ハイティーン詩集以降
森忠明
合昏
「銭形平次捕物控」原作者の墓を左に、陸軍大将阿南惟幾の墓を右に見て、十メートルほど行くと、コンクリート製の古ぼけた便所がある。男女共用というか、大用が三、立小便用が四の構成である。
二十三歳で溺死した友人の墓参りの途中、私は必ずその便所で小用を足す。足しながらセメントの鏝あとがめだつ横壁を見る。葉書のスペースに納まるぐらいの、黒マジック(?)による楽書があるのだ。
ぴっちり閉じられた大腿と、説明のための引出線に、私はいつも微笑する。そして、いささかの厳粛感。
Yの上部がややUの字ぎみのせいか、恥丘の優しいふくらみを思わせ、稚拙な平仮名は大和撫子の秘処を示すに最善の雅語のように錯覚させる。
便所を出て、西へ五、六十メートルの所にsilktreeが一本立っている。夏には怪しい花をつける。
合歓とも合昏ともいう木らしいが、どっちも墓場にふさわしすぎる名だ。
あれは、キャミソールかテディ姿で夕涼みしている女の霊、といったものだ。
第23区のほうへ折れると、俳人渡邊白泉の墓がある。私は彼のファンだ。
街燈は夜霧にぬれるためにある
紀元節菊正宗の喇叭呑み
友人も菊正が好きだった。失礼ながら、残りの菊正を白泉にたむけることがある。
去年の七月二十八日。友人の祥月命日には供花と線香を買う金がなかった。ついてきた女は少しは持っていただろうが。
二人で草をむしり終え、線香がわりのロングピースを石に寝かせて煙らした。
「何も無いから、ちつでも見せてやってくれ」
と私がいうと、女はジーンズとパンティーをおろした。
(もりただあき)
(pubspace-x8796,2022.06.30)