「気候変動1.5℃目標」が死んだいま、「気候科学は何を語り、何を語っていないのか?」(S. E. クーニン)

相馬千春

 
1.「気候変動1.5℃目標の死」から何を考える必要があるのか。
   ちかごろ「気候変動の1.5℃目標は死んだ」という指摘を眼にすることが多くなりました。
   例えば、foreignpolicy.comは、“The Death of the 1.5 Degree Climate Target”(2024.01.08)という記事(1)を掲載していますし、江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター教授/国立環境研究所)は岩波書店「世界」2023年10月号に「気候変動1.5度目標の「死」をめぐって」という論文を寄稿されています(2)。
   江守氏によると「産業革命以前を基準とした世界平均気温上昇」は、「IPCCによれば、早ければ2030年代前半には平均的にも1.5度に到達してしまうと見込まれ」るそうですから、1.5度目標の死が避けられないは明らかでしょう。
   そうすると地球はどうなるのか?国連事務総長・グテーレスの言う通り(3)、「焼け付くような暑さ、命を脅かす洪水、暴風雨、干ばつ、猛火」、「呼吸ができないほどの空気、耐え難い高温」が到来し、「気候(変動による殺りく)」で「何百万もの人命」が奪われ、「 地球沸騰化の時代が到来」するのでしょうか。
   グテーレスは「世界全体の気温上昇を1.5℃に抑え、気候変動の最悪の事態を回避することは、まだ可能」と言っていますが、「現状の世界の排出削減ペース」は、目標(=「2050年には世界で二酸化炭素(CO2)排出を実質(ネット)ゼロに減らす」)には遠く及びませんから、「最悪の事態を回避することは、まだ可能」というのは、もはや科学とはいえないでしょう。
   ところが国連IPCCの新しい代表であるジム・スキーは、グテーレスたちとはまったく違ったことを言っています(4)。すなわち彼によれば、

「1.5℃の気温上昇を人類の生存に関わる脅威であると示唆するのは有益ではない」。「我々は皆絶滅することが運命づけられている、というメッセージを伝えるならば、…そのメッセージは人々を無力にして、気候変動を把握するための必要な方策を講じることを妨げることになる」
「もし1.5℃温かくなっても、世界がお終いになるというわけではなく」、「この指標を越えることは多くの問題と社会の緊張を引き起こすだろうが」、「まだそれは人類にとって存在に関わる脅威を構成するものではないであろう」

   我々は、この――グテーレスたちとスキーの――異なる見解をどのように聞くべきでしょうか。
   まず、グテーレスたちの主張が正しいのであれば、排出削減が目標に遠く及ばない以上、もはや「最悪の事態」は避けられない。つまり我々は、「焼け付くような暑さ、命を脅かす洪水、暴風雨、干ばつ、猛火」や「グリーンランド氷床の崩壊」による「海面上昇の加速」に直面することになり、CO2排出削減とは全く異質の対策に多大の資源を投入せざるを得ないことになるはずです。例えば<日本列島の南部は「焼け付くような暑さ」で住めなくなり、東京の東部も水没してしまう。だから何百万もの人々の移住先を見つけねばならない>ことになる。しかしそうであれば、<なにより必要とされるのは「生産力」の拡張である>ということになるでしょう。
   それでは、グテーレスたちの主張は間違っていて、スキーの主張=<1.5℃の気温上昇は人類にとって存在に関わる脅威を構成するものではない>が正しいとしたらどうでしょうか。それはこの間社会で通用してきた『CO2温暖化』論のかなりの部分が間違っていることを意味するでしょうが、そうであれば、CO2排出はどの程度の「脅威」なのか、またその「脅威」への対策のコストはどれだけのものか、それらを見極めることが必要になるでしょう。
   『CO2温暖化』論に対しては従来から懐疑論も提起されていました(5)が、マス・メディアが『CO2温暖化』論に与しているなかで、懐疑論の主張を検討された方は少数だったでしょう。またリベラル派の多くは<懐疑論は右派の主張だ>という政治的な判断で済ませてきたのではないか。じっさい、私もリベラル派の政治家に「CO2温暖化懐疑論」の話をすると、「権威ある科学者が懐疑論を主張しているんですか?」と訊かれる。
   しかしIPCCの代表スキーがグテーレス式の『CO2温暖化』キャンペーンを批判するに至っていることを踏まえると、いままでの『CO2温暖化』論への懐疑は避けられないでしょう。それとも今度は、例えば<2℃温かくなると世界はお終いになる>という話を信じるべきなのか。
 
