「何としてでも移民は排斥したい」 - イギリスから(1) –

高橋一行

 イギリスのケンブリッジに来ている。半年間、ここに滞在する。
 ケンブリッジに入った翌朝、アパートを探そうと思って、不動産屋に立ち寄る。ここでいきなり洗礼を受けることになる。
 応対してくれたのは、その風貌と言葉の訛りから考えて、パキスタン系移民だと思われる若い男性である。彼は私に、ここでどんな仕事をするのかと聞くので、私は仕事ではなく、大学で研究をするために来たと言ったら、彼は、ここで仕事のない奴にアパートは貸せないと言うのである。以下、彼のことをパキスタン系移民と表記する。さて、ここケンブリッジは大学町ではないのか、つまり私のような客員研究員は、たくさんいるのではないかと私はこのとき思ったのだが、しかしきっと彼はまだ、この仕事を始めて間もないのだろうし、あるいは仕事のない移民にアパートを貸して、家賃を滞納されて困ったという経験をしたばかりなのかもしれず、あるいは、人は自分の境遇に照らしてしか、他人を判断できないから、彼自身、移民として苦労して来て、やっとこの不動産屋の仕事にありついたという体験から、仕事を見付けるのが如何に大変かということを考えているのだろう。そして私は、ここで彼と喧嘩をして、良いアパートを見付ける可能性を減らすのは得策ではない。すでに私はインターネットで、いくつかの物件を見ており、それらに順位を付けている。その第一候補を扱っているのが、この不動産屋なのである。
 それで私は、今からホテルに戻り、そこにはケンブリッジ大学からの招聘状と私の勤める日本の大学の発行する在職証明書と給与証明書があるから、今それを取って来ると言ったら、彼は、俺は忙しいからそんなことは明日にしろという。どこまでも失礼な奴である。しかし私は明日、もう一度来ようと決めた。ここの物件が立地条件も良く、インターネットの写真を見る限り、外見もなかなか雰囲気が良さそうだったからである。
 さて翌朝、再度挑戦をすべく、その不動産屋を訪れる。しかし、件のパキスタン人はいないのである。本当に失礼な奴だ。つまり、昨日は体よく、私を追い出したに過ぎない。対応する気などさらさらないのである。実際に私が各種証明書を持って、再び来るとは思っていなかったのだろう。それで、彼の代わりに出て来た女性を、ここではイギリス人女性と表記しよう。彼女は、私が、その各種証明書を見せると、契約をしに来たのかと言う。それで、実はまだ部屋を見せてもらっていないと言うと彼女は驚く。部屋を見るだけのために、そのような証明書は要らないからだ。彼女はすぐに大家と連絡を取ってくれて、翌日の昼に部屋を見せてあげようということが決まる。あっさりと話が進み、しかし本当はこんなことは昨日の内に済ませておくべきことなのだと思う。
 さらに翌日、そのアパートの玄関前で彼女と待ち合わせて、部屋の中を見せてもらう。気に入る。家具も付いていて、広さも十分。これなら、半年快適に過ごすことができると思う。イギリス人女性は、愛想が良く、私がこの部屋を気に入ったと言うと、ではすぐに契約しようと言ってくれる。それで不動産屋のオフィスに行く。そこで、しかし、どうやら私の担当者は、最初に対応した例のパキスタン系移民と決まっているらしく、彼女は、彼にあとはよろしくというようなことを言って、オフィスの奥に引っ込んでしまう。
