石塚正英
(「全共闘由来の学問論―山本義隆『物理学の誕生』を読む (1)」より続く)
二 山本義隆『物理学の誕生』(2024年)を読む
〔引用1〕アリストテレスの『動物発生論』には「常にあり必然的であるような自然にかんしては 何ごとも自然に反して起こることはない」とある(770bl0-11)。古代ギリシャ文明、とりわけアリストテレスが人類の自然観にもたらした最大の転換は、この一行に集約されている。ギリシャ世界を経て自然的世界は,超越者(神や神々)の懇意に委ねられた世界、あるいは魔術的な力に翻弄される存在ではなくなり、その内在的法則にのっとって自己展開をする自律的な世界となったのである。7頁
〔注記1〕アリストテレスのこの言葉は、わが思想史研究対象のフォイエルバッハの次なる言葉と肩を並べる。「自然の実存は、有神論が妄想しているのとは違って、神の実存に基づくのではない。そうではなくて逆に、神の実存またはむしろ神の実存に対する信仰はもっぱら自然の実存に基づくのである!」(『宗教の本質』1846年)(Ludwig Feuerbach Gesammelte Werke, hg. v. W. Schuffenhauer, Akademie-Verlag, Berlin, Bd.10, 1969, S.11.)ところが、現代にあって、自然は科学にコントロールされるという見解を述べる科学者が登場してきた。大上雅史/和田純夫著『数学が解き明かした物理の法則』(ベレ出版、2003年、「はじめに」)に以下の記述が読まれる。
今からおよそ300年余り前にニュートンが確立した万有引力の法則は、色や形に関わらず、この宇宙に存在するあらゆる物体は共通の数学的法則にしたがって引き合っていることを明らかにしました。まったく驚くべき事実が発見されたものだと思います。この大発見は、流率法(幾何学的微分法)という数学が惑屋の運動を解明したことで可能になりました(1頁)。
自然は万有引力の法則にしたがって生じているのであって、自然や万有引力が数学的法則にしたがっているわけではない。科学至上主義者にとっては、科学はあたかも太陽の如き崇拝の対象である。そのことを示唆するように、フォイエルバッハはこう言っている。
太陽は明らかに一神教でさえもが自己の始原の根拠をそれに負うているような対象である。なぜなら、太陽はほかのあらゆる自然的存在者に対してすこぶる強力に卓越しており、はなはだ比較困難なものとしてそこに存立しており、断然唯一のものとしてそこに存立しているからである。その結果、太陽の輝き、尊厳性の前では他のあらゆるものが消滅してしまうほどだ。(『神統記』1857年)Feuerbach , ibid., Bd.7. S.182.
〔引用2〕ともあれこのアリストテレスの自然学こそが、その後の占星術のための理論的根拠を与えることになった。西欧占星術の歴史に語られているように、「アリストテレスの自然学が広く信じられていたのだから、‘自然’占星術(医学、錬金術、気象学に惑星の影響を導入する占星術)が一般に容認されていたことは不思議なことではない」のである(S.J.テスター『西欧占星術の歴史』恒星社厚生閣、第5章51)。/ギリシャ・ヘレニズム社会を経て、日食や月食あるいは彗星の出現などの非日常的現象を、人間の所業に激怒した神が人類を罰するに先んじて発した警告であるとか、悪魔的な力に揺り動かされる天変地異の前触れであるなどと解釈するそれまでの星占いは、天の物体が地上の事物や人間に影響を与えるその因果的関係には法則性があり、それにたいしては筋道のたった理解と理にかなった説明、したがってまた蓋然的な予測が可能であると考える占星術へと変貌をとげてゆく。9頁
〔注記2〕アリストテレスは、「自然学」(田中美知太郎代表訳『アリストテレス』筑摩書房、2005年、325頁)において以下の記述をなしている。「しかし、この場合には、かりに〔素材である〕木材が寝椅子の「自然」であるとしても、〔人間の場合を考えてみれば、同じ理屈によって、〕形態(形相)もまた〔人間の〕「自然」となるのである。なぜなら、人間から人間が生まれてくるからである」。人間は動物=自然的存在として生まれるが、文化的存在として完成する。アリストテレスの言う「素材よりもむしろ形相のほうが」自然であるという意味はそのことをさす。自然(ピュシス)は、このように人間との関係で説かれている。ニュートン力学の場合はその反対で、万物を創造したのは神であるが故に、ニュートンの三大発見(万有引力、光の分析、微分積分の計算法)はすべて神との関係において信頼されたのだった。
〔引用3〕哲学や科学は古代ギリシャで誕生しましたが、その後、ギリシャがローマ帝国に征服されると、ギリシャの自然科学の遺産というのはほとんどが失われました。ローマには少し残存していましたが、5世紀末に西ローマ帝国が崩壊したことによって、それもほぼなくなってしまいます。そんなわけで ヨーロッパはほとんど数世紀にわたって学問的蓄積のない世界でした。/ではギリシャやローマの科学はどこに残されていたのかというと、イスラム社会です。9世紀にアッパース朝のカリフ(イスラム社会の最高指導者)がバグダッドに「知恵の館」という研究施設をつくり、一方ではインドの数学や天文学を学び 他方ではギリシャの哲学や科学の文献を集めてアラビア語に翻訳させました。それらの学問を吸収したイスラム社会は急速に発展し、拡大してゆきます。21頁
〔注記3〕「哲学や科学は古代ギリシャで誕生しました」とあるが、誕生の契機とか素材とかは古代ギリシアの周辺部や地中海対岸にあった。ギリシア文字の成り立ちがその事実を物語っている。かつて古代地中海世界ではギリシア語帝国主義が存在し、文化の翻訳と略奪が行われていた。例えば 、リビアの神ゼウスはギリシアに奪われた( 黒人巫女→ 黒い鳩) 。フェニキア神話がギリシアに奪われた( 自然神→ 超越神)。ようするに、ギリシア人は周辺諸民族の文化を吸い取ってきたのである。地中海沿岸における文字の歴史を紐解けば、①古代エジプト文字(BC3500)→原セム文字・原カナン文字(BC2000)→フェニキア文字(BC1500)→ギリシア文字(BC1000)→ラテン文字(BC500)へと連なる。