2. いま、S・E・クーニン『気候変動の真実』を読むわけ
   そこで、以下ではスティーブン・E・クーニン(Steven E. Koonin)の『気候変動の真実』(“Unsettled: What Climate Science Tells Us, What It Doesn’t, and Why It Matters”) (6)を紹介することにしましょう。なぜクーニンの主張を取りあげるかというと、それは彼がファインマンの教えを受けた著名な物理学者であり、政治的にもオバマ政権下のエネルギー省で科学担当次官を務めている人物だからです。科学に関わる発言について、発言者の権威や政治的立場を判断の材料としてもらうことは気が進まないのですが、現実には権威や政治的立場が判断材料とされていますから、いまクーニンの主張を取りあげるのは有益でしょう。
   クーニンは2013年に米国物理学会(APS)から、気候に関する公式声明の更新の手伝いを依頼されて、そのまとめ役を務めたのだそうです。それで有力な気候専門家・物理学者たちと研究会を作り、気候システムについてわかっていることは何か、その未来をどれだけ確信を持って予測できるかを検討したのですが、その結果クーニンは以下の諸点を発見することになった。

「・温暖化への人間の影響は増大しているが、物理的には小さな影響にとどまる。気候データが不足しているため、十分に理解されていない自然の変化と人間の影響を区別するのは難しい。
・数多くの気候モデルから導き出される結果は互いに食い違いや矛盾があり、さまざまな13観測結果とも矛盾する。漠然とした「専門家の判断」によってモデルの結果が調整され、欠陥が見えにくくされることもあった。
・政府や国連のプレスリリースやサマリーは、報告書の内容を正確に反映しているとは限らない。(以下省略)
・要するに科学は、気候が今後の何十年かでどう変化するかを予測して社会の役に立つレベルには達していない。ましてや私たちの行動が気候にどう影響するかなどわからない。」(p.12-13)

   それでクーニンはウォール・ストリート・ジャーナルに「気候変動の不確実性」を指摘するエッセーを寄稿するのですが、このエッセーは科学的な正しさとは無縁の『批判』に晒されることになります。クーニン自身の言によれば、どうやら彼は「気候変動の不確実性を率直に公然とさらすことで、マフィアのごとき「沈黙の掟」をうかつにも破ってしまったらしい」。
   さてクーニンの『気候変動の真実』を細かく紹介することは私の手には余る。それで以下の紹介は「つまみ食い」的な紹介に止まること、またこの著作からの脱線もあることをお許しください。
 
3. クーニンは何を認め、何を懐疑しているのか?
   まず、クーニンは①地球が温暖化していることを認め、②大気中のCO2濃度の上昇が人間が排出に由来することを認め、③そのCO2が地球を温暖化していることを認めています。それではなぜクーニンはCO2温暖化論に懐疑を示すのでしょうか。彼は次のように言います。

「温暖化への人間の影響が高まっていたにもかかわらず、地球は1940年から1980年の間に実は少し冷えていたからだ。こうした自然変動…は恐らく今も存在するので、近年の温暖化をたとえ部分的にでも、自信を持って人間の影響だと言いたいのであれば…、これを理解することが極めて重要だ。」(p. 58)

   気候の変動に影響を与えているのがいわゆるミランコビッチ・サイクル(=「地球の軌道や地軸の傾きの何万年にもわたる変化により、北半球と南半球で吸収される太陽光の量はゆっくりとしたサイクルで変化すること」)とCO2濃度だけではないことは、これまでの気候の変動を見れば明らかです。地球の地上気温は、例えば、(1881~1980年の基準値と比較して)西暦1000年ごろは暖かったが、1500年ころから19世紀にかけては寒冷だった。これはミランコビッチ・サイクルとCO2濃度以外の気候の変動のファクターがあることを示しています。ですから、「地球の地上気温や海洋の熱容量の過去の変化は、1880年以降の平均地上気温偏差の約1℃の上昇が人間のせいだということを否定するものではない」が、同時に、「気候に強い影響を与える自然要因が存在することも示している」し、また「自然による影響を理解し、そこから人間の影響に対する気候の反応を確信を持って特定するのが科学的にいかに難しいかも表している」わけです。
 
