森忠明
小学時代のことはよく覚えているほうだと思う。しかし、どうしてもあの男の本名を思いだせない。あだ名はたしか〈ハクシ〉というのだった。
小さくてやせっぽちのハクシ君は、三十九年前の二学期の初め、四年三組に転入してきて自己紹介。「ぼくは山梨県で生まれました。山梨は山が無いので、ヤマナシなんです」。真面目な顔でそんなダジャレをとばした。だれかが「富士山があるだろ」と言うと「あれは山じゃなくて人なんだよ。だって、サンがつくんだから」。
私以外の級友たちもバカにされたみたいな気分になったのだろう、全然笑わなかった。
彼はスジガネ入りの勉強ぎらい。答案用紙に何も書かずに提出することが多くて、「白紙」とか「博士」とか呼ばれるようになったのだ。ダジャレのお株をとられたわけである。一度だけ彼の家に遊びに行った。和服の似合う美人の母親がいて、息子をよろしくね、というふうなことをしゃべった。その息子は母親をこう説明した。「お母さんは『クラウン』ていうバーに勤めてるんだ。バーのきれいな女にクラクラッとなった男が、ウンとお金を払うんでクラウンていうんだぜ」。
白紙君のシャレは「言語の逸脱的な用法が意味を拡大し現実を拡大するという詩的な快感」(瀬尾育生氏)ほど高尚なものではなかったけど、なんだか新しいコミュニケーションを模索しているような気もしたし、学校教育の秩序を揺るがす? ちょっとした暴力装置のようで小気味よかった。
当時、創刊されたばかりの「少年サンデー」に〈ヘッチャラ博士〉という欄があった。読者からクイズを募集して、それに漫画のヘッチャラ博士が挑戦するのだ。白紙君の影響を受けていた私は、自作のダジャレクイズを投稿。掲載されて賞品をもらった。次のようなクイズであった。〈ぼくのおじいちゃんは外国旅行中だ。おじいちゃんから手紙がきて『四日後に、よっぱらって、ねむたそうな目をして帰る』と書いてあった。さあ、おじいちゃんはどことどこの町を旅行してくるか、わかるかい。ヘッチャラ博士でもわかるまい〉。答―シカゴとトロント。
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『だじゃれはだれじゃ』(まど・みちお/阪田寛夫・作、かみやしん・絵、小峰書店、本体一三〇〇円、九七年十月刊)を読む前、正直言って二大詩人のなれ合い的余技だろうと憶測。「ぞうさん」や「サッちゃん」など、数々の名作によって平明な言葉の奥深さを示し、日本語の“芸域”を拡充してきた二人が、たるんだ仕事をするわけがないのだった。
地口や冗句や語呂合わせに興じつつ、まど氏は卑近な事物を聖化、あるいは永遠化し、阪田氏は現代の子どもになりきって母国語の豊かさを喜び、存分に楽しんでいる。
いわゆる言葉遊びの書を、生理的に好かんと避ける人も多いけれど、これを読めば考えが変わるのではないだろうか。
(もりただあき)
森忠明『ねながれ記』園田英樹・編(I 子どもと本の情景)より転載。
(pubspace-x16179,2026.09.30)