ジョン・マンは次のように言う。
古代ギリシア人がアルファベットを「発明」したのではない。いわば、アルファベットはギリシア人がつかみとる1000年も前から宙を漂っていたのである。ギリシア人がこの驚くような幸運をつかんでいなかったら、口伝えに伝えられてきた他のどんな発明もおそれくまったく後世に残ることはなかっただろう。すでにアルファベットとめぐり合っていた文化のたまたま一つがギリシア人が暮らしていた地域のそばにあり、そしてこええまた偶然にそのときちょうど社会的な進化をとげようとしていたギリシア人が、そのアルファベットを採用したのだ。(金原瑞人/杉田七重訳『人類再考の発明アルファベット』晶文社、2004年、26頁)
〔引用4〕ギリシャにはアリストテレス以外にも数多くの学者がいましたが、古代ギリシャ末期のアリストテレスはその中で圧倒的な存在といえるでしょう。彼の主張は,自然は「おのずとある」というものでした。神様が初めに創ったのではなく、自然は自分の内在的原理にのっとって存在している。自然現象は自然の法則のあらわれであり、人間はそれを合理的に理解できるはずであると。つまり、初めて自然科学というものの可能性を明らかにしたわけです。23頁
〔注記4〕紀元前後のローマで活躍したストア派思想家のセネカは言う。
その当時、すなわち通例黄金時代とよばれる時代には、ポジドニウスが主張するように、統治権は賢者の手中にあった。彼らは平和を維持し、強者から弱者を保護し、何が有益で何がそうでないかを熱心に説いたり、思い止まらせたり、指摘したりした。(中略)統治するとは奉仕することであって支配することではなかった。自らの力を、まず第一にその力を得ていることで感謝するべき人々に対して及ぼそうなどということは、常にだれも考えなかった。また、だれも不正行為を犯す理由もなければその傾向もなかった。というのも、よく統治する人々は、同じようによく従いもしたからである(★L.A.Seneca, tr.by R.Cambell, Letters from a Stoic, Penguin Books, 1969, p.163.)。
優れた人物に当然ふさわしい行為は何か。運命に自らを委ねることである。森羅万象が進むままに自らも生まれ死んでいくということは、大きな慰めである。このように生き、このように死ぬことを我々に命じたものがいったいなんであろうとも、それと同じ必然性、同じ自然法則に、我々同様、神々も縛られている。我々同様神々もまた、変更のきかない軌道を進むよう指図される。万物の至高の創造主にして支配者であるものそれ自体が、自ら定めたその法則に従うのである。すなわち、指図したのは一度だけであったが、従うのは永久なのである(★Seneca, Von der Vorsehung, in: Vom glückseligen Leben und andere Schriften, Reclam, Stuttgart, 1982, S. 110.)。
〔引用5〕ギルバートは地球が磁石であるということを発見しただけでなく、地球はほかの惑星とおなじように自ら動くこともできる霊魂を有する存在だと主張しました。そこからケプラーは、地球が磁石ならば太陽もおなじだと考えたのです。太陽も巨大な磁石であり、地球や他の惑星に磁力を及ぼし、その力で惑星の運動をコントロールしているのではないかと。それこそ単なる軌道を決めるだけのそれまでの幾何学的な天文学から、運動の原因として力を問題とする動力学的な天文学への決定的な転換点でした。37頁
〔注記5〕地球は「自ら動くこともできる霊魂を有する存在」だということであれば、磁力は霊力ということになる。ニュートンによれば自然およびその力は神の創造による。そうであれば、磁力やそれを発する霊魂も神の創造物ということになる。磁力は自然現象の一つだが発生の原因は捉えられていない。いわんや磁石としての地球、その地磁気南北逆転現象など摩訶不思議である。「地球は大きな磁石であり、現在は北がS極、南がN極となっています。(中略)過去360万年間だけを見ても地磁気の逆転が11回起きていることが確認されています」(関屋大雄「チバニアン探訪記」、『電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティFundamentals Review』第12巻第2号、2018年)。
〔引用6〕近代への過程で実験の重要性に気づいた一つの勢力は魔術でした。これは意外かもしれませんが、自然界の森羅万象は、「引力と斥力」、あるいは魔術用語では「共感と反感」で結びついており、その力ないし影響を調べあげ、自然の働きを人為的に再現させ、さらに促進させることによって人の役に立てることができるというのが魔術-ルネサンスの自然魔術-の基本的な考え方なのです。/古代以来、感覚はまちがいやすいが、厳密な論証はまちかうことがない、だから真の学問は論証的なものでなければならないと考えられていました。しかし自然界には磁力のようにその正体がよくわからない力や麻酔剤のように理由はわからないが人に眠気をもたらす性質などがあり、論証によって説明することのできないそのような働きや性質を実験をやってみて調べるというのが、自然魔術の考え方なのです。だから魔術思想というのは、実は実験と深く結びついているのです。よくわからないからこそ、実験的に確かめてみて、その力や性質の効果をうまく使おうとしたわけです。イタリアのデッラ・ポルタは自然魔術の実践で有名ですが彼は磁石やその他についていくつもの実験を書き残しています。/そして実験を推奨した別の一派が職人たちでした。