4. 「CO2排出」の温暖化に対する影響はどの程度か?
    CO2が温室効果ガスであり、その大気中の濃度が化石燃料の使用によって急激に上昇しているのであれば、「CO2の放出が地球温暖化を加速しているのはあきらかではないか」と言われるでしょう。しかしここにも誤解があるようです。まず次の点を理解しておく必要があります。

「最も重要な温室効果ガスである水蒸気は一部の色しかつかまえないが、つかまえる色のほぼ100%を遮るので、大気中の水蒸気を増やしても断熱材は厚くならない。すでに黒い窓に黒いペンキの層を塗り足すようなものだ。だが、二酸化炭素はそうではない。CO2分子は水蒸気がつかまえられない色を一部つかまえることができる。」(p.78-79 )

   それではCO2濃度がどんどん高くなれば、温室効果もどんどん高くなるのか?クーニンによると、

「現在の濃度のCO2の影響は大きい(7・6%)が、それが倍増しても、先に述べた「黒い窓にペンキを塗る」効果のせいで変化はさほど大きくない(0・8%)」(p. 80)

   また「地球が吸収する太陽光エネルギー(地球が放出する熱エネルギー)は平均239W/m2」だが、「人間の影響は現在、2W/m2を少し上回るレベル、すなわち自然の熱流(239W/m2)の1%弱」なのだそうです。それで、クーニンは次のように言う。

「気候システムを流れるエネルギーのうち、人間の影響は現在1%にすぎない――この事実は重要な意味を持っている。…人間の影響を計測して気候科学に役立てようとするなら、気候システムの残る99%を1%以上の精度で観測・理解しなければならない。自然による小さな影響も同じ精度で理解しなければならないし、それらをすべて説明できるようにしなければならない。限られた時間の限られた観測結果しかなく、不確実性がいまだに大きいシステムにおいて、これは大変な難題だ。」(p. 87-88)

   私の理解するかぎりでは、クーニンは「人間が排出したCO2が現在の地球温暖化の主要な要因ではない」と主張しているわけではありません。彼の主張は<気候科学はいまだ確立されていない(Unsettled)>ということであり、だからこそ「人間が排出したCO2が現在の地球温暖化の主要な原因である」という主張(以下では『CO2温暖化』論と表記する)も懐疑の対象になる。ただし『CO2温暖化』論者の主張のなかにはあまりにもプロパガンダ的=非科学的なものが多いので、それは――懐疑を越えて――批判の対象となる。
   さて、素人が過去2000年間の気候変動のグラフ(7)を見せられると、『CO2温暖化』論は説得的であるように思えるし、「過去10万年で最高の温暖化である」と言われると、いま何か『異常な』事態が起こっているように思えるでしょう。しかし数十万年という尺度での気候変動図(8)を見せられると、今度は『CO2温暖化』論以外の可能性も見えてくる。なぜなら「過去10万年で最高の温暖化である」ことは、10万年より前にも起きた事象の再現であることを否定するものではないのですから。
   そういう次第で、拙文も<「人間が排出したCO2が現在の地球温暖化の主要な要因であるかどうか」について答えはいまだ確立されていない(Unsettled)>という認識に立っている点は、あらかじめお断りしておきましょう。
 
5. じっさいの気候変動と合致した「気候変動モデル」はいまだに存在していない
   クーニンは「気候変動」をシミュレーションする「気候変動モデル」について次のように言います。

「私たちは物質やエネルギーを支配する物理法則をよく理解しているので、大気や海洋の現状をコンピューターに入力し、人間と自然の影響が今後どうなるかの仮説を立て、何十年か後の気候を予測することができる、とつい思いがちだ。/だが残念ながら、それは単なる空想にすぎない。」(p.108-109)

   それがなぜかというと、「気候のコンピューターモデルはどれもまず、地球の大気を3次元の格子グリッドで覆う」が、ふつうは100キロ×100キロの「正方形の表面グリッドの上に10~20のグリッドボックスの層を積み上げることが多い」のだそうです。しかし「100キロというグリッドサイズより小さな規模では、たくさんの重要な現象が起きている」ので、研究者は「サブグリッド」の仮説を立ることになる。しかしそこまでしても「まだ有効な気候シミュレーションには手が届かない」。それで、モデルの「調整チューニンク」が行われる。これはどういうことか。クーニンは次のように言う。

