を平等にするであろう。」
「この協定は、21 世紀の経済を反映するようにルールを更新することで、急速に崩壊しつつある国際税制を安定化させる。」

 
終わりに
   前回のオリビエ・ブランシャールに引き続き、今回はジャネット・イエレンの財政政策論を紹介しましたが、このような最近の国際的な財政政策論を踏まえた上で、日本の政治家たちの言説を思い浮かべると、やはり<ここは経済学上の「ガラパゴス諸島」だった>と思うのは、私だけでしょうか。
   もちろん、今回紹介したブランシャールやイエレンの提起は慎重に検討されるべきもので、鵜呑みにすべきものではないでしょう。じっさいイエレンが主導した「アメリカ救済プラン」については、ブランシャールはリスクを指摘し、「財政政策の方向性には同意するものの、規模を懸念」を示していましたが(9)、じっさいに「インフレはプログラム推進派の予測を大幅に上回」る結果となりました(10) 。つまり「現代サプライサイド経済学」は、規模を間違えば、高インフレを招くことになる。
   またブランシャールは日本に対して「3%」のインフレ目標を採用することを提案しています(11)が、日本の場合、<インフレを上回る賃金上昇を実現するシステムを確立することなしにインフレ目標を高めることは危険ではないか>という疑念はぬぐい切れないでしょう。
   しかし、以上のような問題点もあるものの、ブランシャールやイエレンの提起が日本の政策にヒントを与えるものであることも、また確かでしょう。
   たとえば、日本の財政について「破局が迫っているという懸念は妥当なものではない」(12)というブランシャールの分析からすれば、<消費税を減税したら、日本は財政破綻する>などという発言はいささか理性を欠いたものと言える。
   また「プライマリーバランスの赤字を継続する余地はあるが、財政政策は時間をかけて引き締め的になるべきである」(13)ことを踏まえても、ブランシャールとイエレンの指摘を踏まえれば、それは――GDP抑制効果が大きい「消費税」によるのではなく――米民主党政権のように<大手企業と富裕層にさらなる負担を求める>ことで行わるべきであることは容易に想像できるでしょう。(じっさいブランシャールは日本の2019年の消費税増税には異論を唱えていました(14)。)
   またイエレンによる<課税負担の企業から中流階級への移行>の指摘からも――日本では、それは<法人税の引き下げと対になった消費税の引き上げ>として行われたのですからーーその是正策として、<大企業への課税強化、所得税の累進性の強化と対になった消費税減税>が考えられるのは、当然のことと言えるでしょう。
   しかし、これらの点についてはーー論ずべき点も多々ありますからーー稿をあらためて論じることして、本稿はここで閉じることに致します。
 

(1) https://www.whitehouse.gov/build-back-better/ 。なお引用された文に付けられたa.b.・・・や、①,②・・・は、すべて引用者が付けたもので、原文には存在しない。
なお本稿はバイデン政権の「財政政策」を概ね肯定的に引用するが、これはバイデン政権自体を肯定的に評価していることを含意してはいない。本稿の目的は、日本の財政政策を考えるために、近年の国際的な財政政策の理論を把握することに限られる。
(2) 本稿での訳文(インターネット上の記事の訳文)は、すべてgoogleの自動翻訳を元にしている。
(3) 「メディケア パートD」は、4つに分かれているメディケアのプログラムの一つで、「外来処方薬給付」である。https://www.dir.co.jp/report/research/economics/usa/20141027_009074.pdf 参照。
(4) ブランシャールの挙げる第一の選択肢は「最小限のアプローチ」で、「中立金利r*を実効下限制約の金利であるrminに回復するのに十分なだけの財政拡張を行う」というもの、第二の選択肢は「より野心的なアプローチ」で「大きめの財政拡張を実施し、それにより、中立金利r*をrmin以上に引き上げ、r*の上昇に合わせてFRBは政策金利rを引き上げ、生産を潜在水準に維持する」というものである。
なお「中立金利r*」と「実効下限制約の金利rmin」については、注(5)を参照のこと。
(5) 「中立金利r*」は、「生産が潜在生産量の水準にあると仮定したときに、貯蓄が投資と一致する実質安全金利」、あるいは「総需要が潜在生産量と一致する場合の実質安全金利」と定義されている(ブランシャール『21世紀の財政政策』p.38)。
また「実効下限制約金利rmin」については、次のように定義されている。
「人々はゼロの名目金利が付く現金を保有できるため、中央銀行は名目政策金利をゼロより大幅に低く設定することができない。つまり、インフレにより実現されるマイナス幅よりも大幅に低い実質政策金利を実現することはできない。この金利を「実効下限制約金利」と呼び、rmin と表す」こととしよう」(ブランシャール『21世紀の財政政策』p.22)。
(6) https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/yellen20161014a.htm 。
(7) この「危機」とは2007年に始まった「大不況」のことで、日本で「リーマン・ショック」と言われるものを含むものである。
(8) https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy0565 。これは2022年1月21日に準備されたものである。
(9) 『21世紀の財政政策』p.237。
(10) 同書p.238。
(11) 同書p.5。
(12) 同上。
(13) 同上。
(14) ブランシャールが「消費税率を現時点で引き上げるのではなく、必要となったときに消費税率を引き上げるという備えとすべきでしょう」(「日本の財政政策の選択肢」https://www.piie.com/sites/default/files/documents/pb19-7japanese.pdf)と言っている点を付記しておく。
 
(そうまちはる:公共空間X同人)
(pubspace-x11680,2024.07.27)