 やむなく彼が契約の説明をする。そして私が持ってきた証明書を見せろと言うので、それらを並べると、日本の大学からの証明書には一瞥も与えず、というのも、恐らくそんな書類はいくらでも偽造できるからだと思うのだが、そして少なくとも、彼がそう考えているのは確かで、それで、ケンブリッジ大学からの招聘状だけをていねいに読んでいる。私が契約書を一通り書き終えると、再度、お前はケンブリッジで何をするのかと聞く。私は研究をすると答える。それはいくら給料が出るのかと聞く。私は、給料は出ないと答える。すると彼は、再び、給料がもらえないのなら、お前にアパートは貸せないと言うのである。しかし私は、先のイギリス人女性は私に部屋を見せてくれて、その部屋を貸すと言ってくれたのである。どうしてあなたの勝手な判断で、拒否するのかと私は反論する。すると彼は、とにかく、ここは一旦帰れ。あとで大家に、お前に部屋を貸せるかどうか、聞いてみて、その返事をすると彼は言う。
 それで私は一旦ホテルに戻ることにしたのである。パキスタン系移民は、大家に確認したら、すぐに私にメールを送ると言う。
 さてホテルに戻ると、すぐに彼からメールが来る。断りのメールである。これは早過ぎる。不動産屋とホテルと、歩いて10分ほどの距離だ。私がホテルに戻って、パソコンを開いたら、メールが来ているのである。本当に失礼な奴だ。最初から、彼は私にアパートを貸す気がない。私は、契約書は書いたが、しかし手数料を払ってはいないので、断られたのなら、それは仕方ない。
 実はこの二日間で、私は別の不動産屋に出掛けている。ふたつの不動産屋で、それぞれひとつずつ物件を見せてもらっている。その内のひとつは気に入っていて、これを第二志望にしようと決めていた。こうなったら、そこで話を決めようと思う。最初の不動産屋で、パキスタン系移民とイギリス人女性と、さらにふたつの不動産屋でそれぞれひとりずつ営業担当者と接しており、つまり計4人と話をし、こんなひどい対応をするのはひとりだけで、あとは、私が日本のプロフェッサーで、ここに研究目的で来たと言うと、ていねいに対応してくれる。だから、統計的に言えば、わずか25%の人が(母体が少なすぎるが)、移民を極度に恐れている。私は一時滞在者に過ぎないのに、このまま不法移民になって、家賃を滞納して、イギリスに居続けるのを恐れている。借りたいと思っているアパートは十分広く、私は単身赴任なのだが、きっと、その内家族を呼び寄せて、いつの間にか、移民が実際そうするように、大家族になって、アパートに居続けるということも、彼の心配することなのかもしれない。
 さてその第二志望の物件を扱う不動産屋に出向いて、契約をしようとしたら、再び、パキスタン系移民からメールが来る。それは謝りのメールであり、彼は私にアパートを貸すと言うのである。短い、ぶっきらぼうのメールで、一言謝りがあり、このアパートをお前に貸すから、すぐにオフィスに来いと言うのである。
 三度(みたび)失礼な奴だと思うのだが、しかし、物件としては、こちらが第一志望である。あとで考えれば、ここで第二志望の方に決めて置けば、問題がなかったのだが、しかし第一志望だからということと、給料をきちんともらって、日本からやって来て、このまま不法移民扱いされたままなのでは癪だという気持ちもあり、きちんと謝ってもらった方が良いと思ったのである。推測するに、パキスタン系移民は、あんな怪しい奴にアパートは貸さない、追い返してやったと、上司に報告したに違いない。すると、上司は、日本のプロフェッサーなのだから、何の問題もない、すぐに謝って、彼にアパートを貸せとでも言ったに違いない。それで彼は、しぶしぶ上司の言う通りに、私に謝りのメールを打ったのだ。
 それで私は不動産屋に赴き、いよいよ手数料を支払って、契約が完了するのかと思いきや、しかし彼は再び、私のビザをコピーし、それをていねいに見ている。それはアカデミックビザと言い、このビザでは、イギリスで働くことができないとそこに明記されている。研究目的なのだから、それは当然である。ワーキングビザではない。そしてイギリス入国のためにビザを取るのは実に大変で、私はすでに日本で、先の日本の大学とケンブリッジ大学の発行した証明書に加えて、戸籍と住民票と、銀行のこの半年間の出金と入金の明細と、残高証明書とをすべて英語に翻訳したものを、イギリス大使館に提出して、やっとの思いで、つまり移民としてイギリスに行くのではないということを証明して、このアカデミックビザを取得し、そしてそれを持って私はイギリスに来たのである。