「モデラーはこれらのパラメーターを「調整」して、実際の気候システムの特徴との合致を図る。」(p. 115)
「時には、そのパラメーターに関する「知識」に基づくのではなく、望ましい結果を得られるような方法でサブグリッドパラメーターを調整することがある。」(p. 116)

   例えばマックス・プランク研究所のモデラーたちは次のように述べている。

「気温上昇の実測値と一致させるために地球気候モデルMPl-ESM1・2をどう調整したかという記録を、我々は残している。この調整は間違いなくうまくいった。これまでの出来事の順序を踏まえて、エアロゾル強制力の調整ではなく、雲のフィードバックを使ってECS(9)3℃を目指すことにより、この調整を行うことにした。」(p.128)

   これはこのモデラーたちが「温室効果ガスへの感度を自分たちの理想に合致させるべくモデルを調整したこと」を意味している。このような「気候変動モデル」の作られ方は「モデルの結論の信頼性に疑問を投げかけるだけでなく、私たちが(人間の影響をそれほど受けない)気候の特徴をまったくといってよいほど理解できていないこと」を明らかにしているわけです。
   じっさい「20世紀初めに観測された気温上昇は、20世紀終わりに観測された気温上昇とほぼ等しい」のですが、IPCCが根拠としている「モデルのアンサンブルは1910~1940年に観測された大幅な気温上昇を再現できていない」。

「世界中の19のグループがつくった29の異なるCMIPモデルによる267種類のシミュレーションを分析したところ、どのモデルも1950年以降の温暖化を的確に記述できておらず、20世紀前半の気温上昇スピードをやはり過小評価している。」(p.124-125)

   それから「地球温暖化」というと人はしばしば<永年の安定した気候が続いていたが、近年急激な気温上昇が起こっている>というように思っているようですが、気候観測をみると「数十年、場合によっては数百年にわたって何らかの振る舞いが繰り返されている」。そして、それらのいくつかは、「海流の緩やかな変化や、海洋と大気の相互作用が原因」である。そして、これらのことを踏まえて、クーニンは次のように言います。

「最新版のモデルでも20世紀前半に観測値ほど気温が急上昇していないということは、内部変動すなわち気候システム自体の変化が直近数十年間の気温上昇に大きく寄与している可能性が高い。モデルが過去を再現できないというのは由々しき事態だ。それでは未来の気候予測の信頼性も揺らいでしまう。特に1980年以降の温暖化において、自然の変動と人間の影響の相対的役割を区別するのが相当難しくなる。」(p.125)

 
6. 「気候変動」が『異常気象』をもたらしている?
   いまの世の中では『異常気象』が起こるとなんでも「CO2による温暖化」のせいにされるのが当たり前のこととなっています。例えば、2019年秋の日本では「「もう10月だよ。しかも半ばに差しかかっている。どうして台風なんだよ!」/ これが「気候変動」そのものにほかなりません。地球環境は本格的に「変わってしまった」(10)」などと言われていました。
   しかしクーニンは「科学が語るのは別のストーリーだ。1世紀さかのぼった観測データによると、気候への人間の影響が増大しているにもかかわらず、異常気象現象のほとんどは大きな変化を見せていない。なかには頻度や強度が低下したものもある」と言います。
   これはクーニンの主張というより、じつは以下に引用する通りIPCCや世界気象機関の諸文書が指摘していることに他なりません。

「極端な気象・気候現象の多くは自然気候変動(エルニーニョなどの現象を含む)の結果であり…気候に人為起源の変化がなくても、極端な気象・気候現象は自然に発生する。」(IPCCの「極端現象に関する特別報告書(SREX)」第3章のエグゼクティブサマリー)
「科学的理解の現状を踏まえると、強い熱帯低気圧(ハリケーンや台風) など、いかなる事象も人間による気候変動のせいにすることはできない。」 (世界気象機関 Frequently Asked Questions (FAQ). )