そのころ大学でおこなわれていたのはアリストテレスなどをラテン語で勉強するもので、それが高級な学問だと見なされていました。文書偏重の知で、それには職人たちのおこなう手作業にたいする蔑視がともなっていました。それにたいして職人たちは実際の自分の仕事で経験した事柄を科学的に実験で追究しました。磁石の伏角を発見したロバート・ノーマンなどがそうです。この人は20年間船に乗り、その後、ロンドンで航海用器具の製造の仕事に携わった人で、大学などには縁がありません。自分で羅針盤を作っているとき、針を水平に保っていたはずなのに、針を磁石でこする作業が終わると磁針は北を指す方が下を向く。そこに疑問を持って実験をおこない、伏角を発見します。このように、実験というのは魔術師や職人たちがおこなうようになり、そしてイギリスではその実験的研究が主流になったのです。41-42頁
〔注記6〕山本がここで「魔術」としている原語(ラテン語)は“magia”であり、農耕儀礼においては「呪術」と訳す。また、現代人には不自然な「魔術」であっても前近代人には自然な「呪術」だったのである。フレイザー『金枝篇―呪術と宗教の研究』(国書刊行会)第10巻「第7部 麗しのバルドル(下)」第8章「ネミとの別れ」の中に次の文章が読まれる。「高等な思惟への動きというものは、それが辿り得るかぎりにおいては、全体として、呪術から宗教を通して科学へ向かっていると結論せざるを得ないようである」(The Golden Bough: A Study in Magic and Religion, part7, vol.1, p.304.)。かように、フレイザーは進化主義者であり進歩主義者だった。しかし彼は、科学の時代に未来を固定することのない進歩主義者であって、科学もまたいずれは未知の「あるいっそう完全な仮説」「ある全く異なった方法が取って代わられるかも知れない」(part7, vol.1, p.306.)と語っている。それはちょうど、ルネサンス期のイタリアで活躍した『自然呪術(Magiae naturalis)』の著者ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタの発想に似ている。ポルタを起点にすれば呪術があったればこその科学であり、フレイザーを起点にすれば科学があったればこそ「いっそう完全な仮説」が待ち受けているのだろう。デッラ・ポルタは著作『自然呪術(Giambattista della Porta, Magiae naturalis (1558, 1589; Natural Magick, 1658) 』澤井繁男訳、講談社学術文庫、2017年、26頁)の中でこう記している。
呪術はエチオピアやインドで盛んになるのが常であった。この二つの地域には大量の薬草や石があり、奇蹟を行うのに適したものも多かったからだ。そのため呪術的作業とは自然による作業以外の何ものでもなく、呪術が自然を誠実に補完するものであることも衆目の一致するところなのである。
ここに記されている「呪術的作業」とは宗教儀礼のほか生産儀礼に備わる心技一体のことで、フランス語のメチエにあたる。職人の世界では、アート(技能)とメチエ(匠の技)は切っても切り離せないもの。アートは目に見える技であるのに対してメチエは秘められた技。鍛冶屋の焼入れ、板前の包丁磨ぎ、左官の土壁づくりなどは、メチエのなせるものである。それを私たちはアートと思っているが、実はアートはメチエに支えられているのである。ヨーロッパでは、メチエはマイスターによって連綿と継承されていた。機械工業はアートをメチエから分断してしまったのである。
〔引用7〕ニュートンは実はもっと得体の知れない人物で、錬金術などにも人生の相当の時間を費やして研究していました。錬金術で実際に化学反応を起こすといろいろな変化が生じ、熱も発生します。そんなわけで、そういった能動的な原理,活性的な原理を物質は持っているはずだという認識がニュートンにはありました。ニュートンが通常の機械論者なら、物質は不活性なもので遠くに離れたものを引っ張るようなことはあり得ないと考えたでしょう。しかし、ニュートンは遠隔力の存在を認めるのに抵抗がなかったようです。こうしてニュートンは万有引力を考え出し、それによっていろいろなことを説明しました。/ところが機械論者たち、とくに大陸のデカルト主義者たちはニュートンに徹底的な批判をあびせます。ニュートンは万有引力という魔術のような遠隔力を持ち出したと、散々に叩かれたのです。ニュートンはそれにたいして、力が何であるのかということは問わない、力の法則だけが問題なんだと主張しました。現象から力の数学的法則が導き出され、そしてさらにその法則により地球上のさまざまな運動、月の運動、惑星の運動,彗星の運動を正しく定量的に説明できれば、それで力の存在は認められるのだということです。45頁
〔注記7〕ニュートンは物質の動き、力に対して、その原因は問わない。神の創造、という理解で納得しただろう。しかし彼は動きや力によって生じる現象には多大な関心をもち、力の数学的法則を求めた。現代の量子力学者もまた、量子の動き(量子もつれ)についての原因を科学で解明できずにいるが、神の創造ともしていない。その課題は宙に浮いたままである。詳しくは次節で論じる。