 さて彼は、このビザにある、ここで働くことはできないという文言を見付けると、勝ち誇ったような顔になり、三度、お前のビザでは、ここで働くことができない、イギリスで働くことができないのに、どうやって家賃を払うのだと言うのである。さすがに私は、今度は切れてしまった。それで大声で、これはアカデミックビザである。ワーキングビザではない。最初から、イギリスで働くつもりなどない。私は日本の大学で給料をもらっている。貯金も十分ある。それはこの証明書が示しているだろう。お前は何を勘違いしているのだと、怒鳴ったのである。すると、奥から先のイギリス人女性が慌てて飛んで来て、あとは彼女が、手続きをするから、パキスタン系移民に向かって、あなたは下がっていなさいというようなことを言う。
 このあとは何の問題もない。彼女は、契約に必要な手続きを説明し、私は350ポンドの手数料をカードで支払う。手数料を受け取ったのだから、これで問題はないだろう。その間、彼女は何度か私に謝り、契約が完了すると、私にハッピーかと聞いて来る。私は笑顔を見せることなく、そうだと答える。恐らく、パキスタン系移民は、全然納得していないものだから、三度私に不信感をぶつけ、しかし私が大声で怒ったものだから、引っ込むしかなくなり、あとはイギリス人女性が後始末をしたというところだろう。とにかくこれで決まった。
 私は移民問題の深刻さを実感させられた。本当に移民にイギリスに来て欲しくないのである。少しでも怪しいと思えば、街に入れたくないという気持ちが、少なくともこのパキスタン系移民の彼には強くある。そのことを痛感させられる。しかし第一志望の物件で決まって良かったと私は思う。これは東京にいた時からインターネットで目を付けていたものだ。ケンブリッジ駅からも、大学からも近いのが良い。
 さて、これで話は終わらない。私はホテルに戻り、他の不動産屋には、断りのメールを打って、さて今夜は、ひとり祝杯でも挙げるかと考えていたら、夕方、さらに彼からメールが来る。そこで彼は、家賃6か月分と、デポジットとしてさらに1か月半分の、合計7カ月半分をまとめて払えと言って来たのである。こいつはまださらに、こんなことを言って来るのかという驚きと、そして怒りが湧いて来る。恐らくこれは彼の独断だろう。こんな要求を私にしているということを上司が知ったら、きっと怒るだろう。上司に告げ口してやろうかと思う。今から不動産屋に怒鳴り込んで、お前では話が分からない。上司を呼べ。一体この店では、こんな商売の仕方をするのか。これはイギリスの法律で認められるのかと怒鳴ってやろうと思う。
 しかし、自ら移民として苦労し、やっと生活が落ち着き、これ以上移民は増やしたくないと思っている彼にしてみれば、何としてでも、私がこの街に居続けることは阻止したい。こういう人たちの、思い込みの激しさや、自分の信念を絶対に曲げないということを、私は経験的に知っているので、そしてどうしても私を信用できないので、つまりこいつは半年のビザでイギリスに入り込み、家賃を滞納して居続けるに違いないと思っているはずで、これは仕方ない。それに、私としては、実は家賃はまとめて支払う方が楽である。つまり毎月支払いの手続きをしなくて良いのだから。たかが半年分であって、そのくらいの貯金は、私は持っている。それで、もちろん、家賃はまとめて支払うつもりだ、そのくらいのことは簡単だという返事を、私は書いたのである。

