最悪で最愛――『はじまりは・ごっこ・から』

森忠明

 
   私がまだ二十代で独身のころ、師匠の寺山修司に「チュウメイ、結婚しないの?」ときかれたので「したい相手はいますけど」と答えると「どんなに良い相手がお嫁にきても、あなたのおふくろさんは満足しないよ。反対におふくろさんが未亡人になってさ、新しい男と恋仲になった場合も、あなたはその男になじめないね」
   断定的にそう言い、さらに「この世でいちばん幸福な人間てのは、差し出された運命を楽しめる人間だけど、すれっからしの息子だったオレも母親の恋人にはどう対処すべきか分からず、運命を呪いたくなったことがあるよ」
   この欄に何度か登場した私の親友有明昭一良(二十四歳で水死)も、離婚した母親の新しい相手になじめず、しきりにぼやいた。
   「キザなやつでして、てらてら光るサテンのシャツなんか着てます」とか「むこうは、ぼくの長髪が気にくわないらしい」とか。
   両親をぼろくそにやっつけるくせに、パチンコをすれば獲得した玉を父親が好きなショートピースと取り替えるし、母親の誕生日にはセレナーデなんか作曲してプレゼント。矛盾した行為を私がからかうと、有明は苦りきった顔で、
   「しょうがありませんね。親というのは子どもにとって永遠に最悪で永遠に最愛の存在ですから」
と言った。
   琵琶湖で水死したあと、平井という友人のひとりが私に教えてくれた。「有明さんは死ぬ少し前、『森くんはワガママで助平で俗物で、最悪の友人だけど、ぼくにとっては最愛の人間なんです』と話してましたよ」
   今春、小学一年生になったわが娘は、同級のマナミちゃんと仲がいい。マナミちゃんのお母さんは先月、二十三歳の人と再婚。
   「こんどのパパはね、ご飯を山盛り四杯食べて、すごい働きものなの。それに、来年の五月には弟か妹ができるし。たのしみだなー」
   彼女の多幸を祈りたい。

   『はじまりは・ごっこ・から』(高科正信・作、石倉欣二・画、岩崎書店、本体一三五九円、九六年十一月刊)は、離婚した母の二度目の伴りょと、どうしても暮らしたくない少女の悩乱を、切実かつ痛快なタッチで表現した秀作。小学六年生の木野梢は、母と二人きりの新生活を頑張ろうと決意、大阪に引っ越してくるが、椎名喬と名乗る若い男の出迎えを受けて驚く。母は「そいつ」にベタベタ甘い声を出すのでさらに驚く。「かあさんにこんな声をださせるやつはよくないやつ」と思った梢は、ハル子という “押しかけ友人” と共謀、「そいつ」を追い出す作戦を実行する。しかし、「子どもは大人の現実をうけいれなドモナラン」と敗北宣言。
   児童文学に「理想」や「はげまし」を要求する読者には不満な結末だろうが、少女の内面の精密な描写は一つの芸術的成果なのだ。
 
(もりただあき)
 
森忠明『ねながれ記』園田英樹・編(I 子どもと本の情景)より転載。
 
(pubspace-x14940,2026.03.31)