〔引用8〕実際はニュートンの思想にはもっと複雑なところがありますがその点はここではふれません。/重力についてつけ加えておきますと、アインシュタインが一般相対性理論をつくって研究をさらに一歩進めようとしましたが、実際のところいまだによくわかっていないことがたくさんあります。/結論的にいえば近代科学形成の過程で人々はアリストテレス以来の二元的世界、月より上の世界と下の世界を分けるという二元的世界を打ち崩し、地球をほかの惑星と平等に動いていることを認めたのですが、それだけではなかったのです。単に太陽を真ん中に置いただけでなく、太陽が惑星をコントロールしている、惑星に力を及ぼしている、太陽系をそういうダイナミカルなシステムとしてとらえるようになったのです。/そしてそれには万有引力という概念を必要としましたが、その万有引力が受け容れられるまでには、紆余曲折がありました。近代的な見方と言われる機械論だけでは万有引力は受け容れられなかったのです。魔術的な物の見方、あるいは占星術的な、また錬金術的な物の見方、今から考えれば非科学的とも思えるような思想的基盤があって、初めて万有引力という考えが出てきたのであり、受け容れられていったのです。もちろん今では魔術は物理学にとって何の意味もありませんが、しかしその誕生のさいには,魔術的思考はあるけっして小さくはない役割を果たしたのです。/今の時代になって過去を振り返ると,近代科学が非科学的な勢力に打ち勝って進歩してきたという単純な構図を思い浮かべますが、実際にはそう簡単ではありません.48-49頁
〔注記8〕「錬金術的な物の見方、今から考えれば非科学的とも思えるような思想的基盤があって、初めて万有引力という考えが出てきた」と話す山本にしては、「今では魔術は物理学にとって何の意味もありません」という観方は間違っている。なぜならば、現代人は科学を魔術のように絶対視しているからである。あるいは科学を信仰の対象の如く神格化しているからである。また、文中に「非科学的な」とあるが、「非」とか「不」、「反」とかの否定の接頭語は厳密に区別せねばならない。私の理解では、「非科学的」とは科学的でない、と言っているだけである。科学に無知か無頓着な場合も含まれる。科学に反対しているとは限らないのである。それは、合理・非合理・不合理についても指摘できる。合理の反対は不合理だが、非合理は科学に無知か無頓着な場合が含まれる。
〔引用9〕トマス・アクイナスの同時代にロジャー・ベーコンという人がいました。早くにアリストテレスを受け容れた哲学者です。この人物は,次のように言っています。神授の知恵・神様が太古の賢者に与えた知恵は、ひそかに語り継がれている。だからそういう知恵を見出して正しく理解すればおのずとキリスト教に達するはずである。それゆえ古代ギリシャの哲学とキリスト教の教義が矛盾することはない。そしてアリストテレスが偉いのは、その太古の知恵の一端を明るみに出したからであるというんですね。そこにあるのは、ちょっとわれわれの理解を超えた一種の古代信仰なんです。76-77頁
〔注記9〕ここに記されている「古代」とか「太古」とかは古典古代つまりギリシア・ローマ時代のことである。先ギリシアのペラスゴイ時代や地中海沿岸のではない。しかし、「神授の知恵・神様が太古の賢者に与えた知恵」の多くは先ギリシア文化の集積物である。
〔引用10〕そういうふうな古代信仰・古代崇拝みたいなものを、職人たちの仕事は、経験を対置することによって無くしていったと思うんです。77頁
〔注記10〕「職人たちの仕事」は古代以前から存在する。ポリスの自由市民が培った〔アルテスリベラレス(自由学芸)〕の古代市民精神を打ち破ったのは、先ギリシアの氏族共同体時代から受け継がれるアート(技能)とメチエ(匠の技)である。それがあらたなルネサンスをもたらしたのである。文芸復古という場合の文芸とは〔アート&メチエ〕なのである。
〔引用11〕イタリアのパオロ・ロッシという人の書いた本『魔術から科学へ』を読んだら、「そういう秘匿体質と公共性というのは魔術と科学の違いなんだ」と言っています。「魔術とか錬金術は特別に選ばれた人だけに明らかにされる秘伝であって、それは科学の対極にある」と。だけど、僕はそうじゃないと思う。魔術であろうが、科学であろうが、錬金術であろうが、技術であろうが、中世には全部に秘匿体質があったんです。91-92頁
〔注記11〕『魔術から科学へ』(パオロ・ロッシ、前田達郎訳『魔術から科学へ』みすず書房、1999年)には以下の記述も読まれる。「われわれは魔術と錬金術の形而上学的、神秘的側面がベーコンにほとんど、あるいはなんの影響もおよぼしていないことをすでに見た。しかしかれはこの伝統から、自然の下僕としてその操作を援助し、ひそかに巧妙に、人間の支配に服せしめるという科学の観念、そしてまた力としての知識の観念をまさに借りたのである」(21頁)。魔術と錬金術には、形而上学的、神秘的側面のほかに重要な側面「科学の観念、そしてまた力としての知識の観念」があって、それがベーコンに影響を及ぼしたことは間違いない。
〔引用12〕地球中心の古代宇宙論の誤りを明らかにし太陽中心の世界像へと至る近代天文学の発展は、観測と計算にもとづく天文学が上位に置かれてゆく過程、つまり学的序列の下剋上だったのです。/そしてこの過程で、本来的に連続量である観測量の扱いのための数学が、もっぱら自然数に依拠する形而上学的な数論より重視されるに至ったのです。それはまた、インド・アラビア数字を用いた10進位取り表記が、実用にはおよそ不向きなローマ数字にとって代わる過程でもあります。/こうして数直線上の点で表される実数の発見から、連続量としての実数を任意の精度で近似し得る小数の形成、それにもとづく対数の創出へと発展し、ここに近代科学にとって不可欠な解析学誕生への基盤が生まれたのです。/小数と対数の発見は、数と量の科学における転換点であり、近代解析学の始点なのです。101頁
〔注記12〕数字や記数法は発見でなく発明である。自然は数学によって動くのでなく、数学こそ自然の動きを解明するべく発明されたのである。科学はすべからく自然(現象)を解析し制御するために生み出されたのである。自然物の数量概念化は、まかり間違うと価値転倒を生む。その最たるものは商品である。これは使用価値としての自然物ではない。交換価値そのものである。山本は「自然数に依拠する」とか「実用にはおよそ不向きなローマ数字」とかを、いつか時代遅れになっていく発明品と理解しているようだ。身体を基準とする度量衡(身体尺)は生活文化そのものであって、近代科学文化を支え続けている。