 そういう訳だ。
 私は2001年の1年余り、アメリカに家族で滞在し、その後も、平均して年に2回程度はアメリカに行っている。また2002年には、ドイツに1年弱滞在し、その後も、年に1度はヨーロッパに出掛けている。さて今回、イギリスに半年滞在することになった。それらの体験を基にして、考えたいことがたくさんある。
 移民の現状について、評論は実にたくさん出ていて、私がそれらに対して、屋上屋を架すのではなく、何かしら、興味深い観点を出せるとしたら、自らの体験から得られたことを披歴することによってであろうと思う。

 ケンブリッジは大学町で、ここでは、先のEU離脱か残留かを問う国民投票の7割が残留派だったのだが(しかし大学町でも、30%が離脱を支持しているということだ)、しかし、イギリス全体では、結局離脱を選んでいる。このことをドイツとアメリカと比較することで考えてみたい。
 まずドイツでは、ビザの取得は容易である。ビザを持たずにドイツに入国し、現地で簡単な手続きをすれば、それで良い。イギリスのビザを取得するのが大変なことは、上に書いた通りである。そこからこの両国がまったく異なっていることが見て取れる。
 もちろん、ドイツでも移民排斥運動は起きている。そのことは、このサイトに「PEGIDAまたは、反イスラムのデモについて - 宗教とナショナリズム(5) –」として、2015年3月に書いている。そしてドイツ滞在の友人に聞くと、2015年よりも、2016年になって格段に排斥運動は激化したということだ。しかし政策として、ドイツはまだ移民を受け入れている。この点はイギリスとずいぶん異なる。イギリスでは、政策として移民を排除しているからだ。そしてその事実が、移民に対してだけでなく、一時滞在のビザ入国者に対しても、彼らが移民に移行する可能性がある以上、厳しい対応となって、現れて来る。
 この背景を考えねばならない。つまりドイツでは、出生率が1.4で、これは、アメリカ、フランスと比べての話だけでなく、イギリスと比べても、ずいぶんと低い数字で、かつ、男子の大学進学率も落ちている。ドイツでは労働力不足は深刻で、政策として、移民を欲しているということになる。理念として、難民を受け入れるということだけでなく、経済的な理由で移民を受け入れ続けている。
 それに対して、イギリスでは、政府は移民制限を打ち出し、そしてEU外からの移民は制約できたのだが、東欧などEU内の移民はむしろ増えてしまい、イギリスがEUに留まる限り、移民は増え続けるということになり、そして経済状態が悪いのは移民のせいだとされ、そのことを素直に国民が信じて、移民締め出しに、政策としても国民の感情レベルでも躍起になっている。こういう違いがある。
 アパートの家賃もホテル代も、ドイツはイギリスの半分くらいの予算で済むのだが、そしてそれは移民や短期滞在者や旅行者にとっては、ありがたいのだが、それもドイツにおける労働力不足を示している。単に外の人間に優しいという話ではない。

 さて、もうひとつの比較はアメリカとなされるべきである。詳しくは次回以降に書くが、ここでは次のことだけを言って置く。つまり、アメリカのトランプ大統領の誕生と、イギリスのEU離脱問題とは、単にアナロジーがあるというだけではなく、本質的に連動している現象であるということだ。
 ふたつの現象の背後には、まず、移民を排斥したいという感情があり、つまり経済が悪いのは、または雇用状況が悪いのは、移民のせいだという認識があり、本当は移民によって辛うじて経済が成り立っているのに、つまり移民がいなければ、さらに経済が悪化するのに、そのことに気付かず、単純にすべては移民が悪いと、これは政府も国民も考えている。このことと次に、今までの政治は、エリートによってなされて来たが、それを自分たちの手に取り戻したいという気持ちがある。アメリカならば、エスタブリッシュメントによってなされた政治を、我々白人中間層の手に取り戻さねばならないとされ、イギリスならば、EUのエリートに支配されることを嫌って、イギリスに主権を取り戻そうということである。
 このふたつの問題を、さらに敷衍する。つまり、世界のグローバリゼーションを先導して来たアメリカとイギリスという大国が、今や反グローバリゼーションに向かったということの意義をまずは考えねばならない。ナショナリズムの見直しと言っても良く、これを単に反動として捉えるのではなく、また移民を嫌う馬鹿な国民の問題と片付けるだけでなく、今後の世界の行方を先取りするものと考えねばならないのではないか。そして移民の問題が、移民国家としてアイデンティティーを築いて来たアメリカと、国境をなくそうという理念で進んで来たEUとを、本質的なところで脅かしているのである。国民国家の概念が問われていると言っても良い。
 もうひとつは、ポピュリズムという言葉がしばしば使われ、それで以って、現在先進国で進んでいる現象の性格を記述し、それを蔑称として使って、それで話が終わるのではなく(ここのところなされている多くの評論がそうだ)、実はポピュリズムこそ、国民主権を再認識させるものであって、その欠点とともに、その意義も考えねばならないのではないか。アメリカとイギリスで現在起きていることは、そういう意味を持っている。このことを次回以降、考えて行きたい。

 今回は、イギリスとドイツの相違点と、イギリスとアメリカの類似点を挙げて置く。このあと、来月にはフランスで大統領選挙もあることだし、私はしばしばフランスにも出掛けて行くことになる。飛行機を利用すれば、スタンステッド空港から2時間も掛からずにフランスに行くことができるし、格安便が多数飛んでいる。従って、イギリス、ドイツ、アメリカに、フランスも加えて、世界の近未来を考察して行きたい。

(2017.3.23)

(たかはしかずゆき 哲学者)
(2)へ続く
(pubspace-x4006,2017.03.23)