田村伊知朗
(その一)より続く。
3. 旧車両基地における旧式車両の動態保存
現在、ハレ市ではローゼンガルテン車両基地において営業車両が格納されている。営業運転から場外された旧式車両が、ゼーブナー旧車両基地に動態保存されている。第一、第三土曜日だけであるが、この車両基地は路面電車博物館として開館されている。
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11月から4月までの冬季は閉館されている。路面電車の非営業車両あるいは車両一般に対するマニア的関心を持っている市民あるいは観光客にとって、この博物館は好評である。入場料は大人1人あたり2ユーロである。この博物館の維持費用として使用されている。入場券として、かつての硬券が使用されている。観光客への配慮が、この観点からもなされている。
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この博物館は、ボランティア団体「ハレ・路面電車友の会」(Halleschen Straßenbahnfreunde e.V)によって運営されている。ハレ交通株式会社(HAVAG)の現役職員そしてその退職者も属しており、専門的知識を構成員に供与している。この協会構成員は、この車両基地をほぼ自由に使用できる。また、博物館の来訪者への説明役も果たしている。博物館の開館時期には、営業運転されていない車両が特別なルートで運行されている。旧式車両による路面電車に乗車することによって、博物館来訪者はハレ市における路面電車の歴史を実感することができる。
さらに、運転手付きの旧式車両が、時間当たり250ユーロで個人に貸与されている。ちなみに、19世紀に建造された動力車両(Tribwagen 4: Baujahr: 1894 Sitzplätze 16)も貸与されている。 2 前述のように、この車両を結婚式の披露宴会場として使用することも可能である。
4. ホテルによる路面電車の無料券の配布
非日常的空間つまり祝祭的空間において、都市住民と異邦人が共存する。非日常的空間において異邦人が存在しないかぎり、それは祭典ではない。祝祭的空間を盛り上げるために、バーゼル市、ハレ市の観光ホテルにおいて宿泊する異邦人に対して、その宿泊期間に応じて、地域内の公共的人員交通の無料乗車券が配布されている。この配布によって、観光客は無料で路面電車とバスを利用できる。この配慮は通年的に実施されている。
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もちろん、すべてのホテルが旅行者にこのような配慮をしているわけではないない。個別ホテルがその費用を負担するので、この配慮をしないホテルもある。
ここで問題にすることは、その金銭負担の側面だけではない。その異邦人にとって、乗車方法自体が疎遠である。最大数日あるいは数週間しか当該地域に滞在しない観光客は、とりわけ複雑なバス路線網を自由に使用することはできない。バスは、都市の日常的空間において自由に路線網を設定できる。バス路線網と停留所が複雑になる。同一名称の電停が、方向別に複数あることも稀ではない。それに対して、路面電車網は異邦人にも理解しやすい。無料乗車券は、路面電車に関する事前知識の無い異邦人に対してその利用を促進する。
また、ドイツ各都市の公共交通における切符の購入手続きは、必ずしも画一的ではない。ドイツ人ですら戸惑うこともある。たとえば、ベルリン市では事前に購入した切符を自分で刻印機械に入れて刻印するが、ハレ市では切符を買った段階ですでに自動的に刻印されている。 3 このような事情を異邦人が知る由もない。とりわけ、日常的会話および読解能力が貧困である外国人にとって、無料乗車券は魅力的に映る。切符を購入する際、その煩瑣性から解放されるからだ。
5. 路面電車の車内における電光掲示板
ハレ市の路面電車の車両には、すべての電停が記載された電光掲示板が設備されている。
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乗車している路線が都市全体においてどこに位置しているかが、明瞭になる。この電光掲示には、次の電停だけではなく、終点までがすべて記載されている。これによって、自分が走行している地点が都市全体においてどの点を通過しているかが明瞭になる。日常的に路面電車を利用している都市住民にとって、このような位置確認は不要である。むしろ、その都市に関する詳細な位置情報に疎遠な異邦人が、このような情報を必要としている。
6. おわりに
本稿は、「路面電車による市民的な公共空間の形成――ベルリン市とハレ市の日常的空間における事例を中心にして」の続編あるいはその補遺にあたる。 4 もちろん、路面電車は地域内の公共的人員交通において日常的に運行されている。公共交通の存立基盤は、市民の日常的移動性を確実にすることにある。しかし、それは非日常的空間においても一定の役割を果たしている。時間的に考察すれば、この空間はほとんど無意味なほど小さい。100周年記念行事はまさに100年に一度しかない。しかし、都市住民そして観光客にとって、祝祭は限定された人生において記憶に残っている。それが稀であればあるほど、人間の記憶に刻印された時間はそれだけ鮮明である。この記憶のなかに、路面電車の残像が印象づけられている。
本稿で取り上げたバーゼル市とハレ市の祝祭的空間は、両市で実施されているそれを網羅しているわけではない。その一部でしかない。しかも、その一部の祝祭的空間において路面電車が一定の役割を果たしているかぎり、ここで論述の対象にしている。それは特殊な事例研究であり、普遍的考察ではない。
したがって、これらの業績は、狭義の研究論文に属しているわけではない。この二つの論稿は、講演レジュメを文章化したにすぎない。講演会の対象者は市民である。彼らは、公共交通いわんや路面電車に関する基礎知識を持っていない。しかし、私の設定した論題に着目し、講演会に参加した。