〔引用13〕大学で教えられていた医学は古代のガレノスやアビケンナの医学、つまり訓詁学であり、大学における医師養成の主要な手段は「不磨の経典」とされたこのような古典作家の講読に終始し、学習はもっぱら書物の反復復唱にあった。ときおりおこなわれる人体解剖のさいには、教授は手を汚さず高い教壇に座ってラテン語のテキストを読みあげて講釈するだけで、それにあわせて身分の低い理髪外科医が学生たちの前で解剖をして見せるというものであった。/これにたいしてパレは職人の息子で、従軍外科医として数多くの実地の経験を積んでいた。とくに戦争における火器の使用のはじまりは、それまでにはなかった複雑な外傷を兵士にもたらしていたのであり、このような新しい事態にたいしてはそれまでの医学は完全に無力であった。パレは、ガレノスやアビケンナといった古代の権威にとらわれることなく豊富な臨床経験と実際の患者の観察に学ぶことにより、それまでの外科学を一新したと言われる。126-127頁
〔注記13〕ガレノスやアビケンナの医学を指して「訓詁学」と決めつけると、中世ならいざ知らず、彼らが活躍した時代に引きつけるならば誤解を生む。小アジアのペルガモンに生まれた医学者ガレノス(Aelius Galenus,129-216頃)はイデア主義(超自然・メタフィジカル)のプラトンを称える。そのガレノスは、アリストテレスの心臓中心主義に潜む身体の原初性(自然・フィジカル)をも評価するという中間性(メソフィジカル)を備えた医の思想家だった。その意味で動物解剖学に関心をよせるガレノスの探究心は、人体でもなく霊魂でもなく、人体を統御する霊魂の支配力に引き寄せられていった。その際に興味深いのは、解剖という方法によって霊魂の支配力を見極めようとした点である。私の問題関心に即して表現するならば、彼は、アリストテレスの自然学思想に感化されつつ、動物身体(フィジカル)と動物霊魂(メソフィジカル)の交流する圏域に解剖でもってフィジカルに接近したのである。ギリシア的な家系のほかにアナトリア的な風土がガレノスの思想形成に影響を与えたことは想像に難くない。参考:「霊魂のメソフィジカルな存在圏―アリストテレスとガレノスを援用して」(『合理と非合理の四次元マトリックス―文明を支える原初性』柘植書房新社、2026年、第13章)
〔引用14〕近代以前に西欧を支配していた自然観はキリスト教の権威と結びついたアリストテレス自然学と宇宙論であり、その特色は月より上の天上世界と月より下の地上世界を厳格に区別する二元的世界像にあった。つまり天上世界と地上世界は,構成物質もその法則もまったく別と見られていた。生成・変化・消滅のはてしなき地上世界は「土」「水」「空気」「火」の四つの元素からなり、他方、惑星・太陽・恒星の世界つまり不変・不滅の天上世界は第5元素「エーテル」よりなる。「土」と「水」は本質的に「重く」地球の中心に向かい、「空気」と「火」は本質的に「軽く」地球から遠ざかり、他方完全な元素「エーテル」よりなる天体は、完全な形としての球形をなし、地球に近づきも遠ざかりもせず、始めも終わりもない完全な運動たる円運動のみをおこなう。したがってそれは,地球を特別扱いする天動説-プトレマイオス天文学-を必然とする。/それは地球の表面にへばりついた人間の直接的経験の即事的論理化といえよう。近代物理学は、このアリストテレスの二元的世界の解体をつうじて生まれて出た。141-142頁
〔注記14〕「惑星・太陽・恒星の世界つまり不変・不滅の天上世界」、第5元素エーテルの充満する世界、それらは可視(自然)の部分を含みもつので、私の分類で行けば半自然の〔メソフィジカル・バース〕である。プラトンのイデア世界のみが超自然の〔メタフィジカル・バース〕である。右の図(〔存在圏の3類型〕)を参照。
〔引用15〕実際にもガリレイは,地上物体の運動にはかならずついてまわる摩擦や空気抵抗を、真実の運動を覆い隠す副次的撹乱要因と見なし、それらの影響が小さくなった極限を考え、その理想化された世界こそ真の自然と見、そこでは物体は厳密な数学的法則にのっとった運動-等加速度運動-をすると考えるのである。しかしガリレイは,落下の加速度運動について、数学的に「どのように(how)」を問い、落下速度が落下時間に比例し、落下距離が落下時間の2乗に比例することを論証するが、その加速度の原因、つまり「何ゆえに(why)」を問うことはしない。147-149頁
〔注記15〕数学的に定められた自然法則の通りに動く自然はありえない。なぜならば法則は人為的な後知恵だからである。物質的運動の根本的な原因についてはなおさら不可解である。自然現象の原因究明に関するガリレイの態度は、自然が自らの意思を有しない以上、いわゆる神任せである。ガリレイはキリスト教徒だったが、現代の量子力学は、まさか神任せにできない。だが、原因究明に関してはお手上げなので黙ってしまう。詳しくは次節で検討する。
〔引用16〕そのさい実験は、受動的に事実を蒐集するためではなく、数学的推論の帰結を事後的・能動的に検証するためのものである。そのためには、数学的法則のあてはまる理想的状態を人為的に作り出さねばならない。事実ガリレイは等加速度運動では単位時間あたりの落下距離は等差数列をなすことを数学的に導き、もっぱらその特定の結論を確かめるために実験をおこなった。すなわち空気抵抗の影響を削減し同時に低速化によって落下時間を拡大するために、直接の鉛直落下ではなく斜面にそって球をすべらせ、そのさい摩擦を抑制するため斜面になめし革を張り、微小時間を測定するために水時計を考案している。/マルクスの『資本論』の序文には「物理学者は自然過程をこういう風に観察する。すなわち自然過程がもっとも的確な形態で撹乱的影響によって混濁されることがもっとも少なく現われる場合をとるか、あるいは可能な場合には、実験を、過程の純粋な進行が確保される条件のもとで行なうのである」(『資本論(一)』向坂逸郎訳、岩波文庫)と書かれている。この意味での観察と実験はガリレイに始まる。149頁