   ところが世の中では、先に引用したように『異常気象』を「気候変動」のせいにしてしまうことが罷り通っている。たしかに2019年には日本に5つの台風が上陸し、私たちは台風の猛威に驚かされたのですが、台風の日本上陸は翌19年には0件、21年と22年は3件、23年は1件でしかありませんでした(11)。それなら気候変動は元に戻ったのでしょうか。
   このような事実を見ると短い期間の「気象現象」を「気候変動」のせいにすることの非合理性がわかるでしょう。しかし実際には、引用記事の筆者の如き、自然科学の基礎を学んだはずの人でさえ「ある場所の気候は、数十年間に及ぶ気象の平均を意味する」ということを忘れるという初歩的な誤りをおかしています。
 
7. 記録的な高温日の頻度が増している?
   <異常な気象現象が起こっている>と思われているが、じっさいにはそれに根拠がないことは、ハリケーンや台風に限られた話ではありません。
   その一例としてクーニンは、「記録的な高温日の頻度が増している(Record Warm Daily Temperatures Are Occuring More Often)」という米政府の「気候科学特別報告書(CSSR)」の認識を取りあげている。これは2017年CSSRの図表(12)に付けられている文言ですが、クーニンは、事柄の真相を一次的なデータに遡って把握することで、これが如何に誤っているかを明らかにしています。

「ほとんどの読者はこの図を見てショックを受けたのではないか。私も初めて見たときはそうだった。…「記録的な高温日の頻度が増している」という見出しで注意を惹き、裏づけデータはホッケースティックのように近年になって急力ーブする…。確かに気温が急上昇しているように見える。」(p.140)

   しかしこのデータを分析すると、じつは「記録的高温と記録的低温の数はどちらも1930年から現在の間に急減しているが、低温の数のほうが落ち幅は大きい。高温・低温とも記録の頻度は減っているのに、記録的低温に対する記録的高温の比率が近年上がっているのは、それが理由である」ことが分かる。
   それでクーニンはアラバマ大学のジョン・クリスティ教授に依頼して、「絶対的な記録による高温・低温の分析」を行ってもらうが、それを図表にすると次の通りになります。

   この図表を見ると現実に起こっているのは次のような事態であることが分かります。

「ジョンが導き出した結果は非常に説得力がある(図表5-5を参照)。/記録的高温のグラフを見ると、1930年代が明らかに暖かいが、観測期間の120年間を通じてこれといった傾向は見られない。気候への人間の影響が強まり始めた1980年以降も特段のトレンドはない。対照的に、記録的低温日の数は100年以上にわたって減少しており、1985年以降はその傾向に拍車がかかっている。この2つを考え合わせると、通説とは正反対の結論が得られる。つまり、米本土の極端な気温はその頻度が減っており、19世紀終わり以降は比較的温和になっている。」(p.147-148)

   つまり「極端に高い気温が増えつつあるという一般認識はまったく正しくない」のであって、米国の気温観測データから導き出されるのは、「毎年の平均最低気温は1900年から明らかに上昇しているが、平均最高気温はこの60年間ほとんど変わっておらず、現在は1900年とほぼ同じである」ということです。「地球温暖化の危機が現実のものとなっている」と信じている人たちはこうした事実を把握されてはいないのでしょう。
 
8. 「海面上昇」は加速している?
   「海面上昇」についても、データの全体像を示すことなしに近年の上昇が強調されているようです。
   例えば、2017年のCSSRはエグゼクティブサマリーで次のように言う。

「世界平均海面水位(GMSL)は1900年から約16~21センチ上昇しており、そのうち約7センチは1993年以降の上昇である(非常に高い確信度)。」

   これに対してクーニンはIPCCの第5次評価報告書第1作業部会(AR5 WGI)が掲載しているデータ(図3.14)を基にして、次のように批判します。

「20世紀になってからの上昇幅16センチのうち7センチがこの25年間のものだという事実は、一見恐ろしいことのように思える。だが、1935~1960年の25年間にもほぼ同じ(6センチ)上昇が見られた」(p. 210)
「1925~1945年の20年間の上昇スピードがもっと速かった」(p. 211)

   この指摘が正しいことは、下の図(IPCC AR5 WGIの図3.14)(13)を見れば容易に確認できるでしょう。

   ところがCSSRは「20世紀中の海面上昇の大きな十年変動に触れず、当時の直近の上昇スピードが20世紀前半の上昇スピードと統計的に区別できないという事実にも言及しない」で、「過去20年間の海面上昇スピードが20世紀の平均より速いということばかり強調している」。
   <海面上昇が将来どうなるか>は現在の気候科学では分かっていないのだから、「海面上昇」を心配するのはおかしくはありません。しかし基礎的なデータを隠ぺいした上での「海面上昇」危機キャンペーンが罷り通っていては、正しい対策は出来ないでしょう。それは海岸が一瞬で4mも隆起することがある国に住んでいる私たちにとってはなおさらのことです。
 