一般化して言えば、すべての種類の講演会はこのような市民大衆を対象にした特殊な研究に基づいている。何ら基礎知識を持っていない人間に対して、講演者が自己の主張を展開しなければならない。限定された講演時間において、自己の主張を理解させねばならない。したがって、狭義の専門論文的な専門用語を駆使することは、避けねばならない。基礎知識にない人間に対して、ジャーゴン(Jargon)を駆使することは「意識高い系(笑)」と馬鹿にされても仕方がないであろう。 5 このような講演会において、写真、動画等を多用することが推奨されている。基礎知識がない大衆に対して、写真、動画等は有効な媒体である。本稿でも視覚情報が駆使されている。
ここで大衆とみなされるのは、後期近代におけるすべての人間である。後期近代における大衆概念は、初期近代におけるそれとは異なっている。それは、知識人と対比されて使用されるのではない。後期近代における人間は、専門家としてみなされている。専門知識が高度化すればするほど、その領域は狭まる。ノーベル受賞者である山中伸弥・京都大学再生医科学研究所教授は、本邦における最高水準の知識人に属している。彼ですら大衆の一員である。その専門領域に近い分野、たとえば臨床医学において彼は、平均的水準に到達していなかった。臨床医学の分野において「じゃまなか」つまり「邪魔な山中」という名称が、彼に冠されていたそうである。いわんや、彼の専門領域である人工多能性幹細胞研究と遠い分野、たとえばベルリン市の道路行政に関する研究で専門的知識を得ることは不可能である。誰もが専門分野以外において、素人大衆として振舞わざるをえない。
しかし、後期近代における大衆は自己の専門分野以外における見識を必要とする。選挙があれば、有権者として投票行動を実施しなければならないし、エネルギー政策とりわけ原子力発電に対しても見識を必要とする。その無限に広大な領域において最低限度の見識を得ることが必要である。専門知は大衆知へと媒介されねばならない。
注
2. Vgl. Mietbare Fahrzeuge. In: Halleschen Straßenbahnfreunde e.V. In:
http://www.hsf-ev.de/sonderfahrten/fahrzeuge. [Datum: 05.05.2016]
3. Vgl. [Fahrkartenautomat, Halle]. In: Halle Spektrum. In:
http://hallespektrum.de/nachrichten/umwelt-verkehr/havag-schaltet-fahrkartenautomaten-rund-um-silvester-ab/195929/. [Datum: 20.04.2016];
[Fahrkartenautomaten u. Entwerter im Berliner Verkehrsbetrieb]. In: Public Transport in Berlin. Spirit of Berlin. In:
http://www.spirit-of-berlin.de/spiritsenglish/transportation/. [Datum: 20.02.2015]
4. 田村伊知朗「路面電車による市民的な公共空間の形成――ベルリン市とハレ市の日常的空間における事例を中心にして」『田村伊知朗 政治学研究室』参照。
(その一)http://izl.moe-nifty.com/tamura/2016/05/post-286c.html
(その二)http://izl.moe-nifty.com/tamura/2016/05/post-e632.html
(その三)http://izl.moe-nifty.com/tamura/2016/05/post-5762.html
この3本の記事は、『公共空間X』に転載されている。
(その一)http://pubspace-x.net/pubspace/archives/3201
(その二)http://pubspace-x.net/pubspace/archives/3224
(その三)http://pubspace-x.net/pubspace/archives/3237
5.「意識高い系」『ウィキペディア』参照。In:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E8%AD%98%E9%AB%98%E3%81%84%E7%B3%BB.
[Datum: 25.05.2016]
画像出典
画像7
Die Halleschen Straßenbahnfreunde e.V. In:
http://www.hallesche-strassenbahnfreunde.de/. [Datum: 05.05.2016]
画像8
Halle, Seebener Str. [Datum: 14.09.2014]
画像9
Halle, Grand city Hotel Halle. [Datum: 05.09.2013]
Basel, Dorint Hotel Basel. [Datum: 28.02.2012]
画像10
Halle, Hauptbahnhof. [Datum: 14.09.2014]
画像出典において地名と日付だけが、記述されている場合がある。それは、私が撮影した写真を表している。
注釈
本稿は、2015年7月2日に北海道教育大学で実施された市民公開講座「路面電車による祝祭的空間の形成――バーゼル市、ハレ市の事例を中心にして」に基づいている。そのレジュメを文章化し、加筆、修正した。また、本記事は、すでにホームページ『田村伊知朗 政治学研究室』に掲載されている。
(その二)http://izl.moe-nifty.com/tamura/2016/05/post-b861.html
本記事の転載は自由であるが、著者名、題名、サイト名とアドレスを明記することが必要である。
(たむらいちろう 近代思想史専攻)
(pubspace-x3265,2016.06.15)