〔注記16〕マルクス『資本論』序文――「物理学者は自然過程をこういうふうに観察する。すなわち、自然過程がもっとも的確な形態で、撹乱的影響によって混濁されることもっとも少なく現れる場合をとるか、あるいは可能な場合には、実験を、過程の純粋な進行が確保される条件のもとで(Experimente unter Bedingungen, welche den reinen Vorgang des Prozesses sichern)行うのである」(岩波書店版、13頁 K. Marx, Das Kapital, Kritik der politischen Okonomie, 1Bd-1, Berlin, 1962, S.12.)。マルクスは、物理学者に倣って、資本主義発展が典型的なイギリスを対象にすることにした。しかしながら、21世紀に至ってもなお、数学的統計的な手法によって確認された自然法則も社会法則も、厳密には対象を分析できない。いわんや対象の動きを制御できはしないのである。なぜならば、最終的な“why”が解決できていないからである。
〔引用17〕かくしてガリレイ革命は近代の幕を開け、ここに合理主義的世界認識の第一歩が踏み出された。/しかしそれは,裏返せば二つの犠牲をはらって獲得されたのだ。第一には、数学的法則性の語る「どのように(how)」に自足するとともに、数学的法則性にとらえきれない現象を非本質的と見なし自然の外に投げ捨てることによってである。第二には、たしかに真理の解釈の資格を僧侶から取り上げたが、同時にそれを科学者という別の専門家の手に委ねることによってであった。154頁
〔注記17〕天文学はギリシア時代に集大成された。ということは、天文学は先ギリシア時代に培われてきたことを意味する。先史時代の文化を私は〔文化の第二類型〕と称し、文明時代の〔文化の第一類型〕と区別している。前者の専門家は自然現象発生の“why”を自然神(自然の擬神)に負わせ、後者の専門家は超越神(唯一神)が原因だと明言できている。だが、神を否定した現代人(量子科学者)は、「数学的法則性にとらえきれない現象を非本質的と見なし自然の外に投げ捨てることに」している。
〔引用18〕ところで「惑星」の英語はplanet、語源はギリシャ語のπλάνoς(さまよい)ですが、実は日本語の訳語が二つあります。今ではほとんどの本は「惑星」としていますが、「遊星」としている本もあります。なんで訳語が二つあるかというと、大学間の面子と意地の張り合いの結果なんです。かつて東京帝国大学というのと京都帝国大学というのがあって、日本に西洋の天文学が入ってきた頃に東京帝国大学の理学部の偉いさんたちがplanetに「惑星(惑う星)Iという訳語をあてたら、京都帝国大学の偉いさんたちは、東大の先生が勝手に言葉を作ったことに反発して「遊星(遊ぶ星)」という言葉を作ったということです。これは昔、物理の偉い先生からじかに聞きました。194-195頁★
〔注記18〕ギリシャ語のπλάνoς(プラノス)は「迷う人」のようだが、訳語は「遊ぶ人」が断然素晴らしい。なぜかというと、毎回必ず軌道を進む点では迷っていないからである。なお、二語とも江戸時代から使用されていた。中国では「行星(こうせい)」という。
〔引用19〕占星術の発想は全くのデタラメというわけではありません。たとえば満月や新月のときに潮の満ち干が大きくなります。大潮と言われています。逆に弓張月になったときには潮の満ち干が小さくなります。そういう影響は現に示されています。だから月や太陽以外の星たちが地球に影響を及ぼすことも、必ずしも不思議ではないと、昔は考えられいたわけです。そういった占星術の必要性からも、古代社会では,精密な天体観測が蓄積されていました。その意味で,当時は占星術と天文学はほとんど同義と考えられていました。というか、占星術を離れて天文学なるものがあったわけでありません。/その古代での天体観測の結果を集大成し、太陽、月、そして惑星たちの運動の精密な数学的理論を書き残したのがクラウディオス・プトレマイオス(83頃-168頃)です。プトレマイオスは、アリストテレスから500年くらい後、紀元2世紀140年~150年頃に活躍したアレクサンドリアの学者です。古代ギリシャがローマに征服されたあとのヘレニズム文化を代表する人の一人です。/プトレマイオスが書き残した天文学の書『数学集成』は、ヨーロッパでは一時失われて、イスラム世界で保存されていました。そのためこの本はアラビア語のまま『アルマゲスト』と呼ばれています。201-202頁
〔注記19〕プトレマイオスは、生存したのは紀元後にはいるものの、先史と文明を繋ぐ仕事をなした著述家である。プトレマイオスの『アルマゲスト』、天動説の本を読んでいると、彼の計算威力に圧倒される。古代ギリシアには、宇宙の中心には地球ではなく太陽が位置し地球は太陽の周囲のある円周上を回転しているという地動説を唱えたアリスタルコスもいたのだが、彼の説はコペルニクスが登場するまで葬り去られてしまう。けれども、太陽は、昔も今も、時速7万キロで銀河系を移動している。そうであるから、見方を変えれば、大地に生活する人々にとって自然のままの動きである天動説も、けっして間違ってはいないのである。
〔引用20〕アリストテレスの自然学では、無生物は、他の何かによって動かされなければ、自分では動くことができないとされています。「動くものはすべて何かによって動かされるものでなければならない」(『自然学』Ⅶ-1)のです。それゆえ天の物体、太陽や月や諸惑星を含んで回転しているいくつもの天球はすべて何かによって回転させられているのですが、それを順に遡ってゆくと、最後は運動の究極原因として自分自身は動くことのない「最初の動かすもの(第一原因)」に辿り着くわけです。そしてそれこそがアリストテレスの神-「永遠にして最高善たる神」-に他ならないのです。