9. 人類にとって深刻なのは温暖化の「被害」なのか?ーーlancet掲載論文が示していること
   次に「温暖化による被害の見積もり」を問題にしましょう。クーニンはこれにについても批判しているのですが、この問題については、クーニンの本から脱線して、まずlancetに掲載された論稿“Global, regional, and national burden of mortality associated with non-optimal ambient temperatures from 2000 to 2019: a three-stage modelling study”に注目してもよいでしょう(14)。
   私がLancetにこのような論文が掲載されていることを知ったのは、Joshua Cohenの「猛暑と極寒、どちらがより多くの人に死をもたらすか」https://forbesjapan.com/articles/detail/64910 によってなのですが、Cohenはなぜか論文名もその具体的内容も記していない。「地球温暖化の脅威」という「クレド」に不都合な研究を人々に知らしめるのは「タブー」なのでしょうか。
さて、この論文のSummaryには次のような文言があります。

“Globally, 5 083 173 deaths (95% empirical CI [eCI] 4 087 967–5 965 520) were associated with non-optimal temperatures per year, accounting for 9·43% (95% eCI 7·58–11·07) of all deaths (8·52% [6·19–10·47] were cold-related and 0·91% [0·56–1·36] were heat-related). ”

   これを私が仮訳してみると次のようになる。

「世界では1年あたり5,083,173人の死亡(95%の経験的信頼区間は4,087,967–5,965,520)が非至適気温(15)に関係していたが、これはすべての死亡の9·43% (95%の経験的信頼区間は7·58%–11·07%)を占めている(8·52% [6·19–10·47]は寒さに関連したもの、0·91% [0·56–1·36]は熱さに関連したものであった)。」

   この論文に従えば、1880年頃と比べて約1℃程度は温暖化が進んでいるであろう2000年-2019年においてさえ、寒さと熱さに関連した死亡・年間500万件のうち、熱さに関連するものは約1割に過ぎず、寒さに関連したものが9割を占めているのです。これは<現在の人類が気温上昇の危機に晒されている>という常識を懐疑するに十分な根拠を示すものではないか。
   実際には人類総体にとっての脅威は未だにーーすなわち氷期(俗にいう「氷河期」)が終わり、約1万年にわたって温暖化が進行した後の今日でもーー寒さの方である。もちろん熱さによる被害への対策が必要であることは言うまでもありませんが、CO2排出をゼロにするためのコストをはるかに下回るコストでそれは可能でしょう。
   さて、気候温暖化とCO2濃度の増大が植物や農業にどのような影響を与えるかについてのクーニンの指摘も紹介しておきましょう。

「二酸化炭素濃度の増加が収穫高増大の大きな要因だったと知ったら、皆さんは驚くかもしれない。それは光合成のスピードを高め、水をもっと効率的に利用できるよう植物の生理を変化させる。大気中のCO2が増えて、自然界も豊かになった。SRCCL(16)が「主な結果A2・3」で述べるように、この40年間、人工衛星が観測する葉面積指数(葉で覆われている面積がどの程度あるかを示す)は地球の植生地域の25~50%において大幅に増加した。」(p. 230)
「地球が暖まったにもかかわらず、農業生産高、そして食糧供給全般はこの100年間に増えている。2020年の穀物生産は過去最高を記録した。1981~2010年の気候変動がどのようなものであったとしても、その強い伸びに最小限の影響しか与えなかったとIPCCは評価している。」(p. 234)

   地球の歴史の多くの時代は今より温暖でありCO2濃度も高かった(17)が、そのような時代に植物も動物も繁栄していたことを思い起すならば、クーニンの指摘している事実には何の不思議もないでしょう。もっともクーニンによると私たち現生人類の場合は、CO2の濃度が1000ppm以上になると「人間は眠気を催し始め」、「2000ppmを超えると、もっと深刻な生理的影響が出始める」のだそうですが…。
 
10. いま何がグローバルサウスの人々の命を脅かしているのか?
   最後にWHOテドロス・ゲブレイェスス事務局長の論考「気候変動はすでに私たちの命を奪っている」にたいするクーニン批判を紹介しておきます。