〔注記20〕キリスト教のダブルスタンダードにおいて、彼らの神とアリストテレスの神との折り合いはどうなっていたのか。アリストテレス『形而上学』第12巻に記されている「不動な実体」がアリストテレスの神に相当するのだろう。いわく、
ところで、実体には三種類ある。その一つは、(A)感覚的な実体で、そのうちの或るものは(1)永遠的なものであるが、他の或るものは(2)消滅的なもので、後者は、すべての人々によって一般に認められているところの実体、たとえば植物や動物などである。―-この両種類の実体については、それの構成要素を(一種であるにせよ多種多数であるにせよ)とらえねばならない。―-だが、いま一つの実体は、(B)、(3)不動な実体であって、これを或る人々は離れて存すると主張している。そしてこの人々のうちの(a)或る者は、これを二つに〔エイドスと数学的対象との二種に〕分け、(b)他の或る者は、エイドスと数学的対象とを同じ一つの実在に帰し、さらに(C)他の或る者は、これらのうちただ数学的対象のみを認めている。ところで、さきの〔両種類の感覚的な〕実体は、運動を伴なっているので、自然学の対象であるが、この〔不動な〕実体は、さきのと共通するなんらの原理も存しないかぎり、他の学の対象である」(出隆訳『形而上学』(下)、岩波文庫、2004(初1961)年、135頁)。
第一の哲学は、まずより多く我々にとって明らかな感覚的自然物に関する学(自然学)の学習を終ってのちに、自然学のつぎに学習さるべきものとされていたのではあるまいか。そうだとすれば、「第一の哲学」またはこの学に関する著書が、「自然学のつぎの学」(形而上学)または自然学書のつぎの書(書名としての『形而上学』)という意味でta meta ta physika、と言われても不思議ではない。――なぜ初めから「第一哲学」または『第一哲学の書』と言われなかったのかと、今日の諸君は反問されるかも知れないが、それは、原著者アリストテレス自らがその探し求めていた最高の神的な「知恵」またはこの知恵の探究としての「学」または「哲学」に、今日考えられているような固定した学科名を与えていなかったからである。時たまそれが他の諸々の学または哲学のうちで「第一の」ものであるとの意味で「第一の学」または「第一の哲学」と言われ、あるいは時たまそれが最も神的な第一の原因に関する理論であるとの意味で‘theologike’と呼ばれているにしても、それらは今日(ことに日本語で)考えられるような固定した「第一哲学」または「神学」としてではなく、アリストテレス自らは普通にはそれをたんに「いま我々の探求している学」とか「いま我々のしている研究」とかいうように表現しているだけである」(出隆訳、岩波文庫、2004(初1961)年、406-407頁)。
右図は、中世キリスト教の地上天上世界図(山本義隆『物理学の誕生』216頁)。これによると、地上と天上は層を重ねて隔たっているが断絶してはいない。
〔引用21〕学問的な知のあり方についても、キリスト教はアリストテレスと手を組むに至ります。キリスト教神学にアリストテレス哲学を受け容れて、アリストテレスの言う「第一原因」としての神をキリスト教の神に読み替え、大学で教えられていたいわゆる「スコラ学」つまり学校哲学なるものを作り上げた13世紀の大神学者トマス・アクイナスは、「事物はその定義や本質によらなければ知解されえない」と語り、アリストテレスの学問の理念と方法を受け継いでいます。ここでも、本来の意味での学問的な知は、事物の運動や属性をその「本性」すなわち「定義」から論証することにあると考えられていました。/アリストテレス哲学は,キリスト教の教義と一体化されることによって、中世西欧社会で権威を獲得したのです。218頁
〔注記21〕中世キリスト教は、プラトンのイデアから神観念を洗練させ、アリストテレスの「第一哲学」から神と事物の関係(学問=スコラ学)を構築した。ところで、アリストテレス『形而上学』(出隆訳『形而上学』(上)、岩波文庫、2005年、47頁)には以下の記述が読まれる。
プラトンは、さらに感覚的事物とエイドスとのほかに、これら両者の中間に、数学の対象たる事物が存在すると主張し、そしてこの数学的諸対象をば、一方、それらが永遠的であり不変不動的である点では感覚的事物と異なり、他方、エイドスとは、数学的諸対象には多くの同類のものがあるのにエイドスはいずれもそれぞれそれ自らは唯一単独であるという点で異なるとしている。
これはおどろきである。「感覚的事物とエイドスとのほかに、これら両者の中間に、数学の対象たる事物が存在する」と主張しているが、その「中間」とは、私の〔存在圏の3類型〕では〔メソフィジカル・バース〕にあたる。
〔引用22〕西欧で「魔術」というのは、一方には呪文やシンボルをもちいて悪魔を呼び出し、超自然的な現象を出現させて人を怖がらせたり、悪事を働いたりするいわゆる「黒魔術」「呪術魔術」から、その対極にある,自然の働きを人為的に再現させ人間生活に役立たせる「白魔術」「自然魔術」まで広く語られていました。ここで問題にしているのは自然魔術でその魔術思想をなによりも特徴づけているのは、遠隔作用を認めていることなのです。その点こそが魔術的自然観がアリストテレス自然学とも機械論的自然観とも決定的に異なるところなのです。/中世スコラ哲学では,たとえば磁力のようなどうしても説明のつかない遠隔力や、あるいは硫黄の可燃性や麻酔剤の人に眠気をもたらす性質のような説明不能で冷温・乾湿の枠組みにあてはまらない性質などは、苦し紛れに「隠れた力」とか「隠れた性質」と呼ばれていました。/それにたいして自然魔術の基本思想は,生物・無生物を問わず自然の諸物体の間には「共感と反感」の関係として遠隔的な影響が働いていると考えるものであり、その働き、あるいは「隠れた性質」や「隠れた力」と言われているものを経験的に、さらには実験的に調べ上げ、自然の働きを人為的に促進させることによって人間が利用することができる、人間生活に役立てることができるというものであり、その意味で自然魔術は実験科学に近いところがあります。292-293頁
〔注記22〕私の分類で言えば、黒魔術も白魔術も、超自然の魔術でなく自然の呪術(magic)である。黒は言葉(呪文)の世界で超自然を演出しているだけである。隠れた力」とか「隠れた性質」という表現は呪文に秘められているだけだった。呪文によって生まれる霊気や霊力は、私の分類によると、自然界〔フィジカル・バース〕を基礎として生まれる半自然界〔メソフィジカル・バース〕にふさわしい。「共感と反感」の関係とか「遠隔的な影響」とかは、フレイザー『金枝篇』に説かれている共感呪術に一致する。〔注記14〕の右に掲げた図(〔存在圏の3類型〕)を参照。
〔引用23〕ガリレイの落下についての研究は、外的な障害をはぎとったならば地上のすべての物体は一定の加速度で落下すると仮定し、その仮定にもとづいて、等加速度落下では、静止状態から落下し始めた物体の落下速度は落下時間に比例して増加し、落下距離は落下時間の2乗に比例するという命題を純粋に数学的に導き出し、その論証の結果を検証するために、特別に考案された装置で実験し定量的に検証することにつきています。/実際にガリレイは、その推理を確かめる目的で理想的な状態、つまり真空に近い状態を作るために、滑らかで摩擦の無視できる小さな傾きの斜面を使って落下速度を減少させることで空気抵抗を軽減させ、真空中の落下に近い状態での落下を測定し、物体の等加速度落下の落下速度が落下時間に比例し、落下距離が落下時間に2乗に比例することを検証した、と言われています。/こうしてガリレイは、仮説・論証・実験という近代科学の方法を編み出したのです。304頁
〔注記23〕科学はガリレイの時代から自然(天然)そのものでなく、その理想(理念)を基準にした。理想は理想であって現実ではない。人間は真空中で生存できるわけではない。よって、ガリレイは理論的に正確な値を導いただけであり、人間にとっては空気中で生活するに必要な実験結果にこそ意義を見いだす、と言える。引用:ガリレオ・ガリレイ、田中一郎訳『新科学論議(下)』岩波文庫、2024年、136-137頁――
私たちが探求しようとしているのは、媒質に抵抗がなく、そのために可動体のあいだの速さの違いを重さの違いだけに帰さねばならないとき、その媒質中で重さの異なる可動体に何が起こるかということです。空気や他の希薄で屈服しやすい物体もない空間だけが、わたしたちの探求していることを感覚的に示してくれるのにふさわしいのですが、そのような空間はありませんから、もっとも希薄でもっとも抵抗の少ない媒質中で何が起こるかを観察して、それを他の希薄でなく抵抗も大きい媒質中で起こることと比較することにしましょう。要するに、実際に重さの異なる可動体の速さの違いがより屈服しやすい媒質中ほど小さくなり、最終的に、まったく真空でないにしても、もっとも希薄な媒質中では極端に重さの異なる可動体であってもその速さの違いはごくわずかで、ほとんど見分けられないほどであることがわかれば、真空中でのそれらの速さはまったく等しいという推測をほぼ間違いのないものとして信じてよいと思われるのです。ですから、空気中で何が起こるかを考えることにしましょう。
〔引用24〕しかしガリレイは、このように重量物体が自由にされれば事実として下向きに加速されて落下することは語っていますが、それが地球の重力に引かれたからだとは,決して言っていません。そもそも加速の原因についてはなにも語っていません。ガリレイは,自己の対話篇で語っています:
今ここで〔自由落下という〕自然運動の原因がなんであるのかについて研究することは適当ではないと,私には思われます。これについては、いろいろな哲学者が種々の意見を提出しております。……これらすべての空想はその他のものとともに検討を加えねばならないでしょうが、そのことでえられるものはわずかしかありません。現在われわれの著者〔ガリレイ〕の求めているところは(その原因はなんであれ)そのように加速された運動のいくつかの性質を研究し説明することにあるのです。(『新科学対話』第3日)
ガリレイの落下の法則は、加速度落下の「なぜ(why)」を自然学の言葉で語るものではなく、落下の「どのように(how)」を数学の言葉で語るものたったのです。308頁
〔注記24〕「なんであるか研究する」つまり原因を究明しても、神が出てくるだけなのだ。ガリレオ・ガリレイ、田中一郎訳『新科学論議(下)』(岩波文庫、2024年、29-30頁)から引用する。なお『新科学論議』は『新科学対話』の別訳である。下線部分が問題箇所である。
サルヴィアティ ここで自然運動の加速の原因についての探究を始める好機とは思えません。それに関してはさまざまな哲学者によってさまざまな意見が表明されており、ある者はそれを中心に近づくことに帰し、ある者は切り裂いていかねばならない媒質の部分が次第に少なくなっていくことに帰し、ある者は、可動体の背後でいっしょになってそれを押し、追い出し続ける周囲の媒質のある種の押し出しに帰しています。これらの空想は、他の同様の空想とともに検討しなければならないでしょうが、解明しても益するところは少ないでしょう。いまのところは、わたしたちの著者が加速運動のいくつかの属性を(加速の原因が何であれ)探究し証明しようとしていることをわたしたちが理解するだけで、著者にとっては充分です。
原因究明をおろそかにする態度は、とくに現代科学の最先端をいく量子力学に顕著である。その問題は節を改めて検討したい。
(いしづかまさひで)
(pubspace-x15788,2026.07.25)