「この論考は環境大気汚染および室内大気汚染による死亡(毎年10万人当たり約100人が若くして命を落とす。全死亡者の約8分の1に相当)を、人間が原因の気候変動による死亡といっしょくたにしている。WHO自体が、貧しい国の室内大気汚染(木材、農産物廃棄物、動物の排泄物で調理することが原因)は世界で最も深刻な環境問題であり、最大30億人に影響を及ぼすと述べている。これは気候変動の結果ではない。貧困がもたらす結果だ。この汚染は確かに気候に影響を与える(すでに見たように、エアロゾルは冷却効果がある)が、汚染による死亡は気候の変化が原因ではない。汚染そのものが命を奪うのだ。」(p.227-228)

    ここで言われている通り、いま世界の多くの人々をじっさいに苦しめているのは、何より貧困でしょう(「全死亡の約8分の1」は600万をはるかに越える死亡が「環境大気汚染および室内大気汚染」によってもたらされていることを意味する)。より多くの人々が電気やガスを利用できるようになれば、――CO2排出量は増大するかもしれないがーー環境汚染を抑制し、また環境汚染による死亡を激減させることができる。しかしそういう現実=人類が今日の段階で抱えている現実を忘れ去った上で『CO2温暖化』による危機が語られているのではないか? 私にはそう思われるのです。 
 

(1) https://foreignpolicy.com/2024/01/08/climate-target-degrees-warming-cop-emissions-resilience/
(2) https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f4e1730279b8c1685c125a1b6c891067fd379bee
(3) グテーレスの発言はhttps://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/49287/による。
(4) ジム・スキーの発言は“Don’t overstate 1.5 degrees C threat, new IPCC head says” https://www.dw.com/en/climate-change-do-not-overstate-15-degrees-threat/a-66386523 による。
(5) 「人為的CO2地球温暖化脅威論」を批判する諸論稿を集めたサイトとしては、近藤邦明氏が管理者を務める「『環境問題』を考える」を紹介しておく。
(6)クーニンの同著からの引用はすべて、三木俊哉氏の翻訳『気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?』(日経BP)による。
(7)地球環境センターの「ココが知りたい地球温暖化 Q14寒冷期と温暖期の繰り返し」https://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/24/24-2/qa_24-2-j.html に以下のグラフが掲載されている。

(8)伊藤俊秀/岡田和也「素朴な視点で改めて地球温暖化要因論を問う」https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/record/21210/files/KU-1100-20210730-01.pdf に以下のグラフが掲載されている。(関西大学総合情報学部紀要「情報研究」第53号 2021年 7 月所収)
過去80万年の気候変動(南極)

(9)ECS=平衡気候感度。「ECSは、仮にCO2濃度が産業革命前の値(280PPm)から倍増したとき、平均地上気温の偏差(期待平均値からのズレ)がどれくらい増加するかを表す。」(p.126)
(10) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/57867 による。
(11) https://www.data.jma.go.jp/yoho/typhoon/statistics/landing/landing.html による。
(12) https://science2017.globalchange.gov/chapter/executive-summary/ による。
(13) この図は「1900年以降の世界平均海面水位の18年間トレンド」であるが、「3つの検潮器分析による推定値と、衛星高度観測による値ひとつを示している。不確実性は確信度が90%。つまり、本当の値が網かけ部分から外れる可能性は10%しかない」(p.207)。なお画像は https://i0.wp.com/judithcurry.com/wp-content/uploads/2014/01/sea-level.jpg によっている。
(14)https://www.thelancet.com/journals/lanplh/article/PIIS2542-5196(21)00081-4/fulltext
(15) “non-optimal temperatures”は「非至適気温」と訳しているが、これは橋爪 真弘「気候変動と健康」https://japan-who.or.jp/wp-content/themes/rewho/img/PDF/library/071/book7602.pdf に倣ったものである。
(16) SRCCL とはIPCCの「気候変動と土地に関する特別報告書」である。
(17)鎌田浩毅「変わる大気中のCO2濃度 3億年前の氷河時代と同じ現在/32」
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20201222/se1/00m/020/072000c
によると、大気中のCO2濃度の変遷は図の通りである。

 
(そうまちはる:公共空間X同人)
 
(pubspace-x11137,2024.